第27話
それからのミハルも夜に寝る前になるとキャンディーをひとつ食べた。
ある時はパティシエの続きを見て、ある時は女優になって、ある時は警察官になった。
様々な夢を見て起きたとき、真っ先にキッチンに向かってケーキの本を読む。
あれにもなりたい。
これにもなりたい。
その気持は変わっていないけれど、夢から覚めた時に必ずケーキの本を読むことにしたのだ。
そうすればパティシエになったときの自分を思い浮かべることができる。
「ミハル、今日もケーキを作ってきたの?」
チアキに聞かれてミハルは頷いた。
今日はチョコレートのスポンジケーキを作ってこっそり学校に持ってきた。
生クリームやフルーツを使うと傷んでしまうかもしれないし、匂いもきつくなるから使わない。
チアキとマイコに試食してもらうために工夫していた。
「最近のミハル、本当によく頑張ってるね」
チョコレートケーキを一口食べてマイコが言う。
「でも、全然ダメ」
ミハルは落ち込んだ様子でそう言った。
いくら練習しても夢の中のようにいかないのだ。
こんなんじゃ『MIHARU』をオープンすることなんて到底できそうにない。
「そんなに焦る必要はないんじゃない? 私達まだ中学生なんだよ?」
チアキに言われてもミハルは納得しなかった。
自分は今までなりたいなりたいと言うばかりで努力をしてこなかった。
夢に向かって邁進している2人とは違うんだ。
人よりももっともっと頑張らないと、追いつくこともできない。
「もっと頑張らないと、もっともっと……」
ミハルはブツブツと呪文のように唱えたのだった。
☆☆☆
ミハルがいくら頑張っても夢の中の自分には届かない。
夢の中の自分は二号店となる『MIHARU』をオープンし、連日ケーキの予約が殺到していた。
一番弟子だった男性に二号店の店長を任せて、自分は予約品を作り続ける。
ミハルのつくったケーキを食べた人はみんな笑顔になって、嫌なことなんて全部忘れてしまう。
まさに魔法のケーキだと呼ばれるようになっていた。
そんな夢から覚めたとき、ミハルは朝早い時間だとしてもケーキ作りを開始した。
今ならできる気がする。
誰よりも上手なケーキを焼くことができる気がする。
そんな気持ちに急かされてキッチンに立つのだ。
そしてミハルはたしかに上達していた。
今ではもうペタンコのスポンジケーキを焼くこともないし、スポンジを横にカットすることにも慣れてきた。
だけど出来上がったケーキはとても平凡で、少し料理が上手な子なら誰でも作れるような品物だった。
とてもお店に出すことはできないと、ミハル本人が見てもわかるくらいに。
「今日もダメ!」
ミハルは出来上がったケーキを試食することもなく、ゴミ箱に投げ入れた。
肩で荒く呼吸を繰り返してゴミ箱を睨みつける。
どうして作れないの。
魔法のケーキは私のものなのに!
ミハルは頭を抱えてその場にうずくまったのだった。
☆☆☆
「ミハル、目の下真っ黒じゃない!!」
C組の教室に入った時、チアキがそう言いながら駆け寄ってきた。
「え?」
ミハルは首をかしげる。
確かに最近少し疲れているような気もするけれど睡眠はしっかりと取っている。
あのすばらしい夢を見るために夜ふかしなんてしていないんだから。
「チアキは心配しすぎなんだよ」
ミハルはそう言って自分の席に座った。
体がずっしりと重たくて、1度座ったらもう二度と立ち上がれないような感覚がした。
「本当に? ちゃんと自分の顔を確認してみてよ」
チアキに手鏡を渡されて自分の顔を確認する。
その瞬間思わず悲鳴をあげそうになって、手で口を塞いだ。
鏡に移っていたのはあの老婆だったのだ。
老婆がキャンディーをこちらに差し出している。
『ほうら、お食べ。お前の大好きな夢が見られるキャンディーだよ』
しわがれた声が鏡の中から聞こえてくる。
「イヤッ!」
手鏡を取り落してしまいそうになり、チアキが慌てて手をのばす。
「ミハル?」
そろそろと顔を向けるとそこに移っていたのは老婆ではなく、自分の顔だった。
チアキが心配している通り目の下にはクマができていて、中学生だというのこ小じわができている。
「なにこれ!?」
両手で自分の顔を包み込む。
これが私?
そんなバカな!
夢の中でのミハルはとても可愛くてみんなの人気者のアイドルにもなれる。
泣きの演技が上手な女優だったり、雑誌の表紙を飾るモデルでもある。
それなのに、現実の私は何?
体がカタカタと震えて全身から血の気が引いていく。
「こんなの嘘。こんなの夢だよ」
「ミハル大丈夫? 保健室に行く?」
「こんなの嘘。こんなの夢。そっか、こっちが夢なんだ」
ミハルの口角がニヤリと上がる。
「私はモデルで、パティシエで、女優で、警察官で、アイドルで、ペットショップの店員で、魔法のケーキを作って! それが現実!」
そして狂ったように笑い始めたミハルにおびえて、チアキは逃げ出してしまったのだった。
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