第56話 スクロール屋で買い物、魔道具屋で食べ物の話

 その日は、ヒツジとの戦闘はそこで取りやめた。

(一度ダンジョンを出れば怪我は治るんだから、体の心配はないけど)

 時間も丁度お昼時だ。昼食を食べて、いったん気分を切り替えよう。

(ゴールデンウィーク初日なのに、うっかりミスで気絶なんて、幸先の悪いスタートだな)

 ため息をつく。だけどいつまでも落ち込んでいても仕方ない。

(今日の残り時間は、黒檀が使ったポーションを3層のウサギから補充したり、スクロール屋で気絶耐性と麻痺耐性のスキルを購入したり、青藍が使った閃光の魔法玉を補充したりしよう)

 落ち込んだ状態のまま無理に戦闘に戻ってまたミスをすれば、もっと落ち込むのだし。戦闘以外でもやらなければならない事はたくさんあるのだ。偶にはそういう日があってもいいだろう。



「おお、トキヤ坊か。おまえさんに頼んでた宅配の件、無事に話が通ったって聞いたぞ。ありがとな」

「そうですか。それは良かったです」

 スクロール屋を訪ねたら、ガイエンさんからお礼を言われた。先日の宅配の話は無事に済んだようだ。事前に聞いていたとはいえ、実際に叶ってほっとする。


「で、今日はどうした?」

「実は今日、ドジ踏んで、ヒツジの雷撃魔法の直撃食らっちゃいまして。それで、気絶耐性と麻痺耐性が欲しいんです。あと、身体強化や剛力ってパッシブじゃないですし、他に、体を強化するようなパッシブスキルってないでしょうか?」

 気絶耐性と麻痺耐性を購入する際に、他にもないか、一応訊ねてみる。

 体そのものを強化するスキルって、意外と数がない。

 身体強化や剛体は便利なスキルだけど、氣を消費して必要に応じて使うタイプだし。もっと他にないだろうか。

「いつもミスなく完璧に戦闘をこなすってのも無理な話だしなあ。多少の被弾はあるわな。しかしパッシブスキルか……。内臓強化はあるが、あれは内臓の働きを助ける補助スキルだから、雷に効くかは疑問だな」

(内臓強化……どうしよう)

 聞く限り、あまり雷撃には効きそうにないけど、ないよりはマシだろうか?


「神経強化みたいなスキルってないんですよね?」

「ないな。持ってない耐性スキルも基礎レベルを上げりゃ、それなりに耐性がつくくらいだ。体を強化したいなら地道に基礎レベル上げるのが、一番効果的だと思うぜ。そもそも基礎レベルを上げる事が、体全体の強化に繋がるんだからな」

諭すように言われて、俺は反省した。

「その、今度からはもっと基礎レベルを上げるまで、先に進むのは我慢するようにします」

 ちょっとスキルに頼りすぎていたようだ。基礎レベルを疎かにして良い事など、何もないのに。

(早く先に進みたい思いが強すぎて、次に次にと焦っていたのかも)

 今度から、基礎レベルがある程度上がるまでは、次の層に行くのを止めた方が良さそうだ。

 ミスをしても立て直せるだけの余力を持つ為に、次の層に行けそうだと思った段階ですぐに移動するんじゃなく、いくつか基礎レベルを上げるまで、あえてその層に留まるのだ。

(安全第一に、これからはその方針で行こう)

 大怪我を負ったり死亡したりとなれば、精神的に重いトラウマを負ったり、装備がダメになって買い直しになったりと、危険もロスもある。ここ、は慎重に慎重を重ねるくらいでちょうど良いだろう。


「そうだな。それが良い。あとは雷対策なら、衝撃を吸収して緩和する魔法が良いかもしれないな。緑属性に、そういう魔法があるぞ。先にかけとくと一定時間、対象が受ける衝撃の一部を肩代わりして緩和するって魔法だ。その魔法なら、次の9層のウシ相手にも有効だしよ」

 ガイエンさんが、スキルとレベル以外にも、雷撃に有効そうな魔法の存在を教えてくれた。

「え、そんな魔法があったんですか。緑属性の魔法は種類がいっぱいあり過ぎて、全部の魔法はとても把握できてませんでした。なら、内臓強化じゃなくて、緑魔法の方をお願いします」

 内臓強化の方も、それはそれで使い道はあるのだろうけど、まずは、雷撃魔法により効果のありそうな方を優先だ。


「おう。体の一部分だけを下手に強化すると、他の部分に不具合が出るんじゃねえかって気がするしな。一部だけってのはあんまないのかもな」

(そうか、他の部分に無理がいく可能性があるのか)

 体は全部ひとまとめでひとつの形を作っているのだから、一部だけを強化するスキルは危険なのかもしれない。

(体力増強や内臓強化はあるから、他のものもあるのかって思ったけど。そう簡単にはいかないか)

「それはあるかもしれませんね。筋力だけを上げたら、骨や神経が耐え切れなかったってなったら、怖いですもんね」

 使う度に体のどこかが故障するような危険なスキルは、流石にあまり欲しくない。切り札として考えるならアリかもしれないけど、やっぱりできるだけ安心して使えるスキルの方が良い。


「まあ一応、パッシブで身体強化のような効果のスキルが欲しいって、こっちでも要望だしといてやるよ。運が良けりゃ、新しいスキルができるかもな」

「えっ? スキルって新しく作れるんですか? というか要望って、どこに出すんですか?」

 頭の中が「?」で埋め尽くされる。街役場とかに要望を出しても、新しいスキルの作成なんて権限、まさか持ってないよな?

