数のお勉強
from
ドラゴンチャイルドLEN
第十五話 ニューワールド
「ナータ!」
シンクさんから借りた栄三死霊の三巻目を見終わった私はナータの部屋に向かった。
ドアを開けるとたくさんの機械で足の踏み場もない。
「そこ踏まない様に気を付けてね」
「あ、はい」
新しい機械づくりはどうやら順調みたい。
私としては壊れたロボットを解体しちゃったのは残念だけど。
ナータは床に拡げた図面を見ながら大きなパーツに何かの配線をくっつけている。
作業用白衣と大きめのメガネのせいですごく知的な雰囲気。
彼女は視線を下に落としたまま言った。
「で、何の用?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「わかったわ。これだけ終わったら休憩するから下で待ってて」
おっけー。
じゃあ、お菓子とお紅茶を用意して待ってるよ。
※
バスケットにたっぷりとクッキーとチョコレート。
とっておきのシャンティアンティーのお茶っ葉を使った紅茶。
ミルクたっぷり、お砂糖は甘いの苦手な人もセルフでご自由にどうぞ。
それから倉庫から持ってきたホワイトボートもね。
「お待たせ」
準備ができた頃にちょうどナータがやって来た。
彼女は白衣を椅子の背もたれにかけて「ふぅ」と一息つく。
「聞きたいことって?」
「あのさ、ナータって数学得意だよね?」
「そりゃ一年の二学期の期末テストで二十三点だったルーちゃんよりはね」
「ナータのばか! 美少女! どちらかといえば好き!」
なんでひとのテストの点数まで覚えているのか!
あんなにひどかったのはあの時だけだし!
ナータは八十七点だったからって!
「とにかく得意でしょ? 難しいこと何でも知ってるし」
「ロケットの中じゃ勉強くらいしかすることなかったからね。何でも知ってるわけじゃないわ」
いろいろあってナータはミドワルトよりも進んだヘブンリワルトの知識をたくさん持っている。
たぶん今となっては学校の先生よりもずっとずっと頭いいんだろうね。
というわけで気になってたことを聞いてみるよ。
「2[5]って何?」
「は?」
ナータは口元まで近づけたカップを止めた。
私はホワイトボードにいま言った数字と記号を描く。
「これ」
「2カッコ5? 何の記号?」
「なんか数みたいなんだけど。ほら前にエリィと戦った時、虹色の蝶をいっぱい出したじゃない?」
「天使との最終決戦の時に空を埋め尽くしてた奴ね」
「普段は出せないんだけどね」
「あれってどういうものなの?」
「なんでも壊せるんだよ」
「は?」
「なんでも」
あの虹色の蝶は当てれば人だろうが物だろうがエヴィルだろうが大陸だろうが惑星だろうがなんでも破壊できる。
ただし、使えたのはエリィに何度も体を壊された後。
私の心と体の境目がよくわからなくなっちゃってた時だけだった。
みさっちさんが言うには『普通は越えられないステージを半分超えかけていた状態』だったらしい
「惑星を破壊できるほどのエネルギー……? そんなのを空を埋め尽くすほど出せるって……」
「でね、エリィと最後の戦いで虹色の蝶をたくさん出したんだけど、数を調べたら2[5]+1って数が頭の中に浮かんだの。どう考えてもに2個とか5個とかじゃないんだけど、この数字は一体何なのかなってずっと疑問に思ってて」
「2と5、それと+1……あっ」
「わかったの?」
「多分。いや、間違いであって欲しいけど」
カップを持ったまま手が止まってるナータ。
心なしか顔が青ざめているように見える。
「ルーちゃんがひとつの輝術を複数個出す時って、その数は二の倍数+1よね?」
「え、そうなの?」
「自分で気づいてなかったの?」
言われてみれば十七とか六十五とか……そうなのかな?
あまり意識したことないけどナータが言うならそうなのかも。
「それね、とんでもなく大きい数よ」
※ 【インヴェルナータ先生の巨大数講座】
さて準備はいいかしら?
「はいナータ先生。今日はよろしくおねがいします」
ルーちゃん、『すごく大きな数』って言ってどれくらいを思い浮かべられる?
「うーんと。百億千万くらい?」
初等学生か。
もっとなんかないの。
「66兆2000億」
なによその半端な数字。
まあいいわ。
一、十、百、千、万、億、兆ね。
じゃあ兆より大きな数字は?
「しりません」
普通に生活していたらまず使わない数字だもんね。
一応、漢字で表せられる数字は兆より上にこんなのがあるわ。
兆、京、垓、じょ【禾+予】、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数。
「いんべる
説明やめる?
