第45話 新たな人形専用スキルの存在

 家に帰って着替えてから昼食を食べて、その後に部屋から直接ゲートに入って、中央ゲートの近くで待ち合わせだ。

 ダンジョン街で待ち合わせって、すっごい行き来が簡単だな。

 今日は予約だけとはいえ買い物がある黒檀当人と、他に青藍を連れてきた。


「おまたせーっ」

「待たせた」

「2人ともちょうど良い時間だね。……早渡海くんの人形はヘルメット被ってるんだね」

 彼は5体の人形を連れていた。全員頭に色違いでデザイン違いのヘルメットを被っている。比べてみると青藍より10センチほど背の高い人形もいる。早渡海くんは俺よりレベルが高いようだ。

 その人形の表面は木肌のままで、硬質化スキルは持っていないのがわかる。

「ああ、最初はゼッケンをつけてみたのだが、荷物を背負うと背後から見分けがつかなくなってな。バンダナも良いアイデアだ。……硬質化スキルを使うと、見た目も随分変わるのだな」

 やっぱり造形が同じ人形を見分ける為に、使い手はそれぞれ独自の工夫をしているな。

 早渡海くんは俺の人形の黒銀の金属質に変化した表面を見て、感心したように頷いた。

「ネックウォーマーみたいなのも良いかもねっ」

「それも良いね。邪魔にならなさそうだし」

 更科くんのアイデアに感心する。いつかバンダナの色が品切れになったら、次の人形の見分けはネックウォーマーにしようかな?

「じゃあそろそろ行こうか」

 人形についてちょっと語ってから、今日の目的であるスクロール屋へ向かう。場所はゲートから近いから、迷う事もなくすぐに着く。


「おう、丁度良かった。昨日、新しい人形専用スキルの情報が入ったトコだ」

 入店した途端、俺の顔を見た店主が声をかけてきた。なんてタイムリーな話題だ。

「え!? すごい、他にもあったんですか!」

 前に、他にも人形専用スキルがあったら教えて欲しいと頼んでおいたものの、まさか本当に新しいスキルが見つかるとは。

「知り合いのスクロール屋に、変わったスクロールを集めるのが趣味の収集癖持ちのヤツがいてな。昨晩そいつと飲んだ時に聞いたんだ。人形専用スキルには、「遠隔操作」「視覚共有」ってのもあるってな」

「おおお……」

 感嘆に、思わず声を上げてしまう。


「遠隔操作」「視覚共有」という人形専用スキルは、どちらも人形側が覚えるスキルだが、「遠隔操作」も「視覚共有」も、実際に使うのは使い手の側だという。

 該当の人形がそのスキルを持っている場合に限り、それらのスキルを使い手が使えるようになるそうだ。

 つまり、正確には「受付」スキルなのだろう。


 ともあれ便利そうなスキルだ。全員には必要ないだろうが、黒檀にはぜひ欲しい。

「それは、斥候に持たせるには便利そうですね」

「だろう? まあ聞くところによると本来は、鳥形(とりがた)用のスキルらしいがな」

「鳥形?」

 聞き慣れない単語に首を傾げる。

「なんだ、知らねえか? 人形使いのスキルは、レベル100を超えると、鳥の形の人形……つまり、「鳥形」タイプを使えるようになるんだよ」

 店主から教えてもらったのは、これも驚きの内容だ。

(人形スキルって、いずれ動物の形の人形も作れるようになるんだ!?)

 人の形じゃないなら正確には「人形」じゃないんだけど、その辺は一括りらしい。

 でも鳥の形なら、空を飛べるって事だろう。それなら戦力の幅が広がる。それに空から偵察ができるなら、フィールドや敵の下見もできるし。

「そんな機能があったんですか!! ……あれ、でも説明書で調べても、「未開放」って出てくるんですけど」

 期待を込めて調べてみるが、頭の中にあるはずの人形使いの説明書が、何故か読み取れない。読めるのは「未開放」の文字だけだ。


「ああ、そういや、あんま先の説明は出ないんだったか。もっとレベルが上がって、実際に鳥形を作れるくらいになれば、説明書も開放されるだろうぜ」

 あっさりと述べられるが、どれもこれも驚きの新事実である。

 どうやら説明書には、レベルが上がる事で新たな説明が解放される機能が搭載されているらしい。

 ……それにしても、説明書が未開放にしている内容を、先に明かしてしまって良いのだろうか。実際に使っている人を見かけたりすることもあるだろうし、厳密な秘密って訳でもないのかな?

