第3話 DG(ダンジョンギル)について。そして初のダンジョン街へ
「あ、鴇矢、靴持ってこないと」
「あ……、そうだった」
ゲートの脇に置いてあった靴に手を伸ばした兄からそう指摘されて、俺は慌てて階段を降りて、一階の玄関まで靴を取りに行った。(俺たち子供用の部屋は二階にある)
ダンジョン街は外と同じで土足だから、外履き用の靴がいるんだった。
靴を持って兄の部屋へと戻る途中で、そういえばお金も準備してなかったと思い至って、自分の部屋にも寄る。
貯金箱代わりに使っているクッキーの空缶のフタを開けて、中からお金を取り出して、一万円札を数えて八枚取り出して、残りは缶に戻す。
これはダンジョン街にある銀行で、カードを作る時に預ける予定の、人形使いのスキルスクロール用の代金だ。
これまでの俺は特に欲しいものもなかったので、毎年のお年玉をひたすら貯めていた。それが幸いして、欲しいスクロールを即座に買えるだけの貯金が貯まっていた訳だ。けれど今回の出費で残りは一気に心許なくなった。
「兄さん、靴と、あと銀行に入れるお金も一緒に持ってきた」
俺は靴と金を兄に見せた。兄はそれを見て、感心したように頷く。
「よくそんだけ小遣い貯めてたな。そんな金持って子供一人で移動するのは、確かにちょっと不用心かもな」
「ダンジョン街はこっちよりずっと治安が良いって聞くけど、やっぱり、兄さんが一緒にいってくれると安心するよ」
もし、何年もこつこつ溜めてきたなけなしの貯金を盗られたりしたら、落ち込むなんてもんじゃない。
まあ、ダンジョン街の街中でそんな犯罪が起こる事はほぼ有り得ない。
何故ならダンジョン街は、街を守っている衛兵と呼ばれる警備員が、軒並み高レベルの探索者(シーカー)ばかりだからだ。そして彼らは犯罪者に容赦ない。
また、罪を犯すと周囲に誰の目もなくても、自動でステータスボードの功罪欄に記載されるというシステムまである。
そしてどうやって知るのかわからないが、現場に衛兵が即座に飛んできて、速攻で捕まるのだそうだ。
それは街以外の特殊ダンジョンにおいても同様で、他人の戦利品目当てにPKなんかしようものなら、一発でお縄となる。
そして捕まった犯罪者は、罪状とともに地球の出身国へと引き渡されるのだが、その後のダンジョン側の対応は一貫しており、犯罪者は罪状によって、ダンジョンに出入りするゲートそのものの使用が拒否されたり制限されたりするのだ。
重犯罪者は一発で出入りそのものを完全に拒否されるし、そこまでいかない軽犯罪者も、その情報が銀行カードに紐づいて、銀行やその他の店舗で取引を拒否されるようになるらしい。
そんな背景があって、ダンジョンから利益を得たいとの思惑のある大多数の地球人にとっては、ダンジョン内での犯罪行為は、到底「割に合わない」行為となっているのだ。
そんな訳でダンジョン街はどこも、現代日本よりずっと治安が良い状態が保たれている。
「ダンジョン街にある銀行にDGに両替してお金を預ければ、カードを作ってもらえるんだよね」
「DG専用の銀行カードな。カード自体は金がなくても作ってもらえるけど、まあついでに金も預けとけばいい。地球の銀行と互換性ないから送金とか出来なくて、金を預けるなら現金を持ってかないとならない点が不便だよな。でもその分、なんか知らんけど、本人にしか使えない超絶セキュリティがあって安全らしいぞ」
兄がそう蘊蓄を語る。
ダンジョン街にある銀行は、すべてのダンジョン街において互換性のある仕様となっている。
そしてなんと、地球上のどの国のどの時代の通貨であっても適切なレートを設定して、手数料もなしにDGと換金してくれるのだという。
(とんでも対応だよね、いつのどこの通貨でも、手数料なしで換金してくれるって)
あちらの街の銀行は非常に便利な存在ではあるが、その一方で、地球の銀行との直接取引はしておらず、地球製のカード類は一切使えないそうだ。
だから日本円を換金するにはこちらが直接現金を持ち込むしかないし、DGを現金に換金すれば、それをいったん持って帰ってきてから、改めてこちらの銀行へ預けるという手間が掛かってしまう。
(変なところで融通が利かない……)
兄はダンジョン街の銀行の詳しい仕組みは知らないというけど、まあその辺はダンジョン産の謎技術なんだろうし、地球人類には全員わからないんじゃないかな。
手の中のお金を財布にしまって、その財布を服のポケットへしまいなおす。ゲート前に敷いてあるマットの上で靴を履けば、今度こそ準備完了だ。
兄が扉に埋め込まれて設置されている金属製っぽいボードを、指で押して操作する。
どのダンジョンへ行くか、ダンジョン街へ行く場合は街中のあちこちに設置してあるゲートのどのゲートへ移動するかとかを、ここで選べるのだ。
「富山の特殊ダンジョンにあるダンジョン街でいいよな。あそこは小さい街だから、人もあんま多くないし」
