第17話 夏休み開始、3層のウサギへの挑戦
期末テストの時期である。
中間テスト以降の毎日の勉強時間は、苦手科目である数学と英語に特に重点をおいて勉強してきた。
今度こそ絶対に赤点を回避したいと意気込んで臨んだテストだが、結果は無事にオールクリア!
苦手な数学も英語も含めて、すべての教科で赤点を回避できた。近年では久しぶりの快挙である。
苦手科目は平均点よりかなり下だが、国語と社会は平均点越え、他の科目はほぼ平均点並み。成績としては、ごく平凡なその内容。だけど俺にとっては快挙なのだ。
春休みからずっと頑張ってきた成果が表れてくれて、やっと報われた思いである。
そしてこれで、夏休み期間の補習は受けなくて済む事が決まった。おかげで思う存分ダンジョン攻略に勤しめる。
(前世でも勉強は大の苦手だったし、以前習った内容は忘れてるしで、全然アドバンテージなかったもんな。本気で不安だったんだ。良かった、無事にクリアできて)
勉強にしても運動にしても、俺には得意と言えるものがない。むしろ苦手なものしかない。
性格も人見知りで、友達付き合いもできなくて、ぼっちが当たり前の落ちこぼれ。
前世も今世もそんなだった自分にとって、平均程度の成績であっても、これは十分、満足のいく結果だ。
さて、内心ウキウキしながら待った夏休みが、ついに開始した。
この時点で、俺は基礎レベル7。人形使い7、身体強化6という数値である。
青藍は基礎レベル7、初期スキル(自動修復、自律行動、学習知能)7、身体強化6。強化は筋力+1、素早さ+3。
青藍の体長は、初期のちょうど倍となる60センチまで成長した。
紅は基礎レベル5、初期スキル(自動修復、自律行動、学習知能)5、身体強化3。強化は素早さ+1。
紅は後から作っただけあって、まだ一人だけレベルが低いけど、身体強化スキルも買った事だし、これから徐々に追いついてきてくれるだろう。
テスト期間以外、毎日できる限りダンジョン攻略を頑張ってきたおかげか、レベルも少しは伸びたと思う。
ネズミの討伐率は6割くらいになっている。半数以上逃がさずに倒せるようになったのは、かなりの成長だと思う。
2層はとっくに地図を埋めたし、階段も見つけて、3層まで直通で行けるようにしてある。
こうなると、3層に狩場を移したいという気持ちと、ネズミの討伐率が8割を超えるくらいまでは、このまま2層で頑張った方がいいんじゃないかという気持ちがせめぎ合う。
悩んではみたものの、結局は先に進みたい誘惑に負けて、一度3層でウサギと戦って様子見をするのに決めた。
(いた、ウサギだ)
1、2層と景色的には何ら変わらない、灰色の石畳の通路だけど、ここは既に3層だ。そこでウサギ型モンスターを見つけた。
見た目はこげ茶色の長くない毛並みで、目の色は黒。
日本で有名な白毛に赤目のウサギとは違うけれど、俺にはウサギの種類とかわからないから、どんな品種に似ているとも言えない。
大きさは小型犬くらいだろうか。自然のウサギと比べて、大きいのか小さいのかわからないけど、見た感じではそこまで大きな印象は受けない。
(これまでのモンスターが全部小型だったから、そういう意味ではかなり大きいと思うけど)
俺が向こうを発見したのとほぼ同時に、向こうもこちらに気づいたようだ。だがネズミと違って即座に近づいてくる事はせず、しばしの間じっとこちらを見つめて動かなかった。俺はその間に慌てて鉈を構える。
「青藍、紅、やるぞっ」
二人にも声をかけて、これからウサギと戦うのだと伝える。
ウサギは姿勢を低くしてタメを作って力を蓄え、一直線にこちらへ向かって襲い掛かってきた。
最初の、遠距離から一気に詰め寄ってきての体当たりは、なんとか躱す事ができた。だがウサギは急ブレーキで止まってからの方向転換を成功させ、更に続けて襲ってくる。
「うお、わっと」
人形達が俺に当てないように短剣を振ってウサギに当てようとするも、走ったり跳ねたりする不規則な動きに対応できてない。
(これは、どうしたらいいんだっ!?)
