五章・ブレ砂漠

 ルビィが起きると、横の窓際のベッドが空になっていることに気が付く。

 触ってみると、暖かさはなかった。

 出て行ったのはずいぶん前の様だ。


「一体どこへ…」


 一大事にみんなを招集すると、アメジストが特に青い顔をしていた。


「ダイヤさん……」


 サイドテーブルの上には、ぽっと置かれた魔法具のネックレス。

 アメジストの青ざめている原因は十中八九これだろう。


「魔王でしょうか…? このままだと、ダイヤさんの身に危険が…」


 ルビィはそれを聞いて、言う。


「冷静になって。この感じ、ダイヤは自分でネックレスを置いていったと考えるのが妥当よ」


 ネックレスを手に取り、よく見ると…

 チェーンがちぎれているわけでもなく、とても綺麗な状態だ。


「だけど、今まで寝るときも付けていたのに、どうして急に…」


 はっとアメジストが顔を上げる。


「ネックレスに手がかりがあるかもしれません」


 アメジストが手のひらにネックレスを乗せ、杖の先でコンコンと叩くと、ふわっとネックレスが浮き上がった。そのままネックレスは光を放ち、光は窓の外を指す。


「羅針盤の魔法ですね…。ダイヤさんがかけたものでしょうか…」


 ルビィが窓の外に目をやる。


「足跡があるわ。男の。窓の外に立っていた様ね」


 ぽつりとアメジストが呟く。


「魔王オニキスの手に落ちたと考えてよさそうですね…。きっと僕がリミッターを解除したから…」


 ルビィは考えていた。


(うーん、それにしてもおかしいわ…。さらわれた、というより…まるで、自ら付いて行ったみたい)


 足跡を注視すると、どうしてもそうとしか思えなかった。

 しかし、確信が持てなかったので、ルビィはそれを黙っていた。


「羅針盤の魔法はあっちを指しているな。あの方向は…」

「信仰の国、サルヴァーンね」


 ルビィが言う。


「サルヴァーンに行くにはこの森の先…砂漠を通る必要があるわね」

「砂漠…」


 トパーズが特に険しい表情になる。


「歩きは辛いから、関所でらくだを借りましょう。食料や水などの備蓄はこの間たくさん買ったから、大丈夫だとは思うけど…各自確認して。足りないものはここで少し補充しておきましょう」


 ルビィが指示を出すと、みんなそれぞれ散らばってそれぞれの装備を確認に行こうとする。

 「あっ、言い忘れてた」、とルビィがみんなにもう一度声をかける。


「あと服装もね。砂が入り込まないようマントを着用する方がよさそうよ」


 「わかった」と各自装備を確認する。


 ブレ砂漠には強い魔物が多いことで有名だ。危険度は世界一。

 気を引き締めていかなければ、とルビィとトパーズは思った。


 トパーズは特に入念に弓と短剣の手入れをしていた。

 その顔は真剣そのもので、話しかけられるよな雰囲気ではない。


 ルビィも剣の手入れをしていた。

 装備のチェックもする。食料も水も回復薬も十分に入っている。

 すると、異空間ポーチの底から、「ころん」とあの時の香袋が飛び出し、ふとラピスのことを思い出す。


「これ、まだここにあったんだ…」


 危険な砂漠を通らねばならないことを連絡しておいた方がいいだろうか…。

 もし、命を落としたら…


『何かあった時にこれを握って僕を呼んでください。何処にいても駆けつけるので』


 そう言うラピスの声が頭の中に響く。あの時は本当にピンチの時に来てくれたが、今はもうどうかわからない。むしろ、まさかこんな危険なことになっているとは思ってもいないかもしれない。旅なのだから危険は付き物、当たり前ではあるのだが。そう考えると「知らせるのもな…」と首をぶるぶる横に振る。


