A successful future!

ぐりず

変われ、飛べ

1 孤独、出会い、協力

皆、夢って持ってる?どんな夢でもいい。保育士になりたい!とか目指すは億万長者!とかなんだっていい。

とても素晴らしいことだ。いいぞ、もっと持ってくれ。


ん? おれか?



前は持ってたよ、前は。モデルになりたいってずっと思ってた。だってモデル活動してる人って皆輝いているんだから…おれだって輝けるってずっと考えてた。

それまではひたすらモデルについて調べたりして夢に近付けるように!と我ながらたっぷりと努力した。

確実に夢に近付いていたが





中学生になった春におれは夢を捨てたんだ。後悔はしていない……。

理由は簡単。やる意味がなくなっちまったから。

夢を見過ぎて、自分でもできるとかいうしょうもない思い込みをしていたということがようやく身に染みてわかったんだよな。


そんな話をしてたらもうバスが来る時間だ。遅刻だけはしないようにしなきゃ。



倉 都々羽 高校二年生 ステータスは、『取柄一ミリもない根暗陰キャ』だ。


***


教室に居る皆はやはりとても輝いている……雑誌を楽しそうに読む女子グループと、特に記念日でもないのに自販機で買ったジュースでナゾの乾杯をしてる男子ら。

でも特に羨ましいとか妬ましいとは感じない。強がりに聞こえるかもしれないがおれは一人になるのが大好きで別に仲良しを集めたグループに入る気も作る気も起きないから。別にイジメなどを受けているワケではないが皆おれなんかの事を眼中に入れていない事はわかっている…

だっておれは『空気を重くさせる達人』とか『取柄一ミリもない陰キャ』って言われてるから!!! なんか聞いてるこっちが悲しくなるような愛称!!

この愛称……? 称号……? はおれの唯一の友達がつけてくれた。絶妙なダサさの中で正論を突き付けられている感があって反論できず、逆に少し満足しているおれを殺したい。

まぁそんな感じで、おれはまごうことなき陰キャなのである。

でも友達少なくても普通に良いことづくめじゃね?ややこしい対人関係に構わなくていいしトラブルとかに巻き込まれる可能性だってぐんと減るんだぞ?友達は作るべき存在ーやら一人だといざという時に困るぞーとか周り(特に大人達)からやいやいと口やかましく言われているが。

とりあえずおれは今日も一人で過ごす。親友は階が違う別クラスだから簡単に会いには行けないからなぁ……。


持ってきた小説でも読もうと本を鞄から取り出した時、後ろから視線を感じた。ちらりと視線の方向を見るとひとりの女子生徒。髪は鮮やかな桃色で緑色のカラコンをしている。コレ普通に校則違反じゃないか?目が合うと彼女はそそくさと目をそらした。一瞬の出来事だったから思い込みかもしれないが彼女は目を少し輝かせながらおれの方を見つめているように感じた。おれに興味持ったってなんにもいいことないのだがな……。

さっきの女子、確か進級式でもド派手ピンクの髪色だったな。

名前は確か帯九……名前は忘れたが特徴的な苗字は覚えている。帯九さんはもうおれを見ずにノートに絵を描き始めた。

あんなにガン見されたのは生まれて初めてで、何かやらかしてしまったんじゃないかと不安になる。マジでなにかやっちまったんじゃないか、おれ……。


担任が教室に入り、今日も一日が始まる。


これがおれ、倉 都々羽の人生なのだ。




***


昼休み。今日もおれは人が滅多に入らない談話室で昼飯を頂く。ここは生徒と先生の憩いの場だからか、自然と気分が落ち着くのだ。

「高校二年目になっても、お前は相変わらずだなぁ都々羽」

「うるさいよもう…お前はそうやっていちいち笑うなって」

「バカにしてるつもりはないぞ?ただ都々羽が中学の頃から全く変わってないから僕も不安でさ……都々羽は、このままでいいかなーなんて思っちゃってさ」

「……心配してくれるのはうれしいけどおれは大丈夫だから」

おれの隣にいるのは唯一の親友、岳戸 孝。おれをよくからかってくるが心配もしてくれるかけがえのない友。将来の夢は学者で凄まじく頭がいい。おれなんかと親友で居て心配になるほどだ。

