転生先は正義の味方

黒片大豆

『オレ』は何かに憑依したらしい

 オレは、確かに死んだはずだ。

 だが気が付いたら、オレは空を飛んでいた。

 両手を水平に前に出し、体も同じく水平に伸ばしていた。

 そう、少し古いヒーローでいえば「スーパーマン」のような格好。

 肩から後ろに靡くマントも、正にスーパーマンを模していた。


 生前はお世辞にも『善行を積んだ』とは言い難く、高校中退から地元のワルとつるんで、いろんな悪事を働いた。

 万引き、恐喝、傷害、強盗、クスリの販売と、内容は徐々にエスカレートしていき、最近では流行に乗ってオレオレ詐欺も……そうだな、金にならない放火と殺人以外なら、一通りの『悪いこと』に、手を出してるかもしれん。


 オレは何で死んだ?


 最期に残る記憶をたどり、何故死んだのかを思い出そうとすると、その記憶は、悪友ダチとの些細なケンカから始まった。

 ああ、思い出した。詐欺で大金をゲットしたオレたちは、その金の分配割合で荒れたんだ。

 ヤのつく奴らに上前をはねられても、今までで一番の大金が手元に残った。しかし、デカい金は、オレらみたいな小物の心を狂わせた。

 結局、小競り合いから始まり、だんだんとエスカレートし、ついには互いに、を手に持ってしまった。

 オレは、折り畳みのバタフライナイフ。悪友ダチは、強盗で使うハンマー。

 オレも、奴も、眼は血走り興奮状態は冷めやらず。そして、引くに引けない状態になっていた。

 ……今、冷静になって思い返してみると、ヤのつくオッサンらから差し入れを貰っていたな。お茶と、アンパン。腹は減っていたから、特に気にせず食っちまったけど、なんか、味に違和感があった、気がする。

 もしかしたら、そういう『クスリ』を入れられていたのかもな。


 そして、オレらは互いに殺し合いを始めて、結果……。

 悪友ダチのハンマーはオレの脳天を直撃し、頭を潰され死んじまったってわけだ。



 さて、それでは今の現実を見てみよう。

 オレは生前、アニメが好きだった。ガキのころから親に虐待を受けてて、テレビのアニメが最適な逃避先だったんだ。いつでもアニメを見れるようにと、とにかく、昔から好きなアニメはすぐ録画していた。

 そのままの心でデカくなったから、大人になってもアニメは大好きでよく見ていた。

 だからこそ、今この状態がいわゆる『転生モノ』だとすんなり理解できた。いや、正確には『転移』……違うな、この体は、オレのものではない。分類するなら『憑依』ってやつか。


 まあそんな些細な事はどうでもいい。まずは現状把握だ。折角、図らずとも第二の人生を頂戴できたんだ。これを活用しないなんて勿体ねぇ。


 しかし、何でオレは飛んでいるんだ? というか、どういう原理なんだ?

 正直、全く理解ができなかった。

 眼下には広大な緑が広がっていた。遠くには山麓が見える。山頂には雪が被っていた。

 近くには、同じく広大な森が広がり、また、曲がりくねった河川も望めた。

 少なくとも、日本ではなさそうだ。まあ、転移モノのセオリーとすれば、ここは日本ではなく、異世界なのだろう。


 よく目を凝らすと、地平線に、何やら建造物が見えた。石か、レンガ造りに見える。文明的な建立物が見えたことで、この世界に、自分以外にもちゃんと人間がいることに少し安堵した。


 そんな景色を眺めながら空中浮遊を続けていると、オレの耳に何か聞こえてきた。

 それは非常に小さな声。いや、とても遠くから聞こえてくる声だ。


(た……けて……たすけて……)


 助けを呼ぶ声。僅かに、しかし、確かに聞こえてきた。この憑依先の人間はどうやら、非常に耳が良いらしく(そういう特殊能力か?)、その声の主が、どの方角から、どのくらい離れているかを瞬時に判断した。


「……大変だ、助けに行かないと!」

 オレは、どうしたことか。その声の方角に向かって、体の向きを変え、そして猛スピードで文字通り飛んで行った。

 正直、この行動には自分自身で驚いた。生前では、助けての声に手を差し伸べたことなどない。しかし、この体を通すと、

「困っている人を助けずにいられない!」

 という気持ちに駆られ、居ても立っても居られなくなった。


 オレの憑依先はどうやら、『慈愛の心』『正義の心』で作られた、善人の塊みたいな人物だったようだ。それらが未だ強く残っており、また、そのままオレの心に引き継がれたのだろう。人助けを苦としない。自己犠牲の気持ちも、ヒシヒシと感じ、それらがオレの心に響いた。


 ……面白れぇ。やってやんよ。

 生前の罪滅ぼし、って訳ではない。ただ、ここまで『正義』に固執した人物を、オレは知らない。そして、どうやら、その『正義』を執行できる程の力を、この人物は持っているようだ。だったら、その力を存分に使わせてもらおうじゃないか。

