第19話 雪之崎くんの変化と従兄弟との会話

「え? ……雪之崎くん?」

「おはよう、鳴神くん」

「どうしたの? 休み中に何かあったとか? 随分と印象が変わったけど」

「……うん、実は……」



 夏休み明け、雪之崎くんの様子が変わっていて驚いた。

 眼鏡は顔がわかる透明度の高いタイプに変わっており、前髪まで短くなっていて、全体的にさっぱりとした印象に変わっていたからだ。

 そのイメージチェンジに驚いた俺が、何かあったのか尋ねたら、彼は夏休み期間中に、一人でダンジョンのある場所まで赴いて、自分用のゲートを手に入れて、家族を説得してダンジョンに行き始めたのだと話してくれた。


 ダンジョン反対派の両親は、息子が無許可で勝手にダンジョンに入った事に、当初は激怒していたそうだ。

 だけど、彼が「もし僕が怪我や病気で死にかけていても、ポーションも使わずに見殺しにするつもり!?」と迫ったところ迷いをみせて、最終的には渋々ながらダンジョン攻略を認めたそうだ。


(究極の選択か)

 ダンジョンに関わるすべてを徹底的に拒否するなら、論理的にはポーションだって、当然使用を禁止すべきだ。

 しかし、それで子供の命を見捨てるのかと問われて、「見捨てる」とか「それも自然の定め」とか即答できる親なんて……正直な俺の感覚で言えば、狂っているとか身勝手すぎると感じられる。

 前世でも、宗教上の理由で子供の輸血を拒否する親が問題になっていたって記憶がある。

 本人が拒否するだけなら、まだ「個人の自由なのでお好きにどうぞ」と思うけど、親が本人の意思を無視して、子供の治療を拒否するなんて、ひどいと思ったものだ。

 そもそも赤子では意思の確認なんかしようもないし、子供が生きたいと思っているのに、頼りの綱であるはずの親からそれを拒まれるなんて、とてもやるせない。


 幸い、雪之崎くんの両親はそこまで極まってはいなかったようだ。

 瀕死の我が子が助かる可能性があるのに、その手段を頑なに拒否する事は、想像上だけでもできなかったようだ。

 そこから話を発展させて、ダンジョン関連のものをすべて「得体が知れない」「胡散臭い」と全面否定していた両親の意思を曲げさせて、ついにはダンジョンに行く権利を認めさせたっていうんだから、雪之崎くんの熱意はすごい。


 引っ込み思案な性格の雪之崎くんにとって、それら一連の言動は本当に、勇気を振り絞ったものだったのだろう。ようやく家族に自分の主張を認められてすっきりしたので、これまでの自分との決別の意味も込めて、外見を変えたのだという。


「すごいね。雪之崎くん、頑張ったんだ。家族に認められて良かった。おめでとう」

 俺は心から祝福した。話を聞いただけで何もできなったけれど、彼が抱える問題が解決した事にほっとした。

「周りからは少し遅れたけど、僕もこれからはダンジョンで頑張るよ」

 彼がそう、晴れやかに笑っていたのが印象に残った。





 ところで、夏休み後半に稼いだ金額だけでは、ニワトリに対抗できるだけの、防具やスキルは揃わなかった。なので学校が始まってからも、相変わらず3層でウサギと戦っている。

(けど……防具とスキルだけで足りるのかな)

