来ないはずの君を待つ

「あなたが好きです!」

 そう映画のヒロインは言った。横目で見た彼はスクリーンを真顔で眺めていて、上映後には「寝てた」と言った。ひとりでも映画を観に行く彼は、ラブロマンス映画には何も感じないらしかった。

 そんな彼との約束に遅刻しそうなのは初めてだ。約束の二分前。走れば間に合う。ミニスカートなのも気にせずに走った。どうせ彼はまだ来ないのに。

 どれだけ息を切らしても、待ち時間はあと四十五分。わかってるんだ。でも走るのをやめられない。

 全部全部、わかってるんだ。彼が来ていないのも、わかってるんだ。わたしが彼を一方的に好きなだけで、彼はわたしを好きじゃない。だからいつも遅刻する。わたしのことなんてきっと、休みの日にも会うクラスメイトくらいにしか思ってない。クラスメイトだって思ってくれているならまだいいほうかな。彼は他人に興味がないから。それも知ってる。わかってる。それでも足を止められない。はやる気持ちを止められない。「もしかしたら」って、飽き飽きするくらいに裏切られ続けた期待をやめられない。慣れないパンプスが脱げそうになる。

 「ごめんね、遅れて」言い訳は頭のなかで終わる。わたしが遅刻しそうになって走ったことも、どうせ彼は知らずに終わる。そのくらい遅れてくるとわかっているのに、わたしはどうして走ってるんだろう。吹きつける冬の風が喉にはりついて呼吸を阻む。こんなに苦しいのにどうして、彼は何も知らないのだろう。どうしてわたしは、彼に何も言えないのだろう。

 ――嫌われたくないからだ。わかってる。

 めんどうな女だと切り捨てられるのが怖い。だから何も言えない。毎回の遅刻にも、何も言えない。頭ではわかっているのに、どうして。

 だって、それでも別れられないんだ。友達の忠告も家族の制止も、いつだって彼を前にすれば無意味になる。

 階段を駆け上がる。振り向けばいつもの待ち合わせ場所があって、いつも一時間近く座っているベンチがある。わたしの特等席みたいな場所。けれど今日は、そこに誰かが座っていた。

「え……」

 約束時間の一分前。いつもわたしが座っている場所にいるのは、彼だった。見間違いかと思ってしまうけれど、わたしが彼を見間違うはずがない。高校三年間、ずっと追い続けてきた彼だ。

「ごめんね、遅れて」

 初めて機能した言い訳は、本当にわたしの口から出ているのかな。かすれた声が原因じゃない。この状況が信じられないから、わたしの言葉すら怪しく感じる。

「……ああ」

 小さく聞こえたつぶやきは許しでもなんでもなくて、ただ「来たのか」と事実確認しているみたいだった。わたしは彼に認識されているようだった。

 そうして彼は立ち上がる。何も言っていないのに、足取りは映画館へ向いている。約束を覚えてくれているらしかった。

 ――ねえ、そんなことされたら、もっと期待しちゃうじゃん。

 どうせまだ来ていないと思っていた。また遅刻すると思っていた。わたしとの約束なんて、どうせ覚えていないと思っていた。これまでのデートはすべてわたしのリードだったから。

 知ってるんだ、君が他にも告白されてること。それを断り続けていることも。でもそれは、わたしが都合のいい相手だからと思ってた。一時間近く待たせても何も言わないし、約束を忘れても責めないからだと思ってた。二股かけるのすらめんどくさいからだと思ってた。

 ――ねえ、わたしはちゃんと彼女なのかな?

 ずるいよ、ばか。こんなふうに期待させるなんて。君は本当にずるい。彼のあとを追って、初めて腕を組む。彼は振り払わない。


 わたしは彼を待つ。いつも約束に四十五分遅れる彼を、また時間通りに来てくれるかもしれないなんてちょっぴり強まった期待を抱きながら、こうして今日も、彼を待つ。

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必ず45分遅れる君にわたしは今日も恋をする 紫乃遼 @harukaanas

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