最近の昼はもっぱら孝と一緒だ。例の称号を思いついたのもこいつ。

「見た目に反して精神は頑丈だよなぁ都々羽は。あ、話変わるけど都々羽ってこの音ゲーのオンライン大会入賞してたじゃん! すごいな~」

「あーこれね。おれ音ゲーだけがやたらと得意なんだ……一番の得意なことがこれってのも普通に悲しくなるよ……」

「なんでだよ~いい事じゃないか!誇れるものが一つでもあるって素晴らしいことだと思うんだけどなぁ」

「死ぬほど才能持ってるお前に言われると凄まじく悔しいわ……」

孝みたいに有意義な取柄なんかおれには無いのだ。親や先生からは声が小さいと注意されるし猫背だしゲームしかしてないしSNSでの友達…フォロワーはいっちょ前に多い。ガチ陰キャのお手本なのが本当に虚しい。

「孝はいいよねぇ……ほんっと人生の成功者って感じ」

「人生に成功も失敗もないよ。僕は僕のやりたい道を目指して進んでいるだけ」

「……お前なら立派な学者になれそうだな」

「急にどうした。まぁおっちら頑張る、君も頑張れよ」



昼休み終了のチャイムが鳴り、孝はD組へ帰っていく。おれも完食した弁当を巾着に片づけて談話室をあとにA組へと帰った。


教室に戻ると、またもや帯九さんと目が合った。おれに気付いた彼女はすぐに目線を逸らしてノートに視線を落とす。なにかあるなら直接言ったらいいのに……まじでおれ、なんかやらかしてしまったのか?

すると席に戻ろうとする時に帯九さんがノートにまとめているものが目に入ってしまう。一瞬だったためよく見えなかったが、うっすらと見えた内容は服のデザイン案みたいなものでかなりセンスが良かった。

模様は派手過ぎずに丁寧に、色使いも多数のカラーながらも落ち着いた感じ。帯九さんはデザイナーになりたいのかな?

夢があるのは良い事だなぁ……。おれなんかと違って。

さて午後の授業も頑張るか、と考えていると後ろから「ぷふっ」と可愛らしい小さな笑い声が聞こえた。誰だよおれを材料にしてネタにしている奴は。まぁおれは所詮そんな扱いされる為だけに生まれてきたような奴だし。

それか他の事で笑っている可能性もあるから自分一人が笑われている可能性は低いだろう。

授業が始まる前の10分休みが終わるまで仮眠でもとろうとしたら教室に戻った孝からメッセ。

『今日から駅近くのバーガーショップで新作発売だと。都々羽はどうだ?』

どうやらおれの好きなピリ辛系。でも今日は母さんの手伝いで放課後デパートで買い物しないといけないから、

『テイクアウトでいいなら』と返事をする。即既読からのOKスタンプ。話が早く助かる奴だぜ。


今度は後ろから笑い声ではなく楽しそうな鼻歌が聞こえた。先程笑っていた人と同じ声。笑ったり歌ったり楽しそうだな……。おれには関係ないけどな。

寝る気が無くなったから適当にSNSサーフィンでもするかとアプリを開くとピックアップでとあるアカウントが出てくる。どうやら一昨日に結婚式を挙げたそうだ。

投稿によるとドレスとケーキはとある人に依頼したようでドレスは純白に薄いピンク色の薔薇、ベールにはガーベラと結婚式にぴったりなデザイン。

『三年間付き合っていた彼女と結ばれました! ドレスも綺麗で楽しそうで最高の結婚式でした。ドレスデザインしてくれたシャルルロさん、ありがとうございました!』

投稿にメンションされているアカウントに飛んでみる。

フォロワーは18万人越えの超大物。今まで存在知らなかったから普通に申し訳ない……。

アカウント名はシャルルロ。プロフは至ってシンプルで自分の事を少し書いて残りはブログなどのURLのみ。

『まだまだ見習いのデザイナー。高校二年生になりました! お仕事の依頼はこちらまで……』



は? 高校二年生⁉⁉⁉⁉ おれと同い年でここまで次元が違うワケ……? 世界は広いということをシャルルロさんに教えてもらうことになるとは。

こういうのずっと見ているとおれの自己肯定感ダダ下がりになってしまいそうだったからシャルルロさんには申し訳ないが逃げるようにアプリを閉じた。ホントすいません、シャルルロさん……おれ、これ以上貴方を見てると死にそうです。


