第5話 黒髪メイドのアリス

「……さてと」


 ひとしきり掃除を終え、時刻は十二時少し前。


 そういえば、お昼はこちらで出してくれるとは聞いていたけど、何時からとは聞いてない。ひょっとしてもうすぐかもしれない。


 私は急いで使用人の控え室に戻った。


 控え室に入ると、メイドたちが並んで昼食をとっているところだった。


「すみません、リザさん。シャルロット様のお部屋の掃除、終わりました」


 急いでリザさんに声をかけると、リザさんは興味のなさそうな顔でスープをすすった。


「ああ、お疲れ」


「それで、私の分のお昼ご飯ってありますか?」


 こちらで提供してくれると面接で聞いていたから、何も持ってこなかったのだけど。


 リザさんは顔も上げずに返事をした。


「さあ」


 さあって、どういうこと?


 私が戸惑っていると、隣にいた黒髪の髪の短いメイドが心配そうな顔で私を見た。


「ご飯がないの? それなら余ってるものが無いか、厨房で聞いてきてあげようか?」


「いえ、ありがとうございます。私、自分で聞いてきますから」


 慌てて厨房に向かう。

 厨房では、料理人たちが忙しそうに働いていた。


 私はたまたま近くを通りかかった体格の良いおばちゃんに声をかけた。


「すみません、私、今日からメイドとして働く事になったクロエといいます。お昼ご飯が無いんですが、余ってる使用人のご飯はありますか?」


 おばちゃんはビックリしたように目を見開く。


「ええっ、結局、また新人さんが入ることになったのかい? 困ったね、面接したばかりだから今日からは来ないだろうって聞いてて……何も用意してないよ」


「そ、そうなんですか」


 メイド長やリザさんから何も聞いてないのだろうか?


 うつむく私に、おばちゃんは慌ててこう付け足した。


「でも一時くらいになったら、私らや、旦那様たちのご飯のお供をしている使用人たちの食事の時間が始まるから、その時に余ってたら何か作ってあげるよ」


「ありがとうございます」


 良かった。それなら一時ごろまで我慢しよう。


「どうだった?」


 控え室に戻ると、黒髪のメイドさんが心配そうに尋ねてくる。


「あ、はい。一時ぐらいに来たら余ったものを貰えるみたいです」


 私が言うと、リザさんは険しい顔をした。


「一時? とんでもない! 一時半にはシャルロット様の家庭教師がいらっしゃるんだから、その準備をしないといけないのよ!」


「そうなんですか?」


 つまり私の分のご飯は無いってこと?


 私が縮こまっていると、隣にいた先ほどの黒髪メイドさんが話しかけてきた。


「あの、もし良かったら、私のスコーン、一つあげようか?」


「ええっ、良いんですか?」


「うん、私、お腹いっぱいだし」


 ニコリと笑う黒髪メイドさん。なんて優しい人なの。


「ありがとうございます。えっと……」


 私が頭を下げると、黒髪メイドはニコリと笑った。


「私、アリス。同じくシャルロット様付きのメイドなの」


「そうなんですね。私はクロエと言います。今日からここで働くことになりました」


「よろしく。ねぇ、クロエって呼んでいいかしら。私のこともアリスでいいから」


「もちろん。よろしくね、アリス」


 聞くと、アリスも私と同じ十七歳で、ここに勤めてまだ半年ほどらしい。


「シャルロット様のお部屋の掃除、大変じゃなかった?」


 アリスさんが心配そうな顔をする。


「うん、パイを落とされたり、髪にクモのおもちゃを付けられたり、大変だったよ」


 私は今日シャルロット様にされたイタズラを面白おかしくアリスに話した。


「うわー、私もやられたよ。髪もぐちゃぐちゃで、制服も汚されちゃった」


 アリスが笑う。

 私だけじゃなく、アリスもやられてたのね。


「制服汚されちゃったんだ。大変だったね」


「クロエは大丈夫たったの?」


「ええ、たまたま私が立ってたところより少し前に落ちて」


 本当は罠回避の魔法とカンで避けたんだけどね。


「そうなんだ。すごい」


 そう言って笑ったあとで、アリスは遠い目をして語りだした。


「実はね、奥様も使用人たちもみんな話してるんだ。シャルロット様には困ったものだって。とんだ問題児だって」


「えっ、そうなの?」


 そりゃあ、ちょっと悪戯好きではあるけど、問題児は言い過ぎじゃない?


「でも私は思うんだ。シャルロット様、寂しいんじゃないかなって。ほら、旦那様も奥様も忙しいでしょ」


 頬杖をつき、遠くを見つめるアリス。


「私も、小さい頃両親が働いてて寂しかったんだ。だから、ちょっと気持ちが分かるというか」


 えへへ、と笑うアリス。


「そうだね、せめて私たちが力になってあげたいね」


 私はアリスの言葉にうなずいた。

 そうだよね、まだあんなに小さいのに。寂しいよね。


 勉強は家庭教師の先生に教えてもらっているから、他の庶民の子供みたいに学校に通ったり近所の子供たちと遊んだりもできないし。


 私がシャルロット様の遊び相手になってあげられればいいんだけど……。


 そんな話をしていると、待機室のベルが鳴った。


「あっ、そろそろ行かなくちゃ」


 アリスが立ち上がる。

 私も慌ててアリスの後を追った。


「何をするの? 私も手伝うよ」


「今から、ご家族の方たちの食事のお片付けをするんだけど、クロエは、シャルロット様が部屋にいるかどうか確認してもらっていい?」


「ええ、分かったわ」


「一時半から家庭教師の先生が来るんだけど、シャルロット様、最近よく授業を逃げ出すから、見つけたら部屋の外に出さないようにして」


「了解」


 私はアリスに言われた通り、シャルロット様の部屋へ向かった。


「シャルロット様、シャルロット様、いらっしゃいますか?」


 ノックをしても、返事は無い。


 嫌な予感。


「シャルロット様、開けますよ」


 私は勢いよくシャルロット様の部屋のドアを開けた。


 だけど部屋はもぬけの殻で、シャルロット様はいなかった。


 しまった。


 どうやらシャルロット様に逃げられてしまったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る