第61話 武器屋で食べ物の話

「こんにちは」

「ああ、丁度いい。これはどれが美味い?」

 武器屋を訪れたところ、店主にいきなり訊ねられた。

 彼の手にあるのは、どこかの食堂の出前の写真入りメニューだった。日本の一般的な食堂のメニューなんだけど……説明文らしきものが、日本語と別の言語両方で書かれていて、番号が振ってある。

 これはおそらく、ダンジョン街向けに特別に作られたメニュー表なのだろう。


「ああ、街への配達が始まったんですね。……えっと、俺のお勧めはその中だと、1番のかつ丼か、3番の牛丼です。かつ丼は豚肉を揚げたもので、牛丼は牛肉を柔らかく煮込んだものです。どちらも下にご飯……お米が入ってます」

 店主から差し出されたメニューをそのまま受け取って眺めてみる。

 かつ丼や牛丼の他にも、カレーライス、親子丼、餡かけチャーハン、餃子とチャーハンのセット、からあげ定食、とんかつ定食、ミックスフライ定食、和風おろしハンバーグ定食、サバの味噌煮定食が載っている。一部はスープやみそ汁付きだ。出前で汁物って、ラップを被せれば零れないものなんだろうか。

 うちは母が料理好きで、いつもこまめに食事を用意してくれるから、出前って、実は注文した事がない。外食は以前の家族旅行の際とかで、そこそこ食べる機会もあったけど。

 カレーライスは日本人に好まれやすい料理だけど、匂いや見た目で好みが分かれるかもしれない。なのでここは素直に、俺の好物をお勧めしてみた。


(それにしても、宅配開始まで結構かかったな)

 今は6月の半ばを過ぎたところだ。日本で宅配関連のニュースが発表されたのが、4月の終わり頃だったか。

 そう考えれば、まだそんなに経ってないかな? それでもう宅配が実施されたなら、順調に進んだ方なのかもしれない。

 しかも通常の通販だけじゃなく、出前にまで対応しているとは、幅広いラインナップだ。


「現在は試用期間だそうだ。……豚肉と牛肉か。両方頼むか」

 両方と聞いてちょっと不安になる。健啖家なら2人前でも食べきれるだろうが、どうなんだろう。

(もしかして、ひとつで1人前ってわかってないとか?)

 一応確認してみる。

「あの。それ、ひとつで一般的な1人前ありますけど、食べきれますか? 日本の人は小食傾向だから、ふたつ頼んでも食べきれる量かもしれませんが」

 外国とかって食事の量がすごく多いって聞くし、もしかしたらこちらでも日本での2、3人前の量くらいは、一人で食べ切れるのかもしれない。でも流石に、かつ丼と牛丼のダブルはカロリーオーバーになる可能性が高い気がする。

「む、そうなのか。2人前は多いかもしれん。今日はこちらを頼んで、もうひとつは明日にするか」

(やっぱり一人前ってわかってなかったのか)

 事前に止めて良かった。

 店主はどちらにするか悩んで、結局、今日はかつ丼を頼むと決めたようだ。注文票に1番の番号を(こちらの記号らしきもので)書いている。かつ丼、無事に口に合うと良いけど。


「そういえば、おまえが持ってきた菓子だったか。ガイエンから分けてもらって食べたのだが。緑色でもちもちしていて、中に黒いものがぎっしり詰まっていて、今まで食べた事のない食感だった。最初は驚いたが、美味かった。あれはなんという食べ物だ」

 両手で小さめの丸を作って、身振りを交えて説明される。

 どうやらガイエンさん、甘い物が苦手なのかも? 近所の面々に、甘いお菓子をお裾分けしまくっていたようだ。

(あー、でも、ガイエンさんが一人暮らしだとしたら、一人でひと箱のお菓子を食べるのは大変か。和菓子って特に、賞味期限短めだし)

 もしかして単純に、俺の差し入れたお菓子の量が多すぎた可能性もある。

 お礼だからって、和菓子屋でうっかり大箱いっぱいにお菓子を詰めてもらったんだった。半分は煎餅系のしょっぱいお菓子だったとはいえ、一人で消費するには量が多すぎたかもしれない。

(ダメにするよりは、みんなで食べてもらった方が嬉しいし、良かったかな)

 それにどうやらあの差し入れがきっかけで、こちらの店主も日本食に興味を持ったようだし。結果良ければ、と思っておこう。


(でも考えてみれば、初っ端から和菓子って、ハードルが高かったかも)

 餡子とか餅とか煎餅とか、結果として気に入ってもらえたから良かったものの、こちらの住人からすれば、かなり変わった食べ物だったろう。

 特に何も考えずに差し入れに和菓子を選択してしまったけど、下手したら失敗だったかもしれない。

 あるいは逆に、こちらにはない物珍しいものだったからこそ、気に入った可能性もあるが。


「緑色……草餅かな? 中身は餡子っていう、小豆と砂糖を煮て作ったものだと思います」

 言われた内容と差し入れの中身を考えて推察する。多分だけど、草餅だと思う。

「そうか。クサモチというのか。今度注文するとしよう」

 店主は何度か口の中でクサモチと、その単語を繰り返した。

(あの和菓子屋さん、人気だな)

 注文多数で大変かもしれないけど、商売繫盛だしぜひとも頑張って欲しい。


「そういえば、どうやって注文するんですか?」

 電話もネットも繋がらないのに、どうやって注文票を日本まで届けているんだろう。誰か係の人が受け取りに来るとか?