「ラピスが守ってくれてるあの城へ…必ず帰るんだ」


 ぴしゃっぴしゃっと自らの頬を叩く。

 トパーズがやってきて、そんなルビィの肩に手を置く。


「あの街へ必ず帰ろう」


 トパーズは弓を構えるそぶりをする。


 サードニクスとパールはベッドに腰かけて喋っていた。


「なあ、俺。この森から出たことねぇんだけど…砂漠ってそんなに危険なところなのか?」

「実は私も、実感がわかないの。どんなところかすら想像がつかないわ」


 妖魔族の二人はあまり危険度がわからないようだった。


 アメジストは砂漠についての本をめくりながらも、始終自分を責めている様子で、内容はあまり頭に入っていない様だった。


「砂漠に住む魔物の生態…サソリ型…トカゲ型……ワイバーン型。──僕のせいで……」


 噂好きのパールがそっとサードニクスに伝える。


「あれはきっと恋のせいもあるわよ……」

「ああ。心配だろうな」


 ──


 一行は国境の砂漠の入り口、ブレ関所に到達する。

 通行証の確認と、らくだの貸し出し、危険なことに合っても責任は取らないという合意書にサインする。それほど危険だということ、と目の前にしてやっと全員の気持ちが引き締まる。


「どうぞ」


 門が開くと、そこには一面の砂が広がっている。

 じりじりと焼け付く太陽も、風で巻き上がる砂も、気候の厳しさを伝えてくる。

 今のところ魔物は見えない。入口だからだろうか?


 一歩踏み入れると足が砂に取られる。

 一歩一歩が重たい。

 すぐさま、みんながらくだに乗る。


「あついし…砂……飛びにくい」


 飛んでいたパール達もすぐに我慢の限界だったようで…パールはルビィのらくだのこぶにちょこんと座った。

 サードニクスもトパーズのらくだのこぶに座る。


「これは…やべーな……」


 アメジストは、少ししっかりしなければ…と思ったのか、なんとか気を持ち直していた。

 トパーズが声をかける。


「アメジスト、大丈夫か?」

「はい…。大丈夫です」


 強がってそう答えるアメジストにトパーズが言った。


「必ず連れ戻そう」


 アメジストが頷く。


「みなさん、砂漠は昼は気温が高いですが、夜は冷えます。防塵、防寒しっかりとお願いします!」


 みんなが頷く。


「みんな、行きましょう!」


 羅針盤の魔法のかかったネックレスを手に、ルビィが一番前を行く。

 光の指す方へ、しっかりとゆっくり進んでいく。


 ──


 どれくらい歩いただろうか?

