第63話 防具屋で大盾の購入と食べ物の話

 7月の初めになった。ヒツジ相手の戦闘は、毎日とても順調だ。

 今日は買い物だ。9層に備えて大盾の購入。そして10層に備えて戦闘用ウェットスーツの相談をする為に、ダンジョン街のいつもの防具屋にやって来た。


「こんにちは」

「おう、らっしゃい!」

 防具屋のドワーフの店主がいつも通り威勢良く出迎えてくれた。

「初心者ダンジョンの9層のウシの突撃を止められるような大盾が欲しいんですけど」

「おおっ、坊主もついに9層の準備か。頑張ってるな! 大盾ならこれか、こっちのヤツとかお勧めだな。あるいはこっちのも重いが、その分頑丈な造りだぞ。どうだ?」

 お勧めされた大盾を、青藍と山吹の二人に確認してもらう。山吹は盾スキルを持ってないけど、青藍の補助として一緒に盾を支えてもらう予定なので。

 大盾を支える補助に山吹を選んだ理由は、強化が筋力+5で、筋力特化の強化を施しているからだ。人形の中で一番力があるのが山吹なのだ。

 青藍はそれぞれの大盾をひとつずつ慎重に構え、山吹も横からそれを手伝う。そうして二人でどれがいいか吟味していく。そして一番大きく重い盾を選んだ。これならを二人の全身すっぽり庇えそうだ。

 受け取った大盾は、青藍達に手伝ってもらって、何とかインベントリ内にしまう。大きさ的に、今のインベントリのレベルでは容量がギリギリだった。真っ直ぐでは入らず、斜めに〼のように収納して、なんとか事なきを得た。

(この大盾、普段の持ち運びはインベントリ確定だな。出し入れだけでも大変そうな大きさと重量だ)


「では、これでお願いします」

「おうよ!」

 これで大盾は無事に購入できた。

 後は、精霊召喚スキルのレベル31で新たに契約できる精霊4体目に、聖属性で結界魔法を覚えさせて、更に防御を固めたいと思っている。

 9層に移動するまでに間に合うかは微妙だが、10層では必要になるだろうと思っての選択だ。

(ストーンウォールは「壁」だから、10層の防御には向いてないしな)

 ピラニアは大群で水中において全方向から攻撃してくるらしい。なので一方の壁だけでは、ろくな守りにならないのだ。全身を覆ったまま移動できる球体状の防御結界はぜひ欲しいところだ。

 勿論、10層の移動中ずっと結界に閉じこもるなんて無理だけど。それでも、いざという時の守りの手段があるだけでも違うと思う。

 それに聖属性は結界の他にも、アンデット特効や回復や攻撃など、幅広い分野に使える属性だ。今後も継続して使い勝手が良い属性だと思う。

(回復に関しては緑魔法の花琳と被るけど、緑魔法は他の支援魔法も豊富だし、回復以外は被らない部分の方が多いんだし、別に構わないよな)


「あと、10層の水中で使うスーツもいずれ準備したいのですが、ここには置いてますか?」

 とりあえず店内の見える場所には水中用装備と思しきものは置いてない。ここになければ日本の店で既製品を買っても良いのだけど、どうだろう?

「あれは、既製品は置いてないな。体に寸法を合わせて個別作成だ」

「作成自体は可能なんですか?」

「おう、できるぞ! 魔物素材で戦闘用のウェットスーツに向いた素材があるからな! ただのラバー製品より、性能は高いぞ!」

(それなら日本で買わなくても、ここで注文しちゃって良いかな)

 性能が高いなら、それに越した事はない。とはいえ値段次第だが。


「ちなみに、幾らぐらいですか?」

「一式1万DGだ! ウェットスーツとフィン……足ヒレな。あとはグローブとブーツのセットで一式だ。顔全体を覆うマスクは、水中呼吸スキルを取って水中眼鏡だけ付けるか、魔道具の水中呼吸付きのマスクを買うかの判断が個人で分かれるから、セットには入ってねーぞ! 他のゲージとかウェイトとかの付属品は、必要に応じて別売りだ!」

(10万円か。結構するけど、でも装備一式ならむしろ安いくらいか)

 一応、先にネット上の戦闘用水中装備一式の値段を確かめてきた。戦闘用でないウェットスーツは1万円前後だが、戦闘用になると値段は一気に跳ね上がって、ウェットスーツだけで10万近くしていたのだ。他も合わせれば値段はもっと高くなる。それを考えれば、一式で10万なら安い範疇だ。


「予約してから受け取れるまで、どれくらいの期間がかかりますか?」

「大体半月くらいだな」

(予約はもうちょっと後でもいいかな? でも別に、今のうちに作ってもらっておいても良いか)

