大章 人種編

逆襲のシア

破壊の衝動

「小ぢんまりとして良い家ね」

「悪かったですね、狭くて」

「褒めてるんだけど?」


 ここは、千年森都と呼ばれる住宅エリア。そこよりも、さらに深い場所に位置する『エルフの森より深い森』と名付けられた特殊住宅エリアである

 とあるプレイヤーにより開放されたこのエリアは、人間関係を煩わしいと思う人々に人気だ。何せ、家主たち以外は指定された者しか入る事を許されないのだ

 結果、引きこもり気味なプレイヤーが集まり始めたのである。彼女モカもその1人で、こちらは少し事情がある

 現在のところ、ゲーム内で唯一の存在である死霊術師ネクロマンサーを職業としているからである。転職条件や、その能力について執拗に情報を求めてくるプレイヤーたちに嫌気が差したのだ


「ところで、そろそろララを離してもらえませんかね?」

「いいじゃない、ララちゃんも嫌がってないでしょ」

「あるじ、シアは身共みどもに食べ物を買ってくれる。このくらい許す」

「買収されてる!?」

 シアは人種プレイヤーたちのリーダー的存在であり、頼れる姉御である。引きこもり家主のモカが家に来ることを許可するくらいには分別もある

 ただ、カワいいものには目がないというがある。ここに来るたび、幼い容姿をした子供吸血鬼ヴァンパイアチャイルドであるララを撫でくり回すのがお決まりである


「そろそろ本題に移りたいんですけど。ララと遊ぶために、お呼びしたわけではないんですよ」

「ララちゃんと遊ぶのはとても大事よ、本当はネブラちゃんにも会いたかったんだけど居ないみたいね。それはそうとして今回の用事って、あなたの頭の上に居る……多分、精霊っぽい生き物についてよね?」

『なるほど、なかなかに鋭いな』

 モカの頭の上には、灰色の光ウサギの姿をした負の生命を司る精霊が鎮座している。彼女を死霊術師に導いたのは、この精霊なのだがそれを誰かに話したことはない

 知っているとすれば、精霊の導き手エレメンタルリーダーのメンバーであるエクトだけであるが、彼女は口外しない事を約束してくれている。つまりシアはその推理力だけで、この精霊が怪しいと睨んだのだろう


「それで。あなたがモカを転職クラスチェンジさせた……で、合ってる?」

『正解だ。さて、答えにたどり着いた褒美に、1つだけ願いを聞いてやろう』

「え! いいの!? じゃあ転職で」

『もちろんだ。我が名はハデス! 死と嘆きと共にある負の生命を司るモノなり。それで、汝が望むのは食屍鬼グールか? それとも地縛霊ファントムか? これでは納得できぬか……ならば上位種であるリッチなど──』

「待った! ちょっと待ちなさい!!」

『む?』

「それ全部、幻想種! しかも不死者アンデッドばかりじゃない!! そうじゃなくて人種のまま転職したいの。モカみたいなのは無いの!?」

 ハデスは不死者の生みの親である。人種をさせることは容易いのだが、さて人種のままとなると事情が変わってくる

『我が司るモノは、本来人種とは異なるのだ。死霊術師は確かに人種に用意された職業だが、モカはテスターとして選ばれたというのが事実なのだ、まだ本格的に実装には至っておらぬ』

「つまり?」

『次のアプデを待て』

「あちゃー」


 ハデスは本来、アンデッドへと進化させるのが本業なのである。ところが死霊術師の実装にあたってアンデッド関連という事で、運営にテスター探しを任されたのだ

 モカは運良く当たったというのが真実である。もっとも、あの状態に追い込まれて目に留まったというのは幸か不幸か


「そ、それでですね。今回シアさんをお呼びしたのは、窓口をお願いしたいなー的なお話しでして……」

 アップデート後に実装されるのは確実なのだ。自分1人では、押し寄せるプレイヤーたちを捌ききれるはずがない

 その点、シアは大人数チームのリーダーだ。チームハウスはよくファンタジー小説で出てくる、冒険者ギルドのような作りをしている

 その中で転職の情報は共有されており、チーム外のプレイヤーには伏せられ、漏れることは無い。モカはここで、死霊術師への転職を望む者をふるいにかけて欲しいのだ

 ハデスがすべてのプレイヤーを死霊術師に転職させるわけもなく、何らかの条件を付けるのは明白だ。その窓口を大人数チームに任せようというのである

「確かに、うちのチームなら人数に余裕があるから、そういう事も可能だけど……良いの? うちが独占しちゃっても」

「はい。って言うか、何ヵ所も有ったら面倒です」

「なるほど。で、引き受けるにしても、こちらにメリットが少ないわね。何か他に出せる物は無いの? 独占なんかしたら、他所からは恨みを買いそうだし」

 情報の独占は様々な利益を生む……のだが恨みを買うのが前提ならば、もう少し何か有ってもバチは当たらないだろう


『ならば我が提供をしよう。なに、そんなに秘匿するような事ではない。じきに公開される情報を少し早く知れるだけだ、実はな──』

「……ワアォ、それスゴい情報じゃない。準備期間が持てる分、有利よ。わかった、引き受けるわ」


 ─◆─◆─◆─


 『絆 ONLINE』というゲームがある


 埋没型フルダイブMMORPGとしてリリースされ、その圧倒的リアリティから他のフルダイブ式ゲームとは一線を画している。一般的に使われるようになったフルダイブ機能だが、実はその詳細は明かされていない