 ニワトリに負わされた怪我の痛みが蘇って、臆病になってしまう。

 欲しいと思った一通り防具を揃え、痛覚耐性と精神力強化のスキルを手に入れて。

 それでもまだ、4層へ降りる決心はつかなかった。

 そこで俺は、魔法を覚えようかと考えた。魔法が使えるようになれば戦力が強化されて、その分安全も向上すると思ったのだ。


 しかし、これにも問題があった。仲間全員が魔法を使えない人形の中、魔法の使い手が俺一人ってなると、どうしても魔力運用が厳しくなりそうだと予想できたからだ。

 色々と検討した結果、俺が自分で魔法を覚えるんじゃなく、以前検討した「精霊召喚士(サモナー)」のスキルを取ろうと決めた。

 元々興味はあったものの、精霊とコミュニケーションができるか不安があって、かつてはサモナーを選ばなかった。

 けれど、お盆に父の実家へ行った時に、従兄弟から話を聞いて心変わりした。




 お盆、父方の実家にお墓参りに行った時の話だ。

 父は三男だ。兄が二人いて、その兄達はそれぞれ結婚して実家から出ており、実家には現在、祖父母が二人だけで暮らしている。

 長男には娘が二人、次男には双子の息子と歳の離れた末娘が一人いる。

 俺にとって、父方の従兄弟はその5人だ。

 そんな従兄弟のうち、次男の子である双子達は、兄がテイマーを、弟がサモナーのスキルをそれぞれ取得していた。


「テイマーはさ、レベル1の時点で、幻獣と5体まで一気に契約できんの!」

 双子の兄の方である空織(そらおり)兄さんが、元気いっぱいにそう叫ぶ。彼ら双子は姉の瑠璃葉と同い年にあたるので、俺は兄さんって呼んでいる。

 空織兄は大の動物好きで、昔から大型動物を飼うのに憧れを持っていた少年である。

 その夢を叶える為に、中学生になる際、テイマーとなって大型動物を飼う環境を得る為に、わざわざテイマー用の飼育施設がある、全寮制のシーカー育成学園中等部に入学したという。

 ……確かに、普通の一般家庭では、大型の動物を飼うのは難しいだろう。

 しかし、その為だけに専門の学園に入り、寮生活を送る決意を固めるなんて、すごいとしか言いようがない。

「サモナーはレベル10ごとに1体ずつ契約できる数が増えていくんだよ」

 双子の弟の方である海嗣(うみつぐ)兄は、そう丁寧に教えてくれる。

 彼は双子の兄に付き合ってサモナースキルを取得し、一緒にシーカー育成学園にも入学したそうだ。そして現在、双子でパーティを組んでダンジョン攻略をしている。

 元気いっぱいで動物愛が行き過ぎな双子の兄を、いつもフォローしている良くできた弟で、人付き合いが得意なタイプだ。


「幻獣と精霊で、随分と違うんだね。俺の人形は、5レベル毎に1体ずつ増えてるよ」

「それなー、レベル100までいくと、結局同じになるんだけどなっ!」

「? どういう事?」

 空織兄の言う「同じになる」というのが理解できなくて、俺は首を傾げる。

「幻獣はレベル1で5体、その後はレベル51になってまた5体追加……ってふうに、レベル100で10体になるワケ! 精霊も100で10体なのは同じだったよな? 海嗣」

 空織兄が海嗣兄に話題を振る。海嗣兄は頷いた。

「そだね、精霊はレベル10ごとに1体ずつ増えていって、レベル100で10体。確か、人形使いの人形も、レベル100で10体なのは同じじゃなかったかな?」

「そうだったんだ!?」

 双子の説明に驚くしかない。

 俺は自分の主要スキルなのに、人形使いの説明書をろくに読んでなくて、そんな事も知らなかった。

 説明書は頭の中に不思議なダンジョン技術で写されてあるんだから、いつでも好きな時に読めるんだけど、かなり文章量が多いから面倒くさくて、つい必要な時に必要な部分だけ、読んで済ませていたのだ。

 慌てて人形使いのスキル説明から「人形の増え方」の部分を検索して確認した。

 その結果、レベル5ごとに1体ずつ増えるのは5体までで、その後は人形は作成できず、強化だけの期間があり、またレベル51から5体増え、100まで強化のみ……という、ちょっと特殊な増え方を繰り返す事で、レベル100までに10体まで増えるという説明があった。

