四章・妖精の森
一行はパールの案内で妖精の森に足を進める。
入り組んだルベルの森の中央に、妖精の森は存在する。
妖精族は守りの魔法に強く、暴かれることのない結界で村を守っているという。
妖精は普通一生を村で過ごすが、パールは珍しく村を飛び出した妖精だ。詳しいことはわからないが、妖精の粉目当てで売られそうになっているところをダイヤに拾われ、一緒に暮らすようになったと聞いている。
「そういえば、パールが探している人ってどんな人なの?」
ルビィが尋ねると、パールは困った様に答える。
「そうね…一言で言うと、正義感の強い熱血漢ね」
ダイヤが口をはさむ。
「男の子なんだ」
「そうよ」とパールは答える。
「村に入れたら、昔話でもしようかしらね」
パールはそう言うと、ぐんぐんと森を進んでいく。
その人の身になにかあったのだろうか…よほど急いでいるようだった。
「ここが入り口」とパールが呪文を唱えると、うごうごと木々が避けて道をあける。
小さな入り口を潜ると、そこは小さな小さな集落だった。
「パール!! 何故お前が戻って来た!!」
そう言いながら、一人の老人妖精が飛んでくる。
「村長!! わかってるの、ただ少し…サードニクスを探しに来ただけなの!」
「帰れ!! 人間など連れて来おって!!」
しらじらしい目で周りの妖精から見られる。
ルビィは胸が痛くなった。
パールが「村に入れたら」と言った理由がわかった気がした。
「お願い!! サードニクスと連絡がつかないの、彼の居場所を教えて!! それだけでいいから!!」
村長にちっと舌打ちされる。
「あれももうここにはおらん!! 黒髪は出ていけ!!」
ぺしぺしと叩かれながら、パールは後退する。
入口が封印され、追い出されてしまった。
みんなパールへのあまりの扱いに目を丸くしていた。
「なんなの、感じ悪っ」
ダイヤが吐き出すようにつぶやく。
「妖精は保守的、とは聞いてましたがここまでとは…」
アメジストがやれやれとため息をつく。
トパーズはあまりのことに言葉も出なかったようだ。
ルビィがパールに目をやると、今にも泣きそうだった。
「大丈夫?」
声をかけると、泣き出しそうなか細い声でパールは喋った。
「あいつは……どこへ……」
こんな時に…と申し訳なさそうにルビィが切り出す。
「とりあえず、パール。近くに町か村はないかしら…? 落ち着いて話そう?」
こくりとパールが頷く。
──
パールの案内で、近くの人間の村。フーシアに宿を取った。
ルビィがパールにベッドに座るように促す。
パールはぽふん、とベッドに腰かけた。
そしてぽつり、ぽつり…と語り始める。
──
みんなが銀髪の中、あたしは黒髪として生を受けた。
原因は不明。突然変異だとか、不幸の前触れだとか、呪いだとか。色々言われてたみたい。
母親はあたしの髪の毛の色を見ると、ショックのあまり吐いたそうだ。
父親に至っては、よくあたしの髪の毛をひっぱり、叩いた。
「この汚れた黒髪すべて抜いてやる。お前のせいで、俺まで…!」
こんな子供がいるんだもの。きっと職場の待遇もとても悪かったんだと思う。
あたしも、そのことは理解していた。
だから、あたしには普通は両親からかけてもらう、一生に一度だけ使える守りの呪文を持ってない。名前もなかった。みんなは持っているのにね。
この髪も、今でこそ伸ばしているけど、昔は伸ばす気にもなれなかった。伸びるたびに、自分で切っていたの。
ただ、隣に住むサードニクスだけは違ったんだ。
「お前、もったいねーな。綺麗な黒髪なのに。みんなの言う事なんて気にするなよ」
そう言ってくれたんだ。
「出てけ、黒髪~!!」
外出するたびに白い目で見られる。
子供があたしのことをからかうと、唯一サードニクスが反撃してくれた。
「てめーらー!! こいつにちょっかい出すんじゃねえ!!」
「やーい、えこひいいき~!」
「この、クソガキ!! その口チャックしてやろうか!!」
毎回毎回、自分まで白い目で見られるというのに、あたしのために怒ってくれた。
ある日尋ねた。
「なんで、あんたはあたしのことかばってくれるの?」
そう尋ねるとあいつは「はあ?」と、聞くなよ。という態度だったから。ついにサードニクスにまで嫌われちゃったかと思って、あたしびっくりして泣きそうになってたの。
そしたらあいつ、なんて言ったと思う?
