第7話 家庭教師のリリーローズ
私がシャルロット様を連れてお屋敷の中へと戻ると、リザさんとアリスが血相を変えて走ってきた。
「あっ、シャルロット様!」
「ご無事で良かった!」
どうやら二人もシャルロット様を探していたらしい。
「シャルロット様、見つかったんだね。良かった」
アリスがホッとした顔をする。
リザさんは慌てて私たちを部屋に押し込んだ。
「それより、早くしないと先生が来てしまうわよ。早くシャルロット様を部屋へ連れて行って!」
「あの……それなんですが」
私は思い切って二人に打ち明けた。
「シャルロット様は、先生の授業はつまらないと言っているんです」
「は?」
「え?」
リザさんは、訳が分からない、と言うふうに顔をしかめる。
アリスはキョトンとした顔をした。
そういう反応が来ることは分かっていた。
でも私は、少しでもシャルロット様のことを知ってもらいたかった。
「それで、私、もしかして授業のレベルがシャルロット様に合ってないのではないかと思うんです。だから、家庭教師の先生と話してみようと思うんです」
私の言葉に、リザさんは大きなため息をつく。
「何言ってるの。そんなの、勉強をサボるための言い訳に決まってるでしょ」
「でも……」
「いい? 先生は、奥様が直々に採用した王都の大学出身の先生なのよ。あなたごときが口出しできる訳ないじゃないじゃない!」
リザさんは私の話すのを遮るように早口でまくしたてる。
「バカなこと言ってないで、早くシャルロット様を部屋へ連れて行って。はあ……これだから素人は」
そう愚痴ると、リザさんはアリスを引き連れて、屋敷の奥へと歩き去ってしまった。
やはり、リザさんを説得するのは難しかったみたい。
ま、分かっちゃいたけどね。
「クロエ……」
心配そうに私を見上げるシャルロット様。
私はシャルロット様を安心させるように、そのふわふわの頭をくしゃりと撫でた。
「大丈夫ですよ、シャルロット様。シャルロット様が本当は賢くていい子だということを、私から先生に話しておきますから」
私が言うと、シャルロット様は心底安心したような顔をした。
――とは言ったものの。
確かにリザさんの言う通り、ただのメイドに進言されて、家庭教師の先生とやらが大人しく聞いてくれるとも思えない。
ここは自らの正体を明かすべき?
でも、家庭教師の先生から他のメイドにも正体が伝わったりしたらやっかいだし。
要らぬやっかみを受ける恐れもあるし。
……さて、どうしたものやら。
そんなことを考えていると、コンコンと部屋のドアがノックされた。
「失礼します。家庭教師のリリーです」
声とともに入ってきた見覚えのある金髪の女性を見て、私は「あっ」と声を上げた。
「リリーローズ⁉︎」
リリーローズは、王都の大学で共に恩師であるマシュー先生の元で学んだ同士だ。
ちなみに年は私よりも三つ年上だけど、私が飛び級をしている関係で、私の方が兄弟子だったりする。
まさかリリーとこんな田舎で再会するだなんて。
でも、これはチャンスかも。
「ク……クロエさん、どうしてこんなところに⁉︎」
「母が病気で倒れて、故郷にもどってきたの。リリーは?」
「私は、たまたまこっちの人と結婚したの。初めはただの主婦だったけど、子育てをしながら好きな時間に働ける仕事がしたくて……そんな時に、こちらの奥様に声をかけていただいたの」
「そうだったの」
私がリリーローズと話していると、シャルロット様が不思議そうな顔をする。
「クロエとリリー先生ってお友達なの?」
「ええ、王都にいた時の知り合いなの」
「そうなんだ!」
「それで、シャルロット様の教育のことで話があるんですが」
「話?」
「ええ。この子は
「
「ええ、本当よ。普通の人には見抜くのは難しいかもしれないけど……私もかつてはそうだったから気づいたの」
私はリリーローズに
「そうだったんですね。てっきり私、シャルロット様は勉強がお嫌いなのかと」
「いえ、むしろ逆。人より好奇心が強くて知能も高いわ。だから普通の勉強がつまらないの。そこで相談なんだけど……」
私はリリーローズに、授業内容を今やっているものよりも高度でより実践的なものにし、魔法学も教えるように助言した。
「毎回授業を抜け出したり問題行動を起こさないようになれば、奥様や旦那様も納得してくれるわ」
「そうですね。これから色々と
リリーローズが頭を下げる。
「ねぇ、なんの話?」
シャルロット様が透き通ったアクアマリンの瞳で聞いてくる。
私とリリーローズは顔を見合せて笑った。
「シャルロット様の未来の話です」
良かった、家庭教師がリリーで。
私はホッと胸を撫で下ろした。
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