第54話 差し入れの煎餅が好評だった。……だけど? その7
「さて、随分長く、面白くない話に付き合わせてしまったな。堅苦しいのはここまでにしておこう。せっかく鳴神くんがもってきてくれた事だし、菓子を食べさせてもらおうか」
貞満さんがそう言って話を締めくくった。ローテーブルの脇に置いていた和菓子の大箱に手を伸ばし、包装紙を開き始める。
「茶を入れ直してきます」
「ああ、頼む」
ずっと黙って話を聞いていた早渡海くんが、そこで素早くソファーから立ち上がって、茶碗をお盆に乗せて退出していった。
「神琉は話しにくいという事はないか?」
いきなり貞満さんが、早渡海くんの話題を出してきた。父親として、息子の普段の様子を気にかけているのかな?
「え、あの。俺も口下手なので、二人だけだと、偶に会話が止まる事はあります。でも、更科くんの紹介で出会ったばかりですが、早渡海くんはとても誠実で、信用できる人だと思います。仲良くしてもらって、ありがたいです」
とても話しやすいです、とか安易に嘘をつく事もできず、そのままの所感を述べた。
「そうか、これからも息子と仲良くしてくれると嬉しい」
「こちらこそ」
俺でよければ、これからも仲良くしていきたいと思っている。
入れ直したお茶を持ってきた早渡海くんと一緒に、彼の母親と思しき人が一緒に来た。
「こんにちは、はじめまして。神琉の母の瑠実佳(るみか)です」
長い髪を後ろでゆるく三つ編みにした、おっとりした雰囲気の人だった。小柄で垂れ目で、見た目は二十台くらいの若さだ。穏やかな笑顔で挨拶された。
(というか、お母さんの名前がルミカって、カミルと逆読み? 子供の名付けがそれでいいのかな?)
名前を聞いて、ちょっと微妙な気分になる。
「はじめまして、鳴神 鴇矢といいます。早渡海くんにはお世話になっています」
「よろしくね。こちらこそ、息子と友達になってくれてありがとう」
二人で頭を下げ合う。
その後、改めて4人でお茶を飲みながらお菓子を食べた。
「よければ昼食を食べていかないか」
「都合が良ければぜひ食べていって欲しいわ」
学校での出来事などを少し話したところで、ご両親から昼食のお誘いが。
「その。ご迷惑じゃなければ、お願いします」
(あんまり早く家に帰っても、友達とうまくいかなかったんじゃないかって、家族に心配かけるかもしれないし)
遠慮するのが正解か、お呼ばれするのが正解かわからなかったが、俺はお呼ばれする事に。
「揚げ物は食べれる? アレルギーや苦手なものとかはあるかしら?」
「揚げ物は好物です。アレルギーはありません。その……刺身とかの生ものは、苦手です」
もし既に用意してくれていたら申し訳ないと思いつつ、苦手なものを申告しておく。他にも苦手なものは結構あるけど、口にするのも避けたいくらい苦手なのは、今のところ生もの系だけだ。
刺身や生寿司、イカの塩辛といった生の匂いと風味の強いものは、口に入れるのも避けたいくらい苦手なのだ。単に苦手なだけで、アレルギーではないのだけど。
「そうなのね。お昼は鶏の唐揚げや野菜の揚げ物で良いかしら」
「はい、ありがとうございます」
「ならば、食事の時間まで俺の部屋に行くか」
早渡海くんが誘ってくれたので、しばらく早渡海くんの部屋で過ごす事になった。
「父が色々と無遠慮に言っていて、すまなかった」
「あ、ううん。俺の性格については事実だし……聞いた話は、知ってた方が良い事ばかりだったし」
彼の部屋も二階にあるようだ。家の中を移動中、階段を上る途中でぼそりと謝られた。
「ここが俺の部屋だ」
彼の部屋はものがあまりないすっきり片付いた部屋なのだけど、5体の人形が部屋面積のかなりの部分を占めていた。
「おお、やっぱり人形が部屋を圧迫してるね」
自分の部屋との共通点に、ちょっと嬉しくなる。
「そうだな。インベントリスキルを手に入れるまでは、どうしてもな」
(人形使いあるあるだな)
部屋の床に座布団を敷いて座ったものの、そこで二人して途方に暮れた。
「こういう時は何をするものか」
お互い家に友達が気軽に遊びに来るような経験がなかったようで、どうしていいのかわからない。更科くんが幼馴染として存在していた分だけ、早渡海くんの方がそういう経験はありそうなものだけど、本人は難しい顔をして首を捻っている。
「ゲーム……、とか?」
ないよな、この家に据え置き型のゲーム機なんて。
言いながら途中で気づいた。俺も据え置き型のゲーム機は持ってない。スマホでできるネットゲームはあるけど、空き時間はダンジョン関連の情報を見るか勉強に当てるかしているから、今世ではゲームは全然してないし。
この分だと、トランプやウノのようなレトロゲームもなさそうだ。将棋や囲碁ならばあるいは?(勝手な想像)
「あ、早渡海くんの人形の普段の戦闘方法とか、ダンジョン攻略の話でも良いと思うよ」
