実話怪談「中途半端にお祓いを成功する」
鮎河蛍石
失敗やろか?
数年前、塾講師に転職した友人Nとドライブに出かけていた。
私がハンドル操作を誤れば、崖に真っ逆さま、死は避けられない酷道で、Nは妙な事を言い出した。
「最近の社員会議のテーマがな、ポルターガイストやねん」
「働きすぎて頭おかしなったんか?」
「いやな俺の家の近くにいい物件があったから、社長に上申したんよ。ここに新しい校舎を開きませんかて」
N曰く自宅のあるK住宅地に手ごろな空き家を見つけた。
その空き家は壁が黄色く塗られた二階建ての物件で、もともと設計事務所であった。家賃は三万円。
この黄色い空き家が新たな勤務地となれば、校舎長としてNが配属される。そして片道一時間の通勤が、自宅から徒歩三分と破格のショートカットされる。
濡れ手に粟と新校舎の設置を嘆願したのだ。
「その提案は上手く行ったんよ、新校舎開いてそこの校舎長になった。でもな、妙なことばっかり起きんねん」
昼夜を問わず、講師が授業前の準備をしていると二階より人の気配がするという。
「具体的にどんな感じなん」
「物音がしよんねん。人が駆けずり回っとるような感じの。それに————」
二階いあるクローゼットがひとりでに開くとNは言葉をつづけた。
「
アルバイトの大学生が気味悪がって次々止めてしまうのだ。
無理もない。
一人で仕事をしていると居もしない筈の人の気配がするのだ。
まともな人間の神経であればたまったものではない。
「穏やかやない話やな。Nは怖ないんかいな?」
素朴な疑問をNにぶつける。
「いや別に幽霊は殴ってこんし」
Nは元警察官、特殊な訓練を受けた末に携わった、過酷な職務数々によって、生身の人間の方が幽霊よりも怖いといった認識になったのだ。
「鮎河くんこういう話好きやろ」
「まあ怪談は大好きやけど、このヤバい道抜けてから改めて聞くわ」
未舗装の林道を鹿の親子が横切った。
とりあえず今は幽霊よりも野生の鹿の方が怖い…………。
事故って死んだらこちらが、幽霊になる事は明白だろう。
シャレにならない。
◆ ◆ ◆ ◆
「鮎川くん今から
無事ドライブを終えてから一週間後の二二時過ぎ、Nから電話がかかってきた。
その口調には困惑と恐怖の色がにじみ出ていた。
「五分で行くわ」
「電話切らんとそのまま来てくれへん」
「ええよ」
件の塾へ行く道すがら、状況を確認した。
Nは授業後、ホームページにアップロード予定の夏期講習の広告を編集していた。例によって誰も居ない二階から、人がいる物音がする。
そんな異常を無視してパソコンに向かっていると、背後の階段を駆け下りてくる足音がした。
これには流石にビビってしまいNは私に電話を掛けたという。
「おもろいことになっとるやんけ」
「こんなんシャレにならんて」
現場に到着した私を背広に黄色いジャンパーを羽織ったNが迎えた。
「入ってもええか?」
「ホンマに言うてる?」
「怪談の現場やで、気になるやろ」
◆ ◆ ◆ ◆
何者かが駆け下りてきた階段を登る。
長机と椅子にホワイトボードが置いてある普通の教室だった。
十五人ほどは入れるだろう広さである。
「うわ!」
「なんやねん!?」
Nが大声を上げたので、こちらも驚いてしまう。
Nは教室の中央まですたすた歩いて行くと、1本のマジックペンを拾い上げた。
「そのペンがどないしてん?」
「これな
Nは私の背後を指差した。
私が振り返ると、観音開きの戸が開いたクローゼットが目に入った。
「勝手にソレが開きよるからな、コレを取っ手に入れて封印しとんねん」
「マンガみたいな話やな」
クローゼットは下段がベニヤ板で封じられていた。
建物の位置関係から察するに、クローゼットの下段に階段があるから、使用が不能なのだろう。
クローゼットの二段目には教材やチラシが入っていた。
「気色悪いし閉めとくで」
Nが戸を閉めると取っ手をマジックペンで封じた。
「これガチガチやな」
私が閂を触るとマジックペンは固定されていた。
取っ手の隙間とマジックペンの直径がぴったりなので、自然に外れるとは考え難い。
「誰かがペンを吹っ飛ばしたみたいやな」
「…………」
Nは黙ってしまった。
「Nくんや、大声を出してもええか?」
「なんでや?」
「大声ってなお祓いの初歩らしいで」
大声は霊に効くそうだ。私は剣道を習っていたので声がデカい。勝てる。
「アカンよヘタし通報されるで」
「せやな」
仕方が無いので車に積んでいたキャンプ道具の食卓塩で盛り塩を作り、件のクローゼットに設置し、YouTubeで不動明王真言の読経を流した。
効くかはわからない。
正直のところ私は霊の存在について、懐疑的なスタンスを取っている。
しかし社員会議になる程の騒ぎは実際に起きているのだし、このまま帰るのも殺生な気がしたので、素人知識を総動員してお祓いらしきことを行った。
「効くんかそれ?」
「わからへん」
それ以上やることも無いので塾から出た。
「せや、Nくんや塾の見取り図あるか?」
玄関を施錠するNに聞いた。
「そこの看板にまだあるで」
道路に面する看板にはテナント募集と書かれた、塾の見取り図が貼ってある。
「マンガやなコレ」
クローゼットの扉は北東の方角に開くよう設計されていた。
丑寅の方角、鬼門である。
◆ ◆ ◆ ◆
「ポルターガイストは治まってんけどな、俺の授業中に車が玄関に突っ込んで来たんよ」
「失敗やろか? やっぱり素人が手出したらアカンかったか」
「けが人は出てへんから」
その塾は上り坂に面した交差点の角にあり、それなりの交通量がある。
一度くらい事故が起きてもおかしくない立地ではある。
「付け焼刃ちゅうのはアカンね。生兵法の大チョンボやわ。すまん、ホンマに申し訳ない」
私は言い訳に言い訳を重ねNに謝り倒した。
「クソ職場やしそのうち転職するからどうでもええで。それに幽霊は出んくなったし」
幽霊を理由に退職するアルバイトは無くなったそうだ。
その後、件の塾に三度車が突っ込んでいる。
玄関には物々しいアーチ型の車止めが三基設置され塾の営業は継続されている。
実話怪談「中途半端にお祓いを成功する」 鮎河蛍石 @aomisora
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