「うん」
俺は頷く。国内には10の特殊ダンジョンがあるというけど、一度も行った事がないし街の情報を調べてもいない俺には、どこが良いかなんてわからない。ただ、あまり人が多いと迷子になりそうだし、人混みで酔いそうだから、そういうところは避けて欲しいと思うくらいだ。
兄は家族旅行で俺がさんざん迷子になってきたのを身をもって体験してるから、適度に小さくてのどかな街を選んでくれたのだろう。
「んじゃ、日本、富山、黒部市、特殊ダンジョン、一層、街中、中央ゲート、……と」
兄がぽちぽちと操作を終えて、おもむろに扉を開ける。
するとその先はもう、光が照らす、異国風の薄い赤茶色のレンガで作られた建物の街が広がっていた。
石畳の通路は建物の建材と同じような色の石で作られていて、全体的に街は薄い赤茶色になっている。建物の壁が軒並み薄い赤茶色なのに対して、薄い石板を重ねた瓦っぽい作りの屋根の方は建物ごとに色が違っていて、とてもカラフルだ。
そしてどの家の庭も出窓もベランダも、あふれんばかりの草木や花が路地や植木鉢に植えてあって、目に鮮やかな景色を作り出している。
ダンジョンの内部のはずなのに、空は青空で太陽もある。
時間帯はダンジョンのある地域の時間と同期してるって話を聞いたけど、天気はどうだったっけ?
俺はこれまでダンジョンについてそれほど調べていなかったから、詳しくはわからない。
でも、初めて目にする生のファンタジーな景色だ。細かい事はわからなくても興奮する。前世の俺はファンタジーな漫画や小説が好きだったから尚更に。
「じゃ、いくぞ」
「う、うん」
兄の背を追って、ドキドキしながらゲートを潜る。
家からたった扉一枚を隔てただけで、まったく違う場所へ移動している。あらかじめそうなるとわかっているのに、やっぱり驚いてしまう。
ゲートを出ると、そこもう異国の街並みの中だった。これで俺もダンジョンの中へ実際に足を踏み入れた事になる訳だ。なんとも感慨深い。
俺達が移動した場所は、ゲートを中心にした大きな公園だった。
「他の邪魔にならないように、端に寄るぞ」
兄に身振りで示されて、人通りの邪魔にならないようにゲート正面の通り道から端へと移動する。
改めて見上げると、ゲートはとても大きな、装飾を施された門の姿として聳え立っていた。
俺たちが出てきたはずの扉とは大きさからして違っていて、とても立派で、外国の観光地とかで名所にでもなってそうな門である。
ダンジョンでは片側とは出入り口の大きさや種類が違うなんていうのも珍しくないらしい。
知識としては知っているのに、実際に見てみるとひたすら驚いてしまう。
街を行きかう人々は、日本人ぽい外見の人が何割か、そして外国人っぽい見た目の人が何割か。
けれど何より目を惹くのは、人数の割合的にはそこまで多くないけれど、やっぱりファンタジー的な異種族の人々だ。
ファンタジーの定番である、耳の長いエルフはわかりやすい。
皮膚が細かめの鱗状になっていて背中に蝙蝠に似た羽があり、耳が魚の鰭っぽく、頭に角の生えた人は……もしかして竜人かな?
大人なのに全体的に造りが小さい、デフォルメされた小人みたいな人種はハーフリングだろう。他にも種族名すらわからないような多彩な人々が当たり前のように公園内を歩いている。
彼らはダンジョン街に住処や店舗を持っていたりする、ダンジョン街の住人達だ。種族も服装も装備類も、なにもかもがファンタジーで、ただ眺めているだけで楽しい。
ネットの映像なんかで見た事はあるけれど、こうして生で彼らを見たのはこれが初めてだ。我に返るまでしばらくただぼんやりと、道行く人々を眺めてしまった。
(日本人っぽい人がわりと多めだな。ここのダンジョン街があるのが日本だからかな)
ゲートでは、個々人の出入りが個別に厳密に記録されているらしい。
ダンジョン内で俺達がこことは別のゲートまで移動したとしても、ダンジョンの外へ出ようとした場合、ゲートが繋がる先は絶対に、本人が入った元の場所へと戻される。
なのでダンジョンのゲートを、他所の土地へのショートカットの移動手段として利用する事はできないそうだ。
そういったゲートの制限はともかくとして、ゲート一つで世界中どこからでもアクセスできる環境である以上は、地球上のどこに存在するダンジョンであっても、立地にはあまり意味がない。……だから本来なら、日本人が多くなる理由はないはずなのだ。
だがしかし、言語スキルを持たない地球人同士では言葉が通じないという事情もある。
なので、地元の言語圏にあるダンジョン街の方が行きやすいという心理状態になりがちで、それが街行く人の割合にも表れているような気がする。
現に俺達も、日本国内のダンジョン街に来てるもんな。
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