第52話 差し入れの煎餅が好評だった。……だけど?  その5

「地球でスクロールがあちらの街より随分と高く売れるのは、各国の政府や軍事機関、民間機関までがこぞってスクロールを買い漁っているからだ、という噂があるのは知っているだろうか?」

 急に話の向きが変わった。これもダンジョンと関連のある話題と言えば、そうかもしれないが。

「え? そんな噂があるんですか」

(そういえば俺も、どうして地球ではスクロールが随分と高く売れるのか、不思議に思ってたけど)

 ダンジョン協会の買い取り窓口でもそうだし、ネットでも軒並み高値がついている。以前それを不思議に思って、首を捻った事もあった。

 政府や軍だけでなく、民間の企業も買い漁っているなら、確かに値段は吊り上がりそうだが、一体何を目的にそんな事をしているのだろう。

「スクロールを解析して研究する為に、秘密裏に大量入手してるといった話もあれば、いずれ戦争へ投入したいが為に、まとまった量を集めているといった噂もあるな」

「……戦争、ですか」

(スクロールの研究自体はしてるだろうとは思ったけど。こっちの世界での人同士の戦争にスクロールを使うのは、あんまり考えてなかったな。犯罪者はダンジョンを利用できなくなる刑罰があるから)

 そのあたりを怪訝に思う。ダンジョンに犯罪者認定されるとゲートが使えなくなって、レベルを上げたりできなくなる。それは、強くあらねばならない軍人にとって、不都合ではないのだろうか。


「実際に、自衛隊や警察などの国の組織には、日本ダンジョン協会が買い取ったスクロールなどのアイテムの優先購買権がある。それ自体は、特に隠してもいない事実だ」

 しれっと言われるが、それとこれとは話が別だと思うのだ。

「でも、それは別に、戦争に利用する為じゃないでしょう?」

 どちらかというと、災害救助なんかの平和利用の為だと思ってた。

「日本はそうだな」


(うわ、まるで他は違うと言わんばかりの言い方だな)

 貞満さんの思わせぶりな発言に、頬が引き攣る。もうちょっとオブラートに包んで欲しいと思うのは、贅沢な話だろうか。

 そもそも現役の自衛官が、ただの一般人の子供相手に、ここまでぶっちゃけてしまって良いのだろうか。

(噂話の範疇だから、問題ないのかな。興味を持って調べれば、誰でもわかる話しかしてないとか?)

 衝撃的な内容に慄いてしまうけど、過激な内容ではあっても、自衛隊の機密内容なんかではないのだろう。「あくまでも噂話」の範疇なのだ。


「ダンジョンが出現して以降、犯罪者はゲートを使えなくなる仕様のおかげで、世界は戦争や紛争が減って、かなり平和になったと聞きましたけど……」

 疑問をそのまま放置するのも何なので、貞満さんに訊ねてみる。

(前世では、世界のあちこちで戦争や紛争や内乱、民族弾圧、宗教弾圧、軍事クーデター、テロ、無差別殺人。本当に色んな事が起こってたよな。そういったニュースにさほど興味のなかった俺でさえ、あれだけ耳にしてたんだ。調べればもっとたくさんの争いが、世界各地で起きてたはず)

 記憶にある前世に比べれば、こちらの世界は、大きな争いは起きていない印象だった。

 突発的な事件や事故はあれど、日々のニュースは前世に比べれば平和なものが多い。こちらで一番人的被害が大きい出来事は、大抵が大規模な天災だ。

 それさえも、ダンジョン産のポーションや、レベルを上げた救助隊の活躍などによって、被害は少なくなっている。


 ダンジョンから様々なアイテムを得られるようになって、人間同士が限られた資源を巡って争う必要性が減った。その結果、各国はダンジョン攻略に力を入れるようになり、人同士の争いが減ったのだと思っていたのだけど、違ったのだろうか。

(俺の考えが楽観的すぎたかな)

