第49話 差し入れの煎餅が好評だった。……だけど? その2
翌日、早渡海くんに相談してみる事にした。
他に誰に頼んだら良いかわからず、あそこのスクロール屋を知っている国の組織の人、という大雑把な括りで、早渡海くんのお父さんに白羽の矢を立てたので、息子の彼にまず、今回の話を聞いてもらえそうかどうか、相談してみる事にしたのだ。
正直、他に話を聞いてもらえそうな人が思い浮かばなかった。俺の両親は一般人だし。
とは言っても、雪之崎くんや更科くんがいる場で言って良いものかわからなかったから、昼休みのご飯の時間は避けて、朝、クラスで早渡海くんと顔を合わせた際に、「放課後に少し相談があるから時間を取ってもらえないかな」と頼んだ。
放課後、いつもの俺ならできるだけ早く帰って、人形達とともにダンジョンへ行くところだけど、今日は校内の人気のない場所を選んで、早渡海くんにざっと事情を説明する。
きっかけが俺の差し入れの煎餅ってあたりが、微妙にシリアスな感じがしないけど、一応、日本では公になってないらしき情報の扱いだから、慎重に。
(そんな程度の情報、知ったからどうしたって笑い飛ばされるなら、それでも良いけど)
早渡海くんが軽く笑い飛ばすような場面は、残念ながら想像もつかないが。
(早渡海くんとは出会ってまだ短いのに、なんか色々と、濃い時間を過ごしてる気がするな)
間に更科くんという存在があったおかげもあって、お互い無口で口下手なわりには、なんとか交流はできている。
彼は俺や雪之崎くんが話しかけると、いつも短いながらも真摯に答えてくれる。
偶に、更科くんを心配げに窺っている時もある。
更科くんは変な相手にこれまで何度も絡まれてきたようだし、無理に明るく振舞おうとしている時があるような気がして、俺も内心、ちょっと心配していた。幼馴染だけあって、早渡海くんは彼のそういう部分を気にかけているのだろう。
お父さんや自衛隊の為にと、ガイエンさんに誠実にスクロールの取り寄せをお願いする姿も、とても真剣だった。
短い期間とはいえ、そういう諸々を知っているので、俺は早渡海くんを信用している。
とは言っても、会った事もない彼のお父さんにいきなりお願い事をするのは、ハードルが高い。
でも、他に話を聞いてもらえそうな国の関係者には心当たりがなかったのだ。
「……そんな訳で、宅配サービスのお店のリストに、ガイエンさんからのリクエストで和菓子のお店を追加したいって話なんだけど、これって、早渡海くんのお父さんに相談しても良いかな?」
(ダメだったら、役所にでも相談に行けば良いのかな? それとも、日本ダンジョン協会の、買い取り専門じゃない方の、相談窓口とか?)
でもそれだと、子供のいたずらだって思われそうで、まじめに話を聞いてもらえなさそう。
ダンジョン街には子供だって行けるんだから、何か予想外の出来事が起きて、相談したい事柄ができる可能性だって、ゼロじゃないと思うんだけどな。現に俺が今まさに、そういう状況に陥っている訳だし。
「む、聞いてみる」
早渡海くんは俺の話を聞いて、難しい表情をしつつ、さっそくスマホを取り出した。
メールで父親に事情を説明してくれるらしく、文字を打っている。
「こっちからあっちへの宅配サービス、ようやく始まるみたいだね」
メールを打っている早渡海くんをただ眺めているのも気まずいので、そう呟いた。
「ダンジョン街って、ワールドラビリンスの10層を超えないと居住を認めないとか、30層を超えないと商売できないとか、いろんな決まりがあったよね。それで日本企業……っていうか、地球の企業って、これまでろくに進出できてなかったんだよね。……なんか、商売が不可なら宅配も不可なんじゃないかって気はするけど、そこのところってどうなんだろうね?」
店舗を構えて商売するのではなく、注文を受けて商品を届けるだけならセーフとか、そういう判定なのだろうか。
ダンジョンシステムの良い悪いの基準が、いまひとつわからないな。
(というか、システムの許可は取ってあるんだよね? 街の人達にとって、システムは絶対って感じだったし。まさか無許可でそんな事やらないよな)
ふと心配になる。あれだけあっけらかんと話していたのだし、後ろ暗い雰囲気もなかったし、そもそも俺のような子供に気軽に頼んできたくらいだし、大丈夫だと思うけど。
(そういえば、街の人達の出自って、ダンジョンによって街の管理維持の為に作られた人口生命体だとか、異世界からの移住者の集まりだとか、諸説あるんだっけ)
ネットではその辺、面白おかしく好き勝手に推論がなされている。
ネットは便利だけど、情報が多すぎるし真偽は定かじゃないしで、困る時もある。
信頼できそうな公共機関……政府のホームページとかでは、その辺の説明は出ていない。
(もしかしたらそれも、システムで話すのが禁止されてる内容なのかな)
「現に宅配を始めるという話が上がっているなら、問題ないという事なのだろう」
早渡海くんが眉を顰めつつ、俺の疑問に返してくれる。
「ガイエンさんは、他の街では既に宅配が始まってるって言ってたっけ。キセラの街ではこれからって話だったけど。なら多分もう、日本の政府とは話がついてるんだろうね。……キセラの街がある立地は、日本なんだし」
俺がガイエンさんから頼まれたのは、今度から街で開始する宅配サービスに、和菓子屋のお菓子を入れて欲しいって内容だったんだから、宅配の枠組み自体は、既にある程度できてるはずなんだよな。
「日本政府相手ならば、まだ話は単純だがな」
ぼそりと、低い声で早渡海くんが呟く。
「え? キセラの街がある特殊ダンジョンは日本にあるんだから、当然、宅配の話は日本政府とじゃないの?」
俺は他の可能性を全然考えてなかったから呆然とした。
「ゲートは世界中、どこからでも繋がるのだから、あの街にだって当然、外国の者も出入りしている。万が一、街と宅配の話をしている相手が他国だった場合、問題は随分と複雑になるだろう」
「うわ。俺、そんな可能性、全然考えてなかった……」
(そうか。自分達の街がこっちではどの国の領土にあるかとか、あっちが全然考慮してない可能性もあるのか)
「だとしたら尚更、俺の手には負えない話なんだけど」
国際問題に巻き込まれるとか、一般人の中学生には、いくら何でも荷が重すぎる。
「あちらの街役場がこちらでの立地を把握していれば、こちらでの立ち位置を無視するとは考えにくい。最低限の礼儀は通すだろう」
知っていれば日本を無視して初っ端から他国と宅配取引など始めたりしないはずというのが、早渡海くんの見解らしい。
「だといいけど」
不安材料がまたひとつ増えた気分だ。
「あの、返事に時間がかかるようなら、また後でメールで返事とかでも、全然良いんだけど」
またちょっと沈黙が続いて、俺はそう提案した。
「もう少し待ってくれ」
早渡海くんは、お父さんからすぐに返事が来るだろうと考えているようだ。逆に引き止められてしまった。
「いや別に、急かしてる訳じゃなくて。急に時間を取ってもらって悪かったなって思って」
(お父さん、仕事中なんじゃないかな。メールにすぐ気づけるとは限らないんじゃ?)
内心でそんな心配をしていたら、早渡海くんのスマホに着信音が。本当にすぐ返事をくれたようだ。
「父から返事が来た。鳴神、明後日の日曜は空けられるか」
どうやら無事、話を聞いてもらう事はできそうだ。その結果がどうなるかは別として。
「うん、空けられるよ」
どうせ俺にはダンジョン攻略以外、用事らしい用事なんかないし。
「ならば、日曜の朝、9時頃に俺の家に来てほしいそうだ。父が直接話を聞きたいと」
「そうしてもらえると俺も助かるけど、いいのかな? 他に相談できそうな人が思い浮かばなかったけど、早渡海くんのお父さん、忙しいんだよね?」
電話やメール越しであっても、時間を取ってもらえるならありがたいと思ってたのに、まさか直接会って話を聞いてもらえる事になるとは。
ありがたいけど、同時に申し訳ない思いもする。
「父が指定してきたんだ、時間は問題ない。家への案内は俺がする。待ち合わせ場所は、学校の近くの公園で良いか? あそこから家までは、15分から20分程度だ」
「じゃあよろしくお願いします。待ち合わせ時間は、日曜日の8時30分くらいでいいかな? 早渡海くんにも時間を取らせちゃってごめん」
「気にするな。では時間はそれで」
そんな訳で、明後日、早渡海くんのお宅にお邪魔する事になった。
……同級生の家に行くって初めてだな。いや、今回は別に遊びに行く訳じゃないけど。
(そうだ、ガイエンさんが気に入った差し入れと中身を同じにして、お土産として持っていこうかな。気に入られた見本はあった方が良いだろうし)
明後日、早めの時間帯の約束になったし、今日の放課後か明日のうちに、あの和菓子屋に買いに行っておこう。
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