「ごめんなさい。二度と言いませんから続けてください」
ところでちょっと話は逸れるけど、私たちの使ってる共用語って三種類の文字があるわよね。
「ひらがな、カタカナ、漢字? 古代語で使うアルファベットもあるけど」
アルファベットはとりあえず除外。
なんで漢字って言うか知ってる?
「えーと……ひらがなが女の子の文字で、漢字は
ちがうわよ。
すごく遠いってわけでもないけど。
共用語って元々はヘブンリワルトにあった日本って国で使われてた言語なの。
その国には大昔は独自の文字がなくて、隣の『漢』っていう国から文字を借りてたのよ。
ひらがなとかを発明した後も漢字は使い続けることにして、複数の種類の文字を組み合わせる言語になったの。
「へー、私たちが普段使ってる言葉にそんなルーツがあったんだ。そういえばヘブンリワルトって紅武凰国以外にもいろんな国があるんだよね」
今はもう四つか五つくらいに統合されちゃってるらしいけどね。
ヘブンリワルトには無数の言語があって、それぞれの違いを学ぶのも面白いわよ。
創世期からずっと共用語だけを使ってきたミドワルトには言語学っていうカテゴリはないのよね。
ちなみに私たちが古代語って呼んでる五種類の言語は別に昔のミドワルトで使われてたわけじゃなくて、最初から『古代語っていう設定』で取り入れたヘブンリワルトの別の国の言語なんだって。
「そんな設定のせいで余計な勉強をする羽目に……!」
ルーちゃんは古代語も苦手だもんね。
普段はあまり使わないけど固有名詞に多く使われてるから覚えておくと役に立つわよ。
ファーゼブル地方でよく用いられる南部古代語は旧イタリアって国の言葉。
輝言の詠唱は英語っていう言語を基にした北部古代語ね。
話を戻しましょうか。
単位として表せる最大の数が無量大数。
これを数字に直して書くと、
100000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000
になるわ。
「まったく想像つかない」
10^68って書いた方がわかりやすいかもね。
10×10を67回繰り返すって意味よ。
指数表記は習ったの覚えてるわよね?
「2²みたいなやつだよね」
そうそう。
あんまり重なるとわかり辛いから今回は記号表記で「2^2」って記すわよ。
2²=2^2ってことよ。
同じ意味を表す表記で2↑2って書き方もあるわ。
ここまではオッケー?
「ぎりぎり……」
指数表記を使うと書くのが大変な莫大な数字も簡単に表せられるようになるわ。
ちなみに観測可能な宇宙に存在する粒子の数は10^80程度らしいわよ。
「観測可能な宇宙? 粒子?」
いちいち説明してると時間がいくらあっても足りないからから細かい話はまた今度ね。
物質を一番小さい単位に分けてそれが宇宙中にどれくらいあるかって話。
無量大数よりも大きい数だから、共用語で一言で表せる単位は存在しないわ。
「もうぜんぜん想像もできない……」
さらに数が大きくなってくると今度は指数表記でも表すのが難しくなってくるの。
色んな計算方法や表記の仕方があるんだけど、その中のひとつ『多角形表記』を説明するわ。
はじめに使うのは三角形。
△の中に数字を入れるのよ。
△(2)【実際の表記は三角形の中に2が入る】は2の2乗、2^2と同じこと。
△(3)【実際の表記は三角形の中に3が入る】だと3の3乗の3乗、つまり3^3^3ね。
△(2)=2^2=4
△(3)=3^3^3=27よ。
△(4)=4^4^4^4=256ね。
「三角形の中の数字を三角形の中の数で掛け算して、それを三角形の中の数だけ繰り返すってことかな?」
そうそう。
△(n)=n^n
「なんでアルファベット?」
nは代数。
そこに何か数字を入れる公式よ。
「ああ、何を入れてもいいってこと」
そうそう。
数字を入れるとちゃんと形になってるわよ。
中の数がひとつ増えるごとに一気にすごく大きくなるでしょ。
「3で27なのに4で256だもんね」
次。
この△は重ねて表記することができるの
△△(2)【実際の表記は三角形の中に数字があり、その外側にもうひとつ三角形がある】。
これを計算するときは内側から一つずつ△を外していくのね。
△△(2)=△(4)=256
△△(3)=△(27)
=27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27^27
=443426488243037769948249630619149892803
「まって。いきなり数字が大変なことになった」
簡単な表記ですごく莫大な数を表せるってことがわかるでしょう
一応、まだ書き表すことができるレベルだけどね。
「絶対に普通に生活してたら使わなそうな数字だね」
次に進むわね。
三角形をn回重ねた数字を今度は□(n)で表すわ。
□(2)=△△(2)
□(3)=△△△(3)
□(4)=△△△△(4)【すべて実際は記号を重ねて中心に数字が入る】
□(2)はさっき計算した通り256。
□(3)はさっきの27を27回累乗した数字にさらに同じ数だけ累乗した数値になる。
つまり
□(3)
=443426488243037769948249630619149892803^443426488243037769948249630619149892803
=……
「うわあ……」
もう計算機を使っても正確な数字は出せないわね。
ここまで来たらもう書き表すことも不可能よ。
「頭がついていかないのですけど大丈夫でしょうか?」
あとちょっとだから我慢して聞きなさい。
今度はn回だけ□を重ねた数字を〇(n)で表すわ。
②=□□(2)
③=□□□(3)
④=□□□□(4)
〇の代わりに五角形を使うこともあるわ。
これだと「何角形」をどこまでも増やし続けられるわね。
数が増えると正確な図形を描くのも大変でしょ?
