第38話 更科くんのダンジョン街講座
「訓練で初心者ダンジョンの1層使ってたら、リポップしたスライム踏んで転んじゃってさ」
休み明けのある日、俺が学校の教室で昼食にお弁当を食べながらそんな話題を出すと、一緒にご飯を食べていた雪之崎くんと更科くんが変な顔をした。
「訓練は良いけど、モンスターが出るダンジョンでやるのは、どうなんだろう……? いくら1層でも、危ないんじゃないかな」
「まあ実際、それで転んでるんだから、危ないのはそうだよね」
更科くんは雪之崎くんの意見に頷いてから、こう続けた。
「鳴神くん、ダンジョン街に訓練施設があるの、知ってる?」
と。
俺は首を振るしかない。
「そうだったんだ、知らなかった」
「日本にも訓練施設はあるけど、設備はダンジョン街の方が充実してるし、値段もずっと安いよっ。もし怪我しても、こっちに戻ってくれば治るしね。鳴神くんも利用してみるといいんじゃないかな? ダンジョン街の訓練施設って、街によって色々あるからさ。例えば沖縄の特殊ダンジョンの街は、水中戦闘の訓練施設が充実してて、淡水、海水の両方の施設があったりしてね」
「へえ、そうなんだ。僕も知らなかったよ」
「10層に行く前に、そこを利用した方が良さそうだね。俺、泳げないし……水泳の練習から始めないと」
更科くんの知識に、雪之崎くんと俺は二人して感心しきりだ。
ダンジョン街に色んな店舗があるのは知ってたけど、訓練施設まで整っているなんて初めて知った。
水中訓練施設は10層に行く前に、いずれお世話にならないと。
「鳴神くんがよく行くダンジョン街って、どの街?」
「えーっと、富山県の黒部市にある特殊ダンジョン」
「ああ、「キセラの街」だね」
地名を告げた俺に対して、更科くんがさらっと「街の名前」らしきものを告げた。
「キセラ? ダンジョン街って、それぞれ名前があるんだ?」
「そうだよー」
初耳だ。普段良く行く街の名前すら知らなかったのに、その事に気づいていなかったのが、なんだか変な感じだ。俺、ダンジョン街はダンジョン街って大雑把な区分で認識してたのかな。
だけど、そこで暮らしてる人達はみんな別人なんだよな。俺が行く以外の場所にも街は当然あって、スクロール屋や武器屋なんかも、それぞれ別の人が経営してて……。異種族な見た目の人達もみんなちゃんと、街で働きながら日々を暮らしてるんだよな。
(そういえば、良く行く店の店主さん達の名前も知らないな)
大体、商品に関する話しかしないっていうのもあるし、一介の客でしかない俺が改まって自己紹介する機会もない。今まで知らずに過ごしてきたし、それで不便もなかったけど。
「そうなんだ? 僕も用事がある時以外はダンジョン街にいかないし、街にそれぞれ名前があるなんて知らなかったよ」
雪之崎くんも知らなかったらしい。ダンジョン街のそれぞれの街を固有の名称で区別して会話する事って、今まで全然なかったもんな。案外、そういうのを知らないまま利用してる人の方が多いのかもしれない。
「雪之崎くんの良く行くダンジョン街は?」
「東京都千代田区にある特殊ダンジョンの街かな」
「「ウテナの街」だね。あそこは中央ゲートと南口ゲート付近に大きな店舗がいくつも並んでるし、人が多くても対応できるように店員さんも多くって、なにかと便利になってるよね。それでも時間帯によっては混むんだけどさ。……やっぱり東京にあるからかなあ」
更科くんはその街にも詳しいようだ。店の大きさや人の混み具合にまで言及している。
「あそこはいつ行っても、日本人がいっぱいいるよね」
「確かに、あの人の多さは日本の都会の雰囲気かも」
その街を知る二人がわかりあっている。
多分、東京にあるダンジョンだから、無意識に集まる人が多いんだろうな。
ゲートさえあればどこのダンジョンにだって行けるんだから、わざわざ混んでるところへ行く必要性はないはずなのに、そこまで混むなんて。
そして、その人混みに対応する為に店を後から拡大したのか、それとも単に元々大型店舗が集まっている街だったのかは知らないけど、東京近辺の人の多くがそこへ買い物に行っても、大きな店舗が揃っているから対応できる、と。
