第18話 ニワトリから逃げ帰る。足りないものを痛感

 夏休み2日目。

 ウサギを相手に戦うのは緊迫感があって、なんとか倒せても一戦ごとにかなり疲れる。

 それでも戦えてはいるので、3層の攻略をそのまま続行する。


「お? 肉だ。謎ラップに包まれてるな」

 二戦目で、兎肉がドロップした。

 これは戦ったウサギ型モンスターの肉がそのまま落ちるのではなくて、ダンジョンから提供される、食材としてのドロップアイテムだ。関連がある見た目のモンスターから落ちるせいで、どうしても戦ったモンスターを連想してしまうけども。

 初心者ダンジョンでは肉類がよくドロップするというのは、事前にネットで知っていた。実際に自分で倒したモンスターからこうして肉を得るのは、これが初めてだけど。

 ダンジョン産の謎技術で作られた謎ラップは、中のものを劣化させない。だから冷蔵庫に入れなくても問題ないし、戦闘の際にうっかり潰してしまったりしても、その影響をまったく受けないのだ。

 どうやらこの肉はレアドロップではなく、ランダムでそこそこの頻度で落ちる、通常ドロップアイテムの扱いのようだ。


「これ、邪魔になるから、持って戦う訳にはいかないな」

 腰のポーチにも入らない大きさだ。なので入れ物を用意する為に、いったん部屋まで戻る。

(俺は手持ちのリュックを背負うから良いとして、青藍や紅には、何か背負わせられるものとかないかな……)

 ごそごそとクローゼットを漁る。

 その結果、小学生の時のランドセルを見つけた。

(……草臥れてはいるけど、造りが頑丈だから、まだ使えそうだ。コレでいいか)


 だが、実際に青藍に背負わせてみると、かなりでかくて邪魔そうだった。ウサギに吹っ飛ばされた際のクッション代わりにはなるかもしれないが、これでは動きを阻害してしまうかもしれない。

 もうちょっと小さめの子供用リュックでもあれば良かったんだけど、丁度良いものが俺の手持ちになかった。

(うーん。人形達がもうちょっと育つまでは、荷物を持たせるのはやめておこうかな)

 どうせこまめに休憩に戻ってくるのだ。今はまだ、俺のリュックだけで十分だろう。


(そういえばうちって兎肉、食事に出た事あったっけ?)

 食べるならこれを食材として提供してもいいのだけど、どうだったろう。これまでに家で兎肉を食べた覚えがないような気がする。

「母さん、3層で兎の肉がドロップしたんだけど、これ、料理する?」

 一応、母に聞いてみる。

「随分前に出した事があるんだけど、瑠璃葉が兎料理が苦手なのよね。鴇矢が食べたいならその分だけ焼くけど、どうする?」

 どうやら昔、出した事はあるらしい。姉が苦手なので出さなくなっていたようだ。

「ううん、いいよ。それなら協会で売るから」

 という事で、後日まとめて売りに行く事にする。


 兎肉は一塊でドロップするのでそこそこ量がある。いずれ置き場所に困りそうだ。

 謎ラップに包まっているおかげで、常温でも悪くなる心配はないけれど、あまり重くなりすぎると、買い取り窓口まで持って運ぶのが大変そうだ。今後はもっとこまめに売却に行った方が良いかもしれない。



「ん? レアドロップか?」

 翌日、ウサギのレアアイテムだろうポーションがドロップした。

 試験管を短くしたような小さな入れ物に薄い赤色の液体が少しだけ入っており、コルクで封をされ、その上から更に全体を謎ラップで包まれている。

(これも、家の常備薬にあるから見覚えがあるヤツだ)

 飲むとすぐに小さい怪我が治る傷薬だ。スライムから出る塗るタイプのものより治りが速くて、治る範囲もそれより大きい。

 ただ、塗るタイプは数回使えるのに対して、飲むタイプのこちらは一回使い切りだ。



「良し、紅もレベルアップしたな。これで少しは動きが滑らかになるかな」

 紅のレベルアップもあって、俺達は徐々にウサギ狩りに慣れていった。

 一週間ほど経ったところで、ドロップアイテムの売却に行った。いつもの買い取り窓口では、合計金額が4万5千円ほどになった。

 ウサギのレアドロップのポーションは、ひとつ1600円で売れた。

 兎肉は部位によって変動があるが、ひとつ200円~400円程度。どうも兎肉は、それほど人気ある食材ではないらしく、買い取り額は低めのようだ。

(ちょっと残念だけど仕方ないか。兎肉って、日本じゃあんまり一般的な食材って扱いじゃないもんな。うちでも食べないって断られたし)

 ダンジョンが出現して以降、初心者ダンジョンへ行く者から多く提供されるようにはなっているのだろうけど、それでも消費があまり増えないものらしい。どうしても可愛らしい兎の外観イメージに左右されてしまうのかも。

