第4話 ステータスボードと、ダンジョン街の銀行

「銀行は中央ゲートの正面だから、ほんとにすぐそこだけどな。初めてのダンジョン街じゃ、興奮してすぐには落ち着かないか。……銀行行く前に、少しその辺のベンチにでも座って、気持ちを落ち着けるか」

「う、うん」

 兄の勧めで、公園内に設置されているベンチに座り込む。そうして俺は気持ちを落ち着けようと、大きく息を吐いた。初めて訪れたダンジョン内部、異国風の街の様子にすっかり圧倒されて、足元も覚束ない状態だったからだ。

 多分、こんなに昂揚してしまったのは、前世のファンタジー好きな記憶が蘇ったのも影響していると思う。今世の俺なら今までだって、来ようと思えばこうやってダンジョン内に来れたのだ。これまで来なかったのは、単に自分の意思だ。

 でも前世の地球ではファンタジーは空想の産物でしかなく、体験できるのものじゃなかった。そのせいで余計憧れが強くなっていて、その記憶に引き摺られてしまったのだと思う。


「ゲートを潜った後ならもう出せるようになってるはずだし、まずは「ステータスボード」でも見てみるか?」

「あ……、一度でもダンジョンに潜ると、使えるようになるんだっけ」

 休憩中の時間潰しに丁度良いだろと兄に言われて、ステータスボードの存在に思いを馳せる。ゲートを通って一度でもダンジョンに潜ると、それ以降は誰でも使えるようになるという機能だ。

 実はダンジョンに潜る為のゲートを各自で設置する機能も、ステータスボードに付属している機能のひとつなのだ。

 これもやはり、ファンタジーの鉄板の機能だ。気持ちを落ち着けるのに向いているかは謎だけど、正直とても興味はある。そうか、この街もダンジョンの中なのだから、もう自分で自分のステータスを見れるようになっているのか。


「す、ステータス、オープン」

 小声で定番の呪文を唱えてみる。ちなみに声に出さなくても、ステータスを出したいと心の中で念じさえすれば出てくるのだが、知っていてもつい、お約束のそれを口にしてしまった。

 目の前の視界に、薄く青い、半透明の板が現れる。大きさは一般的なタブレットくらいだ。






 鳴神鴇矢(なるがみときや)



 種族 人


 基礎レベル 1


 所持魔法


(空欄)


 所持スキル


(空欄)


 功罪


(空欄)


 備考


(空欄)


 ダンジョンゲート   未設置


 緊急時ダンジョン脱出システム






 ごくシンプルな内容が記されている。

 職業の記載はなし。ゲームでよくある、HPやMP、あるいは筋力・素早さ・器用さ・運といったステータス数値の表記もない。他にも、性別や年齢、健康状態といった記載もなかった。

 あるのは基礎レベル、魔法とスキルの記載欄、功罪欄と備考欄、そしてゲートシステムと、ダンジョン脱出システムのみだ。

(ステータスボードという割には情報量が少ないな。ゲートの設置や脱出システムがついているから、それだけでも十分、役に立つけど)


「緊急時ダンジョン脱出システム」とはその名の通り、ダンジョンを緊急で脱出したい場合に使うものだ。

 このシステムを作動させると、どのダンジョンのどんな場所にいても、入る時に使ったゲートの入口まで戻される。

 例えば、ダンジョンでモンスターと戦って、怪我をして動けなくなり、自力でゲートまで戻れない場合でも、このシステムを使えば、問題なく帰還できる。

 死亡すればどのみち強制帰還だけど、生き返るとわかっていても、まだ死んでない状態で自分から死を選ぶのは忌避感があるから、こういう補助システムがあって助かる。

 それと、ダンジョンは24時間、一定の距離を移動しない場合も、強制的に帰還させられる。こちらは緊急脱出システムを使わなくても、時間経過で自動で実行される。

 ダンジョン内で意識不明になって、何日間も行方不明なんて事にならないよう、設定されているらしい。まさに至れり尽くせりの親切設計である。


「魔法もスキルも何も持ってない状態だと、空欄ばっかで見ごたえないね……」

 なんとも空しい内容である。レベルが上がってスキルや魔法をたくさん入手した後なら、きっとステータスボードを眺めているだけでも、自分の成長が感じられて楽しいんだろうけど。

「魔法とスキルの所持内容は、非表示にできるぞ。功罪と備考は非表示にできないけどな」

「そうなんだ」

 兄が横から俺のステータスボードを眺めながら教えてくれる。

 今の初心者状態では隠すものもないが、いずれ必要に応じて非表示にしたりするのかもしれない。誰かに見せる必要がある時、知られたくない魔法やスキルを隠したりして。

 でも、ソロ活動の予定しかない俺には、あまり関係ない話かな。


(ステータスボードは、今はもういいかな)

