第51話 差し入れの煎餅が好評だった。……だけど?  その4

 家を出て学校近くで早渡海くんと待ち合わせ、彼の家まで案内してもらう。

 早渡海くんの雰囲気からなんとなく、武家屋敷とか日本庭園みたいな家を想像していたのだけど、案内されたのは、普通の和洋折衷っぽい雰囲気の一戸建ての家だった。


「入ってくれ」

「お邪魔します」

 早渡海くんの先導で案内されたのも、洋風のリビングか客間といった感じの部屋だ。

 そこでソファーに座っていたのは、20台後半くらいの見た目の落ち着いた雰囲気の男性だった。見た目こそ若いけれど、それは俺の親にも言える事だし、多分この人が早渡海くんのお父さんだろう。体格が良く迫力があるところがそっくりだ。

 ローテーブルを挟んで、俺と早渡海くんのお父さんが向かいあう。

 早渡海くんも俺の隣のソファーに座って、一緒にその場に残ってくれているが、特に何も喋ろうとしない。話の内容に口を出す気がないのかもしれない。


「はじめまして、鳴神 鴇矢です。本日はお時間を取っていただいて、ありがとうございます」

「はじめまして。私は神琉の父で、早渡海 貞満(はやとうみ さだみつ)という。こちらこそ、今日はわざわざ家まで出向いてもらい、申し訳ない。それと、先日はスクロール屋を紹介してくれてありがとう。おかげで自衛隊の装備も拡充できそうだ」

 早渡海くんのお父さん……貞満さんは、早渡海くんに似て、淡々とぶっきらぼうな喋り方をする人だった。いや、順番的には、息子の方が父に似たのか。

「いえ、あの、お店の方は、偶々知っていただけですから。あ、これ、あちらで気に入ってもらえたお菓子です。お土産に持ってきました」

 俺は紙袋に入れて持ってきた和菓子屋の大箱を、紙袋から出してローテーブルの上に乗せた。ローテーブルの上には既にそれぞれの位置にお茶が用意されていたから、お茶の茶碗を避けて貞満さんの方へ差し出す。

「そうか、気を遣わせてすまない。ありがとう。こちらの店舗の名は控えさせてもらう。あとで買い物にも行ってみよう」

 どうも、街の住人に気に入られた具体例として、どこか(政府とか上司とか?)への見本として、和菓子の実物を持っていきたいのかもしれない。

「醤油煎餅が特に気に入ったみたいです」

 いらない情報かもしれないけど、一応付け加えておく。


「メールで軽く事情は聞いているとはいえ、もう一度そちらから、詳しい経緯を話してもらえるだろうか」

 さっそく本題だ。俺は一度深く呼吸して、逸る気持ちを落ち着けた。

「はい、まず先日早渡海くんも一緒に行ったスクロール屋さんで、話を聞いたのがきっかけです。その店主のガイエンさんは、他の店ではあまりやっていないマイナースクロールの取り扱いもしてくれて、そのスクロールを探す為に知り合いの倉庫から、わざわざ自分で目的の品を探してきてくれていると知って、とてもお世話になっていると思ったんです。なので、普段のお礼にと思って、こちらのものと同じ和菓子を差し入れました」

 経緯については説明しなければと思っていなので、どう説明すべきか、数日に渡って考えてきている。それもあって、俺にしてはすらすらと説明を始められた。


「その数日後に、その近所の武器屋さんに行った際に伝言を受け取って、ガイエンさんのお店に行ったんです。そして、俺の差し入れのお菓子を気に入ったので、今度街で始まる予定の宅配サービスに、この店の商品も追加できないかと頼まれました。ガイエンさんの方からも、街役場に申請してみると言っていました」

 一応これで、大筋は説明できたはず。細かい部分は抜けてるかもしれないけど。


「……君がどうして私に相談しようと思ったのか、聞いても良いか」

 貞満さんに訊ねられた。これまで一度も会った事のない人相手に、いきなり相談に押しかけてるんだから、それも当然の疑問だろう。

「その、単に国に関係する知り合いの人がいなかったからです。丁度その直前に早渡海くんから、お父さんが自衛隊に所属している現職の自衛官だと伺っていたので、それが印象に残っていたので。もしこちらに断られたら、ダンジョン協会にでも相談しようかと考えました。でも、宅配がダンジョンシステムから許可されたものなのかとか、取引相手が日本なのかとか、考えれば考える程、後から不安が湧いてきて、どうしたらいいのかわからなくなっていました」

 相談した時に早渡海くんに指摘されて、改めて気づいた疑念もある。正直、ガイエンさんから話を聞いた時には、そこまで思い至らなかった。

「そうか。経緯についてはそれで終わりか?」

「はい」

 ちゃんと話せただろうか、とドキドキしながら頷く。


「ではまず、君の頼まれごとから話をしよう。宅配については、ダンジョンシステムから既に許可を貰っているそうだ。そもそも最初のきっかけは、システムから宅配を許可する通知がステータスボードを通してきた事だそうだ。それで、「ならばやってみようか」という話になったそうだ」

(あ、やっぱりダンジョンシステムの方から、許可をもらってるんだ)

 それを聞いて俺はほっとした。

 ダンジョン内に暮らす住人がダンジョンを支配しているようなシステムに逆らうなんて、できるのかわからないし、できたとしても危険すぎる。だから、最近になってシステムから許可が下りたから宅配に興味を持ったという経緯の方が納得しやすい。


