第6話 ダンジョン街からの帰宅と家族への報告
スクロール専門店での予想外のがっかり事件で気分的に疲れて、その後はまっすぐゲートへ向かい、兄の部屋まで戻ってきた。
「兄さん、付き合ってくれて、ありがとう」
「いいって、気にすんな。スキルはすぐ使えなくって残念だったけど、レベル上げさえすりゃ、使えるようになんだから、あんま気落ちすんなよ」
「うん、こんな事になると思ってなかったから、ショックだったけど、もう大丈夫だよ。これから気長にやるよ」
兄にお礼を言って、自分の部屋へ戻る。
気が抜けたのでベッドに横になって、夕飯に呼ばれるまでの間はゆっくり休んだ。
「今日、兄さんに連れていってもらって、ダンジョン街に行ってきたんだ。明日から、初心者ダンジョンに潜ってみる」
父が仕事から帰宅した夜8時、家族が揃った夕食時に、俺は話を切り出した。
「あら、鴇矢もようやくやる気になったのね」
母が、俺の言葉を聞いて喜んだ。母は以前から俺にダンジョン行きを勧めてたから、それが叶って嬉しいのだろう。
うちの家族は全員がダンジョンに潜っており、本業ではないとはいえ、シーカーとして活動している。その為、俺がダンジョンに潜るつもりだと表明しても、誰も反対しないのだ。
母、日多岐(ひたき)は整った顔立ちにきっちりとした化粧を施し、吊り目に知的な印象の小ぶりな眼鏡をかけて、癖のある黒髪を、複雑な結い方でアップしている。
どこぞの女弁護士か、あるいは敏腕秘書かと思わせるような、キリッとした見た目だ。そしてダンジョン産の若返りポーションを使用しているから、40台の実年齢とはかけ離れた、20台前半の外見年齢をしている。
すごく仕事の出来る女って外見をしているが、実際は、料理教室の助手をする主婦なのだそうだ。見た目詐欺?
「そうか。無理しないように、ほどほどにな」
父、不知火(しらぬい)は、穏やかな顔立ちにオールバックの髪型の、とても平凡な見た目の男性だ。
やや垂れ目で、目元にほくろがあるくらいしか、見た目の特徴はない。どこにでもいる普通の人ってイメージそのまま、普通の会社に勤める、普通の会社員らしい。(普通の会社っていうのが実際どういう仕事をしているのか、俺にはわからないけど)
父も母と二人で、休日にはダンジョンに潜っているから、実年齢と違って見た目は若い。20台半ばくらいか。
ちなみに俺は、顔立ち自体は父に似て平凡なのだけど、目つきだけは母に似た吊り目だ。目つき以外はモブ以下で、印象が薄く、周りから覚えられないタイプだ。
「あんた、友達いないでしょ。まさか一人で潜るつもり? 鈍くさいのに大丈夫なの?」
姉の瑠璃葉(るりは)が、夕飯を食べながら眉をしかめた。
姉は母に似て華やかな顔立ちをしており、癖のある黒髪を腰くらいまで伸ばした姿の、結構な美少女だ。可愛いより綺麗と言われるタイプ。
ただ、目つきも母に似て鋭い吊り目をしており、ちょっと近づきにくい印象だ。
言動が少しキツめで、ひとつ違いの異性の姉弟って立場もあってか、俺は姉にちょっとだけ、苦手意識を持っている。そして姉の方も、普段は俺にあまり関わってこない。
ただ、別に虐められたり意地悪されたりとかはないし、こうして食事中に普通に会話もするから、ごく普通の兄弟仲の範疇だと思う。
「お年玉を貯めた分で、人形使いのスキルは買ったんだけど……氣力っていうのが足りなくて、まだ人形の作成はできてないんだ。だから、一人の予定」
「そうか。まだモンスターを一度も倒してないなら、レベル1のスキルでも、使用できないなんて事もあるのかもな」
父が納得したように頷く。
「……鴇矢、本当に一人で潜るつもり? 大丈夫かしら」
母は頬に手をあてて、心配そうな顔をする。ダンジョン行き自体は賛成だけど、一人で潜るという部分が引っかかっているようだ。
家族は俺の鈍くささをよく理解している。例えばうちの家族はもう何年も、一般的な家族旅行とかレジャーに行ってないのだが、その原因は俺にある。
小さい頃からぼんやりしていた俺は、よく家族が目を離した隙に、迷子になっては泣きべそを掻いたし、遊園地に行けば乗り物酔いで気分が悪くなって吐き、動物園に行けば動物を怖がり、ドライブに行けば車酔い。
海水浴にいけばカナヅチで溺れたり、浮き輪のまま遠くに流されて、救助されたりといった大騒ぎになったし、スキーやスノボは、そもそもろくに滑れずに転んでばかり。登山では体力のなさで歩くのが遅れて、予定大幅超過。
……などなどと、まともにレジャーを楽しめた記憶がないのだ。
そんな俺のやらかしにさんざん振り回されてきた家族も、俺が小学校の高学年になる頃にはもう、家族旅行を楽しむというの自体を諦めてしまった。さもありなん。
近年では俺はすっかりインドア派となり、家族も休日はそれぞれやりたい事をやるというのが、我が家のスタイルとして定着している。
まあお盆休みだけは、両親の実家に挨拶に行って先祖のお墓参りにも行くから、家族で出かける機会は、毎年一回(父方の実家と母方の実家、順番に一度で回る)は確保されている。
「1層なら大丈夫じゃないかって、兄さんが教えてくれたよ」
「まあ、2層以降はともかく、1層なら平気だろ」
「あー、そうね。1層ってあの最弱スライムだし。アレ、下手すりゃわんぱくな幼稚園児でも倒せそうなくらい、弱っちいもんね。アレならいくら鴇矢が鈍くても、なんとかなるんじゃない?」
姉も自身の記憶から、かつて1層で最弱スライム(まんまそういう名前なのだ)と戦った時でも思い出したのか、アレならばと頷いた。
「そうね、1層で十分時間をとって、しっかりとレベルを上げて、買ったスキルの人形を作ってから、2層以降に行くようにね。くれぐれも焦って、一人で先に進んだりしちゃダメよ」
兄と姉の意見に、母はしぶしぶ妥協した。ぼっちの俺には友達なんていないんだから、そもそも他に選択肢がなかったとも言う。
「うん、わかってるよ」
「あ、そうだ。鴇矢、装備はまだ用意してないだろ? 俺の一番最初の防具、俺にはもう小さいけど、おまえなら着れるだろうし、やろうか。あと防具だけじゃなくて武器も、ホームセンターで買った鉈でいいなら、もう使ってないから一緒にやるよ」
「え、いいの?」
兄がお古の装備を譲ってくれると聞いて、俺は喜んだ。
そういえば、スクロールに大半の貯金を使ったせいで、新品の装備なんて、買おうにも買えない。そもそも、武器や防具の準備なんて、考えてもいなかった。
「姉さんは使わなかったの?」
「前に兄さんにお古の装備見せてもらったけど、あたしはあんな重そうなの、使わないわよ。あたしは後衛の魔法使いだもの。武器だって杖だし」
中高一貫の女子高に通う姉は、同じ学校内の女子だけで、3人パーティを組んでいると聞く。そこでの姉のポジションは後衛らしい。
ともあれ、姉が使わないなら、遠慮する理由もない。俺はありがたく、兄のお古の装備を譲ってもらう事にした。
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