第50話 差し入れの煎餅が好評だった。……だけど?  その3

 日曜日、早渡海くんのお父さんが時間を作ってくれたので、早渡海くんのお宅にお邪魔する事になった。

 朝、朝食を食べ終えて、「友達の家にお邪魔する事になったから、お昼は帰ってこれるかわからないかも」と家族に今日の予定を話したら、とても驚かれた。


「鴇矢、友達できたんだな。良かったな」

 兄には喜ばれ、

「やだ、手土産の用意してないわ」

 母に慌てられ、

「仲良くしてくれる友達ができたなら、もっと早く言いなさいよ」

 姉に呆れられ、

「機会があったら、家にもぜひ遊びに来てもらうといい」

 父には家に連れてくるよう言われてしまった。

 こんなふうに、家族揃って大仰に反応されると思ってなくて、俺は戸惑った。

(本当は、遊びに行く訳じゃないんだけど)

 内心で申し訳なさが湧いてくる。

(友達ができたって事くらい、もっと早く言っておけば良かった)

 俺はこれまでずっと家族から心配されてきたんだって、そこでようやく自覚した。



「お土産は昨日、母さんお勧めの和菓子屋で買ってあるから、大丈夫だよ」

 まず、家の棚のお菓子やら自前のインベントリの中などから、俺に持たせる用のお菓子を漁りかねない勢いで焦っている母に、お土産はちゃんと自分で用意してあると伝える。

「ええっ、もう! もっと早く言ってくれれば、こっちで用意したのに!」

 まだ店が開いている時間じゃないから買いに走る事もできないと、母はちょっと不服そうだ。


「……友達は、最近は一緒にお昼を食べたりする友達が、3人できたよ。家に遊びにいくのは初めてだけど、この前、ダンジョン街に一緒に行ったりはしたよ」

 兄と姉に、改めて報告する。

「あの人見知りの鴇矢が、成長したな。前は本当に独りぼっちが当たり前みたいな顔してたもんな」

 兄に改めて喜ばれてわしわしと頭を撫でられ、俺は恐縮した。

「だからあんた、そういう事は、もっと早く言いなさいよね。みんな、あんたに友達が一人もいないの、ずっと心配してたんだからっ」

 姉がぷりぷりと怒りながら愚痴を言ってくるが、今回の件は全面的に俺が悪い。確かにもっとちゃんと、普段の学校生活を話しておくべきだった。

(小学生の頃からずっと、ご飯の時間とかも家族の話を聞くばっかりで、特に用事がないと、あんまり喋らなかったもんな。我ながら、口下手にも程がある)


 最近は少しずつ交友関係も広がって、口下手も少しは改善してきたと思ってたけど、家族相手には甘えが出ていたのか、子供の頃の癖のまま接していたようだ。

 今後はもうちょっと、普段から家族と積極的に話をするように意識しよう。


「ごめん、姉さん。そうだね。もっと早く、友達ができたって言えば良かった」

 ちょっとキツイところがある姉も、意外と俺の事を心配してくれていたようだ。一方的に苦手意識を感じて、できるだけ接点を持たないようにしてきた今までを思い出すと、後ろめたさと申し訳なさが混じった気持ちになる。

(多分だからって、苦手意識が全部消える訳じゃないだろうけど……)


 兄は面倒見が良くて優しいけれど、歳が離れているからどう接して良いかわからず、こちらで勝手に遠慮して、距離を置いていたところがあった気がする。

 二人にとっては、迷惑をかけたり面倒がかかってばかりの可愛くない弟だったろうに、こうして友達ができたと聞いて、怒ったり喜んだりしている姿には、複雑な感情が募った。

(兄弟の中で自分一人だけ不出来で落ちこぼれだって、一方的に劣等感を抱いて、無意識に距離を取ってたのかな……)

 自分よりずっと出来の良い兄や姉は、俺にとって、内面ではコンプレックスの対象だったのかもしれない。




「鴇矢が家に遊びに行くくらい親しい友達ができて、本当に良かった。私達は、鴇矢にはすまない事をしてしまったから」

「え……?」

「苦手だとわかっていたのに何年も旅行やレジャーに連れまわしたせいで、おまえはすっかり外が苦手になったな。何かある度に段々と無口になっていったし、次第に家族にさえおどおどとした態度になっていっていたのに、私達はそれに気づくのが、随分と遅くなってしまった」

