第27話 イヌへの挑戦と宇宙開発の鍵

 今日はゲートを使って直接7層にやってきた。6層のタカの相手を切り上げて、7層のイヌ型モンスターに初挑戦してみる為だ。

 6層と同じように広い草原が続く風景だが、違う部分もあった。たまにある木の一部に生っている果物が、リンゴではなくオレンジだという点だ。

(どうせならオレンジよりミカンの方が好きなんだけど。ミカンの生っている階層って、この先にあるかな)


 ここに来る前にネットで7層について調べたところ、この層でイヌに囲まれて散々噛みつかれ、トラウマを負って、その後ダンジョンに潜れなくなる人もいるとの書き込みを見つけた。

 初心者ダンジョンにおいて、シーカー希望の新人を挫折させるモンスター第一位が、ここのイヌの群れなのだとか。

 イヌ達は最低3匹、多いと10匹で群れを組み、相互に連携してこちらを追い詰めてくるらしい。イヌの数が多くなると、特に注意が必要になるようだ。

 これまでは3体同時に出る事はあったけど、それ以上の数が襲ってくる事はなかった。そういう意味でも、ここから先は手強そうだ。

(7層から一気に難易度が上がるって書き込みもあったし、気を引き締めてかからないとな)




 草原をしばらく進むとイヌらしき群れが居るのに気配察知で気づいた。だが気配察知でこちらが気づくのとほぼ同時に、向こうにも気づかれた。多分、イヌにも気配察知のスキル持ちがいて、斥候役を務めているのだ。一匹が吠えると群れ全体にすぐ伝わったようだ。

 幸い、敵は3匹と、最小の数の群れだった。なのでそのまま様子を見る事にする。

 3匹の群れが、かなりのスピードでこちらに向かって駆けてくる。イヌ達はこちらに近づいてくると申し合わせたように散り散りになって、こちらを囲むような配置を取った。


 ドーベルマンに似た体型と大きさだが、毛の色は黒一色で、毛足も少し長く見える。

 ブタよりずっとスマートで体重は少なそうだが、全体的な大きさとしては同じくらいだろうか。耳は尖っていて脚も長い。

 大きな口から覗く鋭い牙。はっはっと細かい呼吸音も、普通の犬なら微笑ましく感じるだろうに、敵だと思うと途端に耳障りに思えてくる。

 この大きさのイヌが複数で襲ってくるなんて、普通に考えたら恐怖でしかない。

(ダンジョン攻略を始める前なら、1匹相手でも腰を抜かしてたかもな)

 今は前の俺とは違う。それに仲間の人形達も居てくれる。精霊達だって、召喚すれば来てくれる。怖くない訳じゃないけど、いきなり腰を抜かしたりはしない。



 少しの時間、こちらの様子を伺っていたイヌ達が、タイミングを合わせて一斉に襲ってきた。戦闘開始だ。


「こいつら、強い!」

 一匹にうまく攻撃が入ったので追撃しようとしたら、途端に他のイヌに邪魔された。

 周囲に散って、こちらの注意が逸れるのを待って、背後から襲ってきたりもする。

 背後からの攻撃はかなり心臓に悪い。人形が戦ってくれていると油断していたら、他の個体にターゲットを擦り付けて、フリーになっていたりもした。足が速くて移動も素早いものだから、思わぬ方向から襲撃を受けてしまう。

 目の前の敵だけでなく、全体を見渡す必要が出てきた。

 これまでの層でだって、3体までは集団でいる事はあった。だが「ただ集まっているだけ」の集団と、綿密な連携を取るこのイヌ達とでは、集団の意味がまったく違った。

「連携する敵」が、こんなにも厄介なものだとは思わなかった。


「青藍は、その目の前の相手の足止めをお願い。紅はそっちの相手! 紫苑は隙を狙って、射れそうなら射ってくれ!」

 誰がそのイヌを担当するか指示を出して、フリーになる敵を出さないように気を付ける。

 これ、3匹相手だから前衛が1人1匹ずつ担当して、紫苑がフリーの状態となった事で、そこそこは俺達の方が優位な戦況で推移してるけど、これ以上の数の群れが相手になると、どう凌ぐかが問題だな。

 今回は群れの数が少なくてまだ良かった。だけどそれでもやや苦戦している。

「うわ! コイツっ!」

 イヌの鋭い牙で腕にがっつり噛みつかれて、俺は焦った。防具越しだったから痛みはそんなじゃなかったけど、噛む力が強くて、体を引き倒されそうになってしまった。

 だけど、ちょうど引き倒されそうになったところで、紫苑の放った矢が相手の胴体に刺さって、そのおかげで俺はうまく態勢を立て直せた。

「紫苑、よくやった! このまま畳みかけるぞ!」

 俺と紫苑の二人がかりで、目の前のイヌを攻撃する。何度か槍を突き刺すと、イヌは倒れて動かなくなった。体がすうっと透明になっていく。けれどそれを見届ける暇もない。まだ青藍と紅の戦っている相手は健在だからだ。

