第4話:お手軽!コーンクリームカルボナーラ
2023年3月12日
「おはようございます! 郵便受けにチラシが入ってましたよ」
今週も彼女は来てくれた。手に持っているのはファミリーレストランの広告。俺は新聞はとっていないが、広告のチラシはときどき投げ込まれてくる。
「ほらほら、おいしそうですよ」
「なになに、ただいま北海道フェア開催中!かぁ」
チラシには色とりどりの山海の幸が並ぶ。俺が注目したのは、やはりパスタである。イクラの乗ったうにクリームソースが目玉で、それより少しお手頃な値段でコーンとチーズのクリームソースがあった。どちらもクリーム主体で、供給過多の生乳を消費する目的もありそうだった。
「どうする? 行ってみるか?」
「うーん、お店もいいんですけど、今は先輩のパスタを食べたいかも。……あ、そうそう、今日はお土産があるんですよ」
彼女はカバンを開けて、中身を俺に差し出してきた。
「ほら、平打ちパスタのフェットチーネ! いつもごちそうになってばかりですからね」
「おお!」
それは、少し高級な(といっても「普段俺が使っている格安品に比べれば」という話だが)イタリア製のパスタだった。普段、ゆで時間が短い細めのパスタばかりを使っていたのだが、たまにはこういうのもいいだろう。
「よし、さっそく茹でようか。そのチラシにあるコーンクリームソースなら、似たようなのを作れると思うぞ」
「ほんとですか?!」
俺は鍋に水を張って火にかけると同時に、深皿を2つ取り出し、冷蔵庫から卵を2つ取り出した。価格の高騰でSサイズを買うことが多くなってしまったのだが、この料理にはうってつけだ。Mサイズだと汁気が多すぎるのである。
「普通のカルボナーラはフライパンで作るが、今回は皿の中で作る。そして味付けはこれだ」
そう言って、戸棚からコーンスープの粉末を2袋取り出した。
「え、それってスープですよね」
「そうだ。これでカルボナーラができる」
俺は封を切り、一袋ずつ深皿の中に入れ、卵を一つずつ割り入れる。
「茹で上がるまでの間、これを混ぜるんだ」
「え、これだけですか?生クリームとか、せめて牛乳は入れないんですか?」
彼女は困惑する。確かに、俺も初めて見たときは驚いた。
「スープの粉の中に乳成分が入ってるからな。それに余計な水気がないほうがうまくいく。おっと、忘れてた」
俺は冷蔵庫から粉チーズを取り出した。
「これも一緒に混ぜるといいぞ。量は好みだが大さじ1杯くらい入れてもいい」
パルメザンチーズの匂いは好き嫌いがあるのだが、先週や先々週の時点で彼女が粉チーズ大好きだと判明しているので遠慮なく勧める。
「後からかけるんじゃなくて先に入れるんですね」
「そうだな。そのほうがとろけて美味しくなる」
「なんか水分に対して粉が多すぎませんか?」
「大丈夫だ。じっくりかき混ぜればそのうち混ざってくるから」
半信半疑の後輩と一緒に、ひたすら皿の中身をかき回す。
*
「ねえ先輩、結構混ぜてるんですけど全然溶けませんよ?」
彼女はスプーンを舐めながら言う。ちょっとお行儀が悪いが、それだけ俺に気を許しているということか。
「そりゃそうだ、本来はお湯で溶かすものだからな。熱いパスタを入れてようやく溶けるんだ」
「じゃあ後から混ぜれば良いのでは?」
「いや、卵はなるべくよく溶いておいた方がいい。まあそのくらい混ぜれば十分だけどな」
*
「さて、そろそろ指定時間だが、海外産のパスタは長めに茹でたほうがいい場合もあるからな」
菜箸でフェットチーネを1本取り出し、外気で冷ましてから小皿にとる。
「うーん、もう少し茹でたほうがいいかもな」
俺がそう言うと、後輩も端っこを指でちぎって口に入れる。
「確かに、私ももうちょっと柔らかいのが好みですね」
海外のパスタを表示時間通りに茹でると、アルデンテと呼べるレベルではないほど硬いままという場合が多い。
「1分経ったな。……まあこんなもんか。ここから先はスピード勝負だ。スプーンとフォークは持ったな?」
「はい!」
「よし、いくぞ」
俺は素早くパスタを湯切りして、熱々のままそれぞれの深皿に取り分けた。そして両手のスプーンとフォークで素早くかき混ぜて、全体にソースをなじませる。
「こんなもんだな。粉も溶けてなめらかなソースになってるだろ?」
「仕上げに黒胡椒をかけて、と」
ペッパーミルをひねって、挽きたての黒胡椒をたっぷりかける。後輩の分については彼女任せだ。
「それじゃ、いただきます!……うん、コーンの甘味がよく合いますねぇ」
「だろ?正統派のカルボナーラでは甘味が入らないんだが、日本の既製品だとたいてい砂糖が入っているからな。日本人には甘いほうが合うんだ」
粉末のコーンスープにも、コーン自体の甘味だけでなく糖分が添加されている。
「もっと粉っぽいかと思ったらちゃんと溶けてますし。熱々のパスタが絡まってちょうど適温になるんですね」
「だな。逆に言えば早く食べないとすぐ冷めるってことだ。だから、どちらかといえばこれからの暖かい季節向きかもな」
「前にフライパンの中で作ったんですけど、火加減が難しかったんですよね。これなら混ぜるだけだから簡単でいいですね」
実際、この作り方を知ってから普通のカルボナーラを作らなくなってしまった。スープの種類を変えることでバリエーションも楽しめる。
*
「そうだ先輩、カルボナーラの名前の由来って知ってますか?」
「炭焼き、だったか。黒胡椒を炭に見立てたネーミングだな」
「さすが、よくご存知ですねえ」
話しかけながらも、パスタを食べる手は止まらない。
「それにしても面白いですよね。真っ白なソースなのに黒い炭を名前にするなんて」
「昔はそれだけ胡椒が貴重品だったってことだろうな」
「そう考えると、今は世界中のものが簡単に手に入るから恵まれた時代ですよねぇ」
現代において、食というのはグローバルな要素であり、食材の価格は国際情勢によって大きく変動する。しかしそれでも、日本において特定の食材が手に入らなくなるほど高騰するような事態にはならない。なんだかんだ言っても豊かな国なのだ。少なくとも今のところは。
*
「それじゃ。ごちそうさまでした。私はそろそろ失礼しますね」
「ああ、フェットチーネありがとな」
「今日は結局私が食べちゃったんですけど、まだまだありますからね。先輩が一人で食べてもいいんですよ」
玄関先で彼女を見送り、改めて考える。今日もらったフェットチーネはイタリア製。いつも使っているスパゲッティはトルコ製だ。ケチャップやミックスベジタブルはアメリカ製、にんにくは中国産。卵や牛乳は国産だが、飼料も含めれば海外への依存は大きい。
来週は何を作ろうか。世界に目を向けて一風変わったものを作ってやろうかな、などと考えるのであった。
***
今回のレシピ詳細
https://kakuyomu.jp/works/16817330655574974244/episodes/16817330655575120586
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