第19話
☆☆☆
家に戻って夕飯の準備を手伝っているとき、隣で鍋をかき回していたお母さんが「あらミハル、随分手際がよくなってきたわね」と微笑んだ。
手でレタスを千切っていたミハルは手を止めて「え、そう?」と、高揚した声を上げる。
「うんうん。その調子その調子」
鍋の中ではミハルの大好きなカレーがグツグツと煮えてきている。
それを見ながらミハルは女料理人もいいかもしれないと思い始めた。
カレーやシチューはもう作れるようになっているし、簡単な煮物料理も作ることができる。
卵焼きはまだ少し失敗するけれど、でも練習すればきっとすぐにできるようになる。
「ちょっとミハル、そこまでレタスはいらないわよ」
お母さんの声に我に返るとまな板の上はこんもりとレタスの山ができていた。
ついぼーっとして手元を見ていなかった。
「ところで、今日もダンスの練習をしてきたの?」
ガスの火を止めたお母さんに聞かれてミハルは曖昧に頷いた。
「してたけど、途中でどうしてもお腹が減って帰ってきたの」
ミハルは食べるぶんだけのレタスを水洗いしながら答えた。
「あら、それにしては少し遅かったじゃない?」
「うん。途中で散歩中の犬を撫でさせてもらってたの」
そう答えてから、自分が動物関係の仕事に付きたいと考えていたことを思い出した。
犬の話を聞いたお母さんがミハルの前で腰に手を当てる。
少し怒っているときの仕草だ。
ミハルは「なに?」と首を傾げた。
「それで、ミハルはなんて思ったの?」
「え?」
「犬を撫でてきたんでしょう?」
「うん。動物に関わる仕事もいいなぁって思った。でも今は女料理人がいいかな」
「女料理人?」
「そう。だって私手際がいいんでしょう?」
自信満々にそう言うと、お母さんは呆れたため息を吐き出した。
ミハルはまばたきをしてお母さんを見つめる。
「あのねミハル。夢を持つことはいいことだけど、あれもこれもは叶わないのよ?」
なにか、似たようなことを学校で言われた気がする。
「でも、沢山夢を持っていればどれかひとつが叶うかもいれないじゃん」
「そうだけど、沢山ありすぎるとひとつのことを追いかけられないでしょう?」
お母さんの言葉にミハルは首をかしげる。
そうなのかな?
全部の夢に向けて毎日少しずつ頑張れば叶う気がするけれどな。
「とにかく、今はどれかひとつの夢に絞る努力をしなさい」
お母さんにそう言われ、ミハルは「はぁい」と、気のない返事をしたのだった。
☆☆☆
アイドル、モデル、女優、パティシエ、トリマー、獣医さん、動物園の飼育員、ブリーダー、女料理人。
あとなんだっけ?
あ、漫画家と小説家。
それからなんだっけ?
お母さんに言われたとおり夢をひとつに絞ろうと思ってノートに書き出しているのだけれど、そもそもどれだけの夢を持っていたのか思い出せない。
途中で忘れてしまった夢も沢山ある。
「この中からひとつに決めるなんて無理だよ」
とりあえず書き出してみた夢を見つめて呟く。
どれもこれも輝かしく見えて、諦めるにはもったいない仕事ばかりだ。
これらの仕事につくことができたら、きっと幸せな毎日を送ることができるはずだ。
「あ~あ、いっそ全部の夢が叶えばいいのに」
口に出して言ってみて、ふっと笑う。
さすがにそんなことは無理だとわかっている。
獣医さんをしながらモデルをして、ドラマにも出て、料理を作るなんてこと。
お母さんが言うように、夢が多すぎると本当にひとつも叶えることができなくなるんだろうか?
考えてみても、ミハルには難しくてよくわからない。
すでに将来の夢を定めて頑張っている子もいるけれど、ミハルにはまだそれは難しそうだった。
「頭使ったら眠くなっちゃった」
まだ夜の10時前だったけれど、ミハルは大きくあくびをしてベッドに潜り込んだのだった。
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