第32話 防具の更新とワールドラビリンスについて

 中学に入って2年目の文化祭だ。

 今年、俺のクラスでは、串ものの屋台がやりたいという意見が出た。

「でも、フランクフルトとか焼き鳥なんかだと、絶対他と被るよ?」

 そんな意見も出て、最終的には海老と帆立を交互に刺した海鮮串の屋台をすると決まった。

 ちなみに今年は俺は料理担当から外れた。会計担当だ。


 そうして文化祭当日、うちのクラスは海老と帆立を金網で焼いて、醤油ベースの半透明なとろみのあるタレを塗った海鮮串を販売した。

 肉類が多い中で海鮮串はそれなりに珍しく人目を惹いたようで、結構な賑わいだった。

「わあ、どんどん売れてくねーっ」

 同じ班で、パックに入れる盛り付け担当になった更科くんが、嬉しそうに俺に話しかけてくる。

「うん、そうだね。海鮮串がこんなに売れ行きが良いなんて思わなかったよ」

「あ、またお客さんが来たよっ」

「いらっしゃいませー!」

 今年は苦手な呼び込み担当に当たってしまった雪之崎くんが、懸命に声出ししている。俺は会計担当に当たって良かった。


 文化祭の終了後、恒例の余った材料をみんなで焼いて分け合って食べるのは、今年も恙なく行われた。

 文化祭の最中にも、わりとあれこれ食べ歩きはしているんだけど、残り物をタダで食べるのって、また別腹というか。ともあれ海鮮串も美味しかった。





 そんな文化祭も終わり秋が終わる頃になって、防具用貯金が目標金額に達した。

 ネットの通販サイトで、現代的なデザインの、ゴツイのにスタイリッシュという感じの、相反したイメージのプロテクターを見たりする。

「見た目は格好いいんだよな」

 現代日本で出回っているプロテクターは格好いいので、ちょっとした憧れがある。

「だけど、どれが良いかとか、値段に相応の防御力を備えているかとか、わからない事だらけなんだよな……」

 俺は完全な素人なので、万が一、詐欺サイトとかに騙されてもわからない。

 高い買い物でネット通販を利用するのは、どうも抵抗があるんだよな。もし不良品とかが届いたら、後始末が面倒くさい。

 勿論ネット通販以外にも、防具専門店だって日本にもある。だけど、あれもかなり値段の幅が大きいんだよな。それに出かけるにしても結構遠い。荷物の持ち帰りも重くなりそうだし。

(無難なのはやっぱり、ダンジョン街の防具屋で実物の鎧を見て買う方か)

 あちらは少なくとも、詐欺と品質の心配はしなくて良い。ダンジョン街は犯罪にとても厳しいので、詐欺店舗なんか存在を許されないのだ。

 そんな訳で、銀行を経由してカードにDGを10万円分補充して、前にも行った事のある防具屋へと向かった。



「こんにちは」

「おう、らっしゃい! 前も来たな、坊主!」

「はい。今回もよろしくお願いします」

 ここは前回、手甲などの追加分の装備を買った事のある、ダンジョン街の防具屋だ。

 威勢のいいドワーフの髭のおじさんが経営している。ちなみにエルフの店主が経営している武器屋の隣の店舗だ。


 防具というのは安いものなら数千円のものもあるし、高いものは天井知らずのピンキリだ。

 特に幻想金属の類や高位モンスターからドロップする素材で作られたものは値段が飛びぬけて高く、数百万どころか数千万でも買えないようなものまでザラにある。まあ、今の俺がそんな高額装備を手に取れるはずないんだけど。

 成長期の現在、多少余裕ある大きさのものを買っても、高校辺りでまた買い替えなければならなくなる可能性が高い。

 ダンジョンは入った者の怪我や死亡はなかった事になるとはいえ、持ち込んだ装備品類の損傷はそのまま残るし、破損しても買い替えになる。高価なものを無理に買って、それが壊れてしまった場合を考えると、やはり身の丈にあった値段のものを選ばなければ。


「今日はこの前買った以外の部分の防具を更新したいんです。予算は全部合わせて1万DG以内で」

「そうか。ならいくつか良さそうなのを見繕ってやるぜ!」

「これかこれなんかいいんじゃねーか?」

「そうですね、あとは頭の防具と、肘と膝の……」

 欲しい防具の種類や予算を提示して、店主が並べてくれたお勧めの品を見比べて相談しつつ、買う品を決めていく。

「こっちは脇をベルトで留めるタイプで、こっちは上から被るタイプだ。材質は鉄と暴れスイギュウの皮で、柔軟性の必要な部分を皮で、硬度の必要な部分を鉄で仕上げてあるぞ」

「暴れスイギュウっていうと、確か下級の「魔物素材ダンジョン」でしたっけ」

「おう、あそこの3層だ」

 俺がネットで得た曖昧な知識を、店主が補足する。

(確か、魔物の皮や牙みたいな素材ばかりが出るダンジョンがあるんだよな)

 初心者ダンジョンでは主に肉、後半では金属がドロップするというが、魔物素材ダンジョンでは食材になる肉だけじゃなく、武器や防具に使われる魔物由来の素材が豊富にドロップするという。

 下級のダンジョンなので、もっと上のダンジョンに比べれば、ドロップアイテムの値段は低くなるものの、それでも俺のような初心者にとっては有用な素材がドロップするという。



 ……ダンジョンは多数あるが、出るモンスターの強さなどによってランク分けされている。

 一番簡単なのが初級の「初心者ダンジョン」などであり、その上が下級、中級、上級、特級、最上級と、区分けによって難易度が上がっていく仕組みだ。

 最上級の最上位に位置する世界で一番難易度が高いダンジョンが「世界迷宮(ワールドラビリンス)」と呼ばれており、このダンジョンは地球人は未だに未踏破だ。何層まであるのかさえわからない。少なくとも100層よりは上だろうと言われている。

 下級は初級を卒業したシーカーが次に挑戦するランクで、最上位のワールドラビリンスは最高峰のシーカーにとって、最高の目標となるダンジョンだ。


(もっとも、ワールドラビリンスの10層までなら、中級を攻略できるくらいの実力があれば、到達できるらしいけど)

 このワールドラビリンスはダンジョン街において特別な立ち位置にあるらしく、ここを10層までクリアしないと、ダンジョン街では土地や建物の賃貸や売買の契約が一切できないという、明確な決まりがある。(宿屋に泊まるだけなら、DGさえあれば誰でも泊まれる)


 更に、ダンジョン街で商売をするには、ワールドラビリンスを30層までクリアする必要がある。

 10層や30層までクリアすると、ステータスボードの備考欄に、自らの到達層が記載されるのだ。その記載がない者は、ダンジョン街の住人にとって半人前扱いなのだとか。

 ……地球企業が未だダンジョン街に進出できていない最大の原因はこれだ。地球の銀行が街に出店してくれれば俺達にとってもっと便利になるのだろうけど、街での出店基準が厳しすぎるせいで叶わないでいるのだ。


 そういった決まりがあるので、どこのダンジョン街でも、店舗を持っている人々は(この防具屋のドワーフの店主や、スクロール屋のホビットの店主も含めて)、少なくともワールドラビリンスの30層まで到達している実力者という事になる。

 30層まで到達するには、上級どころか特級以上の実力がないと無理らしい。そんな試練を乗り越えて店舗を経営している人達が大勢いるのがダンジョン街なのだ。ダンジョン街の住人が全員強いと言われるのも納得だ。



 それはそうとして、俺の新しい装備だ。

 下級ダンジョンでドロップするという暴れスイギュウの皮と鉄で作られたという胴当ては二種類。原料はほぼ同じなのだが、形と着方が違う。どちらが良いかよくわからないので、一度試着させてもらう事にした。

「試着させてもらっても良いですか?」

「勿論いいぞ。肩の可動なんかも気になるだろうしな!」

 勧められたのはどちらも、前のチョッキタイプのものとは違って肩当てがあるタイプだった。動く時にどれくらい可動域が狭まるのかは、やはり気になる。

 試着させてもらって、実際に着るとどんな感じなのか確かめてから、購入を決めていく。


「では、これでお願いします」

「おう、また来いよ坊主!」

 無事に買いものが終わり、目標としていた新装備が整った。どれもまだ初心者が着る範囲のものだけど、前の装備よりはしっかりした作りのものだ。


 兄のお古の防具類は、ちょっともったいないけど処分する事にした。

 人形達には硬質化のスキルがあるし、下手に防具を装備させて、関節の可動に引っかかっても困る。

 それに改めて見てみると、俺が1年半以上着ていた事もあって、お古の装備はだいぶ草臥れてボロくなっていた。

 人形達は硬質化のレベルが上がるにつれて、木のサラサラした感じだった表面が、金属のツルツルとした硬質な感じの質感へと変わってきている。色も木肌そのままの色から、徐々に黒銀っぽく変化してきていた。

 これなら、下手な防具はいらないんじゃないかな。

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