第46話 人形専用スキルの後日談

 数日後、俺は無事に黒檀用の人形専用スキル3種を購入できた。

(今後、自衛隊の人がたくさん店に来るようになるなら、他の人形にも専用スキルが欲しいと思っても、俺も入手が難しくなるのかな?)

 そうなると不都合もあるけど、自衛隊の人助けの為の装備は少しでも整っていて欲しいし、複雑な気持ちだ。



「父が人形専用スキルの件で礼を言っていた。存在こそ知っていたが、これまではマイナースクロールは取り寄せに対応してくれる店がなく、殆ど揃えられていなかったそうだ。それで俺にも存在を教えていなかったと言われた。……今後はあの店の存在を知れたおかげで、少しはスクロールの確保が楽になるだろうとも言っていた」

 神妙な顔をした早渡海くんからそう言われ、俺は恐縮した。

「え、俺は何もしてないよ!? 偶々早渡海くんをあの店に案内しただけだし」

 すごいのは、ガイエンさんのマイナースクロールの収集能力だろう。

 あんな小さな店舗を経営している個人経営者なのに、珍しいスクロールを取り寄せられる伝手がいっぱいあるみたいだし。

 客の要望に応えて、マイナーなスクロールを取り寄せられる手腕がある店なんて、実際は殆どないんだろうな。だから自衛隊でも、これまでは数が揃えられていなかったんだろうし。


(……というか、やっぱり自衛隊の方では、専用スキルの存在を知ってたんだ)

 まったく知らないっていうのも不自然だとは思ってたけど。

 ただし、知ってはいてもこれまでは、他の店では取り寄せに応じてもらえなかったらしい。

 なので、ガイエンさんの店で取り寄せがしやすくなって、マイナースキルが今までより手に入りやすくなった事に喜んでいると。


「俺もあの後、ダンジョン街のいくつかの店舗を回って訊ねてみたのだが、専用スキルの存在そのものを知らないか、知っていても「需要がないから取り扱っていない」と返されるだけでな。今回、あの店主が取り寄せ注文に応じてくれて、とても助かった」

 しみじみと語られ、本当に他の店舗では取り扱ってないのだと実感した。

 どうやら、人気のないスクロールは店側で買い取り拒否して良いって仕組みが、悪い方に働いているようだ。

 需要に関しては、存在そのものを知られてなかったのが原因だろうし、広く存在を知られれば、欲しい人も増えていくと思うんだけどな。

 街で商売する上で、売値も買値も決まっているおかげで、どこの店でも買い物がしやすい反面、マイナーなスクロールの扱いが少なくなってる弊害も起きてるように思う。

 ダンジョンシステムの決まりだというなら、街の住人には覆しようがないだろうし、どうすれば解決するのかわからないけど。


「そういえば他の店じゃ、マイナースクロールは取り寄せしてもらえないんだ?」

 俺、ガイエンさんに小型化や他のスキルの取り寄せを頼んだんだけど。予約とか取り寄せって、実は通常業務の範疇じゃないとか?

(それ以外にもいつも相談に乗ってもらってるし、今度お礼に、菓子折りでも持っていこうかな)

「通常のスクロールは予約や取り寄せも対応している店が殆どだが、マイナースクロールは取り寄せられる当てがないと断られる事が多いようだ。マイナースクロールは初めから取り扱わないと決めている店舗も多いようだ。今後、自衛隊で広く使って認知が進めば、人気も出て需要も伸びるだろう。そうなれば、取り扱い店舗も少しずつ増えていくかもしれないが、……当面は難しいだろう」

 早渡海くんが今回の件をそう締めくくった。

「俺はあそこの店に出会えて、幸運だったんだ」

(やっぱり、良い菓子折りを持ってお礼に行こう)




 後日、近所で評判の和菓子屋を母から教えてもらって、そこで甘いものとしょっぱいものを半々で買って、差し入れとして持って行った。

 半々なのは、どちらがガイエンさんの好みかわからなかったからだ。

 そうしてお礼に行ったところ、ガイエンさんから更に追加で新しい人形専用スキルの存在を教えてもらった。

「ペイント」というスキルだそうだ。

 人形の表面に、色を塗ったり絵を描いたりできるスキルらしい。戦闘力にはなんら関係なさそうなスキルだったけど、ちょっと欲しいと思った。

 そのスキルがあれば、バンダナがなくても人形達を見分けやすそうだし。


 だけど、ペイントのスクロールは残念ながら店に入荷しておらず、買えなかった。

 ペイントスキルの情報を仕入れたガイエンさんも、先日とはまた別の知り合いからその存在を教えられただけらしく、実物は取り寄せられなかったという。

 一応、もしペイントのスクロールが入荷したら知らせて欲しいとだけ頼んでおいた。


 ちなみに、ガイエンさん曰くの「知り合いの、収集癖のあるスクロール屋の店主」さんは、複数人いるらしい。

 その人達は殆どの日をスクロール収集に駆けずり回っていて、店は休業状態ばかりで、開店している日がほぼないらしい。

 なので仮にその店の場所を教えてもらっても、実際に買いに行くのは難しいようだ。


「ちなみにその知り合いの人達って、どうやってマイナースキルを入手してるんですか?」

 一応訊ねてみる。もしかして何か、今後の参考になるだろうか。

「ワールドラビリンスを30層までクリアして、街役場の許可も得て店舗を持ってると、ゲートのある広場とかの公共施設で、臨時屋台を開ける権利を得られるんだよ。そんであちこちの街で臨時屋台やっては、「いらないスクロール全部買い取ります」って宣伝して、搔き集めてんのさ。街の住人にとっちゃあ、一般的な店じゃあ売れない「ハズレ」扱いのスクロールまで全部買い取ってもらえるってんで、評判良いらしいがな」

