第32話:ゆず胡椒で緑のペペロンチーノ

2023年9月24日


「おはようございます! 急に秋めいてきましたねえ」


 今日の後輩は久しぶりに長袖のシャツを着ていた。ここのところは最高気温が30度を下回る日が続いている。


「おはよう。まだまだ残暑はぶり返すみたいだから油断禁物だけどな」


 俺は寒暖の差に弱いので気を使う季節でもある。今日みたいに過ごしやすい気温は歓迎なのだが。


「この前はありがとうございました。また大葉持ってきたんで、よかったら!」


 先週、たくさん作ったソースを詰めて持たせてやったタッパーを、大葉が入った状態で返してくれた。


「いつもの友達にまた分けてもらったんですけど、今年はすごく青じそが育ったみたいですね」

「暑かったからなぁ。うちのバジルもよく育った」


 ベランダの鉢植えのバジルは、今も元気に葉を茂らせている。結構なペースで消費していたつもりなのだが。


「さーて、今日は何にするかな」


 冷蔵庫を物色する。3週間前に仕込んだ自家製のゆず胡椒がまだ少し残っている。そろそろ使い切ったほうがいいかも知れない。


「ゆず胡椒とにんにくで、緑のペペロンチーノでも作るか。今日はシンプルなやつだ」

「いいですね。私も軽く鼻風邪気味なんですが、こういうときはにんにくと唐辛子ですよね!」


 *


「それじゃ、いつもみたいに茹でますか」

「いや、今日はひさびさにワンパン調理しよう。スパゲッティが250グラムとして、その2倍プラス150の650ミリリットルのお湯をフライパンで沸かすぞ」


 このあたりは調理環境によって加減が必要なところである。必ずしもレシピ通りに作ればいいというわけではなく、まずはやや少なめのお湯からスタートして、足りなくなれば少しずつ足していくとうまくいく。


「最初はくっつかないようによくかき混ぜるんですよね」

「そうそう、オリーブオイルも少し入れるんだ」


 くっついたまま茹でると、その部分に火が通らなくて硬くなってしまう。なので、こまめに菜箸を使ってかき混ぜることが重要だ。


「にんにくとか刻むから、フライパンのほうは任せた」

「はーい」


 にんにく2かけをみじん切りにし、大葉も洗って細かく刻む。今回はこれだけで作るつもりだ。


 *


「そろそろ茹で上がりますね」

「それじゃ、にんにくとゆず胡椒を入れて、っと」


 ゆず胡椒は、小さじで山盛り1杯を入れた。鷹の爪を種ごと使っているので市販品よりも辛いと思う。足りなければ後から足せばいいのだ。


「少しオリーブオイルも加えて、軽く炒めていく。そしてペペロンチーノといえばこれは欠かせないな」

「出ましたね、味の素!」

「ゆず胡椒の辛味と苦味もマイルドになるからな。少し多めに8振りくらい入れよう」


 このゆず胡椒は、自家製なので保存のために塩を強めにした。多めに入れれば、ゆず胡椒の塩気だけでも十分食べられる。


「軽く炒め合わせたら完成だ」


 2つの皿に盛り付けて、刻んだ大葉を散らしたらテーブルに並べる。


「うーん、いい香り! 緑色のペペロンチーノっていうのも面白いですね」

「塩気が足りなければ醤油を足してくれ。ゆず胡椒をさらに入れてもいいぞ」

「それじゃ、いただきます!」


 *


「醤油入れようと思ったんですけど、ゆず胡椒の塩気だけでもいけますね」

「味の素を多めに効かせたからな。どちらかといえば、味の素の良さをとにかく活かす方向性で考えてみた」

「確かに! ゆず胡椒だけだとかなり尖った味になりますからね」


 ゆず胡椒というのは主に醤油と合わせたり、既に味がついている食品の薬味として使う。これをメインの味付けに使うという例は聞いたことがない。


「そうだ、レモン汁もかけてみるといいぞ。本当はゆずを絞って使うのが一番なんだろうけど」

「いいですね。友達のとこではまだゆずがたくさんあるので、今度遊びに行ったときに試してみます!」


 辛味、苦味、塩味、酸味。それぞれ主張の激しい味が、うま味を加えることで丸くまとまるのである。


「それにしてもシンプルだから、もうひと工夫もしたくなりますねえ」

「例えばしらす干しとかちりめんじゃこ、あるいは塩昆布なんかを混ぜてもいいだろうな」

「梅入りのちりめんとか良さそうですね。私、好きなんですよ」

「いいな!」


 構想を語りつつも、いまはただシンプルな「」ペペロンチーノでいただく。


「そういえば、例の友達は味の素はOKなんだっけか」

「前は避けてたみたいですけど、最近は色々調べたりして考えを改めたみたいですよ。私から教えた先輩のレシピの影響もあるかもですね」


 家庭菜園をやるような自然派の子なので、いわゆる「化学調味料」には抵抗感があるかと思っていたのだ。


「言っちゃあなんですけど、SNSとかでアンチ味の素を主張してる人っておかしい人ばっかりじゃないですか。ああいうのを見て目が覚めたというところもあるみたいですよ」

「だろうな。そういうのと同類に見られたくはないだろうからな」


 味の素などの、いわゆる「化学調味料(うま味調味料)」を忌避するのは、ある意味で「呪い」である。そして、世の中にはそのような「呪い」に囚われたレシピが数多く存在する。そのような料理、つまり明らかにグルタミン酸を加えたほうが完成度が上がるであろう料理を再現するとき、俺は一振りの味の素をふりかけて「呪い」を解く。


「先輩はなんというか理論的ですからね。味の素を使う理由も、使わない理由も」

「だな。無闇に避けるのも乱用するのも良くないからな」


 **


「ごちそうさまでした! 今日のもまた、試してみたくなるレシピでした」

「お粗末様。自分なりのアレンジを見つけてくれよ」


 玄関先で彼女を見送る。明日の講義の準備をしたら、今日もレシピの探求に精を出すのであった。


***


今回のレシピ詳細

https://kakuyomu.jp/works/16817330655574974244/episodes/16817330664189126207

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