周囲を小刻みに移動しながら、ウサギは次々に攻撃を仕掛けてくる。
ネズミと違ってただ周りを走り回るだけじゃなくて、明確にこちらにダメージを与えようとしてきている。
だがウサギは爪がそう長くないようで、引っ掛かれても大した怪我はしない。痛いのは痛いけど。口も小さいから、噛みつかれる心配もほぼないようだ。
(でも、脚の力が強いし、走るスピードは速いし、跳躍距離も大きいなっ)
体当たりされるとかなりの勢いだった。俺はよろけて尻餅をついたし、体重の少ない人形達は、そこそこの距離をふっとばされた。
尻餅をついたままじゃ、何もできない。俺は慌てて起き上がって、武器を構えなおす。
「二人とも体勢を立て直すんだっ」
ウサギのスピードはネズミよりやや速いくらいだったけど、的が大きい分だけ、こちらからの攻撃は当てやすかった。身体強化も使って三人がかりで切りつけようと四苦八苦していると、その内のいくつかは、ウサギの胴体に攻撃が当たった。
「っ! 当たった!」
傷口から血はあまり流れなかったが、それなりのダメージになったのか、ウサギが少し怯んだようにみえた。
(これはいけるか!?)
「やるぞ!」
ここぞとばかりに二人にも声をかけ、俺自身も張り切って鉈を振る。それがクリーンヒットした。
(やったかっ!!?)
思わず攻撃を止めてウサギの様子を見る。ダメージを受けて倒れはしたが、ウサギの体はまだ消えはしなかった。という事は、まだ死んでいない。
(と、止めを刺さないと……)
ドキドキしながら近づいて、首を目掛けて鉈を振って止めを刺す。
一撃で首を切り落とすまではいかなかったが、刃は半分以上めり込んだ。
そこまでしても、血はさほど流れなかった。モンスター共通の特徴なのかもしれない。
……今度こそ、ウサギの死体が消えていった。
代わりに出たコアクリスタルは、スライムやネズミのものより少しだけ大きめだった。
(た、倒せた……)
しばし、ぼんやりと立ち尽くす。
「これ、ウサギ一匹相手ならなんとかなるけど、複数が一気に襲ってきたら危ないかも」
3体1でも苦戦したのだ。ウサギの数が多くなれば、今度はこちらが不利になるのは目に見えていた。
それでも、1匹なら倒せたのだ。通路には大抵1匹ずつしかいないのだし、部屋の中に入らないように気を付ければ、ウサギ相手でもいけそうな気がする。
「……あれ、なんだこれ」
コアクリスタルを拾おうとして、手が少し震えているのに気づいた。なんだかネズミを倒した時よりショックが大きいみたいだと、そこで遅まきながら自覚した。
「……ちょっと、部屋まで戻ろうか」
攻略を中断して、いったん自分の部屋に戻る。
スライムやネズミではそんなにショックを受けなかったのだけど、ウサギはそれらよりも大きかったからだろうか。
それとも単に、可愛らしい見た目をしていたから? ……だとしたら随分と身勝手な理由だ。
みんな同じようにモンスターを倒しているのだ。俺が罪悪感を感じる必要なんてないはずだ。
(モンスターと他の動物は違います。モンスターを倒すのに慣れたとしても、決して人や動物を、むやみに傷つけてはいけません)
ふと、小学校の時の授業を思い出す。
道徳の授業だったか。倒せば消えてなくなるモンスターと普通の命を持つ生き物を、同じに考えてはいけないと、先生から言い聞かされれたそれを、何故か思い出した。
(モンスターは普通の動物とは違う)
そう、頭の中で繰り返し唱える。
長めの休憩をとって自分の気持ちを落ち着かせてから、俺はまた人形達を連れて、ダンジョン攻略に戻った。
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