「説明書って、そんな仕組みになってたんですね」


「じゃあ、鳥の形の人形を作って、その鳥さんに偵察を頼む時に、その「遠隔操作」と「視覚共有」を使うのが、本来の正しい使い方って事ですか?」

 更科くんが俺の後ろからひよっこりと顔を出して、店主に質問した。

(あ、しまった)

 そこでようやく俺は、今日は連れがいるのだと思い出した。

 いきなり興味深い話題を出されて、連れてきた彼らの紹介もできてなかった。

 自分から案内を申し出たっていうのに、悪い事をしてしまった。

「ご、ごめん二人とも。つい、話に夢中になっちゃって。あの、こちらの二人は、人形専用スキルについて聞きたいって事で、一緒に来た友達です」

 焦りつつ謝って、それからようやく二人を店主に紹介した。


「こんにちはー、更科 鶫です。よろしくお願いしますっ」

 人懐っこい更科くんが流れるように俺の後を引き継いで、笑顔でお辞儀しつつ自己紹介した。流石のコミュ力である。

「……早渡海 神琉です。本日はよろしく頼みます」

 続いて早渡海くんも頭を下げる。普段はぶっきらぼうな喋り方だけど、今回は普通に敬語だ。

「あ、鳴神 鴇矢です」

 そこで俺も一緒に頭を下げた。

「ぷっ、ちょっと鳴神くん、なんで鳴神くんまで自己紹介してるのっ?」

 更科くんに笑われてしまった。

 俺もまだ自己紹介した事がなかったから、今回ついでに名乗ったのだけど、タイミングがおかしくなってしまったようだ。

「おう、俺ぁガイエンだ。ここの店主だ」

 店主もそう返してくれた。おかげで店主の名前を知れた。彼の名はガイエンさんと言うのか。


「でだ、新しく見つかった人形専用スキルだが、まあさっきそこの坊主が言った通り、鳥形に空から偵察させる為のスキルってのが、本来の使い道だな」

 ガイエンさんが途中になっていたスキルの説明に戻る。

「考えてみれば、鳥形が空から偵察しても、言葉が喋れないままじゃ、使い手に情報を伝えられないですもんね。その対策としての専用スキルなんですね」

 俺も納得して頷いた。内容が伝わらないと、偵察に意味がない。

「そうだな。ただなあ、高レベル用スキルだからか、こいつはちと値段が高けえ。一つ8千で、人形使いのスキル本体と同じ値段がするんだ。どうする坊主?」

「どっちも買います!」

 幸い、手持ちで買える値段だったから即決した。斥候に使えそうなスキルだし、人形の視界を共有できるとか、遠隔から指示を出せるなんて、すごく面白そうだ。

「スクロールの値段って、店主さんが決めてるんじゃないんですか? どこのお店でも同じ値段で売ってますし、街の会議とかで決まってるんですか?」

 更科くんが疑問を挟んできた。

 確かに今の言い方だと、ガイエンさんが自分で値段を決めてるようには聞こえなかった。

 それに店主が個人で自由に値段を決められるなら、どの街のどの店でも同じ値段とはならないだろう。


「ダンジョン街で取り扱ってる品物は基本的に全部、ダンジョンシステムが値段を決めてんだ」

「ダンジョンシステム??」

 これも微妙に聞き慣れない単語だ。

 確かにダンジョンにはいろんなシステムがある。ステータスボードとか、脱出用の石柱とか、ゲートとか。あれらは何らかのシステムに基づいて作動している。

 誰がどう作ったかとかは不明だけど、ここには確かに一定の仕組みや決まりがある。

 だから、ダンジョンに何らかのシステムが存在してるの自体は明らかだったけど……。まさか、街で売る品物の値段まで、システムが決定していたとは驚きだ。

「アイテム鑑定用の魔道具があるだろ? あれの鑑定結果に、値段も表示されるんだ。街で店舗を持つ場合、その値段でしか売れねえし、買い取りはその一割減の価格でしか買い取れねえって決まってんだ」

「そうだったんですか。……システムが値段まで決定してたんですね」

 それでダンジョン街ではどこの街のどの店でも、一律で同じ値段なのか。

「買い取り価格が売値の一割減っていうのも決まってるんですね。だから日本で協会の買い取り窓口が、ダンジョン街より高く買い取るって宣伝してるんだ」

 更科くんが納得したらしく、何度も頷いている。

 そういえばここの買い取り価格が決まってないと、協会だって、「ダンジョン街より高く買い取る」って断言できないもんな。

「どんなものでも買い取らないといけないんですか? それだと、店に置いても売れない品物が持ち込まれた場合、不良在庫になってしまうんじゃ?」

「いや、店には買い取り拒否権があるから、売れないと判断したもんは買い取らない場合もある。人形専門スキルなんかも買い手が少ないってんで、最初から買い取り拒否する店も多いようだな」