だから「m角形の中のn」はn[m]って書き換えられるわ。
「あっ!」
ルーちゃんが最初に質問してきた2[5]って数。
これは丸=五角形の中の2って意味ね。
さっきの一行目の②のことよ。
「よかった解決したね。じゃあ授業は終わりで……」
じゃあ次は具体的な②=2[5]の大きさを求めてみましょうか。
「わーん!」
あんたが聞きたいって言いだしたんだから文句言わないの。
自分の力がどんなもんか具体的に知っておくのは大切でしょ。
さて。
②=□□(2)ってのはわかるわね?
ブラケット表記に直すと2[5]=2[4][4]
2[4]は256だから、2[4][4]=256[4]
256[4]=256[3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3][3]……【以下省略。[3]が全部で256個続く】になるわ。
あとはこれを一つずつ計算して[3]を外していけばいいだけよ。
「図形の状態で書き表すと三角形が256回重なってる状態ってこと?」
そうそう。
三角形の中の数字は256ね。
「何かすごく嫌な予感がするんだよ……」
じゃあ計算をしましょう。
[3]を一つずつ外していくわ。
まず最初は256^256。
具体的な数値は出せないけど、この時点で上五桁が32317の桁数617桁の数字になるわ。
「すでに世界をぜんぶ埋められるくらいの砂粒の数よりも遥かに多い……?」
比べることもできないくらいにね
次、二つ目の[3]を外すわよ。
「上五桁が32317の桁数617桁の数字を256回かけるのかな?」
はずれ。
上五桁が32317の桁数617桁の数字を上五桁が32317の桁数617桁回だけ累乗するのが正解よ。
計算式で書くなら
桁数すら数字で表せないくらいの数よ。
「もうおうちに帰る!」
ここがあんたのおうち。
三個目の[3]を外すわよ。
〈(256^256)^(256^256)〉を〈(256^256)^(256^256)〉回だけ累乗。
四個目の[3]を外すには、
{〈(256^256)^(256^256)〉を〈(256^256)^(256^256)〉〉回累乗した数}を{〈(256^256)^(256^256)〉を〈(256^256)^(256^256)〉〉回累乗した数}で累乗。
こんな感じでどんどん[3]を外していくわよ。
これを256回繰り返すと最終的な答えが出るわ。
「あたまが……あたまが……」
実際の計算はかなり面倒だし、近似値を使わなきゃ計算もできないから正確な数は出せないんだけど、インパクト重視で答えだけ書くとこうなるわ。
2[5]
⋍256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^256^257
これが2[5]のかなり大雑把な近似値。
本当の数値はもっとずっと多いから注意ね。
ともかく尋常じゃない数ってことだけは理解できたと思うわ。
ルーちゃんが作り出した虹色の蝶は、星々を避けて観測可能なミドワルト世界の宇宙をすべて埋め尽くして、その向こうに広がっているかもしれない観測不可能な領域も埋め尽くして、さらにいくつかの異なる次元に存在する無数の世界のいくつかも埋め尽くして、想像もできないような未知の場所にすら影響を与えたのよ。
「こわい! こわい!」
あんたがやったのよ。
しかもひとつひとつが星一つを破壊できるくらいのエネルギーなんでしょ?
そりゃミサイアたちも迂闊に手出ししようとは思わないわ。
でもさ。
無限の力って言うけど、これだけのエネルギーをルーちゃんはいったい、どこから引き出して使ってるのかしらね?
to
ドラゴンチャイルドLEN
第十六話 ペナルティ
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