 一応、安くても買い取ってもらえているのだから、どこかで消費はしているんだろう。

 数が出やすい分、コアクリスタルとも合わせれば、それなりの金額になった。

 今回の収入で知力強化のスキルを買う。戦闘に直結しないとはいえずっと欲しかったスキルなので、手に入れられてほっとした。この調子で記憶力強化のスキルも手に入れたい。


 途中、4層への階段を見つけた。だが、まだウサギ相手に苦戦している状態だから、次にはいけない。その後も毎日ウサギを狩って過ごした。


 お盆には父母それぞれの実家に行って、親戚と顔を合わせ、お墓参りをした。一年ぶりに顔を合わせた従兄弟からは、とある興味深い話も聞けた。

 お盆が明けて家に帰ってくると、また日課のウサギ狩りに戻る。

 順調に、夏休みの後半早々には、記憶力強化スキルを購入できた。これでずっと欲しかったスキルが最低限、揃った事になる。

 今後はどんな強化が必要か。それを考えるには、一度この先を見ておかないと。

 まだ早いかとも思ったけれど、今後の参考にと言い訳して、俺は4層へ降りた。





「痛っ!!」

 思わぬ痛みに声が出た。

 4層で遭遇したニワトリは、翼を広げるとウサギよりずっと大きくて、短距離とはいえ空を飛んだ。

 だがそれよりなにより問題だったのが、鋭い爪と嘴だった。

 ニワトリが滞空して脚で攻撃を仕掛けてくるのを避けられず、俺はとっさに顔を庇った。その結果、顔だけは守れたけど、カギ爪で手の甲から腕にかけて、ざっくりと切られてしまった。長袖の袖口は切り裂かれ、傷口から血がにじみ出す。


「っ! ダメだ」

 武器を構えるより、反射的に傷口を抑えるのを優先してしまう。けれど傷口は大きくて、手のひらだけでは抑えきれず、手も腕もどんどん血まみれになっていく。

 半ばパニックになって、出口だけを目指して逃げ帰った。

 幸い階段から近い場所だったから、すぐにゲートに辿り着く。


「はあ、はあっ」

 息が整わない。部屋に戻ってからもしばらくは、傷口を抑えて、ただ立ち尽くしていた。

 ダンジョンを出れば、どんな怪我でも即時に治る。だからもう怪我など負っていないのに、俺はまるで動けなかった。

 人形達が、俺を見上げてじっとしている。

「……二人とも大丈夫か」

 彼らの体に大きな破損がないのを確かめて、ほっと息をつく。

 モンスターはゲートから外には決して出てこないと知っているのに、扉を閉めてダンジョンに続く視界を物理的に閉ざす。

 そこまでしてようやく、少しだけ落ち着いた気がする。



「ごめんな、俺だけ先に逃げ出して」

 バツが悪かったが、青藍と紅に頭を下げて謝った。人形達は俺をただ見上げてくるだけだが、謝罪は自分なりのケジメだ。

 人形達に何の指示も出さず、俺だけ一人で逃げ出してしまった。

 もしも彼らが放置されたまま今も戦っていたとしたら、俺は彼らを撤退させる為に、今すぐダンジョンへ戻らなければならなかった。

 今は怪我のショックが大きくて、とてもすぐダンジョンに戻るような気にはなれない。

 人形は使い手がダンジョンを出れば、強制的にダンジョンから退出させられる。その仕様に感謝した。


 ダンジョンから出れば、怪我も死亡も無かった事になるからって、俺はずっとダンジョン攻略を、どこかで楽観視していた。怪我の痛みは本物で、精神的なトラウマを負う人もいる。そう知っていたのに、実感していなかった。

 こんなふうに血まみれになるなんて初めての経験で、とんでもない大怪我をした気になってパニックになったけど、冷静になってみれば、そこまで大きな怪我じゃなかったのかもしれない。それでもポーションを使わなければ、何針か縫う程度の怪我だろうか。


(……この部分に傷があったんだよな)

 治った部分をまじまじと見つめるが、傷跡などカケラも残っていないのに、血の汚れと切り裂かれた袖口だけが残っていて、現実なのに、夢か幻だったように覚束ない。

 それでいて、痛みと恐怖だけは心に沁みついていた。



 あの爪や嘴での攻撃をすべて避けられるなら、大した問題はないのだろう。あるいは、もっときちんとした防具を装備するだけでも良い。

 怪我さえしなければ問題なく倒せる程度の相手なのだから、本来なら脅威ではない。


「あーーーー、俺、全然準備できてなかったな……」

 大きくため息をついて、愚痴を吐いた。今のままでは防具が足りないと痛感する。

 これまでは攻撃力の低い相手ばかりだったから、兄のお古の初心者用装備だけでも問題なかった。だけどここからは、こんな軽装ではお話にならないという訳だ。


(まず、丈夫な手袋と手甲はいるな。あとは足も守らないと)

 怪我をしたのは、素手の手の甲と、長袖の部分だった。もっとちゃんとした装備をしていれば、これは防げたはずだ。

 ……要するに、俺の準備不足だ。

 今までスキルと人形用の武器にばかりお金をかけてきて、防具は更新してこなかった。ここからは、身を守るのに必要な防具を買い足していかないと。

 手と足の甲を守る装備、戦闘用の手袋、首を守る装備、戦闘靴。

 買い揃えないといけない装備が一気に出てきた。



(足りなかったのは防具だけじゃないよな。多分、俺自身の心構えも、全然できてなかった)

 これまでの敵が危険な相手ではなかったから、これからも大丈夫だと、根拠もなく油断していた。先に行けば行くほど強い敵が出てくるのがダンジョンの仕様だって、知っていたのに。

 怪我をしても怯まずに戦えるように、痛覚耐性や精神力強化のスキルも買わないといけない。4層のニワトリを攻略するのに必要なものは多そうだ。

 装備が揃うまでは、またウサギを相手に金稼ぎとレベル上げに励もう。

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