 ため息をつきたい気持ちだ。


「ダンジョンシステムが、犯罪者と認定した者へ科す刑罰は知っているだろうか」

 また話の内容が変わった。それとも続いているのか。どちらにせよ難しい話の連続だ。

「確か、街の店舗を利用できなくなるとか、ゲートの使用が制限されるとか、ゲートそのものが使えなくなるとかだったと」

 ダンジョンが犯罪者と認定した相手を拘束し、その後所属国に引き渡す措置を取るのも、街の店舗の利用ができなくなったり、ゲートの使用が禁止されたりするのも有名だ。

 それ以外の刑罰は、ネットでは見かけない。他にあるのかどうかも、俺は知らない。


「システムの科す刑罰だが、軽いものから順に、

 1、「ダンジョン街にて店舗に入店できなくなる。店舗以外での街の住人との取引も不可となる」。

 2、「ダンジョンへ移動するゲート機能の一部制限。ダンジョン街及び、特殊ダンジョンへの出入り禁止措置」。

 3、「ダンジョンへ移動するゲート機能の使用全面禁止。すべてのダンジョンへの移動禁止措置」。

 4、「ゲートの使用禁止措置に加えて、すべてのポーションの効果が現れなくなる薬剤無効化措置」。

 5、「ゲート使用禁止措置、薬剤無効化措置に加えて、基礎レベル、スキル、魔法など、ダンジョンで得られたすべての能力剥奪措置」。

 ……そうなっている」


「レベルやスキルとかも、剥奪されるんですか」

 最初の方の刑罰はネットで知っていたけど、後の方の重い刑罰に関しては初めて知った。死刑などの刑罰こそないものの、ある意味それよりも残酷かもしれない。

「ダンジョンにとって都合の悪い犯罪者は、いずれ淘汰されていく仕組みなんですね」

 ポーションを使っても効果が得られなければ、若返れないし、老化の防止もできなくなる。そうなればいずれ寿命で死ぬしかなくなる。

 それに一度上げたレベルも剥奪されるなら、ダンジョンで得た強さで無双する事も不可能な訳だ。


(徹底してるな)

 システムの容赦のないやり方に、いっそ感心する。

 同時に、(俺は絶対、ダンジョンに刑罰を科されないように、まともに生きていこう)との決意を新たにさせられた。


「この刑罰は、ダンジョン内で起こした犯罪行為のみならず、地球世界で起こした「システムが犯罪と見做した行為」にもすべて適用される。とはいっても、死刑判決を受けるような重罪の犯罪者の死刑を実行しても、それらは「必要な措置」と認められ、死刑を言い渡した裁判員や、実行者は刑罰が科されないといった面もあるから、システムもこちらの事情をある程度は酌んでいるようだが」

(え、ダンジョン内での犯罪だけじゃなくて、地球での犯罪にまで適用されるんだ?)

 しかも、基本はダンジョンから見た基準で、一方的に執行されると。

(犯罪者の対処とかでは勘案しない訳でもないけど、それ以外の、例えば女性や子供の人権を認めないとか、そういうのは例外扱いにしないのかも。れっきとした「犯罪行為」として、刑罰が科されるのか)

 ダンジョンが科す刑罰は、裁判も弁護士もなしに、唐突に実行されると聞く。

(そういえば刑罰って、現在の罪にのみなのか、ダンジョンが世界に出現して以降なのか、個々の生まれてからの経歴すべてなのか、どうなんだろう)

 もし個々の経歴を過去まで遡ってすべての罪に刑罰が適用されるなら、ダンジョンを利用できない人の人口って、結構な割合になるのかもしれない。


 そして、ふと気づく。そういえば、重犯罪を犯した者の能力が剥奪されるなら、納得のいく件があったなと。

「それじゃあ今まで、シーカー経験者が犯人の事件で、犯人がすぐ捕まる報道が多かったのって、それが原因ですか」

 レベルの高いシーカーが事件を起こしたと報道されても、不思議なほど長引かず、すぐに解決すると思ってはいたのだ。

 警察が警官のレベル上げに熱心に取り組んでいる成果かと思っていたのだけど、……どうやら理由はそれだけじゃなかったらしい。


「そうだ。一度レベルを上げて強くなっても、システムに刑罰を執行されれば、能力のない一般人に戻る。だからこそ犯行後、警察が犯人を取り押さえるのも迅速に行える」

 ダンジョンシステムはこんなところでも親切設計らしい。おかげで一人の高レベル犯人による凶行が続く事がない。


「そして、薬剤無効化措置。この措置は「一度もゲートをくぐった事がなく、ステータスボードを所持していなくとも実行される」と確認されている」

「……システムはどうやって判断や実行をしているんでしょうね」

 ステータスボードを所持している相手ならまだ理屈はわかる気がするのだが。所持していない相手にまでそれらの措置を実行できるのは、もはや完全に理解不能な技術だ。

(ダンジョンが謎技術の塊なのは、今に始まった事じゃないけど)

「システム側がどうやってそれを実現しているかはわからないが。「ステータスボードを所持していないから刑罰も受けないだろう」と安易に戦争を起こし、ポーションが効かなくなって、老齢で政治から退場した国のトップの話も聞く。「自分だけは手を汚さず、指示だけを出して戦争を起こさせ、本人はポーションを使って不老長寿を満喫する」などというふざけた真似ができない点は、システムに感謝すべきか」

 微かに鼻で嗤った貞満さんには、返す言葉もない。


(そういえばダンジョンが出現して以降も、しばらくの間は、戦争や紛争が起きていた地域はあったんだっけ)

 刑罰の話が広まるまで、世界は相当混乱した事だろう。そういった経緯を経て、今の表面上は平和な世界が形成されていったようだ。

(複雑な気分だけど、システムのおかげで世界の平和が保たれてる感じだな)


「戦争を起こせば、自国の兵士の大半が人殺しとなって刑罰を科され、重い措置を受け、戦力は大幅に激減する。それは各国にとって不都合だ。だからこそ今は、表立っての大きな争いは減っている。……だが表立って争えなくなった分、水面下の争いや情報戦は、より熾烈になっている」

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