第20話
翌朝の登校時間中、ミハルは大好きなアイドルの歌を口ずさんでいた。
カバンを持っている両手は自然と振り付けを踊ってしまう。
やっぱりアイドルがいいかな。
可愛い衣装を着てステージに立つのって素敵。
上機嫌でその場でターンをしてみたとき、狭い路地にギラリと光る2つの目玉を見つけてミハルは小さく悲鳴をあげていた。
思わずその場に立ち止まって暗い路地へ視線を向ける。
すると暗闇の空気が動き、一人の老婆が姿を現した。
腰が曲がっている小さな老婆は紺色の服を着ていて、それが暗闇と同化してしまい、目玉だけ浮かんでいるように見えたみたいだ。
目玉の正体がわかったミハルはホッと大きくため息を吐き出した。
あぁ、びっくりした。
「そこのお嬢さん。ちょっと道をお尋ねしたいんじゃがの」
老婆がしわがれた声で言った。
「どこへ行きたいんですか?」
「孫が働いている市立図書館へ行きたいんじゃ」
「市立図書館なら、この大通りを真っ直ぐ行って、右手にありますよ。歩いて5分くらいだから、お婆ちゃんならもう少しかかるかもしれません。あと、図書館が開く時間は10時だから、まだ少し早いかもしれないですよ? 図書館の前にはベンチが設置されているし、公園もあるけど、オススメは隣の喫茶店です。朝早くから開いているし、紅茶がとっても美味しいですよ!」
ミハルは自分の知っている情報をできるだけ詳しく教えてあげた。
老婆はこれから孫に会いに行くようだけれど、その前にどこかで時間を潰した方が良いと思ったからだ。
おばあさんがひとりでずっと外にいるのは危ないに、体がしんどくなるかもしれない。
それなら喫茶店が最適だ。
そんな考えが一瞬にして頭の中に浮かんできた。
「おやおや、こんなに親切に教えてくれるなんて、ありがとうね」
老婆はしわしわの顔を更にしわしわにして微笑んだ。
最初は少し怖いと感じたけれど、そうやって笑顔を向けられると可愛いおばあちゃんだと感じる。
ミハルは少し照れて頬を赤らめ、頭をかいた。
胸の中がくすぐったい感じがする。
「お嬢さん警察官に向いているんじゃないかい?」
そう言われてミハルの胸が高なった。
警察官。
それもいいかもしれない。
今みたいに困っている人の手助けをするんだ。
自分が警察官の制服を着ている姿を想像して気持ちが高揚してくるのを感じた。
私の本当の夢は警察官だったのかも。
そんな風に感じ始めたとき、老婆が大きなバッグの中から瓶を取り出してミハルに握らせた。
「優しくいお嬢さんにキャンディーをあげる」
「キャンディー?」
手のひらに収まるくらいのサイズの瓶の中には、色とりどりの丸いキャンディーが入っている。
太陽にかざしてみるとキラキラと輝いてとても綺麗だ。
「でも、これはおばあちゃんのオヤツでしょう? 私が取っちゃ悪いです」
「いいのいいの。このキャンディーもお嬢さんに食べられたがっているみたいだか
らねぇ」
老婆の言葉にミハルはマジマジとキャンディーを見つめた。
キャンディーが私に食べられたがっているって、一体どういう意味だろう?
「いいかい? このキャンディーは眠る前にひとつだけ食べるんだ。そうすると、自分の夢が現実になったときの夢を見ることができる。不思議なキャンディーなん
だよ」
「自分の夢が現実に!?」
「あぁ。ただし夢の中の話だよ? 夢のを叶えた自分の姿を夢の中で見ることができる。そういうキャンディーさ」
素敵!
すぐにミハルはそのキャンディーの虜になった。
私の夢は沢山ある。
その中のどれが夢の中に出てきてくれるんだろう?
今からわくわくしてしまう。
「おばあちゃんありがとう! あれ?」
ミハルが顔を上げた時、老婆はもうどこにもいなかったのだった。
☆☆☆
「まぁたミハルの夢が増えた」
学校で昨日の出来事を話したミハルにマイコとチアキがくすくすと笑う。
動物と関わる仕事がしたいこと。
女料理人も捨てがたいこと。
そして今朝、警察官に向いていると言われたことなどをミハルは楽しそうに話した。
「だって、みんなが私にむいてるとか言うんだもん」
「ミハル、お世辞って知ってる?」
含み笑いを浮かべたマイコにそう言われ、ミハルはムッと唇を尖らせた。
確かに、お母さんはお世辞だったかもしれない。
ずっと下手くそだったことを見てきているし、その頃に比べれば料理も上達しているから。
だけど、今朝の老婆は違う。
ミハルと初めて会った人が、そこまでのお世辞を言うとは思えない。
「そういうこと言って、2人はどうなの?」
ミハルの言葉にマイコとチアキは目を見交わせた。
「誰にも言わない?」
マイコにそう言われて、ミハルは首をかしげる。
「どうして?」
「どうしてって、自分の夢をいろんな人に知られたくないでしょう?」
そう言われてもミハルにはよくわからない。
ミハルは夢を持つとすぐにそれを人に伝えてしまう。
だから友達や両親から呆れられてしまうのだ。
「本当に現実にしたい夢って、そう簡単に人には話せないんだよ?」
チアキが真剣な表情でそう言った。
「そうなんだ?」
「うん。恥ずかしさもあるけど、叶うわけがないって否定されることが怖いの。どれだけ努力していても、その努力はなかなか人には伝わらないから」
努力……。
ミハルは2人から机の上に視線を落とした。
自分は夢を叶えるためにどのくらいの努力ができているだろうか。
あれもこれも同時にやったって、結果はついてこない。
みんなが言っていたことはそういうことだったのかもしれない。
「ごめん、トイレ」
ミハルは小さな声でそう言って教室を出たのだった。
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