「役に立たないと見做されるスクロールって、買い取ってもらえないんですか」

 せっかくドロップしたスクロールが買い取り拒否されたらショックだ。日本の協会では買い取り拒否された事もなかったし。

 でも不良在庫が出ないように店側で調整できるなら、店にとってはその方が良さそうだ。


「というか、そのせいで人形専用スキルの存在が知られてないんでしょうか?」

 最初から買い取り拒否で店に置いてないなら、存在を知る機会がない。それじゃマイナーなまま、人気が出る訳もない。

 国でさえ、その存在を把握してない可能性も?

「そうかもな。幻獣専用スキルとか幻獣専用魔法とか、精霊専用魔法とかも、全部マイナーだしな」

「えええっ、精霊専用魔法とかもあるんですか!?」

 またまた知らない情報が!

「精霊に専用魔法があるんなら、ぜひとも欲しいんですけど!!」

 俺は思い切り意気込んだが、ガイエンさんはひらひらと手を振った。

「つっても、精霊専用の魔法は中級以降からだからな。今のおまえさんにゃ扱えねえよ」

「そ、それは残念です……。あ、でも、従兄弟にテイマーがいるので、幻獣専用のスキルと魔法があるって話と、ここのお店の存在を教えても良いですか?」

 精霊専用の魔法は、俺にはまだまだ先の話のようだ。そこは残念だったけど、幻獣専用のスキルと魔法の方は、できれば空織兄に教えてあげたい。これだけマイナーな扱いだと、多分知らないだろうし。

「おう、客が増えるのは歓迎だぜ」

「あとそれと、小型化スキルも欲しいんですが、そちらは取り寄せってできますか?」

 本来の来店目的をようやく思い出した。そもそもは黒檀に小型化スキルを取り寄せてもらえるかどうかを聞きにきたんだった。

「小型化の取り寄せな。数日はかかるが問題ねえぞ」

「小型化? そんなスキルもあるのか?」

 ここでずっと黙っていた早渡海くんが会話に参加してきた。

 そういえば、早渡海くんにはまだ、人形専用スキルに「硬質化」の他に「小型化」もあるって説明してなかったっけ。

 とりあえずわかっている分のスキルの説明をする。とはいっても、残ってるのは小型化だけだったけど。


「……「硬質化」「小型化」「視覚共有」「遠隔操作」。どれも、災害救助の際に人形が持っていれば、非常に役に立つと思います。精霊や幻獣にも専用の魔法やスキルがある件も含めて、自衛隊にいる父に、教えても良いでしょうか」

 とても真剣な表情をして、早渡海くんがガイエンさんに訊ねる。

「そっか。瓦礫の下の隙間で人を探す時とか、どれも役立ちそうだよね」

 ぽんっと手を打って、更科くんが納得している。

 俺も目から鱗だ。だけど確かに、自衛隊所属の人形使いの人には役立ちそうな情報だと思う。


(でも、ガイエンさん次第だよな。スクロールの数が仕入れられないとか、国所属の組織には売りたくないとか、なにか拘りがあるかもしれないし)

 確か前に、大口取引はしないみたいな事を言っていた気がする。自衛隊でどれくらいの人が人形使いのスキルを使っているのかわからないけど、大勢の人が相手だと断られるかもしれない。

 ドキドキしながら成り行きを見つめていると、ガイエンさんあっさりと頷いた。

「ダンジョンシステムの決まりで、組織との取引はできねえが、まあ、個人で自分のを買いに来る分には、誰が来ようが構わねえよ。犯罪歴があるヤツは店に入れねえ仕様だから、問題のあるヤツは来れねぇしな。ただ、一気に大勢で来られても、在庫があるとは限らねえぞ? 人形専用スキルはどれも、マイナーで品薄だからな。一応、知り合い連中に声をかけて取り寄せれば、ある程度の数は揃えられるだろうが」

「恐縮です。数が揃えにくい点も、父には伝えておきます。できる限りで良いので、取り寄せ注文に対応していただければありがたいです」

 早渡海くんはピシリと深い礼をした。

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