第53話 差し入れの煎餅が好評だった。……だけど?  その6

「そもそもダンジョンは、ある日突然現れた。同じように、ある日突然なくなる可能性がないと、どうして言える?」

「……え?」

 あまりにも衝撃が大きすぎて、呆然としてしまった。

(ダンジョンが消える? 攻略もレベリングもできなくなる? 人形達や精霊達も、みんないなくなってしまう? 街の店主さん達にも会えなくなる? そんなの)

 そんなの俺にとって、とてもじゃないが受け入れられない。絶対に現実になって欲しくない仮定だった。


「万が一ダンジョンが消えた際、アイテムはともに消えるのか? レベルやスキルや魔法はどうだ? それは誰にもわからない事だ」

「ダンジョンが消えた場合なんて、考えた事もありませんでした」

 何とか言葉を絞り出す。

「ダンジョンシステムが刑罰で能力無効化といった措置を可能としているのは事実だ。ならばダンジョンが消えた際には、レベルシステムなどもすべて消える可能性がある」

「……そんな」

(なにもかも全部なくなったら、俺はどうなるんだろう)

 絶望して、また無気力な日々に戻るのか。

 そこまでダンジョンに依存していないと言い切るには、俺の意識も日常生活も、ダンジョン攻略が最優先すぎる。

(……落ち着け。落ち着くんだ。そうだ。この仮定は別に俺の話じゃないんだから。今は貞満さんの話をきちんと聞かないと)

 自分の気持ちを落ち着けようと努力する。



「だが、もしダンジョンが消えても、レベルやアイテムが残された場合、この世界はどうなると思う?」

(残された場合……俺個人にとっては、まだマシな状況だけど。でも、世界全体にしてみたらどうだろう)

 考えてみるが、あまり良い想像は浮かばなかった。

「……もしかして、残ったスクロールやポーションとかの、奪い合いになる、とかでしょうか?」

 随分と物騒な想定だけど、思いついてしまったし、いかにもありえそうな展開だと思って、恐々と口に出す。

「その可能性を見据えて、今からスクロールやポーションを備蓄している国や組織が多いからこそ、こちらの世界では全体的に、それらの値段が高止まりのままなのではないか」

(そう言われれば、納得できる部分もある。日本が概ね平和だから忘れがちだけど、地球は平和なだけの世界じゃないから)

「今はダンジョンシステムによる処罰が戦争の抑止力となっているが、ダンジョンが消えればそれもなくなる。それでもこの世界の国々は、戦争をしないでいられるだろうか?」

「それは……」

 しないとは言い切れない。これまでだって、世界は戦争を繰り返してきた歴史がある。今はダンジョンからの介入があるからこそ、留まっているだけなのだろう。

「すまない。怯えさせてしまったか。ただ、そういった事を踏まえた上で、今後も、もしあちらで何か聞いたとしても、安易に家族や友人に話したりネットに書き込んだりせず、息子を通じてこちらに相談してほしい。私の方で、できうる限り対処させてもらう」

「はい、わかりました。お願いします」


「そういえば、鳴神くんは鶫くんとも友人だったな。彼は頻繁にあちらの街に出掛け、多くの友人を作っている。それで、以前彼にも似たような話をした事がある」

 急に更科くんの話題を出された。息子の幼馴染なのだし、貞満さんが更科くんを知っていても、別におかしくはないか。

「更科くんは積極的にあちらに出向いてるみたいですし、人懐っこいですから、俺よりよっぽど親しい人が多そうです」

 ブログや動画のネタに街をうろついていると本人も言っていたし、随分とあちらの事情に詳しそうだった。


「鳴神くんは人見知りする性格か」

「え、……そ、そうです」

 いきなりずばっと言い当てられて動揺した。

 初めて会って、少し話しただけでも、わかってしまうものなのか。自分でも自覚はあるけど、ちょっと切ない。

「鶫くんのように明るく親しみやすい性格も、人々からはわかりやすく受け入れられやすいだろう。だが君のように、捻くれたところがなく素直で悪意なく、おとなしくぼんやりしていて頼りない子供も、大人から見れば「放っておけない」と、気にされやすい。君もあちらの人々にとっては、受け入れられやすいだろう」

「え、……そういうものなんですか」

(さらっと「頼りない」とか「ぼんやりしている」とかって言われた! そりゃ、事実だけども!?)