「今はまだ、街役場まで直接注文票を持っていくしかないが、そのうち需要が増えるようなら、希望店舗でも受付し、一日数回、注文を受け取る者が回ってくるようになるらしい。商品も今後更に増える予定だそうだ」

 注文票には配達希望日時の欄があって、食事時に合わせた配達も可能。希望する品の追加にも積極的に応じる。大口注文も小口注文も受け付ける。その他要望あれば応相談。とにかく色々とサービスを提供したいようで、対応がとても懇切丁寧らしい。

「おまえの国は気前がいいな。宅配準備中の他の街役場の連中の話からすると、おまえの国は他の国よりも随分と細かく、こちら側の要望を聞いてくれているようだぞ」

 店主はそう評してくれたけど、俺からすれば、ここから更に売り込み攻勢をかけるぞ、という政府側の意気込みと下心が透けて見える。

(あっちでゲートを店に設置する場所さえ確保できれば、街まで0分だもんな。街には何か所もゲートがあるから配達に向いてるし。お金も、銀行にはこれまでDGと換金した日本円が余ってそうだし、住人もみんな強くって、お金もいっぱい持ってそうだし。……そりゃ商機を逃がせないよな)

 まあ、商売でお互いに満足できるなら、それに越した事はない。


「本格的ですね。出前まで対応できるなら、こっちでもラーメンとか食べられるようになるのかな?」

「ラーメンとはなんだ?」

 半ば独り言だった後半の台詞に、すごい勢いで反応された。どうやらよっぽど地球の食べ物に興味津々らしい。宅配のお得意様になりそうな気配。

「汁に入った麺で、色んな味がある食べ物です。日本……俺の住んでる国では、専門のお店があちこちにあるくらい人気の食べ物です。麺がのびるから、あまり出前には向かない食べ物なんですけど、一応出前にもあったりします」

 改めて言葉で説明しようとすると、これでいいのか悩むな。ラーメンはラーメンだもんな。俺の今の説明だけだと、スープパスタも素麵も蕎麦も同じ分類になってしまう。全然違う食べ物なのに。どうすればラーメンをラーメンとして説明できるのかわからない。

「ここにはないが」

 難しい顔で宣われた。どうやらラーメンが食べたくなったようだ。

「そういえばそうですね」

 手元の食堂のメニューには、何故かラーメンがなかった。やっぱりのびるからだろうか。

 うっかりラーメンの事を口にしたのに、食べさせられないままなのは申し訳ない。


「他のカタログにはあるか?」

「どうでしょう。ちょっと見せてもらっていいですか」

 二人して、何冊もあるカタログのページを捲って、目的のものを探す。

 商品カタログは一枚だけのものもあれば、分厚い本のようなカタログもある。それが何冊も積み重なって置いてあって、結構場所を取っている。

 こちらでは街役場か、あるいは希望店舗のみがカタログを取り扱うって話だったけど、今後もっと商品が増えそうな事を考えたら、本業の邪魔にならない設置方法を考えた方が良いんじゃないだろうか。

 今は食べ物が中心のようだけど、それ以外のものも、いずれ取り扱うようになるんだろうし。


(もしカタログになければ、カップラーメンでも持ってこようかな?)

 焼きそばなら文化祭で作ったし、材料とホットプレートを用意すれば俺でも作れるけど、あれはラーメンとはまた違う分類だし、この店でいきなり俺が料理をするっていうのもハードルが高い。

 カップラーメンならお湯を注ぐだけのものもあるから、説明すれば作れるはず。

 そう思っていたら、別のメニュー表に無事ラーメンを発見した。


「あ、これです。ラーメン。醤油味と味噌味ととんこつ味と塩味、あと冷やし中華と担々麺があります。冷やし中華は冷たい麺で、担々麺は辛い味付けです」

 先ほどの食堂と違って、こちらの店のメニューはラーメン中心だ。というか多分、ラーメン屋さんのメニュー表だ。ラーメンの他にはチャーハンと餃子しかないし。

「これか。麺は好物だ。今度頼んでみよう」

「のびると味が落ちるので、届いたらすぐに食べてくださいね」

 これは重要事項なので、しっかりと伝えておかねば。

「わかった、気を付けよう」

 店主は重々しく頷いた。

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