「宅配の取引相手は日本政府となる。あちらの街役場の方々も、ダンジョン出現以来30年以上に渡る付き合いで、こちらにおける街の立地は把握している。以前から、日本領有内にある特殊ダンジョンのすべての街の街役場と、政府関係者との会合も、定期的に行われている。今回の話も、1月の会合の際に街役場側から相談があったと聞いている」

「そうだったんですね」

(そっか。30年以上も経ってるんだから、日本政府だって街役場の存在を知って、正式にコンタクト取ってるよな。そりゃそうか)

 貞満さんの言葉で、俺の思い描いた疑念が次々と晴らされていく。

 街役場と政府の方で定期的に会合が開かれているという話も、もっと熱心に政治関係のニュースを調べていれば、先に知る事ができていたのかもしれない。


「商品の配達自体は、こちらの人間でも問題ないと聞いている。商品カタログを置く場所は、街役場や希望する店舗を想定しているそうだ。集金は注文時の前払い。それを一旦街役場に集め、銀行にて日本円に換金して、まとめて日本側へ受け渡す形式になるそうだ」

 貞満さんが具体的な宅配方法を、淡々と説明する。

「もう宅配方法まで決まっているんですね」

 1月から双方で話し合ってきただけあって、もう殆どの内容は決定済みのようだ。

「日本にとっても、新しい市場の開拓は歓迎すべき事だ。現在、街役場の方々と最終的な詰めを話し合っている最中だ。宅配業者や宅配商品についても、民間から大々的に公募すると聞いている。……君の差し入れた和菓子屋にもぜひ参加してもらえるよう、国から要請が行くだろう」

 それを聞いてほっとする。どうやらガイエンさんからの頼まれごとは、無事に果たせそうだ。


「その、宅配の事業を民間から、大々的に公募するんですね。という事は、街への宅配事業を公にするんですか」

 そうなると、世間では結構大きなニュースになりそうな気がする。

 日本の企業にとっても大きな商機だろうし、参入したいところも多いんじゃないかな。

 たくさんの企業が参加してくれた方が、宅配商品が豊富になって、街側にしても嬉しいだろうし。

「そうだ。日本政府は近日中に、ダンジョン街への宅配サービス事業を開始する事を、世界に向けて大々的に発表する予定だ。日本は世界に先駆けて、ダンジョン街との宅配取引が実施される国となるだろう」

(元々、近日中に発表予定だったんだ。俺が聞いたタイミングが、偶々数日早かっただけなのか。……でも、世界に先駆けてって……)

 貞満さんのどこか意味深な言い方に、意識が引っかかった。


「あの、他の街では既に宅配を開始していると、話を聞いたんですけど。それって、日本以外の国の話じゃなかったんですか?」

 てっきり、キセラ以外の他の街と他国との間で、取引を始めているのかと思っていた。

 だけど日本が最初だというのなら、他の街との宅配取引も、日本領内での話だったのか。

 だけどそれもまだ、ニュースになってないよな。

(一部では公表より先に試験実施しているとか、そういう事かな?)


「それも聞いていたか。……宅配の許可がシステムから出たのは、去年の11月の終わりだそうだ。その後、街役場において話し合いがなされ、街の立地に基づいて各国へ要請がなされた。早いところでは去年の12月から取引が始まっているという。……それらは日本の話ではない。だが、該当国はその話を公にしていない」

(日本の話じゃなかったのか。でもなんでその国は、あっちの街との取引を、秘密にしてたんだろう?)

 微妙に眉が寄ったのが自分でもわかる。これは俺が聞いてもいい話なんだろうか。

「今後、日本が宅配の話を大々的に発表すれば、追随してくる国も多いだろう。だが、先に始めていた国は、どういった対応をしてくるか」

 そこで一旦言葉を切って、貞満さんは少し言葉を溜める。


「ダンジョン街では宅配が去年から始まっている街があるというのは、別に隠されてもいない事実として認識されている。だが、地球側ではその該当国は、それを徹底的に隠蔽してきた。何故かわかるか」


 どんな事情があって、その国がそれを秘密にしていたのか推察してみろと言われても、咄嗟の事だし、俺にはすぐに理由を想像できなかった。

「その、すみません。わからないです」

 仕方なく正直に、考え付かなかったと申告する。

(そもそも街の人達は秘密にする気がなさそうだったから、どこかのタイミングで、絶対バレてたよな)

 現に日本政府だって、それを把握してる訳だし。

 ほんのわずかな期間だけそれを秘密にする事に、一体どんなメリットがあるというのか。やっぱり俺には考え付かない。


「その国はおそらく、内密に取引する事で他国を出し抜き、あちらの街からうまく有利な条件を引き出せないか狙っていたのだろう。日本政府はそういった方針は取らず、大々的に取引を発表するが。……そうなれば、その国は苦々しく思うかもしれないな」

(何その陰謀めいた話!?)

 いきなりそんな世界の裏側の話をされても、戸惑いしかない。


「あの。宅配を届ける代わりに有利な条件を引き出すなんて、あまりにも荒唐無稽というか、無理があると思うんですけど。そもそも街の人達の方は、宅配を秘密裏の取引だなんて、思ってなさそうでしたし」

 後ろ暗い事がないからこそ俺みたいな子供に、気軽に商品の追加を頼んできたんだろう。どう考えてもあちらの人達は宅配を、単なる便利なサービスのひとつ程度にしか考えてなさそうだ。

 地球の品物に興味や好奇心があっても、それが自分達を立場を揺るがす程の大事だなんて、捉えてないと思う。

 ダンジョンはその内部だけで経済が成り立つ、独立独歩の仕組みなのだし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る