第22話
自分も小説家を夢見ていたときにこうしてノートに物語を書いていたから、すぐにわかった。
「チアキはもう3冊くらい完結させてるよね」
マイコの言葉にミハルは目を見開いた。
そんなに完結させていたなんて知らなかった。
「マイコは知っていたの?」
「うん。ミハルには黙っててごめんね。でも、私達には本気の夢があって、他人にはなかなか話せなかったの」
本気の夢は、簡単には人に話せない。
昨日マイコたちが言っていたことを思い出して、一瞬胸がチクリと痛んだ。
まるで今までの自分を責められているような気分になる。
「そ、それで、いつから書いてきたの?」
気を取り直してチアキに聞く。
「小学校5年生から。書き始めたときは全然完結できなかったけれど、最近では小説の書き方の本とか読んで勉強して、それで完結まで書けるようになったんだよ」
「そうだったんだ……」
そんなに前から小説家を目指していたなんて知らなかった。
チアキはほとんど誰にも夢の話をしないまま、自分の力だけでここまでやってきたんだ。
ミハルはマイコへ視線を向けた。
「もしかして、マイコも人に言えない夢があるの?」
マイコは笑顔で頷いた。
「今のミハルだから教えるけど、私は看護師さんになりたいの。母親がそういう仕事をしているから、私も将来人の役に立てたらいいなって思ってる」
「そうなんだ……」
2人共照れくさそうに笑っているけれど、その表情は誇らしそうでもあった。
誰かになにかを言う前に、自分の夢に向かって努力している。
そんな人間の強さを感じる。
だけどミハルは2人の顔を見ていることができなかった。
あの夢を見たから自分はペットショップの店員になりたいと思った。
本気で目指そうと思った。
でも、それって本当に本心からだろうか?
ミハルの胸の中にはまだアイドルもモデルも、パティシエも警察官も眠っているかもしれない。
今夜もう1度なにかの夢を見たら、また変わるかもしれない。
一瞬だけ、そんな不安にかられたのだった。
☆☆☆
将来の夢を決めたのなら、もうキャンディーを食べなければいいんだ。
夜、ミハルは自分の部屋でキャンディーの瓶を手に立ち尽くしていた。
これを食べればまた幸せな夢を見ることができる。
それで将来の夢がまた変わるかもしれない。
そうなったとき、マイコとチアキにはどう伝えればいいだろう?
そう思うと、なかなか瓶の蓋を開けることができずにいた。
だけどもう1度だけ、あの夢を見たい。
夢を叶えてとても幸せな時間を過ごしていた自分を見てみたい。
ミハルは瓶の中のキャンディーを見つめてゴクリと唾を飲み込んだ。
「味も、すごく美味しかったよね」
ぽつりと呟くと、口いっぱいに広がったマスカットの味を思い出す。
今まで食べたどのキャンディーよりも、一番に美味しかった。
「少し食べてみるだけ」
自分に言い聞かせるようにして蓋を開ける。
フワリと甘い香りが瓶の中から溢れ出てきて、また唾を飲み込んだ。
今日はどんな夢を見るだろう?
それはとても素敵な夢であることはまちがいない。
夢から覚めた時に、将来の夢が変わっているかもしれない。
でも、その時は誰にも言わない。
自分の胸の中にだけ、しまっておく。
瓶を横にして手のひらに一粒落とす。
今日はピンク色のキャンディーだ。
口に入れるとピーチの香りが広がって、頬がとろけて落ちてしまいそうだ。
「おいし~い!」
赤くなった頬を両手で包み込むと、途端に眠気に襲われた。
ミハルはキャンディーの瓶をテーブルへ戻すと、倒れ込むようにベッドに横になったのだった。
☆☆☆
夢の中のミハルは真っ白なコックコートを着て、頭にトックブランシュという名前の白い帽子をかぶっていた。
目の前にある調理台の上には焼き上がったばかりのまぁるいスポンジケーキ。
調理室の中には甘い香りが立ち込めていて、めいいっぱい息を吸い込むと幸せな気分になった。
「ミハルさん、早く最高のケーキをつくってください」
そんな声が聞こえてきて振り向くと、見知らぬ男女3人がキラキラと輝いた目をこちらへ向けている。
3人共ミハルと同じコックコートを着ているけれど、帽子をかぶっているのはミハル一人だった。
このお店の名前は「MIHARU」ミハルが1年前に開業したもので、3人はミハルのケーキに憧れて弟子としてここで働いている。
ミハルは3人へ向けて頷くと、冷蔵庫から生クリームを取り出した。
スパチュラという道具を使ってスポンジケーキにまんべんなくクリームを塗りつける。
回転台の上のケーキはくるくると踊っているようで、あっという間に真っ白な化粧を施された。
ミハルの手際を見て3人が歓声と拍手を送る。
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