 元は軍事演習などに使われていた物が、民間企業によりゲームに応用されたという事だけが知られている。フルダイブによる仮想現実世界の構築は有用であり、ゲームだけでなく様々な分野で大いに発展を見ることになった


 一般には未知の技術であるにもかかわらず、受け入れられているフルダイブだが、仕組みの解明を探る者たちにより多様な意見が出されている

 

 曰く、寝ている間の『夢』を操作できる技術だ

 曰く、ゲームマシンから『特殊な粒子』を放出し、それに映し出される画像を夢遊病のように見ているのだ

 曰く、体内の医療用ナノマシンを利用し、『すべての神経に電気信号としてゲーム内容を送信している』のだ

 曰く、いやいや、それらを『全て利用した物』だ

 

 などなど、全てが真実のようであり、どれもが眉唾物のような気持ちにさせる。そんな曖昧な情報しか存在しない技術だが、違和感なく受け入れられているのが現状である


 そしてゲームは2回目の大型アップデートを向かえる。その新たな内容にプレイヤーたちは一喜一憂し、おおいに頭を悩ますことになる

 その中で、最も厄介と言われている変更点が『性分しょうぶん』と呼ばれるものだ。これは今までの自分たちの行動が、ステータスの成長へ影響してくるのである

 人種にだけ導入されるシステムであり、運営としては強い職業に偏り気味なプレイヤーのステータスを分散させる狙いがある。同じ職業であっても性分により攻撃が得意であったり、防御に秀でたりするように仕向けられたのである

 魔法系職業であっても、殴り攻撃ばかりしていた者は『攻め』の性分を与えられ腕力は伸びやすくなったが、逆に魔法使いに必要な知力は伸びにくくなるというペナルティかと思うようなシステムなのだ。能力値ステータス至上主義のプレイヤーたちからは悲鳴が聞こえてくる有り様である

 逆に今後の育成に悩んでいた者たちからは、道標が与えられ歓迎された一面もある。なお、もともと明確な特徴を持つ幻想種アナザロイドには採用されていない

 シアがハデスから得た情報はこれであり、自分たちの行動を見直す結果となった。


 もちろん、その他にも追加要素は有ったが、あまりにもこのシステムが尖りすぎていたため、あまり話題にはなっていない。検証大好きプレイヤーたちも『性分の種類』や『それぞれの特徴』に追われ、他の要素にはあまり触れてはいない


 そのため、後に対応に追われることになるのだが……


 ─◆─◆─◆─


 ゾフリ


 そんな音が脳内から聞こえたのだが、これが何の音かは最初、分からなかった


「え? ……あ、が! おうえぇ!」


 それが自身の眼球に突き立てられた指が押し込まれる音だと知ると、急に気持ち悪くなり吐き気をもよおした。そしてどうやら死亡判定となったらしい

 眼球をえぐられたプレイヤーは戦いの場から消えていった。痛みはシステムを切ってあるので感じなかったが、感触は少しばかり発生する

 突き立ったのは眼球とはいえ、まるで脳内をかき回すような気持ち悪い感覚に思えた。そのおぞましい感覚は恐怖と共に記憶に刻まれることになったのである


「……これが……コロスという感覚」


 じっと自らの指を見つめ、先ほどまでの戦闘を振り返る。接近戦に持ち込まれ、思わず取った行動だったが勝利することが出来たようだ

 本当は顔を叩こうと思っただけなのだが、勢い余ってしまった


「これが、プレイヤーキルかあ……実装されたからには運営は推奨してんのかね?」

 『性分』に隠れてあまり取りざたされていないが、プレイヤー同士の戦闘に修正がなされていた。より現実に近い戦い方を求められるようになったのである

 モンスター戦闘とは全く違う感覚は、プレイヤーたちに混乱をもたらすかもしれない。もっとも、プレイヤー同士の戦闘で勝利しても何を利するわけでもないのだが


 ただ人の心というものは


「フ……フフ、クックック。いいなあこれ、現実では出来ない行為を公然とやれるなんて」

 何かが壊れたのかもしれない。何かが目覚めたのかもしれない

 現実から離れた、ゲームだという免罪符を手に入れたゆえの衝動。心のままに振るまい、その心地よさをまた味わいたいという欲求

 

 そんなモノたちが新たな混乱として芽吹くまで、そう時間はかからなかった

 

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