 景色は全く変わらない。


 一面の砂。砂。砂…。


 パールが遠くにオアシスを見つけ叫ぶ。


「見て! あれがオアシスってやつかしら!?」


 アメジストが釘をさす。


「あれは浮いているので蜃気楼かもしれません。あの場所にはありませんよ」

「幻ってこと…」


 パールからがっかりした声が漏れる。


 その瞬間、ぼこっと砂が盛り上がり、ザザーっと突然サソリ型の魔物が飛び出してきた。

 砂漠に入って初めての戦闘。


「気を付けてください!! 尻尾に強力な毒を持っている魔物です!!」


 魔物が様子をうかがっている間に、みんながらくだから飛び降りる。

 アメジストが爆発魔法を唱える。


「イグニッション!!」


 ボン!と音がして、サソリ型の魔物の背中に当たったが、固いカラのせいであまり効いていないようだった。


「魔法防御が高いみたい!!」


 パールが叫ぶ。


 魔物はバスッバスッとルビィに向かって尻尾で攻撃してくる。

 ルビィがジャンプし、前転して攻撃をかわす。


 ルビィを執拗に狙う魔物に、トパーズが弓を構え、ぐっと力を込める。


「ブレイブアロー!!」


 魔力のこもった矢が敵の固い背中の装甲を少し剥がす。


「カラの下は魔法も通るみたいだ!」

「集中攻撃すればいけるかも!!」


 サードニクスとパールが叫んだ。


 もう一度同じ場所に「ブレイブアロー」を打ち込もうと、トパーズが構える。

 すると、急にルビィを狙っていた魔物が、トパーズをロックオンする。


「なっ…!! 逃げて!!」


 ルビィが声を上げるが、少し遅かった。


「しまっ…」


 矢を打ち出す瞬間だったため、このままでは回避が間に合わない。


「トパーズ!!」


 みんなの声がこだまする。


 魔物はルビィの位置から、後方のトパーズめがけて高くジャンプしていた。

 矢が発射され、すぐさま回避体勢に入る。

 サソリ型魔物の方も尻尾の毒針を空中で構えている。

 矢は腹に当たり、魔物の腹の装甲がすこし裂ける。


 ズンっ!と魔物の尻尾が砂に突き刺さる。


 トパーズはギリギリその攻撃の大部分をかわした。


「くっ…!」


 トパーズは転がった先で膝をつき、脇腹を抑える。

 かすったようだ。


 突き刺さった尻尾を必死に抜こうとする魔物にルビィが踊るように切りかかる。

 狙いはさっき装甲がはがれた場所。


「ペトルブレイド!!」


 カンッと固い音がしてから、ベリッと装甲が剥げ、背中があらわになる。


「イグニッション!!」


 アメジストがすかさず先ほどの爆発魔法を唱える。

 魔法で起こった爆発は、無装甲になった背中に直撃した。


 突き刺さった尻尾がようやく抜けた魔物は、次の攻撃を繰り出そうとしている。


 やるなら今だ。


 ルビィが負傷したトパーズに目をやる。


 どくん


 心音が高鳴る。

 これは、あの時の──感覚。


「オーダー・オブ・エクスキューション!!」


 ルビィが高くジャンプする。


 炎を纏った剣が、魔物の背中に突き刺さる。

 魔物はみるみる炎につつまれ、灰となってしまった。

 ごろりと赤い宝石が転がり落ちる。


 見たことのない剣の魔法に、アメジストが目を丸くしている。


 ルビィがトパーズに駆け寄る頃にはすでに倒れていた。


「トパーズ!! しっかりして!!」


 アメジストも駆け寄り、トパーズの脇腹周辺の服を破る。

 大きな青あざが出来ていた。

 唇は青くなり、ガタガタと震えている。


「どうしよう…このままじゃ……」


 アメジストがポーチを開くと、解毒剤が見つかった。

 解毒剤を取り出すと、ルビィに渡す。


「ルビィさん、それを傷口にかけてください」


 言われた通りに傷口にかけると、薬剤がしゅわしゅわと泡を立てる。

 すこしあざが薄くなったか、程度の反応だ。


「いけませんね…」


 アメジストがそう口にする。

 ルビィは真っ青な顔で覗き込むアメジストを見上げる。


「稀な毒の持ち主だったようです…。材料があれば解毒剤は僕が調合できますが、特殊な材料を使うので、流石にそれは持っていません」



 もし、トパーズが死んでしまったら、自分は耐えられるだろうか。


「どうしよう…」とルビィは泣いた。


『ルビィは、トパーズのことが好きなんですか?』


(私はトパーズのことが好きだ──)