「そりゃダンジョンシステムにだよ」

「ええっ、ダンジョンシステムって、要望の受け付けもやってるんですか!?」

 思ってもみなかったから、すごいびっくりした。言われてみれば、ダンジョンシステム以外には、新しいスキルの創造なんかできそうもない。

 だけどシステムって、刑罰を科す怖い印象があったけど、意外と親切!?


 ……いやでも、考えてみれば、意外でもないのか。

(そういえば、ゲートの検索機能が新ダンジョンの要望を兼ねてるって話もあったっけ)

 ダンジョンシステムはダンジョンを攻略しようとする人に対しては、かなり親切な設計をしているって、常々思ってはいたけど、そういうストレートな要望受付まであったのか。

 それなら、いつ新しいスキルや魔法が出現しても不思議じゃないのか。


「ワールドラビリンスの10層に到達してダンジョン内に住むようになると、ステータスボードに「通知」「要望」っつー欄が新しく増えんだよ。とはいっても、要望が通る事なんざ滅多にないがな」

 ダンジョン街の住人向けの限定サービスなのか。内部に住む人には、システムが科す制限もあるけど、その分だけ特典もあるって感じなのかな。

「街に住むようになると、そんな機能も付くんですね。通知って、新しいスキルができたって知らせとかですか?」

「いや、そういう細かい知らせは来ねえな。通知は主に、システムからの禁止事項が増えたり減ったりした時の知らせだな」

「なるほど、それは重要そうですね」

(じゃあ新しいスキルができても、実際に誰かがドロップアイテムとして手に入れるまでは、新しくできたって事は、わからないままなんだ)

すごく便利だったり、偶にちょっと不便だったり、ダンジョンシステムのする事って、俺には理解できない内容も多いな。



 そんな訳で、「気絶耐性」「麻痺耐性」のスキルを自分で使用して、花琳を召喚して、「干し草の守り」の魔法スクロールを買って覚えてもらった。

(うーん。インベントリスキルの金額がもうすぐ貯まるかと思ってたけど、ちょっとだけ伸びるな)

 あともう少しでインベントリスキルを買える金額まで貯まるところだったのだけど、今日の買い物で貯金が減った。

 でも今はゴールデンウィーク期間中だし、学校が休みの分だけ資金集めもしやすい。今日使った分も、近いうちにまた貯められるだろう。

 なにより、雷撃魔法への対処策は喫緊の課題だから仕方ない。





「そういやアンタ、ナルガミトキヤで良いのかい?」

 スクロール屋の次に、そのお隣の魔道具屋に魔法玉の補充に寄ったところ、いきなり店主から、そんなふうに話しかけられた。

「え、はい。俺の名前は鳴神 鴇矢です。鳴神が苗字で、鴇矢が名前です」

(ガイエンさんから聞いたとか?)

 他に名乗った覚えもないし、多分そうなのだろう。ナルガミトキヤでひとまとめの名前と認識されてるところも、以前のガイエンさんと同じだし。

「ああ、名前が分かれてんのか。了解、トキヤ坊やね」

(……坊や)

 ガイエンさんも「坊」呼ばわりだけど、あの人は見た目が老人だから、心情的にまだマシだった。

 でもこちらの魔道具屋の店主の女性は20台後半くらいの見た目なので、「坊や」呼ばわりには、ちょっとだけ抵抗がある。言えないけど。


(あ、それよりも、今もしかして、ここの店主さんの名前を聞き返すチャンス?)

 ハッと気づいた。

「えっとその、店主さんの名前も、聞いて良いでしょうか?」

「アタシはアゼーラってモンさ」

「アゼーラさんですね、わかりました」

(良かった、自力で名前を聞けた!)

 些細な事だけど、内心で達成感。人見知りにしては中々の成果だと思う。

 キセラの街に通うようになってそれなりに経つけれど、名前をきちんと聞けた人は、アゼーラさんでようやく二人目なのだ。快挙と思っても仕方ない。


「ガイエンがアンタから貰ったって菓子を、うちにも分けてもらったんだが、うちの娘がアレを喜んで食べてたんでね。同じモンを、今度始まるっていう宅配で届けてもらえんのかい?」

(娘さんがいるのか)

 ポーションの影響で見た目と実年齢が違う事も多いから、アゼーラさんに子供がいても、別に不思議ではない。

 娘さんの年齢の予想は、まったくつかないけども。幼女でも成人女性でも有り得るから。


「俺が買ったお店も、宅配事業に参加するらしいです。「なごみ花籠」っていう名前の、和菓子屋さんです」

 それにしても差し入れの和菓子、思ったより人気だな。日本の食品類って、今後こっちで人気の商品になるのかも。

「ナゴミハナカゴ……ナゴミハナカゴね。了解。ところで、チョコレートっぽい味がしたんだけど、なんて商品名かわかるかい?」

(こっちの人達は言語スキルを持ってるって話だったけど、文字はまた別なのかな?)

 鑑定系の魔道具でどんな文字も翻訳できるって話を、どこかで聞いたような気もするけど。その辺はどうなんだろう?

 この場合、単に菓子の包み紙を、読む前に捨てちゃっただけかもしれない。


「チョコレートの味がしたなら、多分、チョコレート饅頭だと思います。入れてもらった覚えがあるんで」

 記憶力強化スキルのおかげだろうか。買った品物を思い出せた。

 チョコレートを使った和菓子は、その饅頭だけだったはず。もしチョコレート味だっていうの自体が勘違いなら、また話は違ってくるけど。

「チョコレートマンジュウね。良し、覚えた。……ああ、今日の用も魔法玉の補充かい?」

「あ、はい。閃光の魔法玉をひとつ、お願いします」

 そんなふうに、自己紹介と娘さんの話と菓子の話をしてから買い物を終わらせて、魔道具屋を出た。

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