第41話 家族とまたもや扶養控除の話をする

「……俺、もしかしたら来年は、扶養控除の上限超えるかも」


 夕飯時、その話題を言い出したのは俺だ。

 今日、自分の収入をざっと計算してみたのだ。そして首を傾げる羽目になった。

 このまま収入が増えていけば、来年は上限を超えるんじゃないか? と。

(おかしい。優秀な兄さんと落ちこぼれの俺が、同じ年になんて)


 納得がいかず何かの間違いかと思ったが、それから少し考えて原因に思い至った。

 パーティメンバーを人形や精霊で補っている分、数人分の戦闘力があるのに、収入は俺一人に入ってきてるからだ、と。



「え!? 鴇矢、もうそんな先に行ってるのか!?」

 兄が驚いて俺を凝視する。まあ普通驚くよな。俺の昔の運動音痴っぷりを知ってれば尚更。

 家族全員が俺に注目する。俺は反射的に肩を竦めた。

(注目を集めるのって苦手なんだけど……)

 この話題がそれだけセンセーショナルなものだという事だろう。自覚はある。俺自身も驚いたから。


「鴇矢は今確か、7層のイヌを相手にしてるって言ってなかったかしら?」

 母が不思議そうに首を傾げた。

 ドロップした鶏肉や豚肉を食材として提供してきたから、家族の中では母が一番、俺の攻略状況に詳しいのだ。

「うん。7層だよ。もうすぐ8層の様子見に行くけど」

(そんで普通のパーティなら、7層で上限超えないんだよな)

「ええーっ、7層!? あたしと同じ!? しかももうすぐ8層って、いつのまにか鴇矢に追い抜かれそうになってるっ!」

 叫んだのは姉だ。本題とは全然別のところで驚いている。だけどこっちも驚きだよ。

「え、姉さんも今7層なの?」

 俺より一年以上前からダンジョン攻略を進めている姉が、まだ7層にいる事の方が、俺にとっては意外なんだけど。

 兄はこの時期にはもっと先まで行ってたはずだし、姉も俺より進んでると思ってた。

「あたしは3人パーティだし、友達と遊んだりもするし、そんな毎日ダンジョンに潜ってないもの」

 ちょっと不本意そうな表情で姉が答える。

 姉はそこまでダンジョン攻略に熱心なタイプではなかったのか。

 それにしても、まさか姉の攻略層に追いついていたとは。しかもこのままだと、近いうちに追い抜きそうだ。

(放課後に限らず、時間さえあればダンジョンに潜ってる俺の方が少数派なんだった)

 学生は勉強にしろ部活にしろ遊びにしろ、もっと色々な事に時間を費やすものだった。自分がダンジョン最優先なものだから、つい「普通の学生」のペースを忘れてた。



「それにしても、7層でそんな稼げるもんか?」

 怪訝そうな顔の兄が、逸れかけた話題を本題に戻す。

「俺は兄さんと違って、6人で収入を分けてないから……」

 兄は攻略ペースが速かったが、友達5人と6人パーティを組んでいる訳で。当然、ダンジョンから得られるドロップアイテムの売却益も、メンバー全員で均等に分けているはずだ。

 そこの事情が違うと、こんな事になるらしい。

「ああそうか、鴇矢は人形と精霊が仲間にいるけど、得られる収入は、全部一人で受け取る事になるのか」

 兄が納得して頷いた。単純計算で、7層攻略当時の兄の5倍、稼いでいるようなものだ。そりゃ、違いもでるわ。

「その分、人形や精霊にスクロール買うのも、俺が全部出す訳だし。収入が多くても、お金の余裕はないよ。……ホント、買いたいものが多すぎて、金の心配ばっかだよ」

 ついため息が零れる。改めて計算してみたら、驚く程の大金を稼いでいたのに。なのに金銭的な余裕がないなんて哀しい。

「ダンジョンに必要な分以外は、特に使ってないんだけどな……」

 俺の言葉に姉が嫌そうな顔をした。

「えーっ。友達とカフェや映画行ったり、服やお化粧品とかも買いたいし。あたしはダンジョン攻略に、そんなお金かけてられないわ」

 どうやら姉は、ダンジョンで稼いだ金額のかなりの部分を、「お小遣い」として消費しているらしい。

 なるほど。せっかく自由になるお金が自分で稼げるのだ。遊びや趣味に使う人がいて当然か。


「ふむ……扶養控除の対象外になるのは確か、16歳以上で、規定以上の金額を稼いでいる者という条件だったか。だけど鴇矢が収入の殆どをダンジョン攻略の経費に使っているなら、まだ扶養から外れる必要はないんじゃないか?」

 父がそう問いかけてくる。

(どうなんだろう? 必要そうな領収書はちゃんと取っておいてあるけど、どこから経費として認められるのかとか、全然わからないんだよな)

 それにどうやって経費を申告するんだろう。扶養主である父が代わりに申告してくれるんだろうか。

「そこまで収入があるのなら、今はともかく、いずれ扶養枠を超えるのは確実よ。来年の誕生日以降は個人事業主として登録した方が良いんじゃないかしら? そうすると、確定申告もいるわね。鴇矢、確定申告の仕方はわかる?」

「わからない。どうすれば良いんだろ?」

 実際、確定申告って「大変だ」って話は聞くけど、どんなふうに大変なのか、どれくらい大変なのか、具体的には何もわからないのだ。何とも不安になる。

「そうね、天歌から習っても良いんでしょうけど、……そういえば天歌は大学受験ね。なら私が教えてあげるわ。私も確定申告は何年もやってるから大丈夫よ。今度から暇な時間に、少しずつやり方を勉強していけばいいわ」

「うん、お願い母さん」

 母は調理師免許を持っていて、日中に短時間、パート形態で近所の料理教室の助手をしている。

 それ以外は家にいるので、家族で一番自由になる時間が多い。最近は人形使いのスキルを取得し、家事の手伝いをさせるようになったし。ダンジョンでも稼いでいるから、父の扶養枠からも外れているらしい。

 確定申告を教わるのに適任だろう。



 そんな訳で、来年からは個人事業主になりそうだ。

(扶養控除については、結局はどうなるんだろう?)

 今のところは収入の殆どをダンジョン攻略に使っている状態だから、来年はまだ、扶養枠から外れなくても大丈夫なのかな?

 それとものこまま順調に収入が増えていけば、来年以降は経費を差し引いても、扶養枠を超えるくらいまで稼げるようになるのかな?



「天歌もそうだが、鴇矢ももうすぐ受験生だな。受験勉強は大丈夫か?」

「俺は偏差値の高い高校に入るつもりないから大丈夫だよ。無理して良い高校に入っても、ついていけなくなるだけだし」

 文武両道の兄とは違うのだ。俺は勉強自体が好きじゃないし。できるだけダンジョンに集中したい。

 偏差値に拘らなければ、今の成績でも入れるところは通学圏にいくつかある。その中で、できるだけ校風が緩くて治安が良くて、部活動必須とかの条件がないところを選ぶつもりだ。

 情報通の更科くんが良さそうな高校をリストにしてくれて、俺達は3人とも、本命も滑り止めも同じ高校を受験する事になりそう。成績や学校に求める基準が似通ってるから、行きたい高校も被った感じだ。

「そうか。まあ鴇矢も、最近はずっと赤点も取ってないし、特に頑張って勉強しなくても、入れる高校はあるだろうが。希望する学校に入れるくらいの勉強はしておくんだぞ」

「うん、そこは気を付けるよ」

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