 あの時のラピスの質問に、今なら即答できる。


 はっとして、香袋を取り出す。

 一か八か、ラピスを呼んでみよう。


「ラピス……お願い!!」


 ふわっと香袋が浮かび上がると、光を放ち、通信が始まる。


『ルビィ、どうしました!?』

「ラピス!! どうしよう…トパーズが…毒…やられて……解毒剤を……」

『何が必要ですか?! まだかすかに空間転移のタネが残っているので、物のやり取りくらいならできますよ!!』


 アメジストが叫ぶ。


「マンドレイクの根を乾燥したものを!! それ以外は何とかなります!!」


 ラピスが慌てて指示する声が聞こえる。


『すぐ送るので、少し待ってください!!』


 ──


 3分後にシュンッと、マンドレイクの根を乾燥したものが一つ届く。

 アメジストが慌てて薬窯の準備をする。


 簡易的な設備の鍋がぐつぐつと煮立つ。


「失敗は許されない…」


 慎重に材料を投入していく。混ぜるスピード、込める魔力の加減、煮込む時間…すべてに神経を使い、30分後アメジストは特殊な解毒薬を完成させた。


「もう時間が経っているので、傷口にかけただけでは無理です。何とかしてこのポーションを飲まさないと……」


 ルビィがトパーズに呼びかける。


「トパーズ! 飲んで、お願い!」


 反応があるので、意識はうっすらとあるようだ。

 口の中に少し入れてみるが、飲み込む力が無いようだった。

 トパーズはげほげほと咳き込んでしまう。


 ルビィは考える間もなく、ポーションを自分の口に含む。

 この世のものではないような、すごい味がした。


 なりふりかまっていられない。


 ルビィは口移しでトパーズに解毒剤を飲ませる。


 ごくり


 喉が動いて、飲んだのがわかる。

 トパーズの表情が険しくなる。

 無理もないだろう。


 傷口を見ると、みるみるうちにあざが薄くなり消えていった。


「成功しましたね」


 アメジストがほっと胸をなでおろす。


「ただ、毒消しを飲むまでかかってしまったので…しばらくは動けませんし、大丈夫ともいいきれません。早く医者に見せた方がいいでしょうね」


 ルビィは瞬時に対応してくれたラピスとアメジストに感謝しつつ、横たわるトパーズの顔を見つめた。今はとても安らかな表情をして眠っている。


「私、帰ったら必ずあなたに言うから…」


 一行はその後すぐに出発した。


 ──


 トパーズは夢を見ていた。


「トパーズ、大きくなったわね…」


 優しい母の手と声。


「はっはっは、俺が手塩にかけて育てたからな!」


 笑う豪快な父の声。

 二人は仲睦まじげに手をつないでいた。


「母さん?」


 母が手を振る。


「父さん!」


 父も手を振る。


 はっとして反対側を見ると、泣いているルビィの姿が見える。


「……」


 母と父の方をもう一度振り返ると、二人はにっこりと笑っていた。


 母が言う。


「もう、行きなさい、トパーズ」


 父が言った。


「女の子を泣かせちゃいかんぞ!」


 二人が手を振りながら、暗闇に溶けていく…。

 もう一度振り返ると、ルビィの姿も段々と遠くなっていく…。


 手を伸ばす。

 届かない声。


(好きだ──)


 そう思った瞬間、はっと目が覚めた。


「ここは…」


 起き上がると、パサリとかけられた白い布団が落ちる。

 辺りを見回すと、赤茶色の土壁に白いカーテン。

 窓の外は明るかった。

 建物を見るに、どうやらサルヴァーンらしい。病院だろうか。


「ルビィ…」


 ルビィが横に突っ伏して眠っていた。


「すまない…」


 そう言って頭を撫でた瞬間、ルビィが目覚める。


「…トパーズ?」


 ふにゃと眠そうに、目をこするルビィがとても愛おしかった。


「よかった……」


 ルビィがトパーズに飛びついて抱きしめる。

 とても嬉しかったが、傷が痛み、「うっ」と声を上げてしまう。


「あっ…ごめん!」


 慌てて、ルビィが顔を真っ赤にしながらパーズから離れる。


「まだ痛む? お医者さんを呼んでくるね」

「ああ……」


 ──


 一通り診察が終わると、「もう大丈夫ですよ」と笑って医者が言った。


「対処せずに、最速でここまで運んできたとしても、手遅れだったでしょう」


 医者は続ける。


「傷口は深くはないので、魔法で塞いでおきました。ただ、無茶をしないように」


 病院を後にして、宿を取る。

 宿のロビーでトパーズは頭を下げた。


「すまない…。俺が判断を誤ったばかりに、心配をかけてしまった」


 みんなが好き好きに反応する。


「気にしないでください。無事で良かったです」

「気にするな、戦闘とはそういうもんさ」

「そーよ。誰よりも心配してたのはルビィよ」


 名指しされて、ルビィはちょっと慌てる。


「私が魔物をおさえきれなかったせいだから…」


 アメジストはルビィに尋ねる。


「しかし、ルビィさん。何者なんですか? あの剣の魔法…僕は魔法は詳しい方ですが、初めて見ましたよ」

「あれ? うん。実はね──」


 野盗との一件をアメジストに話す。


「なるほど…その声が聞こえて使えるようになったと…。僕にもさっぱりわかりません」

「アメジストにもわからないのね」

「僕にもわからないことはいっぱいありますよ?」


 みんなで談笑する。


「羅針盤は次は何処を指してるんだ?」


 「そうだった」とルビィがしゃらりとポーチからネックレスを取り出す。

 とんとんとアメジストが杖で叩いてくれる。


 ぴかっと光り、光の筋が教会を指す。


「あのでっかい教会ね」


 パールが言った。

 全員でそのまま教会へ向かうことにした。

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