二章・ケンカと回想

 ルビィは街の外を堪能していた。

 昼間は行きかう商人馬車や掛け声で街道も割とにぎやかだ。


「だいぶセレスティナから距離が離れてるけど、隣国の魔法都市レウスに向けて真っすぐね」


 馬車はあるが、そんなに手持ちがないので、歩きで行くことにした。

 途中途中で簡易的な宿屋はあるようだし、野宿はしないですみそうだ。


 しかしやはり、多少弱い魔物は出る様で…

 途中途中で魔物を倒しては、人助けをして少しずつ進んでいった。


 セレスティナの街中では王女として有名だが、一歩外に出ると誰もルビィのことを知らない。

 まだ戴冠式もしていないので、当たり前と言えば当たり前なのだが、それがルビィにとってはとても新鮮だった。


「みんな、ルビィのこと知らないのね」


 ダイヤが言うと、ルビィは笑う。


「本物の冒険者になれたみたいで嬉しいな」

「俺たちにとっては冒険してるんだから、すでに冒険者だろう?」


 ルビィはそのトパーズの言葉が少し嬉しかった。


「ギルドに登録するのもありかもね?」


 パールが笑う。


「ルビィは少し魔法、使えるようになったの?」


 ダイヤが尋ねると、ルビィは「うん」と頷く。


「あの大技はあれ以来出せないんだけど。簡単な火の魔法ぐらいなら使えるよになったわ。火おこしは任せて!」


 ルビィが冗談っぽく言った。

 「野宿の時は任せることにしよう」とトパーズが微笑む。


「それにしてもレウスか~」


 ダイヤが呟いた。


「魔法学校が取り仕切る魔法都市だよね」

「ダイヤは魔法学校生だもんね?」

「うん。行ったことはあるんだけど、入学の時以来かなぁ…。今は通信制で色々勉強できるからね」

「私は王宮専属の先生がいるし。魔法とは縁がなかったから、そのあたりは全然わからないや」


 ダイヤが間を開けて尋ねた。


「魔王が狙いそうな人物って居るのかな?」


 ルビィが「うーん」と唸る。


「レウスで開かれている各国会議はその問題の会議なのよね。秘密っぽくて詳しいことはわからないけど、ラピスがこう言ってた」


 ルビィが人差し指を立て、目をつむり、ラピスのモノマネをしながら続けて言う。


『エメラルド様が狙われた理由ですが、魔力の高さに僕はあると思うんですよね。ルビィの証言では血を啜っていた…と聞いたので確信しました。血にはその人の魔力が凝縮されています。そして、優れた魔術師でもあるエメラルド様の魔力はとても高い。魔王は何らかの理由で魔力を集めているんだと思うんです』


 「なるほど…」と一同は納得する。

 「じゃあ…」とダイヤが切り出す。


「レウスで高魔力と言えば、アメジスト先生かな?」

「有名な方ね。最年少で魔法学校の先生になった方よね?」


「うん。実は私、丁度レウスに向かう用事があったの」


 ダイヤは続けて言った。


「実はレシピ以上の高効果の麻痺薬を作ったことで、アンバー先生からアメジスト先生に担任が切り替わることになってね。その手続きでレウスに来てほしいって言われてたの」


 パールが飛び回る。


「元々この子、回復薬専攻なんだけど、全然回復薬作れなくて…。回復薬科のアンバー先生も匙を投げてたのよね。ところが、この間の麻痺薬のことが先生の耳に入ったみたいで。爆薬に精通するアメジスト先生が、この娘に興味を持ってくれたみたいなのよ」


 「あはは」とダイヤが苦笑した。


「アメジスト先生って私より若いけどすごい人だから、授業を受けたい人が殺到してて…中々予約も取れない状況なんだ。私…ラッキーだったかも!」


 興奮気味に話すダイヤを微笑ましく見ながら、ルビィが言った。


「アメジスト先生にも会う、という目的が追加されたね」


 「うんっ」と元気よくダイヤが頷いた。


「そう言えばラピスは来なかったのね?」


 パールがルビィの方へ飛んでいくと、ルビィは答えた。


「──約束してくれたの。私の大好きな場所を守ってくれるって…」


「そう。アイツらしいわね」とにっこりしてパールが言う。

 トパーズも続けて微笑んで言った。


「なんか、いい関係だな」


 ルビィはにこにこしながら答える。


「ふふっ、ありがとう。長い付き合いだから嬉しいわ」


 トパーズは、ラピスが「何故魔物なのに従者をしているのか」、とても気になったが…これ以上は野暮だと思って何も聞かなかった。ルビィはそれをわかっていた。


(ラピスの事、気になるだろうな…。ありがとう、トパーズ)


 今まで初めての人には聞かれないこと等なかった。


 何故ラピスが魔物なのに王女の従者をしているのか──


 本人たちも実は結構不思議に思っていることだ。別に話しても良いのだが…トパーズの気遣いが嬉しかった。


 ルビィがトパーズの顔を見て、無言でにっこりと笑う。

 目が合いそうになり、トパーズは照れて目をそらす。

 そんな二人を見ながらほほえましく、ダイヤとパールは視線で会話した。


  ──


 宿屋での夜。

 ルビィは異空間ポーチに入っていた新品の魔通石でラピスに通信する。

 ジジジっと魔通石が音を上げると、ラピスが応答する。


「ラピス。そちらはどう?」

『特に問題はありませんよ。…どうしたんですか?』

「ううん。なんとなく、ラピスの声が聞きたくなって。──お話しない?」

『いいですよ』


 道中あったことや、感動の話を一通りした。

 ラピスは「はい」と嬉しそうに丁寧に聞いてくれた。

 ルビィはそれが嬉しくて、つい「実はね」とルビィがお昼のトパーズの気遣いを話しはじめる。


『そうですか…珍しい人もいたもんですね』

「でしょ?」


 通信越しにラピスがヤキモチを焼いた様子でむっとしているのがわかる。

 一緒に喜んでほしかっただけなのに…

 とルビィはちょっとがっかりしていた自分に気が付いた。


『ルビィは、トパーズの事が好きなんですか?』

「もうっ、そういう事じゃないでしょ!」


 ルビィはラピスの思った反応でなかったことが残念で、つい強く言ってしまった。


『もういいです。僕だって本当は付いて行きたかった』


 ルビィは慌てて「ちがっ…ラピ……」と言ったところで通信がぷつっと切られてしまった。


 浮かれてやってしまった…


 ルビィは自分の発言を逐一後悔した。

 その後、全然寝れなくて目の下にクマを作った。


  ──


「どうしたの!? その目の下のクマ!」


 ダイヤが驚いてルビィの真っ青な顔をまじまじと見つめる。


「うーん、全然寝れなくて…」


 「何かあったのか? 体調が悪いなら、少し休むか?」と、トパーズも訪ねてくれる。ルビィは相変わらず真っ青な顔で歩いている。

 パールがそこで「ははーん」と声を上げる。


「ラピスとケンカしたんでしょ?」


 ルビィはびっくりして、目をまん丸にする。

 パールはそれを見て続けた。


「図星ね~!」


 ルビィが重い口を開く。


「なんでわかったの…」

「まあそこの石にでも座りなさいよ」


 パールが横にちょこんと腰かけて話始める。


「あんたがそこまで落ち込むってことは、ラピス関連しかないわ。昨日誰かと喋ってる声も聞こえてたし」


 「大方」と続け、「原因はヤキモチでしょ?」とパールが言う。


 どきりとルビィの心臓が高鳴る。


 「当たった~!」きゃっきゃとパールが騒ぎ、ダイヤとトパーズはぽかんとしている。

 まったく、こういう時のパールは本当に侮れない。別に嫌ではないが…。そんなにわかりやすいのだろうか…とルビィは悩む。


「私の見立てなら、大丈夫。そんな大したことじゃないわ。たぶんあっちから謝ってくるから」


 なんでそう言い切れるんだろう…とルビィは頭を抱えた。


「まあまあ、二人が呆けてるから…とりあえずそれまでラピスとの過去の話でもしたらどう?」


 「そうね…」と元気なくルビィは話始める。


 ──


 これは私が幼い頃の話。

 お父様も魔法は使えるし、お母様は特に偉大な魔術師。…であるにも関わらず、魔法適正がないと診断された私は一生懸命使えない魔法の練習をしていたの。


「みんな使えるのに何で私だけ使えないんだろう?」


 ここは簡単な魔法なら誰しも使える世界だということも、幼いながらに感じていた。


「イグニス!!」


 呪文を唱えても、うんともスンとも言わない。


  靴ひもを結ぶ

  字の読み書き

  着替え

  料理

  剣術


 いっぱい勉強して、大体なんでもひとりで出来るようになったのに、これだけはどうしても出来ない。


 うんうん唸りながら、魔法の練習をしていると──


『殺せない…』


 ぽそりと物陰から物騒な言葉が聞こえる。

 生垣をかきわけると、そこには小さな魔物がうずくまっていた。魔物はルビィに気が付くと、威嚇に見えない威嚇をする。


『僕は魔物だぞ!』


 特に怖くもなかった。

 魔物の頭をナデナデする。


「無理しなくていいんだよ?」


 魔物は急に泣き出した。


『僕は魔物じゃない…』


 この時思ったの。

 (ああ、この子も私の様に出来ないんだな)って。

 そしたら何だか泣けてきちゃって、小さな灰色の魔物と一緒に泣いた。


「私もできないの…みんなができることができないの…」


 小さな魔物は年上の少年の姿になって、抱きしめてくれたわ。


「あなた、名前は?」

『ない』


 「じゃあ…」と考えて、瞳を見つめたら、そこには星空が広がっていた。


「瞳がきらきらして、ラピスラズリみたいだから、あなたはラピスね」

「ラピス…か。君は?」

「ルビィ!!」


 少年の姿の魔物を「友達」だ、とメイドの元へ連れて行くと、メイド達は慌てた様子だった。


 しばらく待たされて、帰って来たメイド達は従者の衣装を手に持っていた。

 ラピスはよくわからないまま、袖を通す。


「あなたを城へ迎えよ、との王からのご命令です。今日からあなたは王女様の従者です」


 ラピスは袖をふわふわさせながら、なんとなく理解していた様だった。


 それからラピスはいっぱい勉強したみたい。

 どんどん成長して、従者としての頭角を現したわ。


  ──


「そういう成り行きだったのか…」と、トパーズが頷き、パールが言った。


「ダイヤは知ってると思うけど、ラピスってめちゃくちゃルビィのこと好きなのよ。本人も隠してないし」


 ルビィとダイヤがその言葉に「うん」と頷く。


「外に出て、未知のこと…たくさんあったから、嬉しくて…全部話したわ」

「トパーズの話になると怒っちゃったのよね?」

「うん」


 ぐすりとルビィはちょっと泣きそうになる。

 トパーズは「俺?」という感じで、自分を指さしている。

 パールが頷く。


「要するに、トパーズにラピスがヤキモチやいちゃったってこと! 自分も行きたかったのに~って。なんとなく、残るって話を聞いたときに、こうなるかもと思ってたのよね」

「でもなんでヤキモチ先がトパーズなの? ダイヤやパールにはヤキモチ焼かないの?」

「それは…ルビィ。鈍感すぎるでしょう」

「え???」とルビィは疑問だらけだった。


『ルビィは、トパーズのことが好きなんですか?』


 ルビィはラピスのその言葉を思い出して、顔を真っ赤にさせる。

 あれは…恋愛対象として、という意味かとやっと悟る。


「俺が悪いのか?」

「特に悪いわけじゃないわよ。ただ、ルビィの傍に居る男性って珍しいからだと思うわ」


 パールが助け舟を出してくれる。


「そうなのか?」

「うん!! 謝らなきゃ!」


 ルビィがそう言った瞬間、握っていた魔通石が通信を感知する。


『ルビィ…今大丈夫ですか?』

「う…うん。大丈夫」


 「あのっ」と二人同時に声を上げる。


『昨日はすみません…つい、僕がヤキモチ焼いてしまって』

「私の方こそ…ごめん。強く言っちゃって」


 パールが笑う。


「これで、ルビィの睡眠も安泰ね!」


 それからは他愛ない雑談を交わした。


  ──


 クマは残っているものの、すっきりした顔で、ルビィは立ち上がった。


「いこっか!」


 その言葉に、みんな嬉しそうに、頷いた。

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