2 選択、夢、驚愕
「次の担当は、私……⁉」
都々羽くんと相棒になってしばらくしたある日。風呂から上がったら電話が来て、その内容は仕事の連絡だった。
電話の相手は至って落ち着いていてそれどころか楽しそう。
彼女からの連絡はもう慣れているがこんなにも大きい仕事の連絡は初めてで心臓が今にも破裂しそうになるほどバクバクしている。震える口を落ち着かせながら電話越しの会話を続ける。
「い、いいんでしゅか……⁉」
『嚙んでる噛んでる。あと今は敬語外しな、令菜。この仕事はお前に向いてる……自信を持て令菜。あたしが言うんだから』
「ずいぶん自信満々だね……その仕事についての話し合いはいつ?」
『月末かな。でも決めるのは明後日までだから心の準備しときな、あたしもしておくから』
電話が切れた後、私は都々羽くんへ連絡する。慌てすぎていたのか送信後多少の誤字が目立っていたが気にしない。でももう結構夜遅いし都々羽くん気づくかな……。そこそこ返事は早めの都々羽くんだが返事が来ない。あぁ、寝てるなこりゃ。
プレッシャーやら不安やらで押しつぶされそうになる。頑張れ! 頑張るのよ帯九令菜!! 落ち着くためにはまず深呼吸……。
逆に良い方に考えを巡らせてみよう。この仕事は私のデザイナー人生のでっかい仕事なんだぞ!!! それを喜ばないのか帯九令菜!!!
するとドアから響くノック。多分パパだろう。
「……令菜、もう夜の十一時だぞ。明日も学校なんだし早く寝たらどうだ」
「あ、パパ。ごめんね騒がしくしちゃって」
「あいつから連絡か?」
「うん! 次の仕事で私がアシ担になったの。それで緊張しちゃって……」
ワケを話すとパパは微笑み、「なら落ち着かせるためにも休みなさい」と言って部屋から出て行った。
電話では無理してやらなくてもいい、令菜がやりたいのなら。って言われたけど……ここで引き受けたら私はプロデザイナーにまた一歩近づける。でも失敗したらその道はぐんと遠ざかっていくかもしれない。そして引き受けない場合はプロデザイナーへの道のりは遠くなってしまうが失敗したときみたいにはならないだろう。
この選択、私はどっちを取ればいいのだろう。それを決めるのは他の誰でもない。私が決めるんだ。ゆっくり決めたいから寝るのはもう少し後にしよう。
ホットミルクを入れて机の上にあるPCを起動。今度の映画についてだ。原作は大人気小説でコミカライズやスピンオフなど色々とメディアミックスされている有名作。その実写映画の主演女優のアシスタントをおすすめされたという事。
事務所に連絡をしたら仕事内容は主演の服のデザインにメイク、試写会のサポートなど結構重要な役割を果たさないといけない内容だった。
「結構むっずいなぁ………」
思わず少しマイナスな声で言葉が漏れる。主演女優とはすっごく仲はいいけど今人気急上昇中のモデルだから足を引っ張ったり余計なことをしてしまってファンの人から怒られたりアンチされたら終わりだ。慎重に慎重に……。
さっきまでいい感じに眠気が来ていたのにこの事で頭がいっぱいになり受験勉強の時エナドリ三本飲んで眠れなくなったときみたいに目がさえている。ぶっちゃけ後回しにして寝たいのにこの事を考えると緊張して眠れなくなってしまう。
今思えば都々羽くんからの返答を待っているときもこんな感じでモヤモヤが止まらなくて深夜一時に寝ていたなぁ。私って緊張すると絶望的に目が覚めちゃうからね。
ていうか、困った時に相談できるのが相棒なんだからなに私はズルズルと悩んでいるのだろう。都々羽くんが居るじゃん! 今は寝てるけど。
「あっ」
ぼんやりしていると消しゴムが机の上から落ちた。するといつの間に来ていたのか、『某有名人』が私の背後に立っていて消しゴムを拾ってくれた。
「令菜が落としたのか?」
「うん。ありがとう」
「ぼんやりしてるのなら早く寝な。あたしもそろそろ休むから、話し合いは明日の夕方にしようか」
彼女のクールだがどこかあたたかい笑みに癒されながら私はベッドに寝転がる。
「おやすみ」と彼女は言って電気を消した。
今回の事を都々羽くんはどう思ってるのかな。褒めてくれて応援してくれるのか、それとも何も言わないか。かまちょに思われるかもしれないが何か言ってほしいなぁ。明日返事が来るといいけど。うぅ、いろんな事考えすぎて頭痛くなってきちゃった……。念のため鎮痛剤を飲んでもう寝ることにした。薬は多分ポーチの中にあるだろう。明日になっても頭痛が収まらなかったら保健室かな。でも今までの頭痛も寝たら落ち着いたから大丈夫だよね、うん。でもポーチ取るのちょっとめんどいな……もう動きたくない。
スマホの画面をスリープモードにするのを忘れてそのまま深い眠りについた。
***
『あんなに作品を生み出せるのは確かにすごいけど、誰かの作品をパクってる疑惑回ってるってマジ?』
『過大評価されすぎじゃね』
『あんま好きじゃないんだよねぇ。いやこの気持ちはむしろ嫌いに近いわ』
『最終的に誰からも見られなくなりそう』
『それもありうる』
『ほんっとに、お母さんとお姉さんの七光りで目立ってるようなモンだよね』
そんな冷たい声の後に響く通知音。今何時だ……? ていうかこの通知は夢か現実、どっち……? とりあえずスマホ……枕元に置いておいてよかった。
画面にはメッセージアプリの通知ポップアップ。なんと件数は15件も来ていて送り主は全部都々羽くんからのもの。
『令菜、今日休むのか?』
まさか。私は皆勤賞狙ってるから休むワケには……。
『あと五十分経つとHR始まるぞ?』
え!?!?
スマホ画面の右上にある時計を見るともう八時。普段の私なら絶対に考えられないような時間に起きてしまった。下の階からは心配するパパの声が聞こえる。
「令菜がこんな遅めに起きるのは珍しいな……電車間に合うのか?」
「だっ! 大丈夫! いい時間に快速あったからそれに乗ってく!」
栄養バーを二本鞄に入れて外に出る。彼女はもう仕事に行っていた。
まだ学生なのに、シフト多いんだなぁ……。
いやそんなこと考えてるヒマはなかった!!! ぎゅうぎゅうな満員電車に乗り込む。快速だからか人が多い……潰されそうだよこの人数。
スマホはまぁいじれそうだったので私御用達のSNSを開き、タイムラインのフォロワーの面白い投稿や素敵なイラストにいいねしながら眠ってる間に投稿された内容を読むため画面をスクロール。
そして一件の内容が目に入る。フォロワーが拡散した投稿だ。
内容はこの前結婚式を挙げた男の人がドレス姿の相手の女性と笑顔で写っている写真と、ウエディングケーキを切り分けている見てるこっちまでもが幸せな気分になりそうな写真で思わず笑みがこぼれそうになる。
あれ、このウエディングドレス……もしかして……?
投稿の内容を見るとデザイナーがメンションされている。
やっぱり。
メンション先のデザイナーの名前は『シャルルロ』。
要するに私のことである。例の依頼並みに十分難しい仕事だったがやりごたえがあって、我ながらいい作品が出来た思い出の仕事。
その投稿のリプ欄には投稿主さんへの祝福の言葉。ちらほらと私が作ったドレスについても書かれていてどれも好意的な意見で安心した。
この人のように私が作ったりデザインした作品を喜んでもらえる他にモチベが上がることがない。自然と『もっといい作品を作ろう!』って思っちゃう。
なんか嫌な夢を見ちゃったけど今はすごく気分がいい。今日も素敵な一日になりそうだな。
●●●
「都々羽くんおはよう!」
「令菜! おはよう。ギリ間に合ったな」
「ちょっと頭が痛くてあまり眠れなかったんだよね。今はもう平気だけど」
令菜は今日遅れてきた。HRが始まってからの遅刻は完全遅刻認定だからギリセーフである。それにしても顔がなんか幸せそうだな。たまにニヤついてるし。
「やたらニヤけてるけどどうした」
「まぁ、いいことがあったって感じかな」
深堀はしないでおくが彼女にとってはとても嬉しいことだったのだろうな。
毎日楽しそうにしてるならそれはそれでいい事。おれもちょっとは変わってるといいけど。
あと昨日、おれが寝ている間に令菜から深刻そうなメッセが来た上に朝早く来なかったから心配だったけど安心した。そのメッセの内容はかなり慌てている感じで誤字も多くて読むのに一苦労した(ビックリマークがフリック失敗したのか『!!れ!!れ!!』みたいな感じになっていたりetc…)。
その内容は大きい仕事を頼まれたこと。令菜は新米デザイナーとしてちょいちょい働いているのだが今年の冬映画の主演女優のアシスタントになることを勧められたそうでパニックになった令菜が深夜にメール連投。朝起きたら通知が狂気の二十件越えで変な声出して母さんから「朝からうるさい」とプチ文句を言われた。
まぁそんなカオスな朝だったのである。でもおれからしたら素晴らしいことだと思うんだがな……。輝けるチャンスを貰ったのなら是非とも令菜に頑張ってほしいとどこかで願っているが、だからと言って彼女本人に無理はさせたくない。
令菜にその事を話し、いつまでに決めればいいか聞いてみた。
「え、明々後日までだけど」
早過ぎね……?
「だから怖いのよ~!!!!! ロクに授業内容も聞けなさそうな状態だよ今……」
「無茶すぎるわそれ……令菜は今のところどうしたいんだ?」
「やりたいけど……失敗した時の事考えると超怖い」
「あーね……」
確かに大きい仕事を引き受けるとなると人間、何故か先に失敗したときどうしようって考えてしまうんだよな……。なんでそれは全世界共通なんだろ……。
「もしかして頭痛の原因もそのせい?」
「多分そうかも……考えすぎちゃったから。また頭痛くなったら保健室行くから」
「いよいよ酷いときは早退も考えといた方がいいぞ」
「酷いときはそうする。あ、都々羽くん。今日放課後予定ある?」
「ごめん、孝とバーガー屋行く」
悪い言い方するが令菜からあの屋上に連れてこられたから孝との約束出来ずそのまま帰った感じで、チリチキンバーガーも人気のため今週までという期間限定になってしまったから急いで食わないといけない。
「そうだった、あの時はごめんね。まなくんと楽しんできてね!」
「お前も無理だけはしないようにな」
「うん。あ、HR始まる」
担任が教卓の前に立って話を始めるが、令菜の顔色がちょっと悪そうで気になってしまう。無理しないでくれよマジで。
「すみません先生……ちょっといいですか」
その後の一時間目の美術の時間、令菜がか細い声で手を挙げた。見るからに体調が悪そうで見てるこっちが心配になってくる。
「昨日の夜から頭痛があって……落ち着いたかと思ったら今ぶり返して痛んできたので保健室に行ってもいいですか? 早退するかもしれないです……」
「見るからに顔色が悪いわね。帯九さんは頑張りすぎてる所もあるから無理しないで休みなさい。早退したなら担任の先生に伝えておくから」
美術の先生がそう言ったので令菜は荷物を持って美術室から出て行った。よほど例の仕事の件で負荷が掛かっているのだろうな。頑張りすぎもよくないしたまには休んでほしい。
その日、令菜は保健室で一時間休んだ後大事を取って早退した。
***
「令菜大丈夫かな……」
「帯九に何かあったのか?」
昼休み、弁当を食べ終わった後もいつもの談話室で孝と話をしている。孝に令菜が早退したことを教えると大声を上げて驚いた。孝曰く、あいつは風邪知らずのスーパー免疫星人だから早退するとは思わなかったらしい。
「マジかよ⁉ 帯九、元気になればいいが……あいつが具合の不調で早退するとは」
「令菜も人間なんだから風邪くらい引くだろ……どうやらとてつもなく大きい仕事が入ったらしくて、そのプレッシャーや不安が爆発したのかもしれないな」
「あー、帯九って確かデザイナーだったよな? 立場的にはまだデザイナーの卵って感じだったのにそんなプロ級の仕事……マイナスな気持ちに潰されてもおかしくねぇなぁそりゃ」
孝も令菜の事を心底心配しているようだ。早く体調良くなるといいが。
すると途端に孝がおれを見て言う。
「都々羽お前、フツーに美形じゃねーか」
「は? 急にどうした」
「前髪もさっぱりしてさぁ。帯九に切ってもらったんだっけ?」
「まぁそうだが……」
「自信持てイケメン。お前学年……いや学校で一位二位争うイケメンなんだから」
「はいはいそりゃどーも……」
鳴り響く昼休み終了を告げるチャイム。今日は掃除がないから十分後すぐに授業が始まる。孝とはまた放課後会う約束をして各々の教室に帰った。
談話室を出るとなにやら同じ階にある三年生の先輩たちのはしゃぎ声が聞こえる。それも男女両方。何かあったのか?
教室に帰るための階段をあえて遠回りでして向こう側の階段に向かいながら三年生達の教室をちらりと見る。騒いでいるのはC組で先輩たちは教室の中央に集まっていて何か会話をしていた。
「久しぶりだな~!」
「午後だけでも来てくれるなんて嬉しい!」
「今日は弓道部活動日だけど、参加出来そう?」
「やっぱ美人だなぁ」
「誰だよ本音漏れてる奴~まぁ実際そうだが」
C組に有名人なんて居たか? それともしばらく学校に来れなかったクラスのマドンナが帰ってきた的な? 肝心の言われてる人が囲まれているせいでよく見えない。
その有名人?はひとりひとりの質問を返していく。
「久しぶり。やっぱ学校は最高だな! もちろん部活も参加するぞ。そのために来たといっても過言じゃないからなぁ~」
口調は男らしいが声は完全にちょっとハスキーめな女性の声。ユーモアのある喋り方でクラス全体を盛り上げていた。
「あと皆もう授業だろ? あたしの事はいいから授業に集中しような」
「はーい」
有名人の号令で中央にいた人達は各自の席へ帰った。今なら有名人の姿見えそう。
あ、見えた……
「えっ」
おれのこのクソダサい声は恐らくC組の教室に響き渡ってただろう。単純に恥ずかしい。
いや今そんなことはどうでもいい。だって一般人は推しとかを生で見たら変な声出るだろ? それと一緒だ。
C組に、サリナさんが居た。
***
放課後、孝とバーガーショップに来て念願のチリチキンバーガーをお目にかかれた。
でも何故かおれは一回も目の前のハンバーガーに口をつけていない。心配したのか孝が声を掛ける。
「つ、都々羽? バーガー冷めちゃうよ?」
「あ、あぁ……」
「何かあったのか? 昼休みの時は普通だったのに」
まるで今が普通ではないみたいな言い方だな。実際普通じゃないが。
推しを間近で見て普通でいられるかってんだ。
「……会ったんだよ」
「誰に?」
「会ったっていうか見たっていうかとにかく……サリナさんを見たんだよC組で!!!」
しばらくの沈黙の後、孝が口を開く。
「サリナさんって、あのモデルの?」
「あぁ」
「三のCに?」
「あぁ」
「都々羽、疲れてるんだよ病院行こう」
「お前口開けといてその言い方は無いだろ」
やっぱりそう簡単には信じないよな……はぁ。今話題沸騰のモデルがおれの学校の生徒だなんて考えられないよな……。
「厳しいこと言うけど、とてつもない有名モデルがこんなトコ来るわけないよ。大都会ならわかるけど……」
「でも本当なんだよ!!! 信じてくれ孝!!!」
「そうは言われてもねぇ……」
孝は一向に信じてくれない。もし今制服を着たサリナさんがこの場に現れたらどれほどいいか!! そんなラッキーな事無いと思うけど‼
爆速でバーガーを平らげ紙ごみやドリンクの氷を捨てに行こうと立ち上がる。
「都々羽! 急に飛び出したらあぶな……」
孝の声が聞こえずに誰かとぶつかった。やばいやっちまった……冷静さを欠いてしまった。
「うわっ! すみませ……」
「いえ、こっちこそごめんなさい。お怪我は無いですか?」
居た。というか、来た。
おれ達の学校の制服を着ているサリナさん。ベージュのブレザーに赤いネクタイ。名札には三年の学年カラー。間違いなくその学校だ。
さっきまで信じてなかった孝の口が丸く開く。ほら見ろ、サリナさんはこの学校の三年生だって。
見るだけでも心が持たなかったのに、話しかけられたらどうなっちまうんだという気持ちは一瞬にして回答が出た。心拍数が跳ね上がりすぎて血管が破裂してしまいそうだ。推しを目の前にしたら、とにかくやばくなる。
「あ……はい」
「ならよかった。あ、同じ学校のブレザー……学年カラー的に二年か。後輩と話したことあんまりなかったから新鮮だな」
「……」
「あとごめんね、今席が満員で相席指定されちゃって。この席いいかな」
おれと孝は硬直顔で頷く。サリナさんはにっこりと笑いお礼を言って隣に座った。彼女は満面の笑みでチリビーフバーガーにかぶりつく。サリナさんもファストフードとか食べるんだ……とかいう謎の気持ちが湧きつつもこれ以上心拍数UPしないように必死で目を逸らし心を落ち着かせる。
おれはスマホを、孝は参考書を見て気を紛らわして時間の経過を待ち続けた。サリナさんはすぐに食べ終わり飲み物を飲んだ後、おれ達に向けて微笑んだ。
「いきなり同じ席に来ちゃってごめんね。もう緊張しなくて大丈夫だから」
あれ、サリナさん、C組に居るときと話し方が違う。なんというか……『芸能界モード』って感じがした。学校でのサリナさんは男っぽくサバサバしている雰囲気があるが外ではクールで優しい感じに切り替えているのだろうか。
残り片手に抱えているテイクアウト用の袋には多分家族用のが入っているのかな……家族にもおみやげっていうところが優しいなぁ。
サリナさんは次の仕事はどんな事をするんだろう。雑誌に出るのなら買うし映画やドラマに出るのなら絶対見ような、おれ。
「あ、サリナさん……」
「あ! もう仕事の打ち合わせ……アシスタントに今後の方針伝えないと。二人共ありがとね」
まぁそう簡単に次の仕事内容教えてくれないよなぁ。綺麗に頭を下げてサリナさんは荷物をまとめ店から出て行った。
感動と驚きの気持ちが混じってお互い何もしゃべれていない。次に孝が口を開いたのはサリナさんが店から出て五分後の事だった。
「都々羽ごめん」
それを喋った後は何も話さず静かにバーガーショップを後にして駅で解散した。
帰ってきた後に孝から興奮メールが送られてきたのはまた別の話。
●●●
今日は早退しちゃったけど今はだいぶ頭痛治まったからやっぱり美術の授業、最後まで受けた方がよかったなぁ。幸い今回の授業は道具の使い方説明だったから受けなくても支障はなかったんだけどね。都々羽くん、今日はまなくんと一緒に新作バーガー食べたんだっけ。辛い物好きだから私も食べたいなぁ。
そう思っているとスマホから通知音。『彼女』からメールだ。
『ハンバーガー。ウマそうだろ~』
むむむ……。さっきまで新作食べたいって思ってたとこだったのに意地悪。
羨みの気持ちを込めて『いいなぁ』と返信。秒で既読が付いたと思えば今度送られてきた画像はテイクアウト用の茶袋に入ったハンバーガーとポテト、シェイクの写真に『あんたの分もあるから楽しみにしとけ』
と添えられていた。嬉しい。しかも食べたかったチリチキンのやつだし。
『ありがとう!』と返すとグッジョブしている猫のスタンプが送られた。やっぱり優しいなぁ……。小さい頃からこの優しさは変わらずいつも私の事を気にかけてくれる大事な存在だ。そんな彼女の為にもこの仕事を引き受けないと!大丈夫、失敗したとしても私の次の日は輝く明日となるに決まってる!
後で持って帰ってもらったハンバーガーを食べて仕事について相談しよう。
「令菜ただいま。ほら、新作だぞ」
そう言って私の机に茶袋を置いてくれる。ていうかこれは先にハンバーガーを食べればいいのか仕事について話すのを優先した方がいいのか……。
ハンバーガーはまた温めて食べる事も出来るし人気のお店だから少し冷めてもあまり味は落ちないと信じたい。
「……姉さん、あのね」
●●●
「おはよう!」
令菜が元気に教室に入って来る。昨日の目に見えてわかるほどの体調の悪さが嘘みたいに清々しくクラスメート達に挨拶を交わしていた。皆からの心配の声や安心の声を返しながらおれの後ろの席に座った。
「令菜おはよう。元気そうになっててよかった」
「おはよー! もうすっかり治っちゃった」
顔色も良くなっていつもの太陽のような笑顔が戻ってきてくれた。昨日は仕事についてのモヤモヤで潰されていたから見てるこっちが不安になるような顔をしていて心配だったがもう安心だな……。でもだからと言って完全に大丈夫って決めつけてもダメだ。まだ仕事について思い悩んでいる事があるかもしれない。
「……無理に答えなくていいが……仕事についてはどうなったんだ?」
「……」
「れ、令菜?」
「……ぷはっ」
急に彼女は噴き出したと思いきや盛大に笑い出してクラスの皆の視線が一斉に集まってきた。心配の言葉で笑うってどういう事なんだ。
「ごめんごめん! 都々羽くんったらすごい神妙な顔して訊ねてくるからシュールすぎて……それについてはもう本当に大丈夫だから。ありがとう」
令菜は笑いのツボがかなり浅いということがわかった。
でも昨日まであんなに悩んでいたのにいきなり解決してた事に驚いた。何かあったのだろうか?
「その事なんだけどね、相手がアドバイスしてくれたからだいぶ気持ちが楽になって。むしろやる気が上がったって感じかな!」
そのアドバイスがどんな内容なのかは知らないが令菜にとってプラスになるような事ならよかった。やっぱり彼女は、明るい笑顔が似合う。
令菜がノートにデザイン案を描き始めたのでおれは邪魔をしないように一人でSNSを見ることにした。するとホーム画面のおすすめアカウントにあのアカウントが出てきた。
シャルルロさん。同い年なのにデザイナーをやってる彼女は、おれなんかとは天と地の差な才能の持ち主だ。見ると謎の劣等感みたいなのを感じてしまうから本人には申し訳ないが見ないようにしていたが吸い込まれるようにアカウントに飛んだ。
この行為でまた劣等感マシマシになっても自業自得……というかそもそもおれが勝手にこの人に対して劣等感持ってるだけじゃないか。
新規投稿の内容は、デザインした服が販売されるという投稿。ホワイトピンクをベースに黄色のリボンなど様々な装飾が施されていて可愛くも美しいデザインだ。
感想リプは好意的な意見が多かったが、引用で心無い言葉がつぶやかれているのが目に入る。それも全て同じアカウントからによるもので所謂粘着である。
『何でこんな奴の作品が選ばれるんだ? 俺には到底理解できないな』
『世の中終わってんだろこの駄作評価するとか』
『バカバカしい。笑えてくるな』
かなりの暴言アンチ。見ているだけで腹が立ってくる内容だったが同時に悪口を吐くことしか生き甲斐がないって感じでかわいそうに思ってしまう。あとこれ完全にただの嫉妬じゃね?
自分の裏垢でその壁打ち愚痴アカに「嫉妬アンチ活動乙っす」って書き込みたくなったがこんなしょーもない人と同じ土俵に立ちたくないからやめておいた。その愚痴垢は一日に十回以上は愚痴を投稿しているが、社会人や学生にそんな時間あるのか? もしかしてヒキニート?
