第33話 魔道具屋に入ってみる
(そういえば、この店って……)
スクロール屋を出たところで、ふと隣の店舗が気になった。
スクロール屋と武器屋、俺がよく行くふたつの店に挟まれたその店舗は、魔道具屋であるらしい。
よく通るので店の入り口は何度も見ているが、これまでは入った事がなかった。ここが魔道具屋だと知ったのもつい最近だ。
小さな店舗の入り口の上の方に、ランプの絵が描かれた看板がある。これが魔道具屋の印なのだろう。
道を挟んで向かいにある薬屋は液体の入った瓶の入れ物が描かれているし、武器屋は剣と盾、防具屋は鎧だ。他にも、本屋は本、宿屋はベッド、銭湯は温泉マークを彷彿とさせる絵といったふうに、字が読めなくても見れば何となくわかるように工夫されている。
(魔道具か、どんなのがあるんだろう)
そもそも俺は魔道具にどんなものがあるのか、どうやって使うかをろくに知らない。家にもあるような普及品や、ダンジョン協会の買い取り窓口にあるようなドロップアイテム鑑定用の魔道具とか、有名なものはいくつか知ってるけど。
(ちょっと、店に入ってみようかな?)
カードの残金を確かめてみる。4千5百DGあった。もし欲しいものがあっても、そう高くないものなら買えるだろう。
(どんなものがあるのか見せてもらおうかな)
もしかしたら、攻略に役立つものが何か置いてあるかもしれない。
「いらっしゃい」
店内にいたのは頭に白銀色のピンと尖った獣耳を持つ成人女性だった。背後にはふさふさのしっぽも見えている。
犬……いや、狼の獣人だろうか。背が高く筋肉質で、ストレートの髪は明るい灰色、目の色は濃いめの黄色だった。瞳孔が縦に割れている。獣人の特徴だろうか。
店内の商品は小物が多めで、小さい籠に盛られていたり、棚に並べられていたりして、品数が多くごちゃごちゃしている。まるで雑貨屋のような印象だ。
「こんにちは、少し商品を見させてもらって良いですか?」
「別に良いよ。何か欲しいものでもあるのかい?」
小さい店舗だからなのか、ここの通りは大体、店番を店主一人だけでやっているスタイルなのだろうか。大きな店舗にたくさんの従業員がいる店って、銀行以外まだ見た事がない。
彼女もこの店の店主なのだろう。堂々とした佇まいでハタキを持ち、商品の表面を軽く払っている。
「その、俺は魔道具に詳しくなくて、どんなものがあるのかよくわからないんです。それで、何かダンジョン攻略に使えそうなものがあるか、探してみようかと思いまして」
来店目的をなんとか説明する。これといって欲しいものが決まっていない状態って、無暗に緊張する。
「なるほどね。初めてなら、軽く店内の商品を紹介しようか」
「はい、紹介してもらえるのは助かります。見てもきっと、わからないものばかりなので。よろしくお願いします」
「あいよ。随分丁寧な喋り方する子だね」
やや呆れたように言われた。これも小さな店舗の店主の人にありがちなのか、随分砕けた喋り方だな、と思う。
最初に行った銀行の受付の人が丁寧だったから、ダンジョン街の人も接客は丁寧なのが基本なのかと思ったものだけど、その後のスクロール屋の店主の物言いでそれは誤解だと気づいた。
「店の商品でよく買われてんのは、こっちの魔道具のランプとかかね。これはコアクリスタルを入れれば灯りが点く魔道具で、水中でも変わらず照らせるって事で人気が高いね」
まず紹介されたのは、魔道具屋の看板でシンボルにもなっているランプだった。
「え、水中でも使えるんですか」
これは10層の水中ステージで必要になるかもしれない。このランプの魔道具の事は、ちゃんと覚えておこう。
「こっちは、コアクリスタルを加工してその中に魔法を込めて作った、「魔法玉」っていう、使い切りの魔道具さ」
「えっ」
思わず驚きがそのまま声になって零れてしまった。
「? 何だい?」
店主に怪訝そうな顔をされる。その際、頭の上の獣耳も連動して動いた。
「あ、あの。魔道具ってダンジョンのドロップアイテムじゃないんですか?」
話を急に遮って申し訳なかったけど、どうしても気になった点を質問する。
俺は魔道具とは、ダンジョン産……モンスターのドロップアイテムや宝箱からの取得品として得られるものだと思っていた。だけど店主の言い方だと、自分達の手で作っているように聞こえる。
(あれ。……ダンジョン街で作っているアイテムも、地球から見れば、まとめれば「ダンジョン産」になるのか?)