 ***


六時間目も終わり部活のある生徒が一斉に移動し始める時間。生徒の波に飲まれる前にそそくさと下駄箱に向かう。

放課後の予定は孝とバーガーショップ、書店で推しが出ている雑誌を買う、母さんの買い物の手伝い……だったが急遽母さんからのメールで、『ごめん都々羽。買う予定だった食材、偶然職場の人がおすそ分けしてくれて。だから買い物の話はナシで』という話になった為、店内で新作バーガーを食べるとしよう。

そういう事で孝に連絡っと……。

『コロコロ変えてごめん。母さんの買い物の手伝いもうしなくてよくなったから、s新作は店で食おう』

そして孝から『おけ。店で待ち合わせな』と返事が来る。孝は日直の仕事を終わらせてから行くから先に店前で待とう。

待てよ? バーガーショップのすぐ隣、書店じゃん。欲しい週間雑誌も買えるしいいな。

その雑誌にはおれの推しモデルが載っていて、定期的にその雑誌にも読モとして掲載されている。名前はサリナ。艶のある美しい髪の毛、睫毛が長く切れ長な瞳。何よりとてつもない高身長で学生とは思えない程のスレンダーさである。

高頻度でサリナさんは雑誌に出てくれるからいつも幸せな気分になっていく。財布は悲鳴を上げているが。


下駄箱の扉を開けて靴を履き、外に出ようとした途端に後ろから女子の声が響く。昼休み笑っていた声と同じだ。

「な、何だ……?」

「待ちなされ、倉都々羽くん」

振り返ると桃色の短めの髪にリボンを付けた女子。何故か付けカイゼル髭とサングラスをかけおれの方をじっと見ていた。

つーかこの子どっかで見た気が……。気のせいかな。

「……何ですか?おれ貴方に何かしましたか……?」

「あー、特にキミが何かやらかしたワケでもなんでもないよ。ただちょっとわた…ワシに付いて来てほしくてだな。時間はあるかね?」

「いや、おれこれから友達と用事が……」

「ふぅん……」

めっちゃまじまじ見てくるじゃんこの人。怖いんだけどマジで。

すると謎の女子生徒はおれの腕をガシッと掴んで叫ぶ。

「え」

「キミが用事ありそうには見えないな! さぁ、付いて来るんじゃ!」

「なんで貴方が勝手に決めつけるんですか⁉!?⁉⁉⁉」

なんか勝手に決められておれはその女子生徒に半ば強制的に腕を引っ張られ屋上に連れていかれるハメになってしまった……。

すまねぇ孝。バーガーショップ行けそうにねぇや。


***


今おれは屋上のミニ倉庫に連行され椅子に縛られている。目の前で付け髭とサングラスを外す女子生徒を眺めていたがさすがにもう気になって仕方がないので聞くことにした。

「あの……」

「何かね?」

「……帯九さんですよね」

「__!!!」

あ、図星だなコレ。女子生徒__帯九さんはカタカタ震えながらおれを指差した。

「な、ななななな何でわかったの⁉」

「いや見た目とか声とかでもうバレバレですよ。悪いですけど変装も下手くそすぎですよ…面白いくらいに」

「……」

変装については言い過ぎてしまったかな……と思ってたが帯九さんはおれに顔を近づけ大声で叫んだ。

「そうなの!! 私、絶望的に変装へたっぴなの!」

めちゃくちゃ自信満々に言ってるじゃん。あと帯九さんってこんなテンションなんだな……。いつも大人しくノートにデザインとか描いてるから物静かな子って勘違いしてた。

「だからね、いつも変装について…じゃなくて! デザインについて調べてるの。そこでなんだけど都々羽くん、協力してくれないかな……?」

「はっ?」