 悪さをせずに生きていけるなら……そのほうが良いに決まっているしな。


 そう考えていると、どうやら、声の主のところにやってきたようだ。

 先ほど見えていた、山のふもとにまでやってきた。すると、その山肌に作られた道が崩落しているではないか。

 崩れた道には、なんと、幌が張った荷馬車がかろうじて引っかかっていた。荷を引いていた馬は自力で道に戻れたようだが、荷馬車は今にも落ちそうだ。絶妙な、そして絶望的なバランスで引っかかっており、ゆらゆらと馬車が揺れていた。


「きゃあああああっ!!」

 揺れるたびに、絹を裂くような女性の声が聞こえた。まだ、馬車の中に人がいる。

 と、現状を分析している間もなく、馬車の車輪がガタンと回り、荷馬車が崖に転落をし始めた。


「あぶなーいっ!」

 オレは、咄嗟に体を飛ばし、落ちてくる馬車の下に潜りこんだ。やはり自然と、体が動いた。

 目の前には、自由落下を始めた馬車が迫る。そのままでは、落ちてくる馬車にオレも巻き込まれる。しかし、不思議とそんな不安は無かった。

 両手を馬車に突き出し、軽く押す。すると、まるで、ポテチで満載の段ボールを持ち上げているような感覚。大きさに見合っていない重さの感覚だ。

 軽々と荷馬車を受け止め、ゆっくりと元の道に持ち上げたのだった。


 驚いた。なんというパワーだ。自分の体のことではあるが、まだまだ判らないことだらけ。しかしこの力は、今後の人生においてマイナスになることなどないだろう。


「あ、ありがとうございました!」

 荷馬車から、女性が降りてきた。その姿をみて、オレは驚愕した。

 その女性は、獣人だったのだ。

「ご無事でなによりです」

 オレは、とりあえず平静を保ったまま労いの言葉をかけた。……元の人格者の気持ちが残っているのであれば、もし、獣人が異端であるのなら、ここで多少なりとも気持ちの乱れがあるはず。

 しかし、オレにはそんなこと微塵もなかった。

 つまりは、この世界は、獣人が当たり前に存在するということだ。


 オレの趣味思考で語るが、獣人の『獣レベル』は高く、人間3割、獣(彼女はウサギのようだ)が7割。しかし、着衣はしっかり身に着け、また、特に教養が低いという訳ではなさそう。しっかりと会話の受け答えをしており、また、荷馬車を操ることもできている。

『そっち』の趣味の人には、たまらない世界なのかもしれないが、残念ながらオレはケモナーではない。


「それでは、僕はパトロールの続きがあるので」

 ポロっと、オレの口から言葉が漏れた。パトロール、か。

 そうか、オレが空を飛んで回っていたのは、巡回だったのか。こうやってトラブルが発生したら、文字通り飛んでいき、自慢の力で解決する。

 人との触れ合いも得意であり、なにより物腰も柔らかい。多くの住人から信頼を受けている事が容易に想像できる。


 生前の悪行三昧からは、考えられないくらいの正義執行者になってしまった。

 しかしありがたいことに、憑依した人物の「クセ」が多く残っている事が幸いしている。

 これなら、特に苦は無く、すんなりとこの世界になじむことができそうだ。


 そんな事を考えていると、


『ぐぅ~~』


 と、音が聞こえた。と同時に、目の前の獣人の彼女が、顔を赤らめ照れ笑いをした。


「え、えへへ……おなかが鳴っちゃいました」


 刹那。

 オレの脳裏に、死んだときの記憶が蘇る。

 ハンマーで頭を潰された時の痛みは、相当なものだった。体全体を振動が走り、内部から爆発し、中のミソが飛び出す感覚。今、ちょっと思い出しただけでも、背筋は凍り、節々は当時の痛みを思い出し悲鳴を上げ、脂汗がとめどなく噴き出した。


 もう二度と、あんな苦痛は味わいたくない。

 なのに、何故今、それを鮮明に思い出してしまったのだろう。


 答えはすぐにやってきた。


「ああ、おなかが空いているんですね」

 そういうと、オレは、自分の頭に手を載せた。あの荷馬車を軽々と拾い上げた、あの超怪力の手だ。


 やめろ、止めてくれ。

 しかし、オレは、その手を止めなかった。

 右手は、オレの頭の一部を抉り取った。その瞬間、死んだときの痛みと同じものが襲ってきた。しかも、併せて当時の恐怖心もフラッシュバックしてしまい、精神を同時に病むことになった。


 オレは、この『人物』が誰なのか理解し、同時に、人助けするたびに、この精神的苦痛トラウマを受けることになる運命に、絶望したのだった。




「はい、僕の顔をお食べ」

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