第2話 兄にダンジョン街へ同行してもらう事にした

 約30年前、世界各地に出現した数多のダンジョンであるが、それらすべてを一纏めにして「ダンジョン」と呼称されてはいるものの、実はその種類は多種多様だ。

(むしろ、ダンジョンって呼ぶべきじゃないものまで、纏めてダンジョン呼びしちゃってるし……)


 まず、一般的に多い形式が、層を超えるごとに階段を上る地上構造物タイプの「塔式」のものと、逆に階段を地下へと降りていく地下構造物タイプの「地下式」のものだろうか。

 他にも「環境式」と呼ばれるものもあり、森や山や砂漠といった自然の地形が、ダンジョン内部に取り込まれて変化したものもある。

 そして、それらが組み合わさった複合式のものまである。

(形式が混ざっちゃってる時点で、正確な分類が不可能なんだよな)


 また、それらとは別の方式として、中で出てくるモンスターが種類ごとに分かれている「モンスター別」タイプや、初心者専用に誂えられた「初心者ダンジョン」。あるいは、幻獣や精霊と契約する為だけにあると思われる「契約ダンジョン」のように、明確に用途が定められているものもある。

 更に、ダンジョン内部の建物の中に、一部だけ急に自然の景色が広がっていたり、水中ステージがあったり空中ステージがあったりする場合もある。まさにその内部は「なんでもあり」としか言いようがない。


 また、別次元に同じ内容が個別に作成されて、内部で他人と鉢合わせする心配がいらない「通常ダンジョン」とは仕様が異なる、「特殊ダンジョン」と呼ばれるものもある。

 特殊ダンジョンとは、ゲームでいうところのMMOと同じで、多人数同時接続型なのが特徴だ。

 つまり、そのダンジョンへ行く事を選択したすべての人が同じ空間へと送られて、そこで他人と顔を合わせる事になる。通常ダンジョンの個別空間仕様とは、丸っきり逆のコンセプトなのだ。

 そんな場所なので、状況によって混んでいるところもあれば空いているところもあって、狩場の状況が他人によって左右される。

 当然、MMO界隈では常識となっている、モンスターの横取りをしない、他人にモンスターを擦り付けない、礼儀正しく振舞う、といった相応の配慮が必要となる場所である。


 ……そして、特殊ダンジョンには基本的に、通常ダンジョンには存在しないもう一つの特徴である、「街」が存在する。



「ダンジョン街」とはその名の通り、ダンジョンの中にある街である。

 特殊ダンジョンには基本的に一層に「街」が存在しており、その街中には様々な施設が立ち並んでいる。

 そしてなんと、そこには「地球人ではない」異種族の人々が、元からの住人として住んでいるのだ。


 その街にはポーションを売る薬屋や、魔法やスキルのスクロールを売るスクロール屋、幻想金属でできた特殊な装備を売る武器屋や防具屋、便利なマジックアイテムを売る魔道具屋……などなど、ダンジョンが現れるまでは地球にはなかった品々を扱うお店がある。

 店にいる店員はみんな街の住人であり、異種族の人々なのだ。

 なんと、「エルフ」や「ドワーフ」や「ハーフリング」や「獣人」といった、まんまファンタジーな見た目をした人々が、ダンジョン内部に普通に暮らしているのだ。

 そんな彼らは全員が、こちらがどんな言語で話しかけても通じる、便利な「言語スキル」を持っている人々である。


(エルフとかドワーフとか。ファンタジーここに極まれりだな)

 まるで物語の中そのもののような外見の異種族の人々を思うと、そういった感想がつい出てくる。

 地球人とは違う見た目の彼らが一体どこからやってきて、どうやってダンジョン内部に街を作ったのかはわからない。ダンジョンを作成した何者かによって、街の保全の為に作成された人工生命体だという説もあれば、異世界からダンジョン内部に移り住んだ移住者という説もある。この辺りの真相は解明されていないらしい。

 だけど彼らは現にそこに住んでいて、俺達地球人との会話や交流、取引などが可能なのだ。



 世界中から誰でもゲートによって移動できる便利な街があり。そしてそこで売買している品は、地球では再現できない貴重なものばかり……とくれば。 そんな美味しい獲物が、地球の貪欲な為政者に放っておかれるはずもなく。

 ダンジョンが出現して以降、過去にはこれらの街の制圧を試みて、武力行使を行った国や組織もあったという。けれど結果として、その作戦は、悉(ことごと)くが失敗に終わった。