素っ頓狂な声を上げてしまう。だって今日初めて話す相手だぞ?そんな詳しく知らない人に協力を依頼するって事だ。帯九さん、貴方警戒心足りなさすぎですよ。

呆然としているおれを目の前にひたすら話を続ける帯九さん。話の内容入ってこないんですが。

「都々羽くんならできる……いや、都々羽くん。キミしかいないって思っているんだよね。だからこの通り……」

おねがいします!とお辞儀をする帯九さん。最初は困惑したが彼女は本気モードに突入している。こんなにも真剣な人の願いを断るのは気が引ける。だからといって了承するのも難しい。ここは一旦保留にしたいところである。でも帯九さんはこんなパッとしないおれみたいな奴に協力してほしいって言っているが足を引っ張る予感しかしないぞ?そのせいで彼女自身が馬鹿にされるって事につながりかねない。おれのせいで他人に迷惑がかかるのは一番嫌なパターンだから慎重に考えないと。

「……帯九さんごめん。おれ、まだよくわからなくて……デザインの事とか。あと貴方とも初めて話すから緊張して。ここは一旦保留でいいかな……?」

帯九さんはにっこりとほほ笑んで頷いた後に申し訳なさそうに苦笑いをした。

「ありがとう都々羽くん。ごめんね、いきなりここに連れてきた上に協力してほしいとか自己中な事言っちゃって」

「いえいえ……じゃあ、保留で」

「うん。じゃあ決まったら教えてくれると嬉しいな。今日はありがとう!」

そういってまた帯九さんが笑う。彼女の笑顔は太陽みたいに明るく暖かく、思わず心臓が鳴った。荷物をまとめていると声を掛けられる。

「ねぇ都々羽くん。お詫びとしてなんだけど、コンビニで何か奢らせてほしいな。駅前のコンビニ寄れそう?」

「今日はもう時間がないけど……15分くらいなら」

「やった! じゃあ何が欲しいか考えてて! あと、私の事は令菜って呼んでいいよ」

「え、でも」

「私さん付けされるの苦手なんだよねぇ……ごめんね」

タメで話された方がいい人か。

「…令菜、じゃあ飲み物いいか?炭酸で」

「うん!!!やったぁ!都々羽くんが名前で呼んでくれた!」

そんなに嬉しかったのか令菜はスキップしながら階段を降りていく。少し子供らしくて可愛いかも。階段から落ちそうなんだけど大丈夫かな。

それにしても女子とこんなに話すのっていつぶりだろう。高校生になって孝以外とはほぼ話してなかったし……まぁ、おれの高校生活の進歩って事でいいか。

「都々羽くん早く~!」

「わかってるからそんなに慌てるなよ……」






令菜がサイダーとおまけでタブレット菓子も買ってくれた。彼女も自分の抹茶フラッペを美味しそうに飲んでいる。

「令菜は帰りの電車はどっち方面?」

「えっとね、区役所前方面だよ。都々羽くんは?」

「あ、おれもそっち側」

「おお! ねぇねぇ、一緒に帰らない?私は四駅目で降りるけど」

同じこと思ってた。


改札を通ってホームで電車を待つ。ホームでは令菜が喋りっぱなしで特におれ関連の話ばかりしていた。ここまで来るともはや尋問みたいだな。

「都々羽くんって前髪めっちゃ長いね。前見えるの?」

「ある程度は……逆にこっちのが落ち着くかな」

「私だったら長すぎて困っちゃうなぁ~」

ここだけなら他愛のない会話である。

でも、令菜が次にとんでもない質問を投げかけてきた。



「将来の夢とかやりたいことって持ってる?」




困惑した。というより不安になった。

おれは夢を捨てたのに……なんでその質問を?


「……都々羽くん?」

「……………」

「も、もしかして怒った…? ごめんなさい……」

令菜が心底申し訳なさそうに謝る声を聴いて我に返った。いけない、ボーっとしてた……。おれは令菜に目線を合わせて安心させる。

ここで夢がないって言ったら令菜はどんな反応をするのか?笑ったりはしないよな?

「ごめんな令菜…。今のおれ、夢を捨てたんだ」

「捨てた?」

「うん。だからその質問には答えられないかな……」

令菜はしばらく黙った後おれを見て微笑む。励ましてくれるようなそんな目である。

「夢は一度捨てる可能性だってあるから……都々羽くんは何も悪くないよ。こっちも一時期デザイナー目指すのやめようかなって思ったことあったし。無責任な質問してごめんね」

「いや、大丈夫。前は持ってたんだけどな……あ、電車来たぞ」



電車の中では先程の重めな空気から一転して普通の話題で盛り上がる。令菜にも、夢を諦めようとしていた時期があったのか……。

休み時間がむしゃらにノートにデザインを描き込んでいる彼女からは想像できない過去である。否、頑張りすぎるあまり諦めかけたのか…おれにはわからない。

「じゃあ私この駅で降りるから。また明日!」

令菜が電車から降り、最後まで手を振ってくれた。おれの家からの最寄りはこの駅を含んであと三駅。一気に暇になったから着くまでスマホでも見よう。

検索エンジンに飛んでいつものワードをググる。

「サリナっと……」

もはや変態に見えてしまうかもしれないが、毎日のようにおれはサリナさんについて調べているのだ。

画像一覧にはかっこよくランウェイに佇むサリナさんや映画で穏やかな女医の役になった時の柔らかい笑顔のサリナさん。やっぱりこの人はとてつもなく美しい。

比べるのはよくないが令菜がかわいい系でサリナさんはクールビューティーかな。

サリナさんへの好意は恋愛的なモノではなくファンとしてのものだ(親とかからはガチ恋みたいに言われているが)。


『ご乗車ありがとうございます。まもなく……』

スマホを見てたらあっという間に時間が過ぎるな。電車から降りてオレンジと紺のグラデーションの空を眺めながら家に帰った。


***


「ただいま」

家に帰ったものの母さんからの返事がない。買い物に行っているのか?

「ただい……あ、都々羽。帰ってきたのね、おかえり」

「母さんおかえり。そんでただいま」

母さんの持ってる革製の鞄には野菜や肉が入っている。やはり買い物に出かけていたらしい。

「職場の人からキムチを貰ってね。今日はキムチチャーハンでいい?」

「うん、ありがと。手伝う事とかある?」

「大丈夫よ。なんか都々羽ったらいつもより疲れてる顔してるからゆっくりしてて。寝落ちしないようにねー」

雑誌とスマホを脇に抱え階段を上り部屋でくつろぐ。しばらくすると下の階のキッチンから食欲をそそるキムチの匂いが漂ってきて、自然と腹が減ってきた。

ベッドに仰向けになり、デジタル時計を確認しようとするためちらりと棚の上を見るとかなり昔……おれが五歳のころに撮った家族写真が目に映る。右隣で笑っている父さんを見て声が勝手に出る。

「父さん、いつ戻ってくんのかなぁ………」

父さんは世界中で活躍する俳優兼演出家。世界中を回っているためなかなか故郷に帰ってこないのだ。今月末に一旦帰ってこれるみたいだから楽しみ。

そして母さんは元人気子役。それもあってか近所の人からは『芸能家族』などと呼ばれているのだ。


「都々羽! 出来たから降りてきてー」

「はーい、今行くからー」





「都々羽……今日何かあったの?」

「え? どうしたんだよ」

「いつにも増して顔が疲れてるけど……」

「あー……今日ちょっとな……」

母さんに今日学校であった出来事を話す。話し終わった途端に何故か母さんが爆笑しだした。何で笑うんだよ⁉そんなにおかしかったのか……?

「いや、なんだか楽しそうねって思っちゃって。その話を聞いて少し安心したわ」

「安心……?」

「都々羽はあまり友達関連の話をしなかったから。孝君との話をたまに聞くだけだったからねぇ…」

確かに母さんには友達関係の話はおろか学校生活についても最近は全然話してなかったな。何か聞かれたらいつも「普通だった」とか「最悪」って返してて、終いには母さんも諦めたのか深く追求しなくなってしまった。かなり久しぶりに学校の話が聞けて嬉しいのか他にはどんな話があるかと少しやかましく訊ねてくるから少し前にあった出来事でも話そうかな。

……あ、その前に聞かないと。

「母さん、父さんが帰ってくるのって今月末だっけ」

「……ごめんね都々羽。お父さん、今月末に帰るのがかなり難しくなってるそうなの。下手したら夏まで伸びてしまうかもだって」

「マジかぁ……」

一気に力が抜ける。母さんも流石に可哀想になってきた(父さんがフランスに行ってもう一年経つ)。いくら高校生だからって一年も実の父に会えていないとするとさすがに寂しい…。前までは海外の滞在期間は長くて十か月なのになんでだ……。

「でも夏に帰れることは確実だからゆっくり待ちましょ。お父さんが帰って来る日には沢山ご馳走用意しておかないとね!」



食事を終えて風呂に入る頃にはもう夜八時。

柑橘系の香りの入浴剤を溶かした湯舟に入り疲れを癒す。この香りに落ち着いて何度風呂の中で寝そうになったか……。

ちなみにあの後は孝に本当の事を話して謝罪。案の定コイツも来れなかった理由を聞いて爆笑して許してくれた。どうやら令菜と孝は一年の頃同じC組でちょくちょく会話をする仲だったと孝からメールで教えてもらったのだ。

令菜は一年生の時でもデザインに関する事は人一倍だったらしく特に美術の評価はずば抜けて高得点。コンクールでも皆勤賞で毎回作品を出品。

世界が違うなぁ、おれなんかとは。どうして令菜は自分と肩を比べられるような才能がある人じゃなくておれみたいな凡人に協力依頼をしたのか疑問でならない。

『都々羽くん、キミしかいないって思ってるんだよね』

あの時の真面目な令菜の顔が頭をよぎる。

あんな真剣な顔されたら、受け入れるしかないじゃないか……。

気持ちの整理もついたことだし、今日は早く寝て明日遅刻しないようにして朝一で令菜に伝えないと。我ながら早い判断だとは思う。しっかりと考えなくていいのかって思われそうだが協力せずに断ったら後悔しそうな感じがしたから……。

そして明日、令菜がよければメアドを交換してもらおう。協力関係になったら何かしら連絡ツールが必要になるかもしれないし。

そもそも令菜はデザイナー目指してるんだったんだよな⁉ デザイン知識ミリしらなおれが足引っ張るかもしれないんだぞ⁉ もし「ダメだコイツ」って思ったらもう見捨てていいから!

決意したのに襲い掛かる不安をシャワーを頭からかぶるようにして流し、風呂場から出た。



部屋に戻ってベッドで仰向けになってスマホを見ていると隣から響き渡る甲高い謎の声に驚いて顔面にスマホがクリティカルヒット。何事かと思いきや声の正体は家で飼っているオカメインコのコボスケがピーピーと鳴いているのが原因だ。エサ切れなのかしつこいほど鳴き喚いている。

「はいはい、エサね。……ほら、急いで食わないの。エサは逃げないんだから」

くちばしをエサで汚しながらついばむ我が家の癒しキャラ。赤色の頬の部分を指でトントンしたら嬉しそうにするのがこれまた可愛いんだよな。しばらくしてコボスケも眠ったのでおれも寝よう。


***


翌朝、教室に入るといつもは盛り上がりを見せているクラスメートたちがシーンと静まりかえっていて葬式みたいな状況と化していて驚く。目を凝らすとあの令菜でさえ沈んだ顔をしてノートに何かを書き綴っていた。一体何が……誰か何かやらかしたのか? 言っておくがおれは何もやってないぞ。

