第36話 冬休み開始と四度目のスクロールドロップ。斥候の行方の結論

 冬休みに入った。

 そろそろ、7層のイヌと戦いだしてから半年くらい経つはずだ。

 7層から一気に難易度が上がるというのは聞いていたけど、随分時間がかかってると思う。

 けれど完全に停滞している訳じゃなく、着実に強くなっているという実感があるから、あまり焦ってはいない。


「あれ、スクロールだ! ラッキーだなっ」

 戦闘後にみんなでドロップアイテムを拾い集めていて、スクロールが落ちているのに気づいた。

 四度目のスクロールドロップだ。ひとつの層でふたつのスクロールが出たのはこれが初めてだ。

 下層の方がドロップしやすくなるのもあるだろうし、イヌ相手の期間が長引いているのもあるだろう。


 買い取り窓口での鑑定結果は「知力強化」のスキルスクロールだった。

(俺はもう持ってるから売ろうか)

 そう思ってふと気づく。

 あれ、もしかして人形達にもこのスキル、使えるんじゃないか? と。

 特に紫苑は弓使いなので、知力が高い方が良さそうだ。

 いやでも、知力や記憶力は全員高い方が良いのかも?


(確か前にスクロール屋の店主が、使えないスクロールは組み紐を解けないって言ってたよな。なら人形に試させてみればいいのか。あ、でも、ここでスクロールを売って、その売却益で新しく買った方が得なんだっけ)

 知力強化は人気があるスキルなのだろう。なんと売値が12万円もした。ダンジョン街で買うと3万円分のDGで買えるのを考えると、正規品の何倍もの値段で売れる事になる。

 転売ではないのに、なんとなく申し訳ない気分になった。(でも売るけど)

 スクロールと他の売却品の利益も合わせて、銀行でDGに換金する。


(……記憶力強化はどうしようか)

 取得できるようなら人形全員分の知力強化を買うと決めたけど、記憶力の方はどうしようか。

 基礎能力が高い方が良いのは当たり前なんだけど、パッシブスキルを買いすぎると、戦闘に回せる氣がそれだけ少なくなる。なのでその辺も考えてスキルを覚えさせないといけないのだ。この辺りは精霊のカスタマイズと同じ原理だろう。



「人形でも、知力強化や記憶力強化は使えるぞ」

「やっぱりそうなんですね」

 スクロール屋で確かめたところ店主から太鼓判を押され、人形にもそれらのスキルは使えると判明した。

 なので今日は人形全員分の知力強化のスクロールを購入する。

 記憶力強化も、やっぱりあった方が良いかと結論づけた。

 人形達は独自の判断で戦況を把握して、指示がなくても戦えるようになってきているのだ。それらの判断を助けるには、知力だけでなく記憶力も強化した方が良いはずだ。

 なので次は、記憶力強化のスキルを買い揃えないと。


(そういえば紫苑は弓使いだから、気配察知と俯瞰のスキルは持ってた方が良いよな)

 紫苑が斥候にならなかったとしても、それらのスキルは遠距離攻撃に有効に働く。記憶力強化の次にそれらのスキルを買って、紫苑に覚えさせよう。



 ……ところで、斥候についてどうするか、実はまだ考え中だ。

 罠感知、罠解除、罠作成、鍵開け、気配察知、危険予測、俯瞰、縄術、隠密、消音、登攀。場合によっては小型化のスキルまで。斥候に覚えさせないといけないと思われるスキルは多い。

 とりあえず思いつく範囲でこれだけあるけど、多分他にも調べれば必要なスキルは後からどんどん出てくるだろう。

 問題はそれらのスキルに氣力を十分に確保しつつ、戦闘をどれくらい熟せるかというところだ。

 どうせ斥候だってレベルを上げなければならないのだから、戦闘力を完全なゼロにはできない。なら、弓使いの紫苑を斥候と兼任して育てるのもアリなのか。

 それとも、必須技能の投擲や縄術を覚えるだけに留めて、他の武器には極力氣を回さないで済むよう配慮した方が良いのか。

 実際に運用してみないと、斥候スキルがどれくらい氣の負担になるのかわからないのが辛い。



(紫苑はこれまで弓使いとして、十分良くやってくれてる)

 俺がもし弓使いになったとして、紫苑と同じだけの働きが出来るか怪しい。

 もしも斥候を兼ねさせるとなると、弓を小型から大型に変更していくのは難しくなるかもしれない。あまり大きな弓は斥候として潜伏するのに邪魔になりそうだ。

 その分は俺が大型の弓を持てば補えるけど、そもそも俺が後衛になった際の武器も、弓にするか銃にするか決めていない。


 銃に関しては、ダンジョン出現以降、日本の法律の銃刀法が、刀剣類に関してはかなり緩んでいるのに対し、銃に関してはあまり緩んでいないせいで所持しづらいという面がある。

