第59話 インベントリ入手、救済ダンジョンの始動
ゴールデンウィークが終わり、学校が始まってからしばらく経って。ついに銀行カードのDGが8万貯まった。これでようやく待望のインベントリスキルのスクロールが購入できる。
とは言っても、人気の品薄スキルだ。そう簡単に手に入るとは思っていない。まずは予約して、あとはひたすら待たないと。……そう思っていたんだけど。
予約して一週間後。
「トキヤ坊が予約したインベントリのスキル、昨日入荷したぞ」
「ええっ、すごいですっ。こんな短期間でインベントリを手に入れられるだなんて、思ってませんでした」
予約できても数か月待ちが当たり前とか、店によっては予約すらできない事があるとかネットに書き込んであったから、それくらい待つ覚悟だったのに。まさかたった一週間で手に入るとは。
「インベントリはマイナースキルと違って人気のあるスクロールですから、収集癖のある人達でも、手に入れるのが大変なのでは?」
「俺には、あっちとはまた別の伝手があるんだよ。で、買うのか?」
「はい、その為にお金を貯めてきましたので。ぜひ売ってください」
(ひえー、ガイエンさんの伝手が本当にチートだ)
交友関係が広いってそれだけで武器だよな、と感心する。俺にはとても真似できないけど。
そんな訳で待望のインベントリが手に入った。ガイエンさんの伝手で、わずかな予約期間であっさりと。
さっそく店内で使用してみる。
そして頭の中のスキルの説明書を見てみると、レベル1では幅10センチ×奥行10センチ×高さ10センチの箱型の亜空間が作成され、氣の力で保持されるパッシブスキルのようだ。
これ、氣が足りなくなったりしたら、途端に中の物が溢れ出てくる仕様だ。氣の残量に気を付けないとヤバい事になりそうだ。
生物は入れられない縛りがあるから、人形は収納できるけど、幻獣は収納できない。当然モンスターも生きた状態で入れるのは不可能。ドロップアイテムの素材は問題なく入るけど。
レベルが上がる毎に幅10センチ×奥行10センチ×高さ10センチずつ、亜空間内の広さが大きくなっていくようだ。人形を待機状態で1体入れられるようになるには、少なくともレベル10は必要な訳か。全員を収納できるようになるには結構かかりそうだ。
亜空間が大きくなってくると天井が高くなるが、そもそも亜空間の中は特殊な状態になっていて、物が入る隙間さえあるなら、積み重ねたりしなくても普通に収納できるらしい。
矢の予備とか武器の予備とか、インベントリに入れておきたいものは多い。ドロップアイテムを拾い集めた際も、インベントリがあれば便利になる。
(頑張ってレベルを上げて、インベントリをもっと使いやすい広さにしよう)
5月の終わりのとある日、朝のテレビのニュースで、リポーターが興奮気味に「新しいダンジョンの誕生」を語っている。
本日の未明、ゲートに新しいダンジョン情報が現れたそうだ。しかも日本国内を含めて、全世界の数十か所に一斉に。
その名称はすべて「救済ダンジョン」となっており、自衛隊が緊急出動し、山梨県大月市に出現した新たなダンジョン内を調べたところ、1層に街があって、複数人が同時に出入りできる事から「特殊ダンジョン」と認定された。
ただしこれは、日本の「救済ダンジョン」が偶々「特殊ダンジョン」でもある分類だっただけで、世界各地に出現した「救済ダンジョン」は「通常ダンジョン」仕様のものと「特殊ダンジョン」仕様のものと、両方あったらしい。
ともあれこれで日本には、11個目の特殊ダンジョンが誕生した。
これまでは、10か所の特殊ダンジョンは日本各地に適度に分散していて、(北海道地方)北海道帯広市に1個、(沖縄地方)沖縄県石垣島に1個、(北陸・甲信越)富山県黒部市に1個、(関東)東京都千代田区に1個、(四国)高知県四万十市に1個、(東海)愛知県名古屋市に1個、(関西)京都県宇治市に1個、(中国)島根県出雲市に1個、(九州)佐賀県伊万里市に1個、(東北)秋田県横手市に1個、という区分だった。
だが今度からは、(北陸)富山県黒部市に1個、(甲信越)山梨県大月市に1個、という区分に変更になる。
「救済ダンジョン?」
俺は首を傾げた。今までは聞いた事がない名称である。まったく新しいタイプのダンジョンなのだろう。
テレビ画面のニュースは更に続いている。
「救済ダンジョン」は、これまで老いや障害などの理由で体が不自由で動けずに、ダンジョンでモンスターと戦えなかった人々が、ダンジョン内で自由に動けるようになる仕組みだと。
「え、すごい」
思わずぽつりと声が零れた。
世の中に存在する体が不自由な人達はこれまで、そのすべてがダンジョン産のポーションによって、治療を受けてこられた訳ではなかった。治療に必要なポーションを購入する資金がない人達にとって、これまでダンジョンの存在は、決して「救済」ではなかった。
(お金を持ってる人達がどんどん助かっていく中で、お金がないせいで取り残されてしまう側は、世の中を恨む気持ちや、やるせない思いでいっぱいだったろうな……)
そんな中で新たに出現した「救済ダンジョン」。
