第6話 特別な子供

「シャルロット様、シャルロット様!?」


 私は声の限り叫んで、ベッドの下やカーテンの中を探した。


 けれど、シャルロット様の姿はどこにもない。


 一体どこへ行ったのだろう。

 お手洗いだろうか。それとも……。


 心当たりのある場所を色々と探してみたけれど、シャルロット様の姿は無い。


 もう少しで家庭教師の先生が来る時間なのに、困ったわ。


「しょうがない、こうなったら」


 私は手を広げると、口の中で素早く呪文スペルを唱えた。


 これは本来ならば、戦場やダンジョンで敵がいないか探るための探査の魔法。


 メイドとして働いている間は魔法は使わないようにしようと思っていたけれど、今回ばかりはシャルロット様の居場所を探すために使わせてもらおう。


 ――シャルロット様はどこ?


 目を閉じると、頭の中にお屋敷の全体像が浮かんでくる。


 だけれど、どこを探してもシャルロット様の気配は無い。


 もしかして、お屋敷の外?


 そう思い探索範囲を広げると、お屋敷の外、裏口辺りに、微かにシャルロット様の気配があった。


 ――見つけたわ。急いで連れ戻さないと。


 私は慌てて階段を駆け降り、お屋敷の裏口へと向かった。


「この辺りのはずだけど――」


 私が辺りをキョロキョロと見回していると、声がした。


「誰か助けてーっ!!」


 この声は、シャルロット様!?


 慌てて声のする方へ走ると、二人組の黒づくめの男に、シャルロット様が連れ去られようとしているところだった。


「シャルロット様!」


 私はとっさに口の中で呪文スペルを唱えた。


「――閃光フラッシュライト!」


 眩い光が辺りを包む。


「うわっ!」

「何だこの光は‼︎」


 男たちが目を覆ったその隙に、私は二人に立て続けに突きと蹴りを入れ、シャルロット様の腕を引っぱった。


「クロエ!?」


 シャルロット様が驚いたように目を見開く。


「シャルロット様、ご無事でしたか?」


 私が尋ねると、シャルロット様はこくんとうなずいた。


「く、くそっ!」

「まずい、逃げるぞ!」


 誘拐犯二人組はそういうと、そそくさと逃げていった。


 良かった。どうやら大した奴らじゃなかったみたい。


「シャルロット様、どうしてお屋敷の外に出たんですか」


 尋ねると、シャルロット様は泣きじゃくりながら答えた。


「だって、小人さんが走っていくのが見えたから、つい追いかけて……」


「小人さん?」


 シャルロット様の視線の先を追うと、緑っぽい小さな妖精が心配そうにこちらを見ていた。


 あれは、草妖精ね。妖精の中では数が多く、どこにでもいる特に無害な種。だけど――。


「シャルロット様」


 私は静かな口調で言った。


「ひょっとしてシャルロット様が言っているのはあの草妖精のことですか?」


 シャルロット様は大きな水色の瞳を見開いた。


「もしかして、クロエも見えるの?」


「はい」


 私がうなずくと、シャルロット様は嬉しそうに顔を輝かせた。


「本当⁉︎ 私、妖精が見える人に初めて会った!」


 興奮するシャルロット様。

 私は冷静な口調で尋ねた。


「ちなみにですが、シャルロット様にはその妖精はどのような姿に見えていますか?」


「どうって……小人みたいな……緑の服を着てて緑の帽子を被ってて」


 シャルロット様が説明してくれる。


 ――驚くほどはっきり見えているのね。


 私はシャルロット様の説明を聞いて驚いた。


 なぜなら、普通の人間には妖精の姿は見えないから。


 妖精が見えるということは魔力があるということ。


 しかも大抵の人には、妖精が見えてもぼんやりとした光やモヤのようなものにしか見えないはずなのに、顔や服、帽子までハッキリ見えるということは、かなり魔力が強いということ。


 魔法使いの間では、そういった魔力適正の高い子供のことを妖精の子フェアリーチャイルドと呼んでいる。


 かくいう私も、子供の頃は妖精の子フェアリーチャイルドだった。


 妖精の子フェアリーチャイルドはとても珍しく、魔法使いより上のクラスの賢者の適正があるとされ、王都ではとても優遇されている。


 妖精の子フェアリーチャイルドだけを集めた魔法学校があったり、妖精の子フェアリーチャイルドに特別な優遇措置を取っている私立学校もあるくらい。


 だけど今は、それどころではないわね。


 私はチラリと時計を見た。


「シャルロット様、先生がいらっしゃる時間ですよ。早くお部屋に戻らないと」

 

「イヤ!」


「どうしてイヤなんですか?」


「だって、先生の授業つまんないんだもん!‪」


 シャルロット様が口を尖らせる。


「そうですか……」


 私は上を向き、考えた。


 妖精の子フェアリーチャイルドは、知能がとても高く、好奇心旺盛なことが多い。


 次々と興味の対象が移るため、注意力が散漫に見えたり、自分の興味のあること以外には関心を示さないため、やる気がないように見えることも多い。


 ――ひょっとしたら、今、シャルロット様になされている教育がシャルロット様のレベルに合っていないのかもしれない。


「では、私に先生の授業がどのような感じなのか見せてくださいませんか? 本当につまらない授業なら、改善するように私が話しておきますので」


「本当? なら受けてもいいわ」


 私とシャルロット様は、二人でシャルロット様の部屋に戻った。


 やれやれ。


 でも普通の人間に妖精の子フェアリーチャイルドの特性を理解してもらうのは難しい。


 さて、どう先生に納得してもらうものやら。

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