 何故なら、ダンジョン街の住人はとても強いからだ。そして犯罪に容赦ない。

 複数あるダンジョン街はどこも、出現当時から現在まで、地球のどんな組織からも何一つ支配を受けない、独立した立場を維持し続けている。

 それらの街はどこの国に所属するという事もなく、街それぞれが独立した存在であるらしい。街同士の横の繋がりはあるようだが。

 ダンジョン内に存在するそういった特殊な街の数々を、全部まとめて「ダンジョン街」と呼称しているのだ。


 ……ちなみに、ダンジョン街が存在するおかげで、ダンジョン産のドロップアイテムを政府が買い叩き、一方的に利益を上げるような結果にはならずに済んでいる側面がある。

 売るにしても買うにしても、街の店舗である程度、価格が保証されているからだ。

 ダンジョン産のドロップアイテムを自国に流通させたいなら、最低限、ダンジョン街よりは高く買い取る措置がなければ、誰も進んで自国で売ろうとはしないだろう。

 暴利を貪れば、ダンジョン街でこっそり売られてしまうだけだ。

 そんな訳で街の存在のおかげで、大抵の国において、最低限の買い取り価格が保証されている。


(正直、ダンジョンもダンジョン街も、あまりにも都合が良くて、ゲームシステム染みていて、ちょっと不気味に思えるところがあるよな)

 ダンジョンに纏わる殆どすべての技術は、現代の地球の科学技術では理解不能らしい。

 けれど、謎は謎のままでも、あまりにも便利で有用である為に、大抵の人々はダンジョンの存在を、なし崩しに受け入れている。(中には気味悪がって一切利用しないって人も、それなりにいるらしいけど)

 日本は特に、漫画やアニメなどで下地があって馴染みやすかったからか、世界でも有数のダンジョン利用国家となっている。




 さて、俺はこれからダンジョンの攻略を頑張っていこうと決めた訳だけど。まずは何から始めるのが良いだろうか。

(うーん、まずは兄さんに頼んで、ダンジョン街に行くところから始めようか)

 手近に始められる事に当たりをつける。

 一度でもダンジョンに入れば、空間転移用の門である「ゲート」を、自分の任意の場所に新たに作れるようになる。

 ゲートさえあれば、自分の部屋からいつでも直接、どこのダンジョンにでも行けるようになるのだ。なので今後の為にも、早いうちにゲートを作れるようになっておいた方が良いだろう。


 実はうちの家族は俺以外は、全員ダンジョンに入った経験がある。

 これはうちが殊更珍しいケースという訳じゃなく、今は一般人がゲートを持っているのがほぼ当たり前の時代になっているのだ。

 早いと小学生でも「初心者ダンジョン」に潜って戦ったりするらしい。俺の小学校時代の同級生にも、何人かそう自慢してたヤツがいた。


 俺はこれまで、自分にはダンジョンなんて無理と諦めていた訳だけど、前世の記憶が戻った今は、積極的にダンジョンを攻略していくつもりだ。

(その為にもまずは、自分で自由に出入りできる入口を確保しないと!)

 やるべき事が決まったので、さっそく行動開始だ。



「えっと、兄さん、今いい?」

 俺は自分の部屋を出て、廊下を挟んで向かいにある兄の部屋の扉をノックした。ちょっとおずおずしながら中に声をかける。

 前世の記憶が戻る前の俺は、家族にさえ気軽に話せないくらい、おどおどとした内気な子供だった。

 内心では色々考えたりするのに、とにかく口下手で、人との会話が苦手だったのだ。

 今は前世の記憶が戻った分、少しはマシになってると思う。けど、急に態度が変わっても家族を不審がらせるだけだし、結局俺は俺であって本質部分は変わってないから、やっぱりあんまり変わらないのかもしれない。


「どうした?」

 ノックしてすぐ、返事があって扉が開く。春休み初日で予定がなかったのか、兄には特に忙しそうな様子はみえなかった。

 兄の天歌(てんか)は、落ちこぼれで人見知りの俺とは違い、勉強も運動もできる上に社交的で友達も多い、とてもできた人だ。身内びいきもあるかもだけど、見た目まで結構イケメンだと思う。

 俺より3つ上で、この春休みが終われば、この辺りで一番偏差値の高い公立高校の1年生になる。ちょっとキツイところがある姉とは違って、兄は普通に優しいから、俺からすると話しやすい相手だ。


「実は俺、ダンジョンに行ってみたくなって……」

 なんとか目的を果たそうと、緊張しながら言葉にする。

「え、鴇矢が!? おまえこの前までは怖がってただろ」

 兄には結構驚かれた。これまでは家族からダンジョンに行ってみないかと誘われても、俺はずっと断っていたのだから、驚かれるのも当然かもしれない。

「うん。そうなんだけど……。その、気が変わってさ」

 家族相手でも、前世の記憶が戻ったなんて言えないから、その部分は曖昧に濁して誤魔化す。俺が喋るのが苦手なのは兄も承知しているから、詳しい理由を説明しなくてもあまり追及されないとだろうという計算もあった。

