異世界に落下傘降下した人間の支配をいかにして安定させるか
「<武家の王>足利氏 戦国大名と足利的秩序」を読んだ。
その中で国家の成立には「力・利益・価値」の三要素が重要であるとの政治学や社会学の説が紹介されており、足利将軍は力を失っても利益や価値(本書では特に後者)を駆使してサバイバルしたことを説明している。
そこで異世界転生や転移の国盗り作品を考える上でも「力・利益・価値」の確立は重要だろうと考えた。しかし、力と利益はチートでなんとか出来ても、価値(権威)の確立は王族に転生するのでもないかぎり時間が掛かる。
実際に足利氏の優位性が世間に認められた――傀儡を立てずに正面から将軍の地位に挑んでくる武士がいなくなった――のは三代目の義満の時代であると「<武家の王>足利氏」も書いている。鎌倉時代屈指の名族であった足利氏でも苦労するのに、転生者・転移者が一代だけで「価値」を認めさせることはかなり難しいのだろう。
もちろん、「力と利益」で押し切ってもいいのだが、「価値」をなんとか出来れば本人の目が届かないところで異世界の人々が主人公たちのために動いてくれることに説得力をもたせられる。私見ながら後者ほど低いコストで大きな効果を出せるように見受けられる。力から利益を、利益から価値を、育てていくメリットは十分にある。
また、主人公の老後や死後まで考えて政治をさせるなら避けては通れない問題でもある。
そんなわけで実際には権威をもたない転生者・転移者が異世界で「価値」を得るために使えそうな手を列挙してみる。
・権威者にすり替わる
ハイリスクハイリターンな方法。変装する能力をもっている、あるいは偶然そっくりさんであるなどの背景を利用して、権威者にすり替わる。バレさえしなければ権威にタダ乗りし放題である。
入れ替わる相手に妻子がいたりすれば、思うような相手と結ばれて望みの子供に跡を継がせるのは少し面倒になる。
身バレがスリリングすぎて仲間を騙すことに話が集中しかねない恐れはある。
・家系図を偽造する
先祖が滅びた王家で自分はその末裔などと嘘をついて信じさせれば勝ちである。第四次マケドニア戦争など、そういう主張をする怪しい連中が起こした反乱は歴史上にけっこうある――だいたい悲惨な末路を辿っているが。
時代背景によっては、うまく民衆の希望を読み取って、それに応えれば良いところまでは行くのではないか。
もっとマイルドに名家の血筋を引いていることを社会に認めさせてテコにする手もある(徳川家康など)。
・養子になる
権威者の養子になる。たとえば秀吉が近衛家の養子になった例など。日本みたいに養子でも跡取りになれる社会だと効果が上がる。親の名も世に知られていない馬の骨よりは養父母の後ろ盾がいる身分の方が強い。ページランクの高いページからリンクされているみたいなものだ。
・政略結婚する
比較的王道。ついでにハーレム展開にも出来る。しかし、たくさんの高貴な配偶者をえることは乗っかりたい彼らの権威そのものを貶めることにもなってしまいかねずほどほどにした方が良い。
後になるほど良い相手と政略結婚できるとして、その時まで待っていることにリアリティがあるか。しかし、相手を乗り換えるような形は支持を得られるか――劉秀と郭皇后と陰麗華のことを連想する。
・外戚になる
かなり時間の掛かる回りくどい方法。自分の子を権威者と結婚させ、その子供が位についたときに外祖父として実権を振るう。子の段階で権威者と結婚できる血筋になっていないといけない。もちろん、長生きが必要である。
藤原氏の得意技だが、成り上がりで参考になるのは三国志の何進(彼の場合は妹が皇后)かな。
・宗教的権威を得る
たとえば聖人に認められるなら血筋の問題は割と回避できる。宗教的な後ろ盾を得られればやりやすいことは多いはず。自ら開祖となり宗教を興してしまうのも手。それもまたハイリスクハイリターン。
なお、日本社会では高位ポストが貴族の子弟に独占されているなど上手く行かない時代もある――おそらくそっちの方が多い。
・人間離れした力を示す
奇跡を起こすという意味では宗教的権威を得るのに似ている。もっと原始的な個人的なものでカリスマで片付けてしまえるようなもの。あるいは手品。だが、これだと実際に目撃しない人間には効果が薄いかもしれない。
・宣伝工作をする
自分についての良い噂をバラ撒く。天命が降った、王位につく、神の生まれ変わりなど受け手が好みそうな情報を選ぶ。噂を伝達する組織を抑えておくと良い。
中国の易姓革命では常套手段。
・立派な城を建てる、立派な服を着る、盛大な儀式を催す、名物を所有する
見た目は大事。その積み重ねは馬鹿にならない影響力を生む。儀式などは現代人はやっている本人が退屈になりそうだが。フランスの宮廷政治など典型。
やるための財政的な裏付けは欲しいところだ。
・爵位・官位をもらう
こちらも王道。日本の場合、先祖に前例がない官位は大金を積まないと貰えなかったなどの問題点はある。そもそも権威を与えてくれる最高権威を別に認める必要がある。でも、トップを目指さないなら手っ取り早くて比較的に楽である。
・殉死させる
究極の手段。自分が死ぬときに権威のある人間たちを強制して巻き添えにする。対抗できる権威者を減らすことで相対的に後継者の権威を上昇させる。また「あの人物のために親族が命を懸けたのだから」とサンクコストから殉死者の関係者も権威を認めざるをえない心理に追い込まれる。
ただし、外敵がいる状況でやると滅ぶ。
ちなみに「<武家の王>足利氏」では足利尊氏と源頼朝をオーバーラップさせて足利氏を源氏の嫡流に見せかけること、贈位・贈官によって先祖の地位を高めたことが紹介されていた。源氏の嫡流筋に近い吉見氏を源義国の子孫じゃないのに足利一門に取り込んだことも前者の一種である。
どちらも転移者には出来ない芸当だ(転生者の場合は先祖による)。素直に参考に出来ないところが腕の見せ所になって逆に面白い。
このような「価値」の獲得運動は、それを通じて異世界の社会構造や価値観を描くことにもなる。きっと上手くやれば物語に深みを与えてくれる(下手をすれば冗長になる)はず。
参考文献 <武家の王>足利氏 戦国大名と足利的秩序 谷口雄太 吉川弘文館 2021年
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