その内部でならば、体が不自由な人であっても、自由に動き、戦う事が可能になるという。
そうしてモンスターとの戦闘で資金を貯めれば、体を治療するポーションを購入する金額が貯められるようになる。ものすごく画期的なシステムであって、まさに「救済」措置である。
(リポーターの人が興奮気味になってる理由もわかるな)
今回の新しいダンジョンは、世界を大きく変える可能性を秘めている。
これまでは救われなかった人が救われるなんて素晴らしい事だ。今日からしばらくは、報道関係はこの話題で埋め尽くされる予感がする。
「また、すごいダンジョンができたものだな」
一緒にニュースを見ていた父も感心している。俺もその意見に頷いた。
「そうだね。このダンジョンのおかげで助かる人もたくさんいるだろうね。重い障害の人でも、このダンジョン内でなら動けるなんて。脳死状態だと無理なのかな?」
「脳死は流石にムリなんじゃない? 死者を復活させる蘇生薬は、いまだに発見されてないらしいし。……でもダンジョンって、意外と親切よね。まあ、モンスターとの戦いは必須条件っぽいけど」
姉が感心半分呆れ半分のような顔で言う。
確かにダンジョンシステムの姿勢は、ただ救うのではなく、モンスターと戦って自力でドロップアイテムを勝ち取れという点で一貫している。座して救済を待つな。自力で掴み取れと言わんばかりだ。
(その道筋を用意してくれるだけでも、十分親切だと思うけど)
「そういや、初級の食材ダンジョンも、「ダンジョンの慈悲」とか言われてたっけ。初心者ダンジョンの5層まで攻略できる実力があれば、食材ダンジョンでドロップアイテムが得られるから」
救済ダンジョンの話題から連想したのか、兄がそう言ったので、俺も初級の「食材ダンジョン」の事を思い出した。
初級の「野菜ダンジョン」「果物ダンジョン」「山菜ダンジョン」「穀物ダンジョン」「木の実ダンジョン」といった各種食材ダンジョンは、初心者ダンジョンの5層くらいの強さの敵(果物に手足を生やした見た目のモンスター)が、延々と出てくるらしい。
層を下がっても出てくるモンスターの強さも見た目も一定で変わらず、ドロップアイテムの種類が変わるだけ。ドロップアイテムはコアクリスタル以外は、野菜や果物、山菜に穀物といった、そのダンジョンの名を冠する食べ物ばかり。
要するに、「ここで頑張れば最低限、食べものに困る事はない」という、「ダンジョンの慈悲」と呼ばれるのもわかるような場所なのだ。
しかも食材ダンジョンは通常ダンジョン仕様だから、他人に獲物を狩り尽される心配もなく、少し待てばモンスターは復活し、倒せば同じようにドロップアイテムを落としてくれる。
なので、やろうと思えば無限に食料を確保し続けられるのだ。
(まあその分、ドロップアイテムは食材だけで、コアクリスタルを除いては、食材以外は一切ドロップしないらしいけど)
レベルが低くても戦える分、収入的にはダンジョンとしては微々たるものになる。
下級以降の食材ダンジョンは食べるとバフ効果が付くようになるので、違う意味で価値が上がるのだが、初級の食材ダンジョンは、すべて普通の食材ばかりだ。
初級はあくまでも、食べるものにも困っている人や、ダンジョン内に住んでいる人への食材提供の為のダンジョンなのだろう。
(前に父さんが、地球全体が食料危機に陥ってるって話をした時も、食材ダンジョンがあるのに? って不思議に思ったくらいだもんな)
以前父と話した内容を思い出す。
食材ダンジョンには個々の嗜好まで考慮して、豊富な種類の食材が用意されているのだ。食べ物に困っているのなら、初級ダンジョンに潜って戦えばいいのに、と思ったような記憶がある。
例えば穀物ダンジョンでドロップするのは、1層は小麦、2層は大麦、3層は米……といったふうに、食べたいものまで選べる仕様なのだから。
初心者ダンジョンの5層まで攻略できれば、兎肉、鶏肉、豚肉の三種類の肉類も手に入る。
(初心者ダンジョンの5層までなら、中学生……体格が良い子なら小学校高学年くらいの子でも到達可能な範囲だもんな。自分で戦う気があるなら生きていける手助けをしよう、みたいな気概を感じる)
それだけでも十分に親切設計だと思っていたダンジョンに、新たに追加された「救済ダンジョン」。
生きていて本人にやる気さえあれば、助かる人の数はまた増える。
「新しいダンジョンのおかげで助かる人が増えそうね。良い事だわ」
母がそうニュースの話題を締めくくる。
(もう、ダンジョンの親切が、天元突破してる気がする……)
その分だけこの世界の人々は、ますますダンジョンへ依存していくようになるかもしれない。
(うーむ。もしかして、ダンジョン的には戦略的意図もあるのかも)
まあ、もしもダンジョンサイドにそういう下心があったとしても、ありがたい措置である事には変わりがない。
(助かる人が多くなるのは良い事だし、お互い利用しあうのでも、共存共栄できるなら、充分ありがたがっておくべきだよな)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます