第10話:一撃必殺!暗殺者のパスタ!

2023年4月23日


「おはようございまーっす!」


 今日も、元気に後輩がやってきた。


「おはよう。忘れないうちに渡しておくけど、この前の唐辛子のお礼な」

「わ、トマトの水煮のパックですね」

「ああ。缶詰よりもこっちのほうが軽くていいと思ってな」


 彼女は水煮と言ったが、正確には「カットトマトピューレ漬け」とある。


 先週、彼女の友達が作ったという青唐辛子をおすそ分けしてもらったので、そのお返しに用意したものだ。家庭菜園をやるくらいなら自炊するだろうし、トマト缶もといトマトパックなら日持ちもするので悪くないと思ったのだ。


「とりあえず4つくらい持っていくといいぞ」

「わざわざすみませんね。友達は作りすぎて使い切れないからって言ってたんですけど」

「まあそのへんは社交辞令だからな。俺からも特売でまとめ買いしたからとでも言っておくよ」


 もっとも、これは本当だ。1パック80円ほどで買えてしまった。賞味期限はまだ半年以上あるので大丈夫だろう。


 *


「そうだ、今日のパスタなんですけど、いつもより少なめにしてもらっていいですか?」

「どうした?」

「今さらなんですけど、ダイエットとか考え始めてるので……」


 彼女は、どちらかといえばぽっちゃり体型だ。といっても不健康な感じではなく、少なくとも俺のところに来る時はいつもノーメイクで済ませるくらいには肌の色ツヤもいい。とはいえ標準体重よりは重いだろうから、ダイエットをするというのなら反対する理由もない。


「そうか、ならちょうどいいかもな。今作ろうとしているパスタ、二人分をまとめて作るのは難しいと思っていたところだ」

「どんな料理なんですか」

「ずばり、暗殺者のパスタ!」


 *


 暗殺者のパスタ。年明け頃からSNSで流行り始めた料理だ。乾麺を油で炒めてから煮るという独特な調理法で話題になった。俺もケチャップで作ってみたが、思っていた通りの味にならなかったのでトマト水煮を買ってきて試そうと思っていたところだった。


「暗殺者、怖いやつですか?」

「血のように真っ赤な激辛パスタってとこだな」


 フライパンに、オリーブオイルをいつもより多めの大さじ2杯ほど引いて火を入れる。そして冷凍庫から例の青唐辛子を取り出し、ヘタを取り除いてみじん切りにして投入する。


「本来は乾燥させた赤唐辛子を使うところだが、せっかくあるんだからな。ちょっとかき回しておいてくれ」

「はーい」


 後輩がフライ返しで唐辛子を混ぜている間に、俺はパスタを用意する。1.4ミリのスパゲッティーニを100グラム分取り出し、半分に折る。


「ここからがポイントだな。フライ返しはしばらく使わないぞ」


 言いながら、半分に折ったパスタをフライパンに隙間なく敷き詰めていく。そして火を中火からやや強めていく。


「このまましばらく炒めていって焦げ目を作るんだ。このフライパンだと100グラムが限界だな」

「パスタを直接油に入れるやつ、カラオケのおつまみで見るやつですね」


 油の中で揚げられたパスタは、端の方に泡が出てきている。


「今の段階ではそれに似てるかもな。でもちゃんと水分も入れるぞ」


 俺はトマトパックの封を切り、半分の125グラムほどを深皿に取り分けた。四角いパックの対角線が水平になるように持てば、ちょうど半分が出てくるので計る必要はない。そして、それのさらに半分ほどをフライパンに入れる。


 *


「水気がなくなってきたから、そろそろかな」


 俺は菜箸でパスタの一部をつまみ上げる


「あ、おこげができてますね」

「おこげを確認したら軽く混ぜて、残りのトマトも入れてくぞ」


 深皿に残していたトマトを加え、さらにおろしニンニクもチューブから絞って、火を中火に戻す。そして塩を小さじの半分ほど、約3グラムを加える。


「そういえばニンニクは後から入れるんですね」

「ああ、先に入れると焦げるからな。生なら輪切りにしたのを最初に炒めておいて、パスタを入れる前に一旦取り出して最後に加えるのがいいだろうな」

「油に香りを移すんですね」

「そうそう」


 本当はその作り方のほうが香りも出て美味いだろうなと思う。買ってくればよかった。


「さらに水気が無くなってきたらお湯を少しずつ加えて、かき混ぜながら茹でていくんだ」


 この作り方の場合、規定の茹で時間はあまり意味がない。水気が無くなったらお湯を足すという過程を、好みの硬さになるまで繰り返していく。


 *


「よし、こんなもんかな」


 結局、合計で250ミリリットルほどのお湯を入れた。普段食べているようなパスタより硬めだが、これくらいでちょうどいい。


「まだ茹だってない感じですけど、いいんですか?」

「これは最初に油で揚げて火は通ってるからな。少し硬めのほうがジャンキーで美味い」


 パスタを皿に取り分ける。焦げてくっついた部分もあれば、曲がった形で固まった部分もあり、いかにも不格好だ。普通のレストランではまず出さないメニューというのもうなずける。


 *


「いただきまーす……うん! 辛いですね」


「唐辛子の量自体は先週のエマダツィより少ないけど、こっちはダイレクトに来るからな」


 チーズなどの乳製品を使うと辛みが緩和される。油にもその作用があるのだが、今回は最初に炒めているので油の中に辛みが染み込んでいるのである。


「私、パスタは断然やわらかめ派なんですけど、歯ごたえがあるのも悪くないですね」

「アルデンテの硬さとはまた別だからな。これはスナック感覚とでもいうか」


 *


「ごちそうさまでした!」


 彼女は、取り分けた約50グラム分をぺろりと平らげた。


「ねえ、まだパスタもトマトもありますよね?」

「あるけど、どうするんだ?」

「先輩も、このくらいじゃ全然足りませんよね? もっと作りましょうよ。今度は私がやるんで見ていてください。友達にも作り方教えてあげたいし」


 おいおい、ダイエットはどうしたんだ。暗殺者、なんとも危険な奴である。


「ま、俺としてもまだまだ研究したいメニューだからちょうどいいかもな」

「今度は具を入れましょうよ。えーっと、何があるかなぁ」


 我が物顔でうちの冷蔵庫を物色する、なぜか憎めない背中を見ながら俺は苦笑するのであった。


***


今回のレシピ詳細

https://kakuyomu.jp/works/16817330655574974244/episodes/16817330656188638890

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