話を聞いているだけだから想像だけど、多分俺が行く街よりずっと、大きな店舗がいっぱい並ぶ、都会みたいな街なんだろうな。
俺が富山のダンジョン街に通うようになったのは、兄が最初に案内してくれた街が、偶々あそこだったからだ。
きっかけはそれだけだけど、小さな店舗で、店主に相談しながらゆっくり買い物ができる今の雰囲気は、好ましいと思っている。
「鳴神くん、キセラの街の第三街区ってわかる?」
「ごめん、わからない」
更科くんに問われるが、聞き覚えがないから首を振る。
俺は本当に中央付近しか行った事ないのだ。いつも行く特定の場所しか知らない。あの街が区画で分かれているのも今初めて聞いた。
「あのね、キセラはね、街がみっつの街区に分かれてるんだ。それで、第一街区が中央ゲート付近一帯で、中大通りまでの区間だね。第二街区は中大通りから外大通りまでの間。それで、外大通りから外壁までが第三街区ってなってるんだ」
「なるほど……中心から大体円形状に、ドーナツみたいに街が広がってるって事?」
俺が良く行く中央付近が第一街区で、街の外側が第三街区って理解で良いんだろう。
俺が普段行く店は全部、中央広場から伸びる通りのひとつに並んでるんだけど、あの通りは街の中央から外側に向かって伸びてるから、更科くんの言う大通りとは別だよな?
外へ向かう通りとは別に、街を一周する形で大通りがふたつ存在するみたいだな。
「そうそう、そんな感じかな? まあ正確には円形じゃないかもだけど。でも中央にあるゲート広場から見ると、そんなふうに街が広がってるんだ。それで、さっき言った訓練施設は、第三街区にあるよ」
「ありがとう、教えてくれて。今度キセラの街で訓練施設を探してみるよ」
俺は更科くんにお礼を言った。
ダンジョンの1層で訓練するより安全そうだし、せっかく教えてもらったんだから活用しよう。
「それにしても更科くん、随分ダンジョン街に詳しいね」
雪之崎くんが不思議そうに言う。
確かにそうだな。たくさんあるダンジョン街のそれぞれの街の名前や特徴なんかを、よくそんなに覚えられるものだ。
俺なんて、いつも行く街の名前も構造も知らなかったのに。
「俺は、ダンジョン街の隠れた名店を探して食べ歩きして、ブログに書くのが趣味だからさ。あと、動画で色んな街の風景を撮るのも趣味だから、休日に路地裏とか歩き回ったりね。そうしてると親切な人が、俺が迷子なんじゃないかって心配して話しかけてくれたりしてね。そういうのがきっかけで、街の人と知り合いになったりもするし」
「す、すごいね。行動力があるというか」
コミュ力の塊か。知らない人と知らない街で仲良くなるなんて、すごい才能だと思う。
更科くんは最初に会った時から人懐っこいイメージがあると思ってたけど、加えて行動力や好奇心も旺盛だったらしい。
いくらダンジョン街の治安が現代日本よりずっと良いとはいえ、知らない街で細い路地裏を一人でうろつくなんて危ないんじゃないかと思うけど、それを心配して話しかけてくる街の人と逆に仲良くなったりするっていうし。案外逞しいな。
(そういえば更科くんの趣味がブログや動画っていうのは、同じクラスになった当初に聞いてたけど、具体的にどんな内容なのか、全然知らなかったな)
最初に趣味を聞いた時に、俺や雪之崎くんが揃って引いちゃったのが原因かもしれないけど、彼がやっている趣味の詳しい内容を、まるで知らなかった。
「えーっと。今更だけど、更科くんのブログや動画のURLって、聞いても良いかな?」
「あ、それは僕も聞きたい」
「あはは、勿論っ。興味があったら見てみてよ」
そんな感じでURLを教えてもらったので、家に帰ってからネットで確認してみた。
内容は確かに、ダンジョン街に関するものが多かった。ただ、予想外だった事もある。
「……更科くん、Vだったんだ」
実は更科くん、ブログも動画も本人は顔出ししておらず、ニックネームと2Dイラストの立ち絵を用意して、その姿でネット上の活動している、いわゆる「Vtuber」と呼ばれる類の人だった。
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