 今体の寸法を測って予約しても、成長して着れなくなる程には身長も伸びないと思う。成長期もほぼ終わってる感じだし。身長はまだちょっとだけ伸びてるけど、スーツが着れなくなる程伸びるとは思えない。

 それに、仮にも戦闘用なのだから、何年も同じものが着れるとは思えないし。破損などですぐに買い替えが必要になる可能性もある。

「では、そちらも予約したいんですが、支払いは先にしますか?」

「半額だけ先に貰うぞ」

「了解です」

 半額分をカードで支払う。大盾の分も合わせて、領収書も忘れずに貰った。

 そんな訳で10層の主要装備の予約をして、体の測定をする事になった。





「そういやおめぇさん、街役場で始めた宅配の国の出身なんだって?」

 あちこちをメジャーで測りながら雑談になる。

「はい、そうです」

 俺は頷く。

 どうもこの近所ではガイエンさんに差し入れた和菓子をきっかけに、俺の出身国がイコールして街のある国だと知られたらしい。元々この街には日本人らしき黒髪黒目の人種が特に多く出入りしていた訳だし、見た目で見当がついていたのかもしれない。

「前にガイエンに分けてもらった菓子も美味かったぞ。だが俺はどっちかってーと、酒と辛いものが好みなんだ。だから、酒の肴になるモンが知りてえ。そっちの酒は順番に試していってる最中だが、どれも美味いな」

 なるほど。商品カタログだけ見ても、どれがどんな味なのか、わからないものも多そうだ。

 商品名や説明欄に辛いとか甘いとか書いてあればまだしも、そうでなければ味の想像がつかないものばかりだろう。


「辛いもの、それと酒の肴ですか。ポテトチップスとか煎餅とか、おつまみセットとか、塩辛とか刺身とか……? そういえば、店主さんは魚介類の生ものって、大丈夫ですか?」

 言いながら気づいたが、魚介類の生ものは苦手な人も多い。というか、まず俺自身が苦手だ。他の家族は刺身も生寿司も食べれるんだけど、俺だけはそれらを徹底的に避けている。塩辛も刺身も生ものがダメだと食べれないだろう。そもそも俺自身は辛いものをあんまり積極的には食べない方なものだから、勧められるものがあまり思い浮かばないな。

「おう。俺は大抵の食い物は大丈夫だぜ! それと俺の名前はホルツだ!」

「あ、俺の名前は鳴神 鴇矢です。鳴神が苗字で鴇矢が名前です」

 最近立て続けに自己紹介してるな、と思いながら名乗り返す。そうか、ドワーフの店主はホルツさんというのか。今度からはそう呼ぼう。


「そうか、トキヤか。んで、どれがそうだ?」

 さっそく商品カタログを持ってきて、俺に押し付けてくる。ホルツさん、ぐいぐい来るな。

「えーっと」

 商品カタログの中から該当しそうな品をあれこれ探して、これはこういう食べ物ですと説明していく。ホルツさんは俺の勧めた品をどんどん注文票に記入していく。大変思い切りがいい。

 だけど何故か、刺身は見当たらなかった。

 大手スーパーの商品から個人経営の店舗の商品まで幅広く取り扱っているのに、まだまだ扱っていない品も多いようだ。

「刺身は見当たらないですね。父は晩酌に日本酒と刺身を合わせている時があるので、合うかと思ったんですが」

 自分では食べられないのであくまで一般的な見解だが。酒飲みの人は刺身好きな人が多いような気がする。

「サシミか。んじゃ今度、街役場に申請してみっか。そりゃ、辛いのか?」


(街役場の人、宅配関連で忙しくしてるかも?)

 なんだかその多忙さに一役買ってしまっているようで、申し訳ない気分になる。

 まあ、日本の食品は美味しいものが多いので、こっちの人達にもぜひ食べてみて欲しいとも思っているから、反省はあまりない。

「刺身自体は辛くないですが、付け合わせの薬味が、すごく独特の辛みがあるんです。父が刺身に合わせてた日本酒は、これとかこれとかです」

 カタログには酒専門のページもあったので、そこから父の飲んでいた銘柄を教える。父の好みがホルツさんに合うとは限らないが、俺は酒は飲めない未成年なので、どれが美味しいかはわからないのだ。

 ただ、刺身には辛口が合うとか言ってた覚えはあるから、これらの酒は多分辛口なのだろう。

「んじゃそれも一緒に注文してみっか!」


 そんな感じで食べ物談義と体の測定を終え、俺は防具屋を後にした。

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