 収集癖のある人達は、そんな手段でスクロール集めをしているのか。

 確かに街の人達にとっては、売れないスクロールを全部買い取ってくれる屋台が定期的に立つのは、ありがたい事だろうな。


「それは地球の人には、中々難しい手段ですね。確か、地球で一番攻略が進んでる最高峰の人達で、やっとワールドラビリンスの30層まで辿り着いたところだって、ネットで読んだ気がします。……そういえば、買い集めたスクロールって、その人達は自分のお店で売ったりしないんですか?」

 自分の店を開かず買い集めるばかりって、一体、何の為に集めて……、いや、そもそも収集自体が趣味って話だったな。売る気なんて最初からないのか。

「ヤツらはスクロールを買い集めるのが趣味だからな。自分の店を持ってるのも、そうしないと屋台の許可が出ないからってだけで、元々商売する気がねえんだよ。だから倉庫何十個分もスクロールを溜め込んで、ろくに整理しねえし、目録作りもしやがらねえ。俺がマイナースクロールを探したいっつっても、ヤツら、「譲ってやっても良いが、探すのは自分でやれ」っつって、放り投げやがる。まったく、毎回、目当ての品を掘り出すだけで一苦労だぜ」

「え、倉庫何十個分!?」

 そんな中からお目当てのスクロールを探すなんて、どれだけ大変なのか。想像だけで震え上がる。

 それにしても「自分で探せ」とは、商売っ気がないというかなんというか。


 知り合いにその手の趣味の人達がたくさんいるからこそ、ガイエンさんはマイナーなスクロールを的確に入手できるようだ。

「ガイエンさん、そんな状況からスクロールを探し出してきてくれてたんですか……。なんだか申し訳ないです」

「ふん、客の要望に応えられるのが良い店ってもんよ。気にすんな。それに、差し入れのこの菓子も美味いしな」

 俺が差し入れしたお菓子のうち、煎餅をバリバリ食べながら、ガイエンさんは気にすんなと手を振った。


「俺だって店の地下に、裏の倉庫に、第三街区にと、3つはスクロール用の倉庫を抱えてるが、ヤツらは俺の比じゃねえからなあ」

「えええ、ガイエンさんもそんなにスクロールの在庫を抱えてるんですか」

 店の続き部屋の棚に積み上げられた分だけでも十分な量があるように見えるのに、その他にまだ3つも保管庫があったらしい。

(まさかの不良在庫が、こんな身近なところに)

 そのおかげで珍しいスキルに出会えたのだから、俺にとっては良かったのだけど、店の経営状態としてはどうなんだろうか。


「ま、元々ヤツらとは、役に立たないようなマイナーなスクロールまで収集する癖がある者同士ってんで、意気投合したモン同士だからな。そんでも俺じゃあ、ヤツらの収集癖にはとても敵わねえが」

 類は友を呼ぶってヤツだろうか。

(……不良在庫って考えるから悪いのかな。スクロールをコレクションしてるって考えれば、より多い方が良い……のかな?)

「普通の店は、そんなに余剰在庫は溜め込まないんですよね?」

「そりゃそうだ。収集癖のあるヤツらは、店を出してんのは単なる趣味だ。本人が他で稼いでるからできる仕入れ方だわな。大手の店なんかは、回転率だの利益率だのとうるさくしないと、従業員の給料まで払えねえだろうしな」

「そうですね、商品の売り値が決まってて勝手に値上げできないなら、従業員の給料を支払う分、効率化しないとやってけないですよね」

「ああ。だから確実に売れる品しか仕入れんっつーのも、まあ仕方ねえ話なのさ。ま、俺はそんな商売、面白くねえと思うがな」


 趣味でやってる人達と商売でやってる人達とでは、そもそも扱うスクロールの数や種類が違って当たり前だ。

 そして趣味の人達はまともに店を経営しておらず、集めるだけ集めて売り捌く気がない。

 そこで趣味の集まりの中ではまだまともなガイエンさんが、マイナースクロールの売り手を担ってるって感じだろうか?

(お互いにそういうつもりはないのかもしれないけど、結果的にそうなってるって事?)

 考えれば考える程、ガイエンさんの存在そのものがチートなような。

 多分、普通の店に彼と同じ対応を求めるのは酷なのだろう。

「なるほど、それで早渡海くんが他の店舗で、取り扱いしてないって断られたんですね」

「ったく。客の要望にできるだけ応えんのも、店主の腕の見せ所だろーに」

 ガイエンさんは他の一般的な店舗のやり方に、納得しつつもちょっと苦言もありそうだけど、店の経営としては、どちらが正しいとは一概に言えないよな。

 不良在庫の圧迫で、倉庫代で店が潰れたりしたら困る訳だし。

 でもまあ、俺にはこの店のやり方が、とてもありがたい訳だけど。


「……俺は最初に入ったお店が、ガイエンさんのところで良かったです」

 なんだかしみじみと、巡り合わせに感謝した。

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