「あたりまえだろ。こんなの間違ってるからだ。俺はお前の黒髪はみんなと違ってかっこいいし、綺麗だと思うからな!」
それからよ、髪の毛を伸ばせるようになったのは。
あいつだけがわかってくれればいい。
もう周りなんて気にしない。
そう思って、あたし。思い切って村を飛び出したの。
会えなくなるのは寂しかったけど。
もっといろんな世界を知ってみたかったから。
──
「それ以来、たまーに連絡を取り合うんだけど、今回連絡がつかなくなっちゃって…」
しゅんとパールは落ち込む。
「私も初めてパールの過去聞いたけど…話したくないものわかるかも」
ダイヤが項垂れる。
「うん。あいつのことはあたしだけが思い出せればいい。…でも、いざあいつがいないってなると、やっぱり…落ち着かなくて。…あんたたちになら話してもいいと思ったの」
ルビィがサードニクスのことを推測する。
「そんな正義感の強い性格だったら、きっと村にはいてもいられないでしょうね。もしかしたら、この村に痕跡が残っているかもしれないわ。妖精なんて目立つし、聞き込みしてみましょうよ」
「うん…見つかるといいんだけど」
──
ルビィとパールはフーシアの村長の家に尋ねて行って、サードニクスのことをしらないかと聞いた。
村長は「うーん」と言うと、こう続けた。
「妖精は知らんが、妖精に似たちっちゃい魔族なら…山菜を取にに行ったときに近くの洞窟で見たぞい」
「魔族?」とルビィ達の頭は疑問で埋め尽くされた。
「いやいや、じーちゃん。彼はれっきとした妖精なの! そんな魔族だなんて」
「それ以外は知らんの~」
「だめだ、こりゃ」と、のんびりしたおじいちゃん村長を置いて、二人は宿屋に戻った。
「手がかりなしだったわ。妖精っぽい魔族しか見てないって…」
「妖精っぽい…?」とアメジストが口にする。
「確信はありませんが」と前置きしてから、アメジストは続けた。
「その魔族が彼ではないかと」
ダイヤがはっとする。
「妖魔転換…」
「そうです」
「妖精は、出生時稀にと、後天的にと…魔族に近くなることがあるんですよ」とアメジストが続ける。
「妖精と魔族は非常に近い存在です。どちらも宝石の心臓、核を持っている。妖魔族とは…魔族と妖精族の中間ですね」
「意志の強い妖精がなりやすいんだよね。レウスで買った本に書いてあった」
「そうです。性格や風貌はそのままですが、妖魔転換すると黒髪になるという特徴があります」
パールがきょとんとして自分を指さす。
「黒髪…ってことは私も?」
「そうですね。僕はすっかり忘れていましたが」
静かだったトパーズが口を開く。
「じゃあ、魔族に近いから、という理由があって二人は追い出されたのか…?」
「まあ、魔族とイコールではないので、危険はないんですが。保守的な妖精にとっては脅威でしょうね」
「そういうことだったのね」
出生の謎が解けたパールは若干すっきりした様子だった。
「ずっと、なんで自分だけ違うのかと思っていたの。謎が解けたわ…」
「その洞窟に行ってみるか」とトパーズが言う。
「あいつならそこで野宿して住んでそうだわね…」
パールは苦笑してほっとした様子で頭を抱えた。
──
「サードニクス~?」
呼びかけるとすぐに返事が返ってくる。
「その声…パールか?」
「そうよ」とパールが言うと、奥から黒髪になったサードニクスが顔を出す。
「おお! ホントにパールじゃねーか!」
「ばかー!! 心配したんだからねっ」
「わりぃわりぃ。村からパクって来た魔通石が寿命来ちまってな。新しいのは流石に買えなくて」
ごめんごめんと謝るジェスチャーをしながら、サードニクスは言った。
「へへっ、見てくれよ。俺もお揃いだ。かっこいいだろ!」
「うん。見て。あたしも伸ばしてるの。髪の毛。あんたが綺麗だって言ってくれたから」
「その…まあ、あれだ」とちょっとサードニクスは照れて鼻を指でこする。
「そうそう、パールって名前もあんたがつけてくれたのよね」
「だったな。おまえの瞳はパールみたいに白かったからな。あとな、俺から守りの加護もやるよ。儀式の道具、一つパクって来たから」
「あんたねぇ…」
「俺…どうしてもお前に守りの加護をやりたかったんだ」
「なんで…?」
サードニクスはちょっと照れて続けた。
「もし結婚して子供が出来たら、合わさって強力に守ってやれるだろ」
パールの顔が爆発する。
「ちょ…なんてこと言ってるのよ!」
ばしっとパールは慌てた様子でサードニクスの背中を叩く。
はっと周りを見渡すと、にやにやと嬉しそうに全員がパールたちを見つめていた。
「ま…まあ! 受けてやってもいいけど…っ」
「本当か!?」
パールは照れながら腕組みして、ふんと鼻をならす。
──守りの加護の儀式がとり行われる。
「汝、パールに授ける」
「……」
「守りの加護を」
ふぁさとパールの頭に花冠がかぶせられると、ぱああっとパールの体が光を放ち、ふんわりと光が溶けて消えていった。
「おわりー。おわりなんだからー!」
パールが叫ぶと、「はーい」とみんな散り散りに歩き出す。
「俺はお前と一緒に居たい。なんの集まりかもわからねーが、俺も連れてってくれ」
「ついてきたいなら、ついてきなさいよ。たぶん、承諾なんていらないわよ」
「いいのかー! サンキュー!」
こうしてサードニクスが一行に加わった。
サードニクスにはパールの方から旅の目的を伝えてもらった。
──
その夜…段々と激しくなっていく悪夢にうなされて、飛び起きたのはダイヤだった。
「はあ…はあ…また……」
今度はもっとはっきりしていた。
感触もある。
はっとダイヤは隣に寝るルビィに目をやる。
ルビィはすやすやと寝息を立てていた。
「なんで……」
俯いてそう呟いた。
窓の外に長い銀髪の魔族の男の姿が見える。
「お父様」
ふと口にした言葉にダイヤは心の中で焦った。
「見つけた。娘よ──」
黒い瞳が怪しく輝いた。
──次の日、ダイヤはネックレスを置いて姿を消していた。
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