第28話 バッティングで危機一髪

「アオーン!」と遠くから遠吠えが響いた時、俺は4匹のイヌを相手に戦っている最中だった。ちょうどそのうちの1匹を倒して、残りを3匹まで減らしたところだ。

(なんだ!? 嫌な予感がする!)

 遠吠えが聞こえた方向を注視すると、そちらから駆け寄ってくる複数のイヌの姿が小さく見えてきて、ゾッと悪寒を感じる。

「まずい! 脱出するぞ! 人形達は俺の周囲に集まって、イヌの足止め頼む! 炎珠召喚、俺に襲い掛かってくるイヌにファイヤーバレット!」

 俺は声を張り上げて立て続けに指示を出した。仲間全員に、俺に近づいてくるイヌの足止めに専念するよう指示を出す。

(まさか、戦闘中に他の群れまで襲ってくるのか!)

 俺達はまだひとつの群れが相手でも、数が多ければ逃げ帰るくらいだっていうのに。他の群れにまで参戦されたらどうしようもない。

 だだっ広い草原は見晴らしが良い。そのせいで遠くからでも俺達の存在が見つかってしまったのだ。戦闘で大きな音を出していたから、それを聞きつけられたのかもしれない。あるいは斥候役のイヌは、群れの仲間から離れて見回りに出るのか。

 いずれにせよ危機的状況だ。まともに戦って倒すのは到底無理。選択肢は撤退一択だけだけど、交戦中だったイヌに邪魔されて、それすら簡単にいかない。

「石躁召喚、俺の背後にストーンウォールを頼むっ」

 石の壁を出してもらい、それに背を預ける事で、イヌが襲ってくる方向を限定する。

 俺はステータスボードを立ち上げて、できるだけ手早く操作した。

 脱出システムが無事に作動し、一瞬後には草原の景色が霞んで、俺の部屋の景色へと変わった。


「よし、脱出だ!」

 無事戻ってこれた室内を見渡して、全員がちゃんと脱出したか確認する。

 人形も精霊も、使い手がいないとダンジョンに残らない仕様なのだけど、これはもう癖みたいなものだ。

 人形達が俺の周りを囲むようにして立っていた。石躁は召喚時間が終わって姿を消していくところだった。炎珠は脱出の最中あたりで召喚時間が切れたのだろう。俺が周りを見渡した時にはもう姿はなかった。

 とりあえずみんな無事のはずだ。そもそも精霊は実体がないから怪我を負わないのだし、炎珠も召喚時間が終わったから帰還しただけで、大丈夫のはず。

 改めて人形達一人一人の様子を念入りに見てみるが、特に大きな破損は負ってないようだ。

「良かった、みんな大丈夫みたいだな。足止めありがとな」

 人形達それぞれの頭を撫でて感謝する。それから一度待機を命じて、俺は椅子に座って大きく息を吐いた。


「まさか、一度に複数の群れに襲われるなんてな」

 焦っていて、倒したイヌのドロップアイテムを拾う暇もなかった。だけどそれよりも、無事に脱出できた事を喜ぶべきなのだろう。

(これからは思わぬバッティングをしないよう、他の群れの位置にも気を配らないといけないのか。先に進むにつれて、気を付ける内容が多くなるな)

 今回の件を教訓に、広域を把握できるスキルがないかネットで探してみる。そして「俯瞰(ふかん)」というスキルを見つけた。

 戦略を立てて人形や精霊を指揮するには、俺がまず全体の状況を把握しないといけない。このスキルが役立つなら欲しい。

 早速スクロールを買いに行こう。


 買ってきた俯瞰スキルは使ってみると、上空から見たような視点で戦場を見渡せるものではなく、感覚的に敵味方、それぞれの位置が把握できるようになるスキルだった。気配察知よりも、個々の正確な位置関係の把握はやりやすいようだ。これもレベルが上がればもっと把握できる範囲が広がっていって、使い勝手が良くなるのだろう。






 俯瞰スキルを買った次の日、4匹のイヌの群れを相手にしていたら、また「アオーン!」とイヌの遠吠えが。猛烈に嫌な予感がする。この鳴き声は、斥候役のイヌが群れの仲間を呼び寄せる時の声だ。

(別の群れがこっちに来るっ)

 撤退を考えて反射的に身構えた時、今度は別方向から続けて「アオーン!」と遠吠えが響く。

「まさか、みっつ目の群れも来るのか!!? ヤバい! みんな集まってくれ!」

 迷っている時間はない。俺はすぐ人形達を周りに集めて、イヌの足止めを頼んだ。

 炎珠は前回の戦闘で召喚してから1時間経ってなく、クールタイム中でまだ召喚できない。

 他の群れが集まってくる前に脱出しないと、足止めさえ難しくなる。一人あたり複数のイヌに襲われてしまえば、なすすべもなく噛み殺されてしまうだけだ。

(っ! そうだ)

「石躁召喚、俺の足元にストーンウォールを出してくれ! 俺を持ち上げるように!」

 石躁にストーンウォールを出してもらう。地面から出現する石の壁の上部にそのまま乗って、2.5メートルほどの高さの場所まで自動で持ち上げられた。この高さならばすぐにはイヌに邪魔されず、ステータスボードの操作ができるはず。

 俺に飛びかかろうとしていたイヌは、ギリギリで紅が抑えてくれた。青藍も盾でイヌを強引に抑えつけて、俺を襲おうとしていた相手を止めてくれていた。

 ふたつ目の群れが到着した。7匹の群れだ。紫苑がそちらに弓を射って威嚇するが、2匹は怯んで動きを止めたものの、他の5匹は周囲を回り込むようにしてこちらに近づいてくる。

 紅に2匹のイヌが同時に襲い掛かる。ほぼ同時に、紫苑にも3匹が。それを止めようとした青藍にも、残りのイヌが飛びかかる。人形達の隙をついて石壁に近づいてくるイヌの姿もある。ヤバいヤバいヤバい。急がないと。

 次の群れが駆け寄ってくる姿も、もうそこまで見えている。

 全身を使って壁の上に必死にしがみつきながら、片手でステータスボードを操作する。出来る限りのスピードで緊急脱出システムを立ち上げ、脱出ボタンを押した。

「これで脱出!」

 人形達が何匹ものイヌに噛みつかれて、かなり危うい状態だ。

 それでも辛うじて、緊急脱出システムでの脱出に成功した。


「あーーー、やばかった……」

 部屋に戻って、息を吐いて床に崩れ落ち、そのまま転がった。

 今回は本気で死ぬかと思った。無事に戻ってきた今も、冷や汗が止まらない。

「みんな、よくやったな……、頑張って耐えてくれてありがとな……」

 額を流れ落ちる汗が目に入る。それをおざなりに拭って、なんとか人形達に目を向ける。

 体のあちこちにイヌの噛み痕をつけた人形達の姿が目に映り、胸が痛くなる。


 もしクールタイム中で石躁まで召喚できない状態だったら、あのまま何匹ものイヌに噛みつかれ、ステータスボードの操作もままならず、下手したら、そのまま食い殺されていたかもしれない。

 俺は7層から格段に難易度が上がるというその意味を、嫌という程味わわされた。



「あーーーー……、生きてて良かった……っ」

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