 自分の性格を客観的に分析されて真正面から告げられる機会なんか、そうはない。貞満さんのあまりに明け透けな物言いに、俺は慄いた。そういう性格だって自覚はあるんだけど、他人からはっきり言われると、かなり居た堪れないものなんだな。


「普段の生活に余裕がない者は、あちらに行っても個人的な話はせず、事務的に必要なものを売買するだけの者も多い。案外、あちらで屈託なく話せる者は少ないのではないか」

「そう、でしょうか?」

 そうかもしれない。違うかもしれない。他の人があちらの街の住人とどう接しているかなんて、今までろくに気にした事がなかったからわからない。

 ひどい態度を取る人がいなければいいなと思うけど、それは地球でも同じ事を思う。あんまり理不尽な相手や乱暴な言動をする相手は、須らく苦手だ。


「勿論中には、積極的に話しかけにいく者もいるだろう。屈託のない友人関係を構築している者もな。だが、私のような職にある者はどうしても仕事と結びつけやすく、あちらとの会話も探るようなものになりがちだ。あちらもそれを感じ取って警戒する。……無邪気な子供だからこそ、思いもよらない情報を得てしまう。そういう事態も、ないとは言えない」

「……今回の件のように、ですか?」

「そうだ。あちらの住人達が、システムによって話して良い事と悪い事を決められているのは知っているか?」

「はい、禁止事項があって話せない事があるのは聞きました」

「彼らはシステムが禁止しないものは、話して良いものと判断している。彼らの側から見れば、どの話がこちらの世界にとって影響が大きいかなど、知りようがない事だ」

「あちらからすればそうでしょうね」

(双方で価値観が違うとか、そもそも地球側の情報があまり浸透してないとか、事情は色々あるんだろうな)

 同じ地球世界の中においても、国によって、民族によって、あるいは個人によって、価値観は違うのだ。そこを全部理解して合わせるのは、土台無理な気がする。

 あちら側ではインターネットも通じないから、情報の取得は人伝の会話のみだろうし。


 お互いの認識の擦り合わせも、政府と街役場とで定期的に行われている会合でしてはいるのだろうけど。それでも街の住人全員に伝わる訳じゃないだろうし。……そもそも街を内包する特殊ダンジョンの立地によって、繋がっている先の国が違う以上、対応は均一にならないだろう。


「今や小学生でさえあちらへ行くような時代だ。このような状況では、情報規制などしようもない。かといって、知りえた事を即座に発表できない場合もある。……国にとって、あちらに関する情報の取り扱いは、非常に難しいものだ。本来ならば我々がもっとしっかり対応すべきだというのに、不甲斐ない話だが」

 難し気な表情で貞満さんが言う。

「それでも、だからこそ我が国では、できるかぎり情報を広く公開し、あちらと健全な友好を築いていきたいものだ。少なくとも私はそう願っている」

(情報を隠すのが無理なら、最初から後ろ暗い内容は極力なしで、公明正大な付き合いを。わかりやすいし、受け入れやすい結論だよな)

「そういう国の方が暮らしやすいと、俺も思います」

 俺も、今世も日本に転生して良かったと思っている。規制の厳しい国は暮らしにくそうだ。日本だって、暮らしやすい部分もそうでない部分もあるけど、この国は概ね平和だし、俺に合っていると思う。

 住めば都って諺もあるから、案外他の国だって、実際に住んでみれば居心地良く感じる可能性もあるけども。

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