プロフィールを見るが『愚痴の壁打ち。フォローすんな』とだけしか書かれていない。アイコンは初期段階のままでありヘッダーも設定されていなかった。投稿内容もかなり荒い口調の文面で連投されていてアカウントの中の人の家族や家に対しての愚痴が大半を占めている。これ以上見ると気分が悪くなりそうだから流し見をしてホーム画面に戻った。ヒキニート(?)粘着アンチさまに絡まれてシャルルロさんも気の毒だなぁ……。こういうのはブロってもまた別のアカウント作って攻撃するタイプな人だから防ぎようもないし、無視が一番だよな、うん。
「都々羽くん何見てるの?」
「あ、ただSNS見てただけ」
「ふーん……どんな事書かれてるの?」
「おわっ」
令菜が机から身を乗り出しておれのスマホの画面を覗くものだから驚いた。おれのアカウントがバレるのが怖かったが幸いプロフィール画面ではなかった為そこは問題なかった。表示されていたのはシャルルロさんのアカウントだ。
シャルルロさんを見た令菜は一瞬目を丸くさせたように見えたがその後普通に話しかけてくる。
「このデザイナーさんの事好きなの?」
「好きっていうか……よくおすすめに出てくるから気になって見てみただけで……でもこのデザインおれは好きかな」
「なるほどね。でもさっきも何か見てなかった? このアカウント画面の前に」
令菜が言っているのはさっきまでさらっと見ていた愚痴垢だろう。結構マイナスな事が書かれているからあまり見せないようにしていたが見られていた。
それを見たいとせがんでくるので仕方なく見せる。しかし令菜はそんなに嫌そうな顔になるどころか何故か納得していそうな顔になっていた。
「ほうほう。このデザイナーさんの熱狂的なアンチって感じだねぇ」
熱狂的なアンチって言う人初めて見た。それはともかく令菜は
「スマホ貸して」
と、愚痴垢をまじまじと入念にチェックしだす。冷静そうな顔と反比例して画面をスクロールする時の動きはかなり鬼気迫る速度でちょっと怖くなってくる。
一通り確認した後、おれにスマホを返し満足げに令菜は頷き微笑んだ。この笑顔はなんなんだ。
「わかったかも。このアカウントの中の人」
「だ、誰なんだ……?」
「この学校の人だと思う」
「なんでそう思ったんだ?」
「なんとなくかなー」
「適当かよ」
だが令菜はたまに頭冴えてる所見せるからこれも事実かもしれない。この学校の生徒という事はヒキニートじゃないようだ。残念、おれの予想はハズレみたいだ。
スマホを返してもらいSNSアプリを閉じる、その後は何となく検索バーの下に出てくるおすすめコンテンツを見ることにした。何故かわからないがおれが見たのと無関係なコンテンツも上がってくるが気にせずスクロール。
そしたら、こんな記事が目に入った。
『【あの子は今⁉】辞めた有名子役、その真相は?』
子役か。今はどんな子が活動してるのかな……。最近はほぼテレビ見ずにスマホしか見てないから今のテレビ事情には全くついていけない。
子役は人気な子はとことん有名だからさすがのおれでも知ってる子は居る。でも最近見ない子も結構増えてきているから気になるな。
記事には知っている子役、知らなかった子役など複数名居た。引退理由や出演していた番組やドラマ、映画の詳細など様々書かれている。かなり興味深いな……。
だが、とある一人の子役について書かれている内容が目に入ってしまい、反射的にブラウザを閉じてしまった。ちらりと見えた内容は引退理由が不明な事。そしてその子の特徴については
『日本人だが珍しいブルーアイ。その見た目と一流の演技で人気に火がついた』。
「……」
しばらくの間硬直していたが、心配した令菜が身体を揺さぶってくれたおかげで意識が戻った。
「都々羽くん……? もしかして嫌な記事でも見ちゃった?」
嫌というか……衝撃が走ったというか……。とにかくよくわからない感情で脳を支配されてしまっていたのは確かである。ただ彼女の顔が心配でたまらないという表情をしていたから咄嗟に嘘をつき安心させる。
「あ、ちょっと朝から眠くてさ。顔洗ってくる」
「わかった……いってらっしゃい」
いつもは色んなのを追求してくる程好奇心が強い令菜だが今回は何も言わずに廊下に出ていくおれを見ていた。
***
マジで何で急に出てくるんだよホントに……!
蛇口から出てきた水を勢いをつけて顔にかける。それだけでだいぶ落ち着いたが心のざわめきは完全には無くなっていなかった。
もう子役関連の記事なんか絶対見ない!!!
スマホ画面を恨みのこもった目線で睨み廊下を後にした。
A successful future! ぐりず @gurguri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。A successful future!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます