第21話
☆☆☆
ベッドの中で大好きなアイドルのMVをスマホで見ながら眠くなるのを待つのが、ミハルの日課だった。
今日もベッドにうつ伏せに寝転んでスマホ画面を見つめている。
時々歌詞を口ずさんだり、体を揺らして曲に乗る。
そろそろ眠気が襲ってきたという時に、テーブルに置かれているキャンディーの瓶が視界に入った。
「そうだった!」
ミハルはスマホを投げ出して老婆からもらったキャンディーの瓶を掴む。
中には赤や黄色オレンジなど色々な色のキャンディーが入っている。
瓶の蓋を開けて一粒手のひらに取り出した。
出てきたのは緑色のキャンディーだ。
口に入れてみるとマスカットの味がした。
「う~ん、美味しい!」
それは今まで食べてきたどのキャンディーよりも美味しくて、頬が落っこちそうになるくらいだ。
同時に強い眠気が襲ってきて、ミハルはすぐにベッドにもぐりこんだ。
口の中で小さな飴玉を転がしながら、ミハルは夢の中へ落ちていったのだった。
☆☆☆
「ここは……ペットショップ!?」
夢の中でミハルはペットショップの店員になっていた。
茶色いエプロンを付けて、右手には犬用の餌を持っている。
ゲージの中では沢山の子犬たちがミハルの餌を待って吠えていた。
「わぁ、可愛い! 餌がほしいのね? ちょっと待って」
ミハルはすぐにゲージに駆け寄り、ひとつひとつの開けてトレーの中に餌を入れてあげた。
子犬たちはすぐに駆け寄ってきて、勢いよく餌を食べている。
餌をあげたあと子犬たちは眠くなる。
ミハルは一匹の子犬を膝に乗せてブラッシングを始めた。
子犬は心地よさそうに目を細めて、すぐに眠ってしまった。
子犬の暖かな温もりと、柔らかな毛並みを感じて頬は緩みっぱなしだ。
「あぁ、幸せな仕事! やっぱり私はペットショップの店員さんになりたい!」
そう思ったところで目が覚めた。
ジリリリリッと、枕元に置いてあったスマホがけたたましく鳴っている。
手を伸ばしてアラームを止めてからもミハルの頭はぼーっとしていた。
ベッドの端に座って自分の両手を見下ろす。
今でもまだ子犬の温もりが残っている気がした。
「あのキャンディー、本物だったんだ」
夢が叶ったときの夢を見ることができる。
それはとても素敵なもので、ミハルの顔に笑顔が広がっていく。
今日の夜はどんな夢を見ることができるだろう?
今起きたばかりなのに、そんなことを考えたのだった。
☆☆☆
学校に到着してもミハルの頭の中はキャンディー一色だった。
あんな素敵なキャンディーがあったなんて知らなかった。
みんなに教えたら喜ぶかもしれない。
「ミハル、今日はぼーっとしちゃってどうしたの?」
マイコが心配そうにミハルの顔を覗き込んだ。
さっきからずっと黙ったままだったから、体調が悪いと思われてしまったようだ。
「ううん、なんでもないよ」
ミハルはそう言って左右に首を振った。
2人にあのキャンディーを教えてあげたい。
そう思うけれど、売っている場所がわからなければ伝えることができない。
下手をすれば嘘つきだと思われてしまうかも。
そう思うと教えることができなかった。
「ねぇ2人とも、私夢が決まったかも」
「え!?」
マイコとチアキの2人が同時に声をあげてミハルへ視線を向ける。
「今度は本気。たった一つの夢」
「それってなに!?」
マイコが身を乗り出して聞いてきた。
「ペットショップの店員」
答えると、夢の中の自分を思い出した。
一生懸命子犬の世話をしていた自分。
そのすべてが楽しくて、充実した時間だったこと。
「そっか。結局動物関係の仕事に決めたの?」
「うん」
ミハルはチアキへ向けて頷いた。
あれだけリアルな夢を見てしまったら、もう迷いようがなかった。
子犬を撫ででいたときの感触は今でもしっかり残っている。
「ミハルに合っていると思うよ」
マイコも笑顔でそう言ってくれた。
2人共、私の夢を応援してくれている。
そうわかると嬉しくなった。
今まではあれもこれもに憧れていてひとつに決めることができなかったから、2人ともあまり応援してくれていなかったのだ。
「ミハルが本気の夢を教えてくれたから、私も教えてあげる」
チアキは突然そう言い、自分の席へと戻っていった。
引き出しの中からノートを取り出し、それを持って戻ってくる。
「チアキの夢ってなに?」
聞くと、ノートを差し出された。
それには『狼さんと赤ずきんちゃんのその後』と書かれている。
「もしかしてこれって、小説?」
聞くと、チアキは頬を赤らめて頷いた。
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