「そうか、おまえも成長したんだなあ。なんなら初陣くらい、俺が一緒にいってやろうか?」


 優しい兄はすぐに要件を察して、俺を部屋の中に迎え入れてくれた。

 よく片付けられた八畳ほどの部屋の中、本来ならば部屋がない位置に、扉だけが取り付けられている一角がある。空間を超えてダンジョンへ行き来できる不思議な扉……あれが兄のゲートだる。これまでゲートを見た事はあっても、俺自身は未だにそれを潜った事はない。

 今日、兄が承諾してくれれば、初のダンジョン街行きとなる。

 ゲートの横には、靴や装備がまとめて置いてあった。兄は普段この部屋の中から、直接ダンジョンへと移動しているのだ。


「あのさ。俺用のゲートを作れるようにする為に、まず、ゲートを潜らせて欲しいんだ。……そんでその後に、ダンジョン街にあるっていう銀行まで、一緒に行って欲しいんだ」

 俺は思い切って、兄に自分の要望を口にする。これでもし兄に断られたら、次は父にでも頼むところだったが、幸い兄は俺の頼み事にすぐ頷いてくれた。

「勿論いいぞ。でも、街だけでいいのか? ダンジョンに潜るのは、一緒に行かなくていいのか? もう友達と潜る約束でもしたとか?」

「ううん。違う……けど……」

 口ごもる。


 俺には親しい友達がいない。

 物心ついた頃から内気で人見知りで、何をするにも鈍くさかった俺は、ちょっと話をするくらいの相手はいたけど、気を許せて楽しく遊べるような友達は作れず、ずっと独りぼっちだった。

 そんな人見知りな俺でも、兄となら、一緒にダンジョンに潜るのは可能だ。むしろ心強いだろう。

 けれど、兄はもう何年も友達同士でパーティを組んでおり、その友達達と一緒に何度もダンジョンに通って、かなりレベルを上げている。

 確か今はもう、初心者ダンジョンを攻略し終わって、次の段階である下級ダンジョンへ狩場を移すくらいまで行っていたはずだ。俺とはレベルが違い過ぎる。


 それに、既に友達とパーティを組んでいる以上、俺とずっと一緒にはやっていけない。人見知りの俺が兄のパーティに加わるなんて、絶対に無理だし。

 それなのにわざわざ俺の為だけに、臨時で初心者ダンジョンへ一緒に通ってもらうというのは、どうにも気が引ける。


「俺、どうせ誰かと潜っても、足手纏いになるだけだし。なら、人形使いのスキルとって、ソロで潜ろうかなって思ってて」

 つっかえながらも兄に今後の展望を述べる。ソロは心許ないとはいえ、誰かと組んで活動するのは、俺のような性格には到底無理なのだ。それならどれだけ要領が悪くても、誰からも文句も言われないソロの方がよっぽど気楽だと思う。

「あー、使役スキルかあ。それなら確かに鴇矢一人でもダンジョンに潜れる、のかな? ……でも、そういう戦力を増やせる系統のスキルって、どれも結構、値段が高くなかったか? 小遣い足りなくないか?」

 俺の運動音痴ぶりを知っている兄は、足手纏い云々については特に否定せずに、別の心配をした。

「8万円だって。……ギリギリだけど、手持ちで足りるから」

 俺は先ほどネットで調べた値段を告げる。

「人形使い」のスキルのスクロールの値段は、正確には8千DGだ。

 ダンジョン内部の街には、どこの街でも共通で使える通貨があって、それは「DG(ダンジョンギル)」と呼ばれているのだ。

 DGは日本円に換算すると、おおよそ1DG=10円となる。


「うわ、やっぱ高いな。それ、ちゃんとダンジョン街の正規店の値段だよな?」

 兄が念の為にと確認してくる。

「言っとくけど、スキルや魔法のスクロールなんかは、ネット通販とかしたらダメだからな。偽物や詐欺も多いし、バカみたいに吹っ掛けた値段のもあるからさ」

「うん、調べたのは、ダンジョン街の正規のスクロール専門店の、ちゃんとしたヤツ」

 心配そうな兄の忠告に、俺は真剣に頷き返す。

 ネット通販で詐欺が多いのは前世でもおなじみだったけど、今世でも変わらないのだ。まあ、ダンジョンが出現するまではほぼ同じような歴史を辿ってきたパラレルワールドなのだから当然の話である。

 そして俺は鑑定スキルなんかを持ってないから、ものの真偽の判断はできない。

 それに、例え鑑定スキルがあったとしても、通販では実物が見れないから、偽物かどうかを見極める術がない。そんなの危なすぎて、利用する気が起きない。特に、スクロールのような大きな金額の買い物なら尚更。

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