俺が疑問符を頭にいっぱいに浮かべていると、店主は俺が何に引っかかったのか気づいたようで、ああ、と納得顔になった。
「そういうのもあるし、街の魔道具師が作ってんのもあるのさ」
どうやらどちらもあるらしい。
(なるほど。「ダンジョン産アイテム」には、ダンジョンのドロップアイテムと、ダンジョン街で作られたアイテムの2種類があるんだな)
これまで俺は、街で売ってる品は全部ダンジョンからのドロップアイテムなんだろうと、根拠なく思っていた。だけどその認識は間違っていた訳だ。
街で職人の手で作られているものも結構あって、その中に魔道具も入っていたのだ。
(まあ、原材料はダンジョンのものを使ってるんだろうけど。ダンジョン内に住んでいるんだから、それは当たり前だよな)
「ダンジョン街には魔道具師っていう職業があるんですね。知りませんでした。では、ここの商品はあなたが作っているんですか?」
「いや、魔道具師が直接店をやってるトコもあるけど、うちは別だね。作るのはいいが店をやるのは嫌だってヤツや、半人前で店をまだ持てないヤツもいるからね。そういうヤツらの作ったモンをまとめて買い取って並べてんのさ」
魔道具屋の店主をしているくらいだから魔道具師なのだろうと思って訊いたら、意外にもあっさり否定された。
店を持ちたくない人とは、職人気質で商売が苦手なタイプなのだろうか。そして半人前とは、ワールドラビリンスの30層まで到達しておらず、自分で店舗を持つ資格を持たない人の事だろう。なるほど、この店主はそういう人達から商品を仕入れて商売をしているのか。
「色々教えてもらってありがとうございます。えっと、それでこっちは……魔法玉でしたっけ。どんな魔道具なんでしょうか」
途中だった魔道具に話題を戻す。
「ああ、この魔法玉ってのは、中に込められた魔法を使いたい時に使える魔法さ。魔法の中身は、爆炎、氷結、爆風、閃光の4種類だね」
「使うのは、誰でも使えるんですか? その魔法を覚えてなくても?」
「そりゃ、誰でも使えるよ。その為の道具だからね」
またまた驚いた。そんな使い勝手のよさそうなものがあったとは。
「そんな便利なものがあるんですか。魔道具ってすごいな」
示された先にあったのは、籠に盛られたビー玉のような代物だった。それぞれ、赤、水色、緑、黄色と色別に分けられて、色ごとにそれぞれ別の刻印が表面に刻まれて、一種類ずつ籠に盛られて並べられている。
(使い切りの魔法が込められた道具なんてものもあるのか)
これならいざという時の為に、いくつか買って持っておいても良いかもしれない。
「まあ、ひとつ千DGするから、使い捨てにするにはちょっと高いけどね」
「なるほど、確かに普段使いするにはお高いですね……」
一回1万円分の攻撃とは、随分と贅沢な。これは本当にいざという時だけの切り札にしないと、収益を超えて赤字になりそうだ。
(でも保険にいくつか持つとしたら、実際に使って試しておかないと、いざという時危ないよな)
思っていたのと違う効果が出たら、プラスどころかマイナスな状況に追い込まれてしまいかねない。
「これはどうやって使うんですか?」
「直接触れた状態で「起動」と念じれば、その7秒後に込められた魔法が解放されるのさ」
「あれ。念じればいいって事は、もしかして人形でも使えますか?」
言葉で直に口にして言わなければらならないものなら、喋れない人形には使えないが。これならもしかしていけるかもしれない。
「ああ、先に使い方を教えておけば使えたはずだよ」
さらっと肯定された。朗報だ。
「良かった。それなら切り札として人形達に持たせるのもアリですね」
値段が高いから滅多に使えないが、これなら魔法を使えない人形にも、魔法代わりになる手段を持たせられそうだ。
「あとはそうだね、水中で呼吸する為の魔道具とかもあるよ。水中呼吸のスキルもあるけど、氣の節約に、あえてこっちを使うヤツもいるね」
「なるほど、氣の節約は大事ですよね」
何でもかんでもスキルにばかり頼っていたら、肝心の戦闘に氣が回せなくなってしまう。道具で補えるところは補う。俺もそこは気をつけないと。
「こっちは魔力を注ぐと汚れが落ちるハンカチ。こっちは魔力を注ぐかコアクリスタルを使えば、空を飛べる絨毯。一人用で中綿が入ってるから、絨毯っていうよりはクッションって言った方が良いかもね」
「……空飛ぶ絨毯はすごいですけど、ハンカチは使いどころが思い浮かばないです」
ちょっとコメントに詰まった。
もし6層のタカと戦っている時に絨毯の存在を知っていたなら、俺は買おうと思っただろうか。
(でも、一人用の小さなクッションに座って空中戦って、すごい怖いんだけど)
うっかり落ちたら即死もしくは大怪我だ。知っていても利用しなかったかもしれない。
あとこの商品、絶対高い。具体的な値段は聞いてないけど、空を飛ぶ魔道具が安値の訳がない。
「こっちのはコアクリスタルを入れると、日付や時間が表示される魔道具。言語や日付は持ち主が知ってる知識から選べるタイプさ。ダンジョンの中でも使えるよ」
そんなふうに、他にもいくつか魔道具を紹介してもらった。役に立ちそうなものもあれば、ジョークグッズかと思うようなものまで、とにかく色んな種類があった。
俺はとりあえず、魔法玉を4種類、ひとつずつ購入する事にした。
まずは試しに使ってみて使用感を確かめた上で、戦闘に使えそうなら、また切り札として持つ分を買いにこよう。
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