改めて、部屋の中で待機中の5体の人形を見やる。
「3体は硬質化のスキル、取れたんだ」
5体中、3体の表面の質感が金属質に変わっていた。彼も順調に人形専用スキルを取得中らしい。
「ああ、あそこの店主には感謝している。……俺も今度、菓子折りでも持っていくとしよう」
「そっか。ガイエンさんも、きっと喜ぶんじゃないかな」
定価でしか売れない決まりがあるのに、わざわざ苦労してマイナースクロールを探し出してきてくれてるのだ。システムには、せめてお菓子の差し入れくらいは見逃して欲しい。
「早渡海くんって兄弟はいる?」
彼のお母さんの名が逆読みだったので、もし他に兄弟がいるならどんな名前なのか、ちょっと気になったり。
「いや、子供は俺一人だ。鳴神は?」
(早渡海くんは一人っ子だったのか)
「俺は兄と姉が一人ずついるよ」
「ツグミは姉と妹が一人ずつだ」
「そっか。雪之崎くんは確か、一人っ子だったと思う。3人兄弟と一人っ子で分かれたね」
そんな感じで、ぽつぽつと会話を交わす。
「ダンジョンが地球から消える日が来るとして。鳴神はその時までに、ワールドラビリンスの10層まで行っていたとしたら、どうする? こちらから切り離される前に、あちらに移住するのか」
ふと、早渡海くんが問いかけてきた。先ほど貞満さんに聞いた話が印象に残っていたのだろう。
俺もそうだ。この話題は特に胸に残っていた。
これまで散々ダンジョンから恩恵を受けてきたのに、ある日いきなりすべてのダンジョンに行けなくなるなんて、許容しがたい。人形達や精霊達と別れるのも受け入れられない。
今のところ、それを解決する手段は、ワールドラビリンスの10層まで到達して街での居住権を得て、あちらに住む事だけだ。
でも、だからと言って、あちらへの移住を即決するには躊躇いがある。
「確かにダンジョン街に移住すれば、ダンジョンに繋がらなくなるって心配はなくなるけど。だけどその代わり、今度はいつ地球から切り離されるのかって、心配しないといけなくなるよね?」
ゲートで繋がっている間は問題ないけれど、一度切り離されたら、もしかしたら二度とこちらには戻ってこれなくなるかもしれない。そういう覚悟がいると思う。
「そうだな」
「……俺は確かにダンジョン攻略に夢中になってるし、それが生き甲斐みたいに感じてるけど。でも、だからって、そんな簡単には決められないかな……」
家族や親戚、友達の顔が思い浮かぶ。
こちらの世界と別れる覚悟なんかない。
かといって、ダンジョンを諦める事もできない。
強制的にどちらかだけを選ばなければならないとしても、それはもっと大人になってから、きちんと考えて決めたいと思う。
「そうか。……やはり、そうだな」
(早渡海くんは自衛隊に入りたいって言ってたし、地球に残るって決めてるんじゃないのかな。それでも迷う事もあるのかな。……雪之崎くんや更科くんはどうだろう? 家族も親戚も。……みんな、もしそうなるかもしれないってなった時、どちらを選ぶんだろう)
「それに今はまだ、移住の選択さえ、できない状態だしね。……消えないでいて欲しいって、システムに祈るしかできないっていうのも、もどかしいけど」
「……確かに今はまだ、遠い話だな」
ワールドラビリンスの10層に到達できるようになるには、少なくとも中級ダンジョンを攻略できるくらいの実力がいる。
初心者ダンジョンに通っている今はまだ、選択権すら得られていないのだ。俺も、早渡海くんも。
「鴇矢、随分疲れてるみたいね。いくらお友達のおうちに初めてお邪魔するからって、そんなに気疲れするなんて。やっぱり人見知りは、そんな簡単に治らないのね」
昼食をお呼ばれしてから家に帰ったら、そんなふうに母に苦笑された。
「あー、うん。そうかも」
俺は苦笑を返すしかない。知らなかった話を一気に聞かされて、実際に気疲れしたので。
数日後、「近々、日本にある複数のダンジョン街の住人を相手に、宅配サービスを開始する」と政府が発表した。
宅配業者や宅配商品についても大々的に公募するとか、日本にとって新たな商機だとか、明るいニュースとして取り上げられていた。
今年の早いうちに宅配の話が上がっていたのに、正式発表までに随分と時間がかかるものだなと思っていたけど、どうやらキセラの街だけでなく、日本各地にある特殊ダンジョンの街複数と同時に話を進めて、内密に条件を整えたりしていたらしい。
(日本にある特殊ダンジョンの数って、確か10個だったっけ)
どこかの街だけが外されて不平等になったりしないよう、国内では同時進行で宅配が始まるように計画されているらしい。
ただ、「今回の話が実現すれば、世界で初のダンジョン街との宅配取引が実施されるだろう」ってところでは、密かに複雑な気分になった。
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