自分の席に着き恐る恐る令菜に声を掛けた。

「あ……都々羽くん昨日ぶり、おはよう」

「おはよう……ていうかお前も含めこのクラスに何があった。まるでお通夜か葬式じゃないかこの静けさは」

「んぇ……都々羽くん……もしかして知らなかった?今日の朝読書の時間、英単語、文法の小テストだって……しかも抜き打ち」

おいおい嘘だろ!?!?!?!? 勉強してないのだが……。

「えっと、そのソースはどこで…」

「D組にまなくん居るじゃん? その子が私達A組の子達へ教えてくれたの」

「まなくんって…もしかして岳戸孝?」

「うん。まだ三十分時間があるから都々羽くんも勉強したらどうかな?なんか成績に入れるって噂も流れてるから」

成績に入れるだと⁉ やらねば……。苦手な文法のところを取り組んでいると後ろから令菜に背中をつつかれる。

「どうした」

「ねぇ、都々羽くんって英語できる?」

「まぁある程度なら……おれでよければわからない所教えるよ」

「ありがとう~! えっと、まずはここなんだけど……」

いきなりの小テストで返事するタイミングを一つ失ってしまった。次のタイミングは昼休みか放課後……。返事は早めにした方がいいからな、頑張れよ、おれ。


●●●


都々羽くんが保留って言ってくれた昨日。いつ返事が来るんだろうって内心ワクワクしていた。でも都々羽くんってどこか慎重な感じがするから決まるの遅くなりそう……。下手したら三年生になっても決まらなかったりする可能性も無くはない。

私、自分でもかなりせっかちってわかっているから返事は早い方が有難いかな。でも昨日半ば拉致したようなかたちで都々羽くんへお願いしたし、一緒に帰ってくれたけど私を嫌ってるかもしれない事だってある。

しかし私はそう言われようとも諦めない。ずっと探してたから、私のデザインのモデル兼アシスタントにピッタリな人。それが彼……都々羽くんだもん。


いつ頃返事出来そうか今日の朝聞こうと思ったのにいきなりの小テスト。焦りのあまり聞くことをすっかり忘れてしまっていた。

次のチャンスは昼休みor放課後。とにかく都々羽くんとお話ししたい……!






昼休み、都々羽くんが教室から出ようとしているのを見かけて声を掛けようとした。

「あ、都々羽く………」

「よっす都々羽!」

向こうから声が響く。都々羽くんを読んでいた声はまなくんだった。まなくんは去年同じクラスで仲良くしてくれたから覚えている。都々羽くんと仲いいのかな?

都々羽くんのやりたいことを尊重したいから教室に戻ろうとしたら、

「あれっ、帯九?」

まなくんから話しかけられた。都々羽くんは今私に気づいたようで腰を抜かして驚いた。

「わっ⁉ れ、令菜!」

「ん? 都々羽、帯九と仲いい感じ?」

「まぁ……あ、ごめん令菜。おれ孝とお昼に…」

「なーに言ってんだよ……っと!」

まなくんが都々羽くんを私めがけてポンと押した。都々羽くんがいきなり私に向かって倒れそうになったからとっさに避けたらそのまま床に倒れた。

「おい帯九! そこは受け止めてやれよ!」

「えっ⁉」

やらかした。都々羽くんごめんなさい。

「都々羽! どうせなら帯九とメシ食いに行けよ!お前が女子と仲いいって珍しいからな。つーわけで邪魔者はここにて退散っ!!!」

「待ちやがれ孝ぅ………」

「まっ、まなくんありがとうー!!!!!」

Ⅾ組に戻っていくまなくんへお礼を言ったら走りながら手でグッドを決めた。まなくんったら変わってないなぁ。相変わらず面白い。

というわけでせっかくまなくんから都々羽くんと話す時間を貰ったからまずは食堂に行こう。お腹も空いたし。


●●●


孝と学食を食べるつもりだったのだが何故か今、おれは令菜と食堂にいた。まぁ話せるチャンスを貰ったから有難いが邪魔者は退散とかアイツ完全にキューピッド気取りしてやがる。

