第48話 差し入れの煎餅が好評だった。……だけど? その1
武器屋に俺と紫苑の分の矢の補充に行ったら、何故か店主から、「ガイエン、……スクロール屋の店主が、おまえが来たら声をかけるよう言っていたぞ」と伝言された。
(なんだろう?)
今まで、別の店経由で伝言を受けた事などなかった。よっぽどの用事なのだろうか。
「こんにちは。武器屋さんの方で、何か用事があると伺ったんですけど」
「おう、悪いな。ちょっと相談があってよ。前におまえさんが持ってきたくれた、茶色くてしょっぱくて堅くて丸い菓子が、なんか癖になってよ。また食いたいと思ってな」
「あ、気に入ってもらえて良かったです。また持ってきましょうか」
先日、いつものお礼にと、甘い和菓子を半分、しょっぱい煎餅などのお菓子を半分にして、彼に差し入れしたのだが、どうやらガイエンさんは、煎餅の方が好みだったようだ。茶色って事は醤油煎餅かな。
「いやいや、毎回おまえさんにおつかいを頼むのも悪いしな。他の街では去年あたりから、そっちからの宅配を頼めるようになったと聞いたし、近々、うちの街でも宅配を始めるって話も出てたはずだ。だからついでに、おまえさんの持ってきた菓子も、一緒に宅配できねえか?」
とりあえず用件はわかったけど、それ、俺になんとかできるかな?
(まずは誰かに話を聞いてもらって……あ、早渡海くんのお父さんとかどうだろう。国関係の仕事の人だし。……自衛隊と宅配商売じゃ、全然関係ないけども。とにかく、信頼できる大人に一度頼んでみて、それでもし宅配を断られたら、俺が定期的に差し入れするとかでいいのかな? 流石にガイエンさんに日本まで直接買いに行けっていう訳にもいかないし……、あれ? そういえば、こっちの異種族な人達を地球で見かけたって話、ネットとかで全然見かけないな?)
日本で異種族の人達が歩いてたら目立つだろう。だけどそういう話がネットで出回ってるのを見た覚えはない。つまり彼らは、地球にはやってきていないようだ。
「そういえば、俺達の暮らす場所に、ダンジョン街の人達が来る事ってないみたいですけど。行っちゃいけないって決まりでもあるんですか?」
何気なく訊いてみたら、ガイエンさんの動きが一瞬止まった。
「あー……、そりゃ、「ダンジョンの思し召し」ってヤツだな」
俺はおや、と目を瞬いた。
「その台詞、「ダンジョン街の人達の常套句」って言われてる台詞ですよね。前は何を質問しても、「ダンジョンの思し召し」とか、「ワールドラビリンスの100層にでも到達すれば、わかるんじゃないか」って、言われるばかりだったって……」
ネットで良く語られている「ダンジョン街の常套句」の話だが、俺はこれまで一度も、街の人達に言われた事がなかったものだから、却って不思議だったのだ。
(そもそも、まだ世界で最高峰のパーティが30層にようやく到達したところだっていうのに、ワールドラビリンスが100層まであるだろうって言われてるのって、この常套句が理由だし)
今回初めて使われて、感動といったら変だけど、妙にうずうずとした気持ちを感じた。
「ダンジョンシステムで答えられないと決められてる事なんかは、大抵はそう言って茶を濁すのが、こっちの習慣でな。つーか、「ダンジョンシステムから禁止されてて話せない事がある」とか、それ自体が、以前はそっちのヤツらに話すのが、禁止されてた訳だしな」
「え、そうだったんですか。……話す内容を一方的に禁止されるなんて、大変ですね。それにダンジョンシステムの禁止事項って、制限が緩和されたりもするんですね」
「そうだな、こっちとそっちの世界が繋がった当初なんか、ダンジョンシステムも禁止事項だらけだったぜ。それに俺ら街の住人だって、見知らぬヤツらが急に大勢押しかけてくるもんだから、最初はかなりそっちのヤツらを警戒したもんだ」
(ダンジョンの出現当時、街の人達も訪れる地球人を警戒してたんだ。そりゃそうか。いきなり見知らぬ相手が大勢やってきて、自分達の事を知りたがったりダンジョンに関して詰問したりしてきたりってあったんなら、最初から友好的な方がおかしいのか)
地球側としても、世界各地にいきなりダンジョンが出現して、「あれはなんだ」とか「モンスターが外に出てくる事はないのか」とか、わからない事なかりで警戒しているところに、その内側に住んでいる異種族を発見した訳だ。お互いに随分と混乱したり慌てたりといった騒動があったのだろう。
お互いに出会って30年以上という歴史のわりに、街の住人と地球世界の交流がいまいち進んでいないように思える理由も、地球側が彼らの事情にあまり詳しくないのも、その辺りが主な原因なのだろう。
(あとはそこに、ダンジョンシステムによる禁止事項が入ってくる訳か)
少しでも情報を引きたしたい地球側と、当時は警戒していた上にシステムからの禁止事項の縛りがきつく、ろくに何も喋れない状態だった街側。
(随分ギスギスしたんだろうな。……そういえば、一部の国や組織は、ダンジョン街の住人に対して、武力行使を実行したところもあったんだっけ)
その経緯を考えると、今、ある程度有効的に交流が成り立っている状態であるのが奇跡なのかも。
「そっちの連中の中には、やたら強硬な態度で、偉そうに話を聞き出そうとするヤツもいて、腹が立って店から叩き出した事もあったな」
「うわあ、そんな事もあったんですか」
ハーフリングであるガイエンさんも、やはりダンジョン街で店舗を持てる実力者なのだ。そんな厄介な相手を叩き出すくらい、軽くできるのだろう。
「ああ、今だからこそ言えるが、ダンジョンシステムの制限がきつかった当時は、俺らも答えられない事ばっかだったからな。そっちのヤツらも、ろくに情報が得られねえってんで、苛ついてたんだろうがなあ。そんでも、あの態度はいただけねえ」
「失礼な態度の人に腹が立つのは当たり前です」
あるいは当時、地球の一部の人々は、こちらの街の住人を、「同じ人間」扱いしていなかった可能性もある。
(見た目が異種族の人達だからって、化け物扱いしたりしてなきゃいいけど)
ファンタジー好きの一員としても、平和を望む一般人としても、見た目や種族が違うからって、一方的に存在そのものを排除するような行為は許容できない。
少し当時の出来事を想像をするだけで、俺でさえ色んな懸念が湧いてくるのだ。実際にそれらに直面してきた側にとっては、もっと深刻なものだろう。
「だよなあ。……んでな、話を宅配に戻すが」
当時の不愉快な出来事の話を流して、彼は本来の用事に話を戻した。
「あ、そうでした、すみません。話を逸らしちゃって」
ガイエンさんの持ち掛けてきた本題そっちのけで、俺の聞きたい事を聞いてしまった。反省だ。
「おまえさんの差し入れてくれた菓子の店、名前はなんつーんだ?」
「えーっと、確か、和菓子の「なごみ花籠」さんだったと思います」
母のお勧めの近所の和菓子屋さんだ。個人経営よりはちょっとだけ大きめかな? というくらいの規模の、結構昔からあるお店だったと思う。
俺が買い物に行ったのは差し入れを買った一度だけだけど、母はあの店がお気に入りなので、たまにあそこのお菓子を買ってくるから、なんとなく馴染みがある。
「あー、「ワガシのナゴミハナカゴ」だな? ……おまえさんのナルガミトキヤの名前といい、そっちは随分と、長い名前が多いんだな」
微妙に言い辛そうに、ガイエンさんが和菓子屋の名前を復唱する。
……人名や店名なんかは、言語スキルでは、意味まで通訳されないのだろうか。どうもその部分だけ、ぎこちない発音に聞こえる。
いくつもの意味を持つ漢字を名前に使っているのだ。会話だけでは、漢字に込められたひとつひとつの意味までは伝わらなくっても仕方ないのか。
「あ、俺の名前、鳴神が苗字で、鴇矢が名前なんです。なので、どっちかだけ呼んでもらえれば」
どうも、まとめてひとつの名前だと思われていたようだ。改めて自己紹介を補足する。
「なんだ、ナルガミは苗字か。ならトキヤ坊でいいか」
「あ、はい。それで」
(坊って、中3になって呼ばれるのはちょっと照れくさいけど、まあいいか)
「この街でも宅配を始めるって話自体は、前から出ているんですよね? それなら誰か大人の人に、あの和菓子屋さんも、その宅配の対象リストに入れてもらえないか、確認してみますね」
「おう、頼むぜ。こっちも街役場の方に要望出しとくからよ」
そんなふうに、気軽にお願い事をされた。勿論俺だって、ガイエンさんには普段お世話になっているのだ。できるだけ協力したい。
ただし、これが気軽な内容かどうかは疑わしい。
(ニュースで宅配の話とか、全然やってないし、……もしかして、日本政府側はまだ、公に発表してない話なんじゃないかな)
家では朝と夜の食事の時、テレビでニュース番組を流している。そのテレビでも、ネットで見かけるニュースサイトでも、ダンジョン街に宅配サービスを始めるとか、既に始まってるとかそんな話は、これまでまったく流れていない。
(これ、一般人が迂闊に関わったらマズい案件?)
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