「よし、こっちは倒せた! 紫苑、次は紅の相手にしてるのをやるぞ!!」


 その後はなんとか1匹ずつ数を減らしていき、やがてすべて倒す事に成功した。

 戦闘が終わった時には、俺の息はかなり上がっていた。青藍と紅もイヌに噛まれていたらしく、浅い噛み痕が木製の腕や足に残っていた。

「はあっはあっ。厄介な相手だったな……」




 少し休憩を挟んで、息を整える。

「みんな、動くのに支障はないか?」

 人形達の破損状況も見てみる。幸い、動くのに支障がない程度で済んだようだ。

 休憩後、3匹相手ならどうにか倒す事ができたからと、今度も少数の群れがいないか、草原を探ってみる。

 こちらから奇襲して、先にダメージを与えられないか、試してみよう。

 だが、隠れるところなどほぼない草原で、しかもあちらには斥候役がいる。こちらが敵を見つけるのと同時に、相手にも発見されてしまった。

 斥候役のイヌが吠える。反応するイヌの数は6匹。


「群れの数が多い! 無理せず撤退! みんな逃げるぞ!」

 一番近い脱出用石柱に向かって駆けだそうとして、緊急脱出用の機能がステータスボードについているのを思い出す。

 でも複数の敵を前にして、手早くステータスボードを操作できるかわからなくて、どちらで逃げれば良いか迷った。

 だけど、囲まれる前に行動しないと。

 焦って迷って、結局今回は、近くの石柱まで走り抜けた。


(だけど、ステータスボードを操作するのに慣れれば、多分そっちの方が速くて確実だよな。ステータスボードを手早く操作できるように練習しよう)

 撤退したついでに、部屋で何度か、緊急脱出システムの立ち上げ手順を確認する。

 敵を前にして焦りすぎて、変な操作をしないようにしないと。落ち着いてやればすぐできる単純操作なのだから、慣れれば数秒でできるようになるはず。



「今度は4匹か、戦ってみるぞ! 炎珠召喚! 向かってくるイヌにファイヤーボールだ! 石躁召喚! 俺の背後にストーンウォールを出してくれ!」

 そんなふうに、群れの数が少ないと交戦、多いと撤退といったやり方を繰り返した。


 イヌのレアドロップは、体力回復系のポーションだった。短い試験管に薄い緑色の液体が入って、コルクで封をして、全体を謎ラップで包んである。

 これもいくつかは取っておいて、自分の備蓄に回す事にする。とは言っても、一応窓口で鑑定してもらってからだ。緑のポーションは体力回復系というのは有名だけど、中には例外もあるかもしれないし。

 通常ドロップ扱いの、3回に1回くらいの頻度で出るアイテムは、手のひらに乗るくらいの大きさの鉱物だった。色合いからして多分銅だろう。

 この層では肉は出ない。出ても扱いに困る。愛玩用ペットとして身近な存在の犬の肉は食べたくない。多分、日本人の殆どはそうだと思う。猫の肉も同様だ。拒否反応が強い。他所では食べる習慣の地域もあるとは知っているが、自分は食べたくない。

(それより銅か。鉱物は高く売れそうだし、ありがたいな)

 前に宇宙開発で月に基地を作るというニュースを見たけど、初心者ダンジョンでも鉱物が出るのなら、その計画も捗りそうだなと思ったりした。



 その日の夕方、ダンジョン攻略を終えて部屋に戻ってきてから、なんとなく気になったので、ネットで月面基地に関する記事を探してみる。

 すると、現在基地に滞在している人数は50人以上になっていると書いてあった。

 なんでも居住区の他に、農業区や工業区など様々な施設が同時建設中であり、一部は既に稼働しているという。

 材料の調達から作成までを、月で一括してできるようになれば、開発効率も段違いに良くなるだろう。初の大型宇宙船アルテミスクルーズ号は、今後は人員の行き来中心に使えるようになる。また、NASAでは現在、アルテミスクルーズ2号も作成中だとか。

 それ以外にも、各国が独自に大型宇宙船の開発を加速させ、5年後から10年後を目途に、自国産の宇宙船で、月面基地へ赴く計画が進められているとあった。


 宇宙開発を更に加速させる魔道具の存在についても記事になっていた。

 それはなんと、空間跳躍(ワープ)の魔道具である。

 その魔道具はゲートと違って、この世界からこの世界の別の場所へと、人を瞬時に送る事ができる代物らしい。

 難易度の高いダンジョンを攻略中の地球最高峰のシーカー達が、最近になってごく稀にドロップさせる事が可能になった、大変貴重な魔道具だとか。

 それを利用した基地を衛星軌道に作れれば、わざわざ地上に宇宙船を着陸させずとも、宇宙との行き来が可能になる。

 更にそのワープ技術を使えば、他星への移動も大幅に時間短縮できるという試算もされている。

 ワープ魔道具の普及が、今後の宇宙開発の鍵になりそうだ。


 ……ダンジョンがこの世に現れて30年余り。世界は日々進化し続けているようだ。

 いずれ誰でも安全に、宇宙へ遊びに行ける未来もあるのかもしれない。

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