「……父さん?」

 いきなり重い雰囲気で、懺悔のような告白をされ、俺は戸惑った。

 俺だけじゃなく、母も兄も姉も、みんなが父の言葉と雰囲気を前にして押し黙った。

「……出先で危ない目に合った時も、私達のフォローが足りていなかった。もっと注意深く見守っていれば、おまえがここまで内向的になる事もなかったろうに」

 部屋にしん、と沈黙が落ちる。

 俺は焦りのような悲しみのような、よくわからない感情に覆われた。

 どうして父はいきなり、こんな話をし始めたんだろう。


「……俺が内気なのは元からだし、せっかく、父さん達が家族の為にお金や時間を使ってくれたのに、家族で出かける度に迷惑かけて、台無しにしてたのは、俺の方だし……」

 他の誰も喋らないから、ここは俺が答えないとダメな場面だ。だからどうにか、無理に言葉を絞り出す。

「小さな子供が安全に過ごせるように、目を配るのは親の役目だ。私達は天歌や瑠璃葉が早熟で手がかからなかったからと、鴇矢の時も同じように対応してしまった。それに鴇矢が外が苦手だとわかってからも、それでも何か楽しめるものがないかと、何年もあちこち連れまわしてしまったしな。もっと早く、楽しめない遊びに無理に連れ出すのを、止めていれば良かった。……随分、至らない親だったと思うよ」

「そんな事……」

 どう言っていいかわからない。でも、心のどこかで否定しきれない自分もいる。


 前世の記憶が戻る前の、「どうせ何をやっても無駄だから」と、ダンジョンへ行くのを諦めていた、無気力だった自分を思い出す。

 当時の心理は、自分で理解して過ごしていた部分と、無意識、無自覚でいた部分が混ざっていて、自分でもよくわからなかったりする。

 ただ、鬱々と気が塞いでいて、無気力感や挫折感で心を押し殺されるような、息苦しい日々だった。


 そんなふうに育った原因に、親や家庭環境がまるっきり無関係だったとは、流石に思えない。

 だけどすべてが親のせいだなんて、責任転嫁する気にはなれない。

 そもそも自分は落ちこぼれでできない事だらけなのに、親にだけ完璧な対応を求めてどうするのか。

(完璧な人間なんてどこにもいない。俺も、家族のみんなも)

 俺は息を吐いて、ささくれた気持ちをどうにか落ち着けた。


「……前は確かに、苦しかったよ。生きていくのが辛かった。だけど、今はもう違うから。だから大丈夫だよ」

「……そうか」

 今はダンジョン攻略に夢中で、そんな感覚、久しく忘れていた。

 あのまま、何にも夢中になれないまま、閉塞感で押し潰されていたならと思うとゾッとする。

(前世の記憶が戻ったってチートは全然なかったけど、ダンジョンに行こうと思えるきっかけになっただけでも、俺にとっては十分、記憶が戻った事に価値はあったんだ)


「友達にうちに遊びに来てもらえるかはわからないけど、また今度、機会があったら聞いてみるよ」

 そう言って、家族のそれぞれの顔を見る。みんなそれぞれ違う表情を浮かべていた。母は悲しそうに目に涙を浮かべていたし、兄は苦虫を嚙み潰したような顔をしていたし、姉は気まずげなような苦しげなような、簡単には読み取れない複雑な感情を浮かべていた。

 父の発言に、みんなそれぞれ思うところがあるんだろう。

「そうか、いつか遊びに来てくれれば良いんだが。鴇矢と友達になってくれた子達に、ぜひ挨拶したいしな」

 静かな眼差しでそう言う父に、ただ頷いた。

 両親は多分ずっと、俺の子育てに失敗したと後悔していて、だけどそれをこれまでは表に出せずに、俺の様子をハラハラしながら見守っていたのだろう。

 ひどく複雑な思いで、俺は「そろそろ出かける準備してくるね」と告げて、自分の部屋に一旦戻る事にしたのだった。

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