 ちなみにレベルが101になると、また11体目が作れるようになるようだ。


「うわ、人形もそうだったみたい。5レベル毎に1体ずつ増えてくけど、途中人形を作れない期間があって、50レベルに5体ずつ、100レベルで10体だって」

 俺が知らなかった事実に頭を抱えて説明すると、双子は目を丸くした。

「ほへー、また随分と変則的だねー」

「驚きだなー! まあレベル100ごとに10体なのは変わんないんだから、大して違わないだろ!」


 ……そんな会話があって、そこからそれぞれの持つスキルの違いや特性を、お互いに語っていった。

 その中で特に興味を引かれたのは、精霊の在り方だった。

 俺は精霊を、金の斧と銀の斧を選ばせてくる泉の精霊みたいなイメージの、人の姿をして話をするタイプで想像していた。

 けれどこの世界のサモナーが契約する精霊は、そういう神話の精霊とかとはまったく違う存在らしい。



「精霊は、自分でカスタマイズするんだ」

「え? どういう事?」

「精霊ダンジョンにいる未契約の精霊って、正確には「原始の精霊のカケラ」って呼ばれててね。サモナーと契約するまでは、どんな形も持たないモヤみたいな存在で、辺りを漂ってるだけなんだ。その原始のカケラと契約を交わして自分だけの精霊とした後、どんなふうに精霊を育てていくかは、サモナー個人の自由なんだよ」

 海嗣兄の随分と抽象的な説明に、頭の中が疑問符でいっぱいになる。

 サモナーと契約するまでは「精霊」でなく「原始の精霊のカケラ」?

「?? よくわからないんだけど、どういう事? 契約するまでは、属性とか何も決まってなくて、契約したサモナーが、それを勝手に決めていいって事?」

 半信半疑で問いかける。そんなのアリなの?

「そそ、そんな感じ。具体的には、スクロールで覚えさせる魔法の種類によって、精霊の特徴が変わってくって感じ? 例えば、炎と氷の反する性質の魔法を覚えさせても、温度を操る精霊って分類になるとかね。育て方は自由で、発想次第っていうか」

 サモナーというのは、なんだかとても難しい仕組みのスキルのようだ。聞いてもすぐには内容をかみ砕けない。

 辛うじてわかるのは、精霊に覚えさせる魔法はサモナーが選んで決めて良いらしい、という事くらい。


「つまり、精霊には、自分の覚えさせたい魔法を覚えさせられるんだ?」

「まあ、属性とか種類とかを大まかに決めておかないと、ダメだけどね。無秩序に色んな魔法覚えさせてくと、あとで召喚に魔力がかかりすぎるようになって、結局、せっかく覚えさせた魔法を削らないといけなくなったりするんだ」

 眉をへにょりとさせて、海嗣兄が説明を付け足す。

「えええ!? せっかくスクロールを使って覚えさせた魔法を、使えないようにしなきゃならないの!?」

 衝撃の告白である。

 スクロールは高価なのに。それを一度覚えさせておきながら、削って使えないようにしないとならなくなるなんて。

「えっと、もしかして精霊から魔法を削ると、スクロールになって復活するとか……?」

 一縷の望みをかけて訊いてみる。まあ無理だろうけど。

「ないない。完全に消滅しちゃう。他の精霊に魔法を移したりもできないよ。だから魔法を覚えさせるのは、慎重にやらないとダメなんだ」

「うわあ……」

 絶句。案の定、スクロールの復活は無理だった。そして他の手段もナシと。

 カスタマイズとやらに失敗したら、一体どれだけの損失になるんだろう。ちょっと怖くなってきたんだけど。


「精霊の魔法の属性が煩雑になればなるほど、召喚する時に余計な魔力を食う方式なんだよ。だから覚えさせる魔法の系統は、よぉーく考えて決めないといけないってワケ」

 要するに魔法を覚えさせるなら、1体に対して1属性の方がコストが軽いという事らしい。

 ただ、レベル100までに10体としか契約できないので、単体に単一属性の魔法だけだと、精霊の数が足りなくて、扱える魔法の種類が偏ってしまうという問題が出るようだ。


「それじゃあ、一属性だけ覚えさせるなら問題ないって事?」

「まあね。ただ、属性分類が難しいんだよね。興味あるなら魔法の属性の仕分けと、精霊の属性を重ねた場合の、魔力コストの相関性を検証してるサイトのURL、メールに送るよ」