 息をついてそう考えただけで、半透明のボードが目の前から消えた。

 そういえばステータスを消す時の呪文って、有名な「ステータスオープン」と違って、あまり馴染みがない気がする。唱えようと、呪文を思い浮かべる事さえしなかった。

 ……そうこうしているうちに、気持ちがなんとなく落ち着いたのを感じた。あまり長い事、俺の用事に兄に付き合わせるのも申し訳ないし、そろそろ目的地に移動しようかな。


「そろそろ銀行に行こっか」

「お、落ち着いたか。じゃあ行くか」




 改めて銀行へ向かう。

 目的の場所は、先ほどから既に目に入っている。中央ゲート真ん前の立地の、他より2~4倍は大きくて目立つ建物だ。

 門の部分が鉄格子になっていて、そこに流線形のバラの花と蔓草をイメージした装飾が張り巡らされている。営業中だからか、鉄格子の門は開いた状態。門の上部には、袋からこぼれる硬貨の絵が彫刻された、金属板が嵌め込まれている。これが銀行のマークかな。


 門から続くアーチには、本物のバラの花が絡められていて、通路の両脇と天井を覆っている。小ぶりな赤い花は綺麗だけど、棘が鋭くてみっしり茂ってるから、もし触ったら刺さって痛そうだ。……もしかしたら防犯対策用なのかも?


 バラのアーチを抜けて、開いたままの重厚な扉を潜って建物へ入ると、入口の内側には、フルプレートメイルの警備員が二名、槍を持って立ってた。……動いてないからわからないけど、多分中身入り。甲冑の置物ではないと思う。

 豪華絢爛な飾りつけの大広間にはカウンターがいくつも設置されていて、内装こそ日本と違っているけれど、現代の銀行と変わらないシステムで、受付が一目瞭然だった。

 室内にはそんなに人がおらず、空いている受付がいくつかあったので、兄に付き添われて、空いている中で一番近い受付窓口の前に立つ。


「いらっしゃいませ、本日のご用件は?」

 頭に角がある大人の女性が受付係として座っていた。鬼人とかかな?

「えっと、その、初めてここを利用します。ぎ、銀行カードを作りたいです」

 緊張でちょっとどもったけど、なんとか答えられた。


「では、ステータスボードの提示のお願いします」

「は、はい」

 ステータスと念じて、目の前にボードを出す。……あれ、このボード、このままだと俺の方に向いていて、相手に見えづらい。宙に浮いてるんだけど、そういえばこれ、手で触れる、んだったっけ?

 焦りながら手を伸ばし、掴んで方向転換しようとする。すると普通に触れたし、そのまま手に持って、受付の人へ提示できた。

(そういえば、ゲート設置とか緊急脱出システムとかも、利用するにはステータスボードを押して使うんだった)


「ステータスボードを確認いたしました。ただいま銀行カードを作成いたします」

 言うが早いか、受付嬢はテキパキと、机の引き出しからカードを取り出して、魔道具だろう箱に通して、あっというまにカードを新規作成した。

 ステータスボードが先に返却され、俺はそれを手の中で消した。

「こちらが、すべてのダンジョン銀行に共通する銀行カードになります。預金をお預けになられますか?」

「は、はい、お願いしますっ」

 ポケットから急いで財布を取り出し、そこから8万円を抜き取る。念の為、一万円札を一枚ずつ数えて、金額に間違いないか再確認してから、カウンターに置かれた釣り銭置き用のトレーに置いて渡す。

「この日本円を、換金して、カードに入れてください」

「かしこまりました。ただいま金額を確認いたします。……日本円、八万円でよろしいでしょうか」

「はい」

「こちらを換金いたしますと、八千DGとなります。よろしいでしょうか?」

「はい、それでお願いします」

「では現金をお預かりいたします。……カードへの入金手続きが終わりました。入金金額がお間違えないかご確認ください」

 これまた素早い手続きでカードが手渡される。

 受け取って表面を見ると、鳴神鴇矢の名義と、銀行カードという名称だけ。これ、金額はどうやって確認するんだろう。


「え、と」

「鴇矢、裏面に金額表示ボタンあるから」

 戸惑っていると、受付嬢よりも早く、横にいた兄が俺の戸惑いの原因に気づいてくれて、そっと小声で教えてくれた。

 兄の助言でカードをひっくり返す。裏面に大きく金額表示と書かれたボタンがあった。その部分に指を当てるとすぐ、その上の空いたスペースに、8000 DGと記載される。(これは本人が押した場合しか表示されないと、後で兄が教えてくれた)


 お金の入出記録は、銀行には記録があるだろうけど、このカードには記載されないようだ。


「確認しました。問題ないです」

「ではこれで、手続き終了でよろしいでしょうか」

「はい! 有難うございます」

「ご利用ありがとうございました」

 受付嬢に軽く頭を下げられ、俺もつられるように頭を下げる。無事に手続きが済んでほっとして、受付窓口を後にした。

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