 俺もその辺は詳しく知らないから、後でちゃんと調べないと。

 弓も銃もどちらでも、魔法を込めた矢や弾はあるらしいので、どちらが優れているとか優劣はつけられない。

 だけど、銃は小型なら携帯性が良いという側面がある。本体だけでなく弾の方も、矢よりも携帯性が良いし。

 ただしこれは、インベントリもしくはアイテムボックスがあれば解消する類の問題だ。


(これまで鍛えた槍術を生かすには、銃の方が切り替えはしやすいんだよな)

 接近戦になった時、弓よりも小銃の方が武器を切り替えやすい。矢筒を背負うとリュックが背負えなくなるし。

 そうした面を考えると、銃の方が利便性は高い。

(まあ、リュックは紅や山吹に背負わせるって手もあるけど)

 現在、リュックを背負っているのは俺だけで、あとは青藍がランドセルを背負っている状態だ。

 そろそろ青藍もランドセルを卒業した方が良い大きさに育っているし、青藍、紅、山吹の三人にリュックを背負わせれば、俺が荷物を背負わなくてもドロップアイテムは運べるだろう。

(良し、三人分のリュックを買おう。それなら荷物を分担して運べるし)

 忘れないようにメモしておく。できればそれぞれの名前の由来になった色が良いな。


(それはいいとして、紫苑の役割、5体目の人形の役割、それと俺の遠距離武器か。そろそろ方針を決めないとな……)

 連動している問題なので、まとめて決めないと支障が出る。

 斥候を二人育てるというのは、今の時点では無理だ。戦闘力の問題がある。もっと人形の数が増えれば考えるけど、それは大分先の話だ。

 俺自身が斥候になるのもできれば避けたい。罠の解除に失敗したら、その罠を真っ先に食らう立ち位置になる訳だし。申し訳ないけど、そこは痛覚のない人形に任せたい。


(気配察知や俯瞰は紫苑にも持たせるって決めたけど。ついでに他の斥候スキルを前衛の誰かに分担して持たせるっていうのは……、氣の配分に失敗した時が怖いよな)

 今はまだ、大盾専門スキルの「挑発」とか、剣専門スキルの「飛斬撃」といった、ゲームで良くあるような武器専門スキルは、誰も所持していない。

 別にそれらのスキルがこの世界に存在しないって訳じゃない。

 そういったスキルは概ね氣の消費が激しいので、中級辺りから覚えていくのが定番だと、ネットに記載されていたのだ。

 なので低レベルのうちはまだ早いかと思って、これまでは基礎的なスキルの取得を優先させてきただけだ。

 だけどいずれは戦闘力を高める為に、それらのスキルも揃えていく事になると思う。

 それを考えれば、斥候スキルを前衛の誰かに覚えさせ、氣を余分に消費させる訳にはいかない。


(やっぱり、斥候は専門にした方が良いか)

 紫苑だって、せっかくここまで弓使いとして順調に育ってきているのだ。その技能を生かせなくなるような状況になるのは避けたい。

(安牌はやっぱり、5体目の人形を新たに斥候専門として育てる方向か)

 紫苑はこのまま弓使いとして育てる。斥候は5体目の人形の役割とする。ここまでは決定で良いだろう。

 そして俺は銃で遠距離にも対応しつつ、これまで通り槍も使って、臨機応変に前衛と後衛を切り替える……。

(でも、できるかな? 俺の不器用さで、そんな難しい事が)

 指揮を執るのを考えれば、できれば俺は後衛に専念したい。

 だけど持つのが小型の銃では中衛になってしまうか?

 長距離が狙える形の銃だと、結局は槍と持ち替える時に切り替えにくくなる?


(そもそも、槍と遠距離武器を両立しようって考えが間違ってるのかもしれない)

 後衛に下がるなら、槍はきっぱり諦めるのもひとつの手か。

 そして槍を完全に諦めるなら、弓もまた選択肢に入ってくる訳で。

(あーーー、俺って優柔不断だな……)

 少しは方向性が見えてきたと思ったのに、また躓いてしまった。

 まあ、人形達の役割分担は決まったのだ。あとは自分の遠距離武器を決めるだけ。

 ひとつ前進したと思おう。



 ……そして結局、どちらの武器にするかは決まった。決め手は我ながらすごく間違っていたが。

 日本では銃の所持に必要な手続きが、非常に面倒くさかったのだ。ちょっと調べてみただけで頭が痛くなる程に。


 講習に行ったり、医者にかかって診断書を出してもらったり、役所に行って必要書類を取得したり、銃の扱いの教習に行ったり……。銃の所持許可を交付されるまでの道程のあまりの煩雑さに、俺は心底うんざりした。

(ここまで面倒な手続きを踏んでまで、銃を持たないといけない理由ってなんだっけ)

 別に、弓で良いような気がしてきた。

 俺のこういう部分がダメなんだと自分でも思うけど、改善の兆しがない。


 どうしても銃じゃなければならない理由があれば、俺だってなんとか気力を振り絞って、この面倒な手続きを乗り越える。

 だけど、別にそうじゃない訳で。


(ああもう、弓で良いかー)

 俺の遠距離武器は、そんなふうにひどく消極的な理由で決まった。

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