 従兄弟とは全員と電話番号とメールアドレスを交換してるので、お盆以外でも連絡はとれるのだ。

「うん、お願い。精霊に興味でてきたけど、ゆっくりかみ砕いて調べないと、俺には理解できそうにないや」

 随分と独特のルールが多いようで、ここで説明されても、一度では理解できそうにない。家に帰ってから、ネットで調べて理解していくしかないだろう。

「まあ、最初はひとつの属性に絞って、1体ごとに単一属性で揃えて魔法を覚えさせるようにすれば、そこまで難しく考えなくて良いから。鴇矢くんがサモナーになってくれると、サモナー仲間が増えて嬉しいな」

 わかりやすいURL送るね、と楽しそうな海嗣兄。

「えー、鴇矢くんサモナー取るのか!? テイマーは? 大型動物マジ可愛いぜ!?」

 大して空織兄は、俺がテイマーに興味を持たなかったのにちょっと不満顔だ。

「ごめん空織兄さん。テイマーは俺には向かないかな……」

 動物を責任持って世話するなんて、俺には到底無理だと思う。こればかりは性分と思って、諦めてもらうしかない。

 空織兄は「ちぇーっ」っと拗ねてみせたが、本気ではなかったようで、すぐ機嫌を直してくれた。

「俺には学園に、テイマー仲間いっぱいいるから、いいもんね!」

「あはは、テイマーは向き不向きがあるスキルだからね。空織兄のコレは気にしないでいいよ。鴇矢くん、他になにか気になる事はある?」

 海嗣兄も笑ってフォローを入れてくれる。

「そういえば俺、精霊とうまくコミュニケーションできるか自信なかったんだけど、その辺はどう?」

 一番気になっていた部分を思い切って訊いてみる。

「精霊って召喚時間が短いし、使って欲しい魔法を指示して使ってもらうだけだよ。コミュニケーションとか、したいと思っても難しいんじゃないかな? 召喚時間に余力ができても魔法を連続で使ってもらうだけになりがちだし、魔力か時間のどっちかが切れれば、精霊はすぐ帰還するし」

「そうなんだ?」

 あまりの回答に拍子抜けする。

 人付き合いが得意な海嗣兄でさえコミュニケーションできないと言い切るくらいなら、精霊とは殆どコミュニケーションが発生しないと見て良いのかもしれない。

 更に追加の説明ももらう。

「精霊は召喚した時以外は精霊ダンジョンで気ままに過ごしてるから、戦闘以外は呼び出す必要もないし。呼び出しても魔力を無駄使いするだけで、経験値は貰えないから、俺も普段は呼び出したりしてないよ」

 そんなふうに不安を払拭できる話を聞けて、かなりほっとした。


「その点、テイマーは幻獣の面倒を見て、基本はずっと一緒に暮らす訳だから、可愛がりたいとか世話を焼きたいとか一緒に遊びたいとか、そういう願望があるタイプ向けだな」

 動物好きが高じてテイマーを取得した空織兄は「そこが良いんだ!」と力説していた。

 ともあれ、漠然とした想像で、サモナーもテイマーも無理と判断していたところに、正確な情報を教えてもらえたのは幸いだった。

 そのおかげで、サモナーならばなんとかなりそうだと思えたのだ。


「スキルは使えるが魔法は使えない」人形と、「魔法は使えるがスキルは使えない」精霊は、正反対の性質を持っていると言える。ならばきっと、お互いの弱点を補い合える、良いパートナーになれるんじゃないかな。

 俺一人が魔法を覚えるよりは、魔力の運用にも余裕が持てる。


 ……こうやって少しずつ戦力の幅を増やしていくのも、ダンジョン攻略における醍醐味だよな。

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