で、おれが頼んだものはカツ丼並盛。そして令菜が頼んだものは唐揚げカレー大盛り。おれがちまちまと卵とじカツと米を食べている途中、令菜は目を輝かせながらスプーンに唐揚げ、カレー、米を乗せクソでかく口を開けリスみたいに頬張っていた。華奢で理想の女子! って体型してるのになかなかのフードファイターなJK・帯九令菜。意外な一面を知ることができてちょっと面白い。

さてと、そろそろ令菜への返事をするのとメアドを聞こう。

「あのさ、令n……」

「おいし~! おかわりしてくるね~!」

「あ……あぁ」

判断も行動も早いんだよお前は。しかもおかわりの量一杯目より多くね?

話したいけど今美味しそうに目の前のカレーを平らげようとしている中話しかけるのも邪魔してる感あってなんか申し訳無いし……。カツ丼冷めちゃうし食べておこう。

数分経っておれも令菜も各自注文したものを完食した。

「ごちそうさま! ごめんね都々羽くん。何か話したそうにしてたけどおかわりしに行っちゃってて……」

「大丈夫大丈夫。話したいことっていうのは昨日の保留してた返事の事なんだけど……おれ、決めたよ」

「……! うん……」

令菜の顔が驚きや緊張が混ざった表情になる。

こうも早く決まるとは思わなかった。最初は断ろうと思っていたけどお前の熱心さを間近で見てしまったからには断れないに決まってる……!


「お前の力になりたいんだ」


今、令菜がどんな顔をしているかわからない。喜んでいるのか驚いているのか。

「お前の夢を応援したい。あとは自分事になってしまうけど……令菜と夢を追いかけていくうちにおれは何がしたかったかを見つけられるようになりたい」

「……………………」

「こんな風にいっちょ前に言ったがおれに本当に協力してほしいかはお前次第なんだよ、令菜。やっぱり嫌になったなら突き放してもいい。実際のところ、令菜はどうなんだ……?」

「……………………」

何か言ってくれ、頼む。





すると令菜が微笑みつつもまっすぐな視線をおれに向けて、握りこぶしを伸ばした。これは一体どういう意味なんだ……?

「令菜………?」

「……ほら都々羽くんも。こぶし出して」

「あ、あぁ……」

こぶしを突き出すとおれのこぶしを目がけ、令菜が優しくパンチした。もしかしたら……! 

令菜が笑っている。満面の笑みで白い歯を見せて。

「都々羽くん……今日からキミは『私の人生の相棒』だよ。改めてよろしくね。都々羽くん!」


この日からおれと令菜はデザイナーの卵とそのアシスタント…そして令菜が言った『人生の相棒』に認定された。でも出会って今日含め二日目の、しかも雰囲気が陽と陰という対照になる奴を人生の相棒って決めちゃって大丈夫なのだろうか。

しかし令菜は、

「都々羽くんとは、ずっと前に会ってる気がするから」

などという謎の理由で一切気にしていない。


そして放課後、令菜は美容ハサミを持っておれの席に来た。まさか前髪を切るとか言わないだろうな……⁉

「だって今日から都々羽くんは変わるんだもん!パーッと明るい雰囲気にしないと。はい目瞑ってー!」

多分夕暮れの教室にはおれの断末魔モドキの変な声が響き渡っていただろうね。

でもチョキチョキと鳴るハサミの音がどこか心地よい……ASMRになりそうだ。

「都々羽くんやっと静かになった! あともうちょいだからね!」

なんやかんやで前髪散髪が終わり、シャワールームの鏡で出来栄えを見た。前までは前髪は長い方が圧倒的にいいって思っていたがさっぱりした景色の見え具合にちょっと感動した。あと単に令菜のトリミング技術も神ってる。

「……令菜って何でもできるんだなぁ」

「まぁね♪ 前髪さっぱり都々羽くんイケてる!かっこいいよ!」

「褒めすぎだって……」



倉 都々羽 高校二年生。


この日からおれの人生は地球と共に大回転しました。

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