第31話 撤退の見極め、更科くんが絡まれた話

「うーん、ちょっと脇がキツいか……?」

 いつも通りの手順で防具を身につけようとして、いつのまにか小さくなって着にくくなっているのに気づいた。

「確か兄さんも、一年ちょっとで防具を買い直したって言ってたっけ」

 成長期の中学生なのだから、身長が伸びるのは当然だ。むしろ伸びないと困る。大きさだけじゃなく損耗的に見ても草臥れてきているし、ここいらで兄のお古は卒業する時期なのだろう。

 後から買い足した手甲などは、余裕をみて大きめで買ったからまだ大丈夫そうだけど。

 きちんとした作りの防具はそれなりに高くつく。当分は節約してドロップアイテムの稼ぎを貯めて、新しい防具を買おう。





 紅が最初の1匹を倒した。そこで俺は即座に指示を出す。

「山吹、紅、スイッチ!」

 俺の指示でお互いの立ち位置をくるりと入れ替え交換する事で、山吹に迫っていたイヌの相手を紅に頼む。これで山吹が苦戦していたイヌを紅に任せられる。

 フリーになった山吹には新たな指示を出す。

「山吹は紫苑の援護を!」

 紫苑は弓で1匹の足を射抜いて、その動きを鈍らせて足止めに徹していた。そこに山吹を向かわせる。

 青藍は一人でも安定していて、盾と剣をそれぞれ別々に使って、2匹を同時に足止めしてくれている。足止めに専念しているから敵へのダメージは与えられていないが、こういうタンク的な役割はとても重要だ。

 ここで俺は一旦目の前の敵に集中して、槍を勢いよく繰り出した。その後数撃を立て続けに浴びせて、無事に1匹倒す。続いて、山吹とスイッチした紅が短槍で1匹を倒す。

 残りは紫苑と山吹が相手をする負傷1匹と、青藍が足止めしている無傷2匹。

 紅が俺の指示を待たずに青藍の援護に向かうのを、俯瞰スキルで把握する。


 俺は紫苑と山吹が相手をしているイヌを新たなターゲットにする。矢が数か所刺さって斧傷もある、中傷の個体だ。

 俺の参戦で、既にかなりの傷を負っていたイヌはすぐに倒せた。ほぼ同時に、紅と青藍が、それぞれ相手にしたイヌに深い傷を負わせる。これで残りは負傷2匹のみ。

(このまま押し切れるな)

 そう確信した瞬間、身体強化で強化された聴力が「アオーン!」と、いつもの斥候の遠吠えを聞き取った。


「撤退準備、様子見っ」

 俺は気配察知、危険予測、俯瞰のスキルを同時にフル活用して、新たに駆け寄ってくる存在を読み取る。手元にはステータスボードを出して途中まで操作しいつでも脱出できるよう準備した上で、新規の群れの正確な数を数え、そして判断した。

(いける!)

「敵追加3! 戦闘継続! 再展開!!」

 今いる敵が負傷2匹、そして参戦してくる群れが3匹。これならギリギリ、戦闘を継続できると判断したのだ。



「なんとか倒せたな」

 俺は大きく息を吐いて周囲を見渡した。

 人形達はそれぞれ、散らばって落ちているドロップアイテムを草の中から拾い集めてくれている。

「みんなありがとな。今回、かなりよく戦えてたと思う」

 拾ってもらったドロップアイテムの一部を回収したり青藍のランドセルに収納したりしながら、戦闘の所感を述べる。良かったところや改善して欲しいと思ったところを中心に。

 こうして反省会っぽい時間を設ける事で、人形達にも徐々に考える力を育もうという試みだ。効果があるかはわからなけど。



 イヌの群れも、一度に6匹までなら倒せるようになってきた。ただしそれ以上の数なら即撤退している。

 山吹もレベルが上がるにつれて大きな破損が減ってきて、少しは安定してきた。

 それに、今回のように途中で別の群れが参戦してきた場合でも、状況に応じて戦闘継続か撤退か選べるようになった。

 これは地味に大きな変化だ。ちょっと前まではすべて撤退していたのだから。


 気配察知と危険予測、そして俯瞰のスキルのレベルが上がってきた事と、敵の数を見極められるだけ慣れたおかげだろう。

 少しは指揮も効率化できているし、何より人形達が自己判断で戦況を確認して、俺が指示するより前に、自発的に動けるようになってきたのも大きい。

 前は目の前の敵を倒すので精一杯だったのが、仲間の状況を見れるまで成長してきているのだ。

 これはレベルの高い人形達だけで山吹なんかはその辺まだまだだけど、それでもすごいと思う。





 秋に入って、文化祭の準備もそろそろ始まるかという頃。

 放課後に学校から帰る前に購買へ寄っていこうと思っていつもとは違う経路を歩いていると、何やら荒れた雰囲気の声が聞こえてきて、俺は反射的にそちらに目をやった。

 人気のない廊下の途中、更科くんが一方的に襟元を掴まれて、体を壁に押し付けられているのが見えた。ぎょっとする。

 相手は上級生なのか、体格が良くて背も高かった。俺はかなり怯んだけど、覚悟を決めて廊下の入口付近まで駆け寄って、大声を張り上げた。


「更科くん、今、先生を呼んでくるからっ!」

 そのまま二人に駆け寄って間に割り入る勇気は持てなかった。だからせめて、先生を呼んでくるのだ。

「っ、お、お願いっ」

 更科くんは俺を認識して、縋るように叫んだ。

「ああっ!!? テメーカンケーねーだろっ!! っち、今回は引いてやるっ」

 俺が職員室に走り出そうとしたところで、絡んでいたらしき男子生徒があからさまに大きな舌打ちをして、速足にその場を立ち去っていく。俺が向かおうとした方向とは逆方向に。どうやら先生に介入されるのがよほど嫌だったようだ。

 そのまま先生を呼びに行くか迷ったが、更科くんが小走りに駆け寄ってきたので、立ち止まって彼の様子を見る。

 彼は俺の前で立ち止まってようやく、強引に掴まれて乱れた服装を整えた。それでもまだ顔色が悪い気がする。

「大丈夫だった?」

「うん、ありがとう鳴神くん。なんかいきなり知らない人に絡まれて、すっごい怖かったんだ。助けてくれて本当にありがとう」

 どうも完全に知らない相手らしい。通りすがりにいきなり絡まれるなんて、何と言うかとても治安が悪い。うちの学校は緩い校風で不良なんかいないと思ってたのに、そうでもないんだろうか。

「怪我はない?」

「服を掴まれて、壁に押し付けられただけだから大丈夫。……俺さ、見た目が変に目立つのか、たまにこんなふうに絡まれる事があるんだ。ナヨナヨしてるとか、男らしくないとかって言われて。前は幼馴染が一緒にいてくれる事が多かったからまだ良かったんだけど、2年になってクラスが離れちゃって」

 整った顔立ちと中性的な雰囲気のせいで、彼は以前にも絡まれた事があるらしい。綺麗な容姿というのも、良い事ばかりじゃないんだな。

「そうだったんだ。……とりあえず、怪我がなくて良かった」

「鳴神くんも怖かったでしょ。ごめんね、巻き込んで」

「そりゃ、怖かったけど。更科くんのせいじゃないよ。絡んできた相手が悪いんだし」

「でも俺ダンジョン行ってるのに、いざとなるとどうしても足が竦んじゃって、逃げる事もできなかったよ」

 しゅんと落ち込んでる更科くんが気の毒になる。俺だって急に絡まれたりしたら、咄嗟には動けないと思う。怖いのは当たり前だ。

「それはまあ、人間の方が怖いと思うよ」

「え、モンスターよりも?」

 更科くんが俺の言葉を聞いて意外そうに眼を瞬く。俺としては当たり前の認識だったんだけど、そんなに意外かな?


「うん。だって人が相手だと強さがわからないし、もし怪我させられたり殺されたりって考えたら、ダンジョンの中でモンスターと戦うより怖くない? それにもしこっちの方が強かったとしても、逆に相手に怪我させちゃったら、傷害罪とかで訴えられるかもしれないし」

 俺はつらつらと、人の方が怖いと思う理由を述べる。

 どのダンジョンのどの層にいるかで大体の強さがわかるモンスターの方が、基準があって安心だと思うんだ。それにダンジョンから出れば確実に怪我が治るとわかってるし。

「何より、不本意に人に傷つけられるかもしれない、人を傷つけてしまうかもしれないって、それだけで恐怖じゃないかな」

「ああっ、なるほど。そういうふうに考えたら、人間の方がよっぽど怖いかもね」

 きょとんとした顔で、更科くんが頷いた。

「うん。俺は暴力なんか無縁だったし、人と喧嘩した事もないし。他人に暴力を振るうのを躊躇わない人って、それだけでもう、存在自体が怖いよね」

 俺はこれまでの人生を、大して虐められずに過ごしてこれた。家でも暴力なんか振るわれた事もない。

 いくらダンジョンに潜って戦いにそこそこ慣れてきたとはいえ、やっぱり暴力そのものは怖いし、振るうのも振るわれるのも、ずっと無縁でいたい。


「うん。怖かった。……そっか。そうだよね。ただ普通に暮らしてるだけなのに、こっちが何もしてないのに、いきなり暴力を振るってくるんだもん。怖くって当たり前なんだ……」

 更科くんはとても感心したように、小刻みに何度も頷いた。

「僕、絡んでくる相手をすごく怖がっちゃう自分に対して、ずっと情けないとか悔しいとか感じてたんだ。鳴神くんの意見を聞いて、なんだかすっきりしたよっ」

 晴れやかな笑顔を浮かべる更科くんは、なんだか一人で納得したみたいだった。

 一方俺は内心で、今後は学校内ではできるだけ意識して、更科くんと一緒に行動するように気を付けようと決めた。

 不良は怖いけど、一人よりは二人の方が対処のしようもあるだろうし。

 何もしてないのに見た目だけで理